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第66話『魔王争奪戦Ⅴ』

動きを縛られた魔族たちを見て、Jは感嘆の息を漏らす。

「へぇ……コレは凄いな。まさかこんな高レベルな魔術をこの規模で使い熟すなんて」

姿の見えない、この戦場のどこかにいるのであろう魔導士に敬意の念を抱きながら、彼女はレイピアを鞘に戻した。

「ま、わたくしの出番はここまでって事でいいのかな」

Jは、そう呟いてその場を後にしようとする。

「片桐将真。次会うときを期待してるよ」

その場にいた魔族たちは、最後、彼女が虚空に溶けたようにしか見えなかった。


リンは、周りを見渡して息を呑む。

「……これって、どこまで続いてるの?」

「さぁ、何処までっすかねぇ……」

莉緒もまた遠い目をして呟いた。

周りには、遥樹と同じように半透明の黒い手や硬質な輝きを帯びた黒い鎖に身体を縛り付けられて、動きを制限されていた。しかも足元は沈む影というおまけ付き。抵抗すればするほど、まるで泥沼のようにずぶずぶと沈んでいく。

リンや莉緒だけではなく、どうやら将真の味方として動いていた魔導士たちはどうやら捕まっていないようだが……。


空中で砲撃を担当していた榛名は、地上を見下ろして絶句する。

「……冗談だろこんなの」

榛名がいた所がそこまでの高所ではなかったというのもあるかもしれないが、視界に映る地面の約半分くらいが瑠衣の生み出した影に飲まれていた。

魔導士だけではなく、魔族もまた例外なく動きを封じられていた。

「これが、日本の魔導士ナンバー2の実力って事か……?」

顔をひくつかせて、榛名は呻き声を漏らす。自分が将真の敵に回っていたらどうなっていたのか。これを予想していたわけではないが、将真の味方であってよかったと思わざるを得ない光景だった。


その様子を確認すると同時、瑠衣は端末の通信機能にアクセスする。すると魔導士たちの端末から通信を受け取った音が鳴り響く。

リンたちもまた、少し警戒しながら電源を入れた。自分たちの居場所が割れている以上、電源を入れようが切っていようが同じ事だ。

そして、受け取った通信を開くと、彼女のホログラム映像と共に声が響いてきた。

『各員に告げる。あと数分で魔族の大群が押し寄せてくるから、それを迎え撃ち、徹底的に潰しなさい。それと__片桐将真の討伐は中止よ』

『なっ……⁉︎』

魔導士たちが声を上げ、騒めきが広がっていく。

「な、何故ですか⁉︎ これは副団長からの命令なんですよ⁉︎」

『あら、私も副団長だけど』

「しかし、一度出された重要な任務を……それに、あんな危険な存在を生かすというのですか⁉︎」

『……ふーん』

瑠衣は静かに呟く。

次の瞬間、爆発的な覇気が放たれた。その覇気は、遥樹の本気を軽く凌ぐほどのものだった。

目の前にいなかったのが唯一の救いというものか。リンは再びへたり込むような事はなかったが、その覇気を前に足を竦ませなかったものは1人もいないだろう。

瑠衣は、端末の通信機能を切って、直接自分の口を開く。

「……私の決定に従えないんだ?」

『っ__⁉︎』

その声を聞き取れなかったものもいたはずなのに、全員が寒気を覚える。

「……そもそも、今回あなたたちに伝えられた任務内容は、本来団長が出したものとは少し違うのよ」

ため息をついた瑠衣は、続ける。

「花橘の独断で命令を変えられていたの。柚葉さんも、まあ精神状態も関係してくるとはいえあっさり騙されちゃって」

手がかかる人たちばかりで困るわ、と瑠衣は腕を組む。

「だからこれは、私の決定じゃなくて団長の決定なのよ。あなたたちの任務はとりあえず、これから来る魔族と今ここにいる魔族を片付ける事」

「__五十嵐さん」

瑠衣がその声に首を向けると、珍しく不愉快そうな表情をしている遥樹が、瑠衣の影に縛り付けられたまま言う。

「片桐将真は僕の獲物ですけど。横取りなんてあんまりじゃないですか?」

「殺す気がないなら譲ってあげてもいいけど、さすがに暴走しかけている彼を前にはあなたもシンドイでしょ? それに」

瑠衣がくいっと人差し指を上げるような動きをすると、影からずるりと2人の少女が出てきた。それは、遥樹の小隊仲間チームメイトの紅麗と真那だった。

「うぅ……」

「きゅう……」

2人ともどうやら目を回しているだけで無事ではあるようだった。遥樹は、警戒心を強める。

「な……にを」

「2人ともどうやら楓さんに負けてのびてたから、拾っといてあげたわ。その2人を起こして彼らに協力すれば、こちらはより犠牲を少なく魔族の大群を殲滅できる」

「いや、でも……」

「__従いなさい」

「っ……、了解」

遥樹は、彼女の表情を見て渋々と頷いた。

あの風間遥樹がこうもすんなり従うとは正直意外だった。いや、それだけ目の前の相手がやばいという事か。

将真は、瑠衣を見据えて構える。

「さて、と。後はそうね……リンさん、だったかしら?」

「は、はいっ」

「あなたたちは彼の味方をしてるみたいだったからあまり下手な事はしないだろうと思って動きを封じる事はしなかったけど、余計な手出しはしないでね」

「あ、あの……いったい何を?」

瑠衣は、そのリンの質問に答えずに彼女たちに背を向ける。リンの側には、杏果たちや2年生の小隊、楓の小隊が集まっていく。

「じゃあ、私も私の仕事をしましょうか」

「っ……!」

将真は、こちらに向かって歩いてくる瑠衣を睨む。

彼女の口から、彼女の仕事の内容が聞こえてきた。


「__これより、片桐将真の捕縛に入る」


「……俺を捕まえてどうする気だ?」

「どうもしないわ。とは言え信じて貰えないでしょうから、気がすむまで抵抗していいわよ。戯れに付き合ってあげる。私の専門は近接戦闘じゃないけれど、あなたよりは多分戦えると思うわ」

「っ!」

その余裕そうな態度に危険を感じながら、将真は黒い剣を構えて瑠衣へと切り掛かる。

すると瑠衣の目がこちらを見てキラリ、と一瞬妙な輝きを放った__ような気がした。そして彼女の足元の影から何かが出現して、彼女はそれを握る。

将真の漆黒のつるぎと__同じく、瑠衣の漆黒のつるぎがぶつかり合う。

「なっ……⁉︎」

「ふふ、そんなにびっくりすることかな?」

ニッと笑みを浮かべた瑠衣は、腕を振り抜いて将真を後方へと押しやる。その際、将真の棒にはヒビが入り、瑠衣の棒は完全に砕け散った。

「あら、随分耐久値低いのねこの武器」

「あんた、いったい何を」

「だから、影だよ。幻影と言うか、写し絵というか。本物には性能が一歩劣る、偽物だよ」

将真は知らないが、知っていれば莉緒の『贋作人形フェイカードール』に似ている事に気がついただろう。莉緒は気が付かずに使っているが、アレも影魔法の一種だ。

「言ったでしょ? 戯れに付き合ってあげるって」

「……お遊びって事かよ!」

「そんなところね。でも……」

瑠衣がそう呟いた瞬間、周囲の影がずぶずぶと音を立てて、そこから何かが現れる。それは、将真の棒に酷似した無数のそれだった。

「なっ⁉︎」

「こういうことも出来るのよ。面白いでしょう?」

瑠衣が、近くの棒を抜いて将真へと向ける。だが、たった一度の接触でも壊せることは確認済みだ。

だから。

「__だったら、片っ端からぶっ壊してやる!」

「できるかな?」

雄叫びをあげて、将真が地面を強く蹴る。それだけで地面が砕け散る。

それを迎え撃つように、瑠衣もまた地面を軽やかに蹴る。

黒い棒が、ぶつかり合う。もちろん、瑠衣の持つ黒い棒は砕け散り、そして今度は将真の持つ黒い棒も砕け散った。

先ほどの接触でヒビが入っていたから当然と言えば当然だが。

「ちっ」

すかさず同じものを精製した将真は、再びそれを振り下ろす。だが、瑠衣もまた近くの影に刺さっている黒い棒を抜き取ってぶつける。

瑠衣の武器は一撃で、将真の武器は二撃で砕け散る、という事を高速で移動しながら繰り返す。だが、武器が初めから用意されている瑠衣の方が圧倒的に優位だった。

「フッ__!」

「うぐっ……!」

そして瑠衣は、ついに二本同時に抜き取って交差に、力尽くで振り抜いた。魔導士としての膂力に差があり過ぎるためか、将真はあっさりと後方へと吹き飛ばされる。

呼吸を整えようとして、将真は何かしら鬨の声のようなものを聞いた気がした。瑠衣もまた、向こうのほうへと視線を向ける。恐らく、彼女が言っていた魔族の大群がやってきたのだろう。

荒い呼吸を繰り返して、将真は瑠衣に問いかける。

「なあ、一つ聞いていいか?」

「何かしら?」

「あんたがわざわざ俺と戦う理由はなんだ? あんたが動いた方が、魔族たちを倒す分にはずっと効率いいだろ」

「それはそうなんだけど、さすがにあの規模の魔導の行使は疲れるのよ」

やれやれ、と瑠衣は首を横に振って言う。

その言葉に、将真は苦笑いを浮かべた。

負担がかかる、ではなく、疲れる。

あれだけの規模の魔導を行使して、疲れる程度で済むというのだから、その実力差には薄ら寒さすら覚える。

「それより、私からもひとつ言わせてもらうけど」

「何だよ?」

「そろそろ、投降してこれてもいいんじゃない? あなたも限界でしょう?」

「……そう簡単に捕まってたまるかよ。俺は生きて帰るんだ」

「そ……。まあいいわ」

彼女がそう呟いた瞬間、そこらに生えるように影に刺さっていた黒い棒が消えていった。

「……どういうつもりだ?」

「勘違いしちゃダメよ。__むしろ、逆だから」

そして、ドッという音と共に、地面に蟠る影から無数の半透明の黒い手や、硬質な輝きを帯びた黒い鎖が飛び出してきた。同時に、将真の足が、足下の影にズブリと嵌る。

「なっ……⁉︎」

「これもあなたのためだから。お遊びはもう、お終いよ」

「このっ……!」

ドパンッと影が地面ごと弾け飛んで、将真は強引に振り払った。だが、空中へと逃げた将真に、黒い手や鎖が襲いかかってくる。

それを切り落とそうと将真は棒を腰の後ろに構え、

「__“黒断”!」

気合いと共に、刃とかした棒を横に振り抜いた。

だが。

「なっ⁉︎」

黒い手はあまりにも手応えがなく、まるで空気を切っているようだった。そして鎖に接触した瞬間、刃は鎖に食い込んでそこで動きを止める。それどころか、その鎖は意志を持つように刃をぐるぐると巻き込んでいく。

将真は咄嗟の判断で手を離し、黒い棒を精製し直す。

「くそ……!」

このままじゃきりがない。そう判断した将真は、空中で足に力を込める。

すると、まるで空気の壁のようなものが足について、将真はそれを力一杯蹴り飛ばし瑠衣に接近した。

そして。

「うおぉぉぉぉぉっ!」

ザン、と。再び作り出し振り下ろした黒い刃が、いとも容易く瑠衣を頭から真っ二つに切り落とした。しかも、手応えありの一撃だった。

「__」

「そんな、将真くん……」

リンが離れたところで呆然と呟く。

将真もまた、驚いていた。

こんな簡単に、瑠衣が死ぬ事に。そして、こんな簡単に、本来味方であるはずの人間を殺せてしまえる自分に。

恐る恐る、将真は瑠衣を見上げる。だが、あまりにも不自然な事に、切り口からは微塵も血が流れてなかった。斬り伏せたその体も、棒立ちになったまま倒れない。

そして、彼女と目が合った。瞬間、彼女が切られた顔でニヤリと笑みを浮かべ、ドッと音を立てて彼女の体が形を無くす。形を無くしたそれは、将真へと纏わりついて、その動きを封じようとした。

「ぐ、くっそ……、何なんだ一体⁉︎」

「__何かと言われれば、あなたが斬り伏せたのが偽物だったというだけの話なんだけど」

「っ……⁉︎」

驚く将真の、目の前の影が波打ち、そこから無傷の瑠衣が現れる。

「質量を持った、偽物だよ」

「ぐっ……!」

彼女が言った言葉に驚きながらも、将真は抵抗を続ける。だが、その足は完全に影に飲まれて、全身に黒い手や鎖が絡みつきつつあった。もう、将真は動けない。

加えて、その影から紫電が伝っていき、バシッと将真の体を打つ。

「が、はっ……」

「ごめんね。好きなだけ恨んでくれて構わないから。だから今は大人しくしててね」

彼女が、将真に背を向ける。そして、将真の体が、影の中に沈んでいく。

「将真くん!」

それを見たからだろう。リンが仲間の制止を振り切りながら、焦燥を浮かべてこちらに向かって走ってくる。

仕方がない、と瑠衣がリンの足元の影から手や鎖を出現させ、彼女の動きを封じようとした、瞬間。

「__それ以上は、ダメェ!」

「……え?」

リンの絶叫が耳に届く。

その意味を理解できなかった瑠衣は、小さく声を上げた。

その時、後方でバキン、と音が響く。

「……まさか!」

瑠衣が振り向くと、拘束を破壊して将真が飛びかかろうとしていた。

瑠衣の紫電による火傷は既に完治し、その眼は狂気に染まっていた。右手の異形の侵食は肘まで進み、呪印のようなものが将真の顔に現れている。

突きのような構えを取る将真の刃は、レイピアか、もしくは槍のように鋭く尖っていた。

「ア……ガ、アァァァァァッ!」

正気を失った将真が、その刃を瑠衣に突き立てようとする。

それを見た瑠衣は、悲しそうに目を伏せて、ポツリと呟いた。

「なるほどね……確かに君は__」

将真の刃が、瑠衣の顔の手前でピタリと止まる。

いや、止まったのは将真の全身だった。


「__とても、危険だ」


彼女の一言と同時に、影から夥しいという表現が合うような数の黒い手や鎖が出現したのだ。

そしてそれらは容赦なく将真の全身を縛り付け、そして今度こそ、将真の動きを完全に止めた。

「すっご……」

リンの後方で、莉緒が思わず感嘆の声を漏らし、その隣で合流した美緒が小さく頷いた。

暴走した将真を、いとも容易く封じたその力は、自警団副団長という肩書きも納得の、恐ろしい能力だった。

「グァァァァァッ!」

将真が叫び声をあげ、拘束を剥がそうと暴れるが、その拘束はビクともしない。万が一拘束が解けたところで、同じ事を繰り返すだけだろう。

今度こそ、瑠衣は小さく息を吐いて将真に背を向ける。

そして、自分に向けられている槍の穂先に気がついて、盛大なため息をついた。

「……何のつもりかしら、リンさん?」

瑠衣は、呆れながらも、優しく問いかける。

リンの顔は、何かに葛藤しているかのような、苦渋の表情に満ちていた。

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