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第64話『魔王争奪戦Ⅲ』

一方その頃。

『日本都市』城壁前にて。


接触による衝撃波が散り、爆風となって周りに被害を及ぼす。だが、それは1度2度の話ではない。もう何度目かも数えるのが面倒に思える回数だ。

一方は魔導士だった。

青色の軍服のようなものに身を包み、太い三つ編みの金髪を靡かせながら拳を突き出し足を蹴りだすのは、『日本都市』の学園の学園長、片桐柚葉だ。

そしてもう一方は魔族だった。

特徴的な頭から生える二本のツノ。以前現れたというデータとは違う姿__いわゆる正装のようなものを身に纏い、突き出される攻撃を同じような動作で相殺しているのは、鬼人と吸血鬼の混血ハーフ、ランディ。

互角にも見える戦いは、だが実のところ、柚葉の方が不利な条件で戦っていた。とは言え、ランディが卑怯なわけではない。柚葉がハンデを背負っているからだ。

先ほどまでの彼女の精神状態は普通ではなく、この戦闘が始まる前に、とある人物に色々されてようやく正気は取り戻したのだ。

だが、まだ少し不安定であることは否めず、そんな精神状態で『神気霊装』を完全に解放したら、強力過ぎる力に呑まれる可能性が出てくる。

だが、幾ら柚葉がかなり優秀な魔導士とは言え、『神気霊装』も無しに倒せるほど、鬼人ランディは甘い相手ではなかった。

故に、柚葉は力を限りなく抑えた状態で『神気霊装』を使っていた。そうでもしなければ、ランディを倒すどころかむしろ殺られる可能性すらあるのだから仕方がない。

彼女が本来『神気霊装』の全開に耐えられる時間は1時間以上。そして、今の彼女の精神状態では、力を抑えて大体30分といったところか。

そして現在、戦闘が始まってから、時間はとうに20分を過ぎていた。

更にマズい事態が起きている。それは……

__私の方が押されてる!

予想していたことではあったが、それは最悪とは言わないまでも、あまり良い予想ではなかった。

嫌な予感的中というやつだったりする。

「考えが甘かったようだな、魔導士よ」

「ええ、まあそうね……」

ランディ相手に全開で戦えないというのは、正直無理な話だ。彼は、死神とさえ実しやかに噂されている化け物なのだから。

再び、拳を交えながら柚葉は考える。


ここでこちらが退いたところでランディが深追いしてくるとは思えない。彼の本来の目的は、他の魔族を逃がすための殿をする事なのだから。

だが、だからと言って簡単には退けない。これはもはや意地というのもあったが、退いても深追いしてくる可能性だって否定しきれない。彼の力なら、今の『日本都市』を陥落おとす事も容易だろうから。

柚葉を諌めたある人の話によると、団長は今、花橘の陰謀で幽閉されているらしい。となると、今日本でランディに対抗できる相手は柚葉を除くと恐らくいない。殆どは遠くへ散っているからだ。

団長は獄中、3人いる副団長の1人は団長を投獄した張本人の花橘、もう1人は任務から帰っておらず、更に残る1人もつい先ほど、遠くで開戦している戦闘へと出向いて行ったばかりだ。


「ぐぅっ……!」

「む、なかなか粘るな」

柚葉は、ランディの攻撃を後退りながら躱していた。それでも何発か直撃していたが、どうにか戦闘に支障のない程度のものだ。

だが、このままでは柚葉の限界の方が早い。彼女が未だせる全力はここまでで、それもあと10分程度の事だ。

更に、現状がより絶望的な状況に移り変わる。

「ならば、もう少し本気を出そうか」

スッと腰を屈めて構えを取るランディ。それを柚葉は、何処かで見た事があるような気がした。

ランディの雰囲気が変わったのを認識して、柚葉は今まで以上に警戒心を強める。ランディが動き出そうとして、足の先に力を入れたのを確認し、そのまま突っ込んでくるであろう彼を迎撃するために彼女もまた、足に力を入れて。

だが、コンマ数秒。

ランディは、既に目の前にいた。

そして彼女は、ランディの構えをどこで見たのかを思い出した。

「フンッ」

「ガッ……⁉︎」

音も無く、いつの間にか目の前まで接近されていて、認識できたのは既に手遅れになってからだ。躱す事もできずその一撃をまともに受けた柚葉は、恐ろしい勢いで殴り飛ばされ、城壁へと壁を打ち付けた。

「ガッ、フ……」

そして重力に従って、瓦礫と共に地面へと落ちる。

__アレは、団長の技だ。


柚葉も一応その技を習っていたが、未だに習得できずにいた。だが、これはそういうものらしい。ある程度の才能と身体能力は必要だが、それさえあれば後はセンスの問題だと彼は言っていた。

極端に言えば、天才でも習得できない事もあれば、落ちこぼれが習得できる事もあるという事だ。

そしてこの技の事を、彼はこう例えていた。

あらゆる武道における、“絶技”だと。


余りにも痛烈な一撃に、柚葉は立ち上がれずにいた。今にも気を失いそうな状態で、彼女の側までランディが歩みを進める。

__どうして、あいつがあの技を。

だが、考えても答えは出ない。何とか立ち上がろうとするが、身体がぴくりとも動かなかった。

その時、ランディがぴくりと頭を上げ、耳に手を当てる。そして、何かを呟いた後に耳から手を離し、柚葉に背を向けて『日本都市』から離れていく。

「目的は果たした。もう用はない。命拾いしたな、愚かで勇敢な魔導士よ」

そう言い残して、ランディはその場を離脱した。それを聞き終えて最後、気が抜けた柚葉は、今度こそ気を失った。




「おぉぉぉぉぉっ!」

「はぁぁぁっ!」

漆黒の2振りの剣……には見えない棒と、流麗な輝きを持つ一振りの剣が、互いの気合いと共にぶつかり合い火花を散らす。

互いの剣は弾かれ、2人はそれぞれ後方へと押し返される。

その後退中の最中、遥樹はバックジャンプをする。そして後ろへ下がる勢いと着地する勢いの2つをバネに利用し__まっすぐに跳躍する。

「げっ……」

それを見た将真は目を剥いて、慌てて地面を蹴った。

そして、再びの衝突。だが今度は、遥樹の方に勢いがあった。だから当然というべきなのだろうが、押し返されたのは将真だった。

かなり勢いよく後退させられた為にバランスを崩してもたつく。その間に遥樹がまたも接触を試みてくる。この状態では受けきれないと判断した将真は、地面を転がるように回避。

遥樹が振り下ろした剣が、地面に直撃し砕け散る。ようやく一呼吸おける状態になって、将真はそれを目の当たりにした。

「うわ……」

そして、思わず顔を顰める。

「どうした? そんなに驚くような事でもないだろうに」

「いや、確かにそうだが……」

それにしても、と将真は遥樹の動きを思い出す。将真自身も身体能力は高いが、彼もまた高い身体能力をお持ちのようだ。しかも、動きのレベルが違う。

明らかに戦い慣れしている者の動きだ。いや、それもわかっていた事だけど、同じ一年生でこんなにも変わるのか、と内心舌を巻いていた。

遥樹の動きは速いが、莉緒や虎生こうに比べるとそこまで図抜けた速さはない。だが、動きの質がまるで違う。これならまだ、莉緒を相手にした方がやりやすいかもしれなかった。

「君の力は、こんなものではないだろう? もう少し楽しませてくれないか」

「勝手なこと言いやがってこの野郎……」

将真としては、かなり全力を出しているつもりなのだが。

「本気を出せる時っていうのは実はあまりないんだよ。まあ普段はそれでもどうということはないんだけれど、今回のように一度疼くと、なかなか止められなくてね」

「意味わかんねー……けど」

どうすれば彼を出し抜けるだろうか。将真はこんな切迫した状況の中で必死に頭を回す。だが、それだけに専念できるほど、やはり今は余裕のある状況ではなかった。

遥樹が飛びかかってくる。

それに応戦して、2振りの剣に風を纏わせて振り被る。

「“黒風”!」

「はぁっ!」

その一撃は、遥樹の一振りによって打ち消される。だが、それでいい。

「もう一発……!」

「む……」

迎撃された1発は囮だった。あえて攻撃をさせて、その隙を突くという、よくある戦法。だが、よくある戦法という事は通用しやすいという事でもあるだろう。そう思っての事だった。

そうして、本命の1発を振り下ろす。だが。

「せぁっ!」

「うおっ⁉︎」

剣を片手で持ち直した遥樹は、空いた手に精製魔法で剣を作り出して迎撃に出た。将真“黒風”はタダの武器で押し返せるほど弱くはない。だが、遥樹は迎撃すると同時にその剣から手を離して、次の瞬間、剣が爆発したのだ。

「っ、この野郎……!」

「その程度のフェイクは対処できるさ、当たり前だろう?」

「そりゃ、お前ならそうなのかもしれないが……っとお⁉︎」

爆風に晒されて後方へと下がっていた将真は、巻き起こされた砂煙の中から飛んできたナイフを間一髪のところで躱す。

だが、立て続けに今度は遥樹がまっすぐに突進してきて、将真は剣を交差させて受け止める。

衝突。そして、将真は勢いよく後ろへと吹き飛ばされて地面を転がる。

近くまで吹き飛ばされて転がってきた将真をみて、すぐそばまで2人の戦闘を追っていたリンが声を上げる。

「し、将真くん! 大丈夫」

「イッテェ……やっぱり1年で学園序列入りは伊達じゃないってことか」

将真は、大丈夫と片手を上げながら立ち上がる。

だが言葉とは裏腹に、とてもじゃないが勝てる気などしていなかった。

速度や力など、純粋に一つ一つを見れば遥樹に敵う奴を何人か思いつく将真だが、彼は総合的に見ても十分に強いだけでなく、巧い。風間の一族は総じて戦闘能力に長けているとは聞いていたが、普通こんなにまともな戦闘は高等部に入って初めてするはずで、だから幾ら風間の一族生まれが相手であっても、ここまで力量差があるとは予想していなかったのだ。

遥樹は、剣を下ろしながら、将真の方へと歩みを進め呟く。

「ふーん。まあでも、やっぱり力はあるみたいだ。結構こっちもそれなりに全力でやってるつもりなんだけど……さっきの一撃を受けてそれで済むんだ?」

「お前は自分がどんだけ強いと思ってるんだ?」

「うーん、まあ噂のままで言えば、学園の中でも近接戦闘で僕に敵う奴はいない……くらいの強さはあるんじゃないかな?」

「いずれそんな事はなくなるんじゃないか?」

「それならそれで構わないよ。魔導士は強くなっていかなくちゃね。むしろ、そうでなければ魔族との生き残りをかけたこの戦争に勝ち残れない」

「じゃあなんで、俺らは戦っているんだ?」

「君が『魔王』だから……或いは、そうかもしれないから、だろう?」

「そりゃそう、だ!」

粉々に壊された剣を精製し直して、将真は遥樹へと斬りかかる。普通の奴なら突然の動き出しに驚いてもいいはずの物を、だが遥樹は意外そうな表情もなく受け流した。

何度も繰り返し剣を交え、火花を散らす。

何度目の剣戟だろうか。その直後に遥樹が大きく距離をとる。

それを将真は追おうとするが、遥樹の構えが変わったのを見て足を止める。

「中々楽しい暇潰しになったし……そろそろ、決着と行こうか」

その剣の刃が、光を吸い輝きを増していく。

「お前、それまさか神器⁉︎」

「いいや、これはオーダーメイドの魔導剣だよ。だからこれは__」

神技だ。

遥樹の言葉に顔を顰めながら、将真は片方の剣を捨て、残った一本に集中力を注ぎ込む。

将真の剣に、黒い瘴気のようなものが渦を作り出し、刀身が巨大化したかのような錯覚さえ覚えるほどまで立ち上る。

「さあ、お互いの大技を、ぶつけてみようか」

遥樹の顔には、笑みが浮いていた。

「“黒渦”っ!」

将真の雄叫びと共に、漆黒の渦が遥樹に向かって落ちてくる。

そして。


「『輝ける聖騎士の神剣エクス・カリバー』」


巨大な光の剣が、漆黒の渦ごと将真を一刀両断した。

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