第5話『肌色ハプニング、再び』
早朝。
将真は山の近くで、鍛錬に勤しんでいた。
まだ夏場の終わりを見せない時期だが、早朝は涼しく、空気が澄んでいて心地よい。
ここ最近、妙に体の調子がいいという事を、将真は感じ取っていた。
静かに息を吐いて、集中力を高める。
将真は、右手に魔力が凝縮されていくのを、感覚的に理解した。
そしてその凝縮された魔力は、彼の手の上で棒状に姿を変えていく。
「……ふぅ」
将真は、軽く溜息をついて、生成された武器を手に取る。
刃があり、柄がある。その形状は細いながらも、紛れもなく『剣』と言えるものだった。
先月までの、剣を作り出すつもりで棒しか作り出せなかった彼の武器生成魔法の技能を考えてみれば、非常に上達したと言えるだろう。
そして、これだけちゃんとした形を作ることができれば、本来の武器としての性能を遺憾なく発揮してくれるはずだ。
試しに将真は、近くの木に向けて何度か素振りを試してみる。
以前までは、高出力エネルギーで無理に叩き斬ったような、汚い切り口だった。それが、今回切りつけられた木は、いとも容易く切断され、切り株とかしていた。切れ味も文句無しの綺麗さである。
それを確認して、武器に魔力を送り込むのを止める。すると生成した剣は、原型を崩して光の粒子となって虚空へ溶ける。
「……うし」
納得したように1人頷く将真。今彼は、自身の鍛錬の成果に、それなりの満足感を覚えていた。そして、同時に安堵も覚えていた。
リンや莉緒の足を引っ張るような真似は、できればしたくない。そんな事になっては情けないことこの上ないというのもあるのだが、これは単純に迷惑をかけたくないというだけのことだった。
何故そんな事を考えていたのかというと。
「にしても、本当、急だよなぁ。序列戦からたったの1ヶ月で今度は『小隊戦』かよ」
序列戦は一年に三度、4月、8月、12月に行われる。それはわかったのだが、どうやらもう一つ、テストらしきものがあるらしい。それが『小隊戦』だ。
それぞれ1年生、2年生、3年生に分けて(但し、高等部のみだが)行われるそれは、9月と3月に開始される。
9月は1年生から順に、3月は3年生から順に、一学年大体十日間かけて行われる、チーム対抗の適応能力試験。
規模はかなり大きく、試験の名目上、『日本都市』の外が試験地だ。
特殊な結界が張られているので、脱落者はすぐに結界外の安全なところへと転送される。ちなみに脱落要因__即ち、負け判定とみなされるのは、戦闘不能状態になる事。傷がすぐに直せなければ、大怪我をしただけでもアウトで、死んだらなんて言うまでもない。
まあ、結界外へと転送されれば、死んだ事さえなかった事になるのだが。
そしてその為の結界と言える。
この試験は、序列戦のついでという面も持つが、同時に、『日本都市』の外でどれくらい自身の力を発揮し、小隊を壊滅させず生き残る事ができるのか。その基準を見るという思惑もある。
日本の敵は何も魔族や魔物たちだけではない。最悪の場合、他国の魔導士が侵略を狙ってくる事もある。だから、結界内には魔族や魔物も自由に出入りしてくるし、躊躇していてはこの試験の本質が損なわれてしまう。
それ故の結界。結界内で受けた傷はなかった事になる。ゆえに、本来の実力を発揮して貰うためにはこの上ない舞台なのだ。
まあ、実のところ、全部リンと莉緒に聞いた話なのだが。
相も変わらず、と言うか、この世界での生活に慣れ始めていて、意識する事を忘れていたという事もあるかも知れない。
詰まる所、つい先日まで、試験がある事を知らなかったのだ。
それは3日前の任務終了後。『日本都市』への帰還中、何気なく莉緒が呟いた一言で始まった。
「そういえば、9月にまた試験あるっすよねー」
「え?」
「あっ」
当然それを知らなかった将真は、キョトンとした顔を作り、リンは忘れていたというように声を上げた。その顔は、しまったと言ってるように見える。
「完全に忘れてたよ……」
「まあ、中等部にはない試験っすからね」
「え、何の話?」
「将真さんはもうちょっと予定の確認するべきだと思うっす……」
若干呆れ気味に笑みを浮かべる莉緒に生暖かい視線を向けられ、将真は気まずそうに目を逸らした。
そして、その試験の内容を聞いたわけだ。
いつも通りの鍛錬メニューを終えて、将真は大きく伸びをする。関節が小気味の良い音を立てる。
体をほぐし終えて、深く深呼吸をすると、パシンと頬を叩いて、
「よしっ」
引き締まった顔に、微笑を浮かべた。
争いごとはあまり好まないが、競い合いは結構好きな将真。実力不足は否めないが、少なからず心躍るイベントではある。力試しをする良い機会だ。
結局のところ、序列戦での勝利数も一つで満足とは言い切れない。まあ、100位を超えて96位と、以前に比べてグッと上がったのは事実だが。
いつも通りに、寮部屋へと戻った将真。
いつもよりも熱が入っている将真は、少しばかり冷静さに欠けていた。
とりあえず、かいた汗を流してサッパリしようと、風呂場へ繋がる脱衣所(その他諸々の用途あり)のドアノブに手をかけて扉を開け放つ。
そしてその先にいたのは__
「……え?」
「あ……」
タオルで髪を拭く、全裸のリンだった。
何時ぞやとほぼ同じような、デジャブ感溢れるその光景に、将真の顔は引きつり、リンの顔はポカンとしたまま、2人は硬直したまま動けない。
いったいどれだけの時間が経ったか。
多分1分と経ってないだろうが、将真にはそれが数分、下手をすれば1時間以上時間が経ったような錯覚を覚えていた。
風呂上がりで火照りが抜けず、朱を帯びたりんの顔は変わらず可愛らしい。
こうしてみると、やはりリンの体の起伏は体格の割にしっかりしているが、それでも少し幼い雰囲気が抜けていない。白い肌に柔らかそうな肢体が目に焼き付いて離れない。その姿は、脳にまで鮮明に焼き付けられてしまうほどだった。
2人の硬直を解いたのは、何時ぞやの過ぎ行く時間がもたらす冷静さではなく、莉緒だった。それも、風呂場からひょっこりと顔を覗かせて。
「リンさん、どうかしたんすか……あっ」
現場を見やるなり、莉緒は小さく声をあげて、「あちゃー」とでも言いたげな表情で額を手で押さえていた。
そして、リンの顔が真っ赤に染まり、ワナワナと震え始めた。将真の体もまた、顔を赤くして震え始める。ただし、リンの羞恥と違って、こちらは戦慄によるものだが。
「り、リン?」
「〜〜〜っ!」
「ま、待って、弁明する機会くらい……」
「……もんどーむよぉっ!」
「ギャスッ⁉︎」
珍妙な悲鳴をあげ、何時ぞやと同じくぶっ飛ばされる将真。あの時と違うのは、咄嗟に受身が取れたことか。だが、それが何か救いになったのかといえばそんな事はなく、扉の外へと叩き出され壁に背中を打ち付ける。そしてひっくり返ったまま、将真は目を回していた。
そんな彼を見て、リンは「2回目……」と顔を手で覆ってしゃがみ込み、莉緒は「またやらかした」とでも言いたげな表情で苦笑を浮かべていた。
「将真くんの馬鹿!」
「いや、その、マジで悪かったって……」
「エッチ! スケベ! 変態!」
「それは言い過ぎじゃねえ⁉︎」
堪らず将真は抗議するが、リンは怒ったまま聞く耳を持たず、
「前も言ったでしょ、ノックぐらいしてよっ」
「それはそうなんだけど……つい頭から抜けてて」
「何で抜けてるのっ、これ結構大事なことだからね⁉︎」
リンが顔を赤くしてプンスカと怒っている。怒っているのだが、いまいち迫力がなく、可愛らしさが際立つ。
顔が赤いのは怒りのせいか羞恥のせいか。そしてそんなことを考えている自分に対して将真が得た結論は、
__反省してないな、俺……。
というものだった。
将真が復活したのは、ぶっ飛ばされて10分くらいした頃だった。
2人の姿が見えなくなっていたので、おそらくもう出たのだろうと思た将真は、謝ろうとリンの部屋へ。だが、ここでもまた失敗をやらかす将真。
と言うのも、リンも冷静ではなかったのだろう。将真は言うまでもなく冷静さを欠いていたが。
リンの部屋のドアノブに手をかけ、その扉をひく。すると扉は何の抵抗もなくガチャリと開いた。つまり、鍵がかけられていなかったのだ。
リンはまだ、下着を身につけている最中だった。
「……」
瞬間、将真の顔から血の気が引く。同時、リンの顔が再び真っ赤に染まって、唸り声を上げる。
「うぅぅ〜〜〜……!」
「ち、違うんだリン! 俺は謝ろうと思って__」
「だったらまずノックしてよっ」
「ゲフォッ!」
回し蹴りを腹に食らった将真は、再び珍妙な悲鳴をあげながらひっくり返る。
今度は意識こそ失わなかったが、リンがバタンと扉を閉めて、しばらく出てこなさそうな雰囲気が扉越しでも感じることができた。
仕方なく将真は、自分も風呂へ入って汗を流し、身支度を整え、再びリンの部屋へと向かう。今度はノックを忘れなかった将真だが、開いた扉の隙間から、リンの目がジト目のつり目で睨んでいた。
そして今に至る。
莉緒がケラケラと笑いを上げる。
「将真さん学習しないっすねー」
「うるせ」
莉緒の評価に不服そうな顔で将真は軽く抗議する。
「言い訳するわけじゃないんだけどさ、今日から試験あるだろ?」
「適応能力試験っすね」
「それが楽しみで頭がいっぱいいっぱいだったんだよ……」
「それ、言い訳じゃないの?」
「……悪かった」
むすっと吐き捨てるリンに、将真は顔の前で手を合わせて誠心誠意、謝罪を口にした。
それでもまだリンの怒りや羞恥が完全に冷めたわけではないだろうが、それっきりリンは感情を抑えて呟く。
「でもそっか、今日からまた試験だったね」
「そっすね。自分も結構ワクワクしてるっすよ」
なにせ、自分の全力を出せる数少ない機会だ。実力のある魔導士ほど、いつもは不完全燃焼気味であれば尚のこと、今日の試験は心躍るものなのだろう。
「そういえば、リンさん不調は治ったっすか?」
「うぐっ……」
莉緒にそう問いかけられたリンは、気まずそうに胸を抑えて顔を歪めた。
本人は微笑みを浮かべているつもりなのかもしれないが、それが歪んでいるせいで苦笑にすらならない、引きつった笑みだった。
「実は、その……」
「うん?」
「……むしろ、悪化してるっていうか」
「悪化ぁ⁉︎」
思わず、将真は声を上げて驚く。
リンはあわあわと手をぶんぶん振って、何と言おうかと悩みながら、
「いや、その、大丈夫だよ多分! 神技使っても不発に終わるか山吹き飛ばしちゃうかもしれない程度だから!」
「それ、前者はともかく後者は危険極まりないんだが⁉︎」
口走るリンに、責めるように声を荒げる将真。尚も何かを言おうとするリンは、だが少しずつ勢いがなくなっていって、両手を絡めてしゅんと落ち込む。
「ご、ごめんなさい……」
「い、いや、そんなに落ち込むなよ。気にすることないぞ……?」
始まる前から何だか不穏な空気が流れ出す莉緒小隊。若干喧嘩っぽくなっている事もそうだが、それは大した問題ではなく、リンの不調が将真とリンに不安を与えていた。
だが、莉緒が頭の後ろ手を組んで、
「まあまあ。リンさん普通の魔導くらいなら何とか使えるみたいっすから、何の心配もないっすよ。気負わず、焦らず。のんびりと気楽に、すよ」
「……うん、ありがと莉緒ちゃん」
「どういたしまして」
莉緒の励ましに、ようやくリンが微笑を浮かべた。その表情を見て将真もホッと息をつく。どんな理由であれ、チームでやる以上、始まる前から不協和音というのはよろしくない。
そんな会話をしているうちに、集合場所のグラウンドの近くまで迫っていた。
時間は、開会式開始15分前くらい。
十分な余裕を持って、将真たちは到着した。




