第63話『魔王争奪戦Ⅱ』
2年生最強の小隊である彼女たちの初陣は、1年前の組んだばかりの頃だった。
中等部の生徒が緊急招集をかけられる例は、例えどれだけ実力があろうとごく稀だが、逆に高等部の生徒ならある程度の実力が認められれば、呼ばれる可能性は幾らでもある。だから、一年でありながら実力が図抜けていた彼女たちに緊急招集がかけられたのは当然の事だったのかもしれない。
任務の内容は、高位魔族数体が率いる魔族の大群が城壁前まで進軍してきていたのでこれを排除しろというものだった。彼女たちは1年だったので無理はせず、援護だけでもいいと学園長たる柚葉は言った。
だが、初めての任務が緊急招集だったにも関わらず、彼女たちは微塵も尻込みしなかった。どころか、任務が終わった時に、他の誰よりも疲弊して帰ってきたのだ。
だが、その疲弊は戦闘が激しく、難易度の高いものだったから……ではなかった。単に、熱くなりすぎて彼女たちが出せる全力を出す必要もなく出したせいだった。
彼女たちの能力は、偶然にも炎属性に偏っていた。恵林だけはそもそも器用で何でもこなせる魔導士だったが、3人揃って切り札は超強力な炎属性の魔導だったのだ。
そして__
「くっそ、数が多いな……こうなったら私の『神気霊装』で」
「だ、駄目よ⁉︎」
「榛名ちゃんタダでさえ規模が大きい魔術ばっかり使ってるんだから、今のままで十分だって!」
燈と恵林が早まるなと言わんばかりに榛名を諌める。
榛名の『神気霊装』は、恐らく『神気霊装』の中でも図抜けて規模が大きいものなのだ。こんな乱戦の中で使って仕舞えば、魔族を吹き飛ばす分には問題ないのだが、間違いなく味方の魔導士たちも巻き添えを食う。
「でも、もう少し効率よくなきゃ面倒臭いだろ?」
「まあ、確かにこの数を一体一体ちまちまと潰してくのは面倒ね……」
彼女たちは今、上空に飛んでいた。上からは攻撃打ち放題で、逆に向こうの攻撃はあまり当たらないから一方的といえばその通りなのだが、そもそもこの戦法に大きなアドバンテージがあるのは榛名だけだった。
地面に降りれば話は別だが、それはそれで危険が伴う。
「じゃあ、私が下に降りるよ」
そう言ったのは恵林だった。すると今度は燈も、
「それなら私は、恵林の護衛で降りるわ」
「ちょ、ちょっと待って、私1人でやらなきゃいけないのか⁉︎」
「下はちょっと危ないけど……どうする? 空中から攻撃打ち放題っていうアドバンテージなくしてまで一緒に降りる?」
「ぐっ……」
榛名は言葉に詰まる。畳み掛けるように燈は、指を立てて言う。
「適材適所よ。それに、恵林が本気で戦うなら、護衛は必要になってくるから」
「ぐぅ……わかったよ。ちゃんと後で戻ってこいよ!」
「寂しいの?」
「ち、違うわ!」
榛名が慌てて否定するが、どうにも説得力がなかった。
恵林と燈が下へ降りていくのを確認して、榛名はため息をついた。
「……攻撃打ち放題っていってもなぁ」
退屈なんだよなぁ、とボヤきながら、榛名は砲撃を再開した。
その真下では、杏果たちが魔族と交戦していた。魔族たちが多いせいで魔導士たちが近付けず、結果的に本来味方である魔導士たちたちとの交戦は避けられているのでその点に関してはいいのだが。
杏果は思わず、うんざりと呟く。
「流石に数が多いわね……」
「そりゃ、将真が本当に『魔王』だとしたら、連中が狙う……というか欲しがるのは分からなくわねぇけど、な!」
「まああげるつもりはないけどね!」
響弥と静音が、魔族たちを叩きながら言う。とは言え、疲労が溜まってきているため、あまり長く持ちそうにはなかった。相手がこの数では、いずれ杏果たちがやられるのは時間の問題だ。
その時、上から2つの影が降ってきた。
「……燈さん?」
「それに、恵林先輩まで。どうしたんですか?」
その2人を見て、杏果と静音が訝しげな表情を見せる。降りてきた2人は、こちらを向くなり頷いて、
「うん。ちょっと手伝いに来たんだ」
「私は主に恵林の護衛よ」
『護衛?』
杏果たちの声がハモる。
2人は、再び軽く頷いて、恵林が一歩前へ出る。そして彼女は手を前に突き出した。
すると、掌に大きめの魔法陣が展開されそこから刃が姿を現した。その刃からは火の粉が散り、靡く恵林の髪が長く伸びていき、炎のような真っ赤な煌めきを放っていた。
「これは……⁉︎」
「恵林は『神気霊装』を使えないし神技も持ってないんだよね。でも、彼女は花橘の一族で行われた人体実験の唯一の成功例らしいの」
「人体実験だと……?」
「ええ。あの子の髪が白いのはその反動よ。ついでに言えば、性格もそうかもしれないわね」
彼女が花橘らしくないまともさを持っているのは生来よりそういう性格だったから、と言うだけではない。人体実験にされた思い出があるからこそ、彼女はまともなだけでなく、より花橘らしさを失っていった。それは、悪いことではないのだけれど。
「……恵林さんがされた人体実験っていうのは、一体どんなものなんですか?」
恐る恐る杏果が問いかけてみる。すると燈は、どうという事もなく語る。
「神器をその身に宿すっていう、『神器一体』だったかしらね」
「それって……」
「この世界で見つかっている神器は少ないけれど、それを花橘は隠し持っていたの。そしてそれを恵林の中に埋め込んだ」
数多くの被験者を犠牲にして生み出した、たった1人の成功例。
その神器の名を、恵林が口にする。
「__〈煉獄の剣〉」
完全に姿を現したその剣は、とても猛々しい炎を纏って、火の粉を散らしていた。美しいといえば美しいかもしれないが、それ以上に禍々しいと言ってもいいかもしれない。
その剣を、恵林が横一文字に軽く振り抜く。それだけで、彼女の正面から襲いかかろうとする魔族たちが吹き飛ばされ、マグマのような灼熱の炎を浴びて灰になっていった。
魔族は、断末魔を上げることすらなく消えていき、恵林の表情には、微かな笑みが浮いている。
「なんか……楽しんでない?」
「確かにあの武器を使ってる時は、珍しく花橘らしさが表に出てくるんだけど、あくまで客観的な見方なのよそれは」
「客観的、ですか」
「ええ。実際には、あの状態の彼女は非常に気弱というかネガティヴと言うか……」
「とてもそうは見えませんよ⁉︎」
信じられないと静音が顔を引きつらせる。
「だから護衛が必要なの。使い続けると彼女が精神的に不安定になっちゃうからね」
「そういう事ですか……」
「なら任せちゃおけねぇな。俺らも早いとこやるぞ」
「そうね」
響弥が拳を掌に突き合わせて言う。杏果も戦斧を構えてこくりと頷いた。
「いやぁ、やっぱりアレだね……」
ボロボロになった少女が、地面に転がって感慨深そうに呟いた。
「私じゃ、無理だったよ」
「あのねぇ、あなたもうちょっと踏ん張りなさいよっ!」
あっけらかんと言った少女に、別の少女が怒鳴る。
倒れている方の少女は、1年生学年序列8位の名草真那。そして1人必死に戦っているのは、1年生学年序列10位の黒霧紅麗。2人とも風間遥樹のチームメイトで、彼の指示によりとある人物の足止めを頼まれていたのだ。
だが、どう見ても彼女たちは、否、紅麗は劣勢だった。
近距離戦も可能だがでもまあそれだけという真那は、彼女を通せんぼした瞬間倒されるというあまりに役立たずだったのだ。
そして、2人の刃が交差する。
「うっ……!」
思いがけない衝撃に、紅麗は堪らず声を上げて後ろに下がる。彼女の体には、血が流れ出さない不自然な切り傷が無数にあった。切り傷自体は、目の前の彼女に切られてできたものだが。
そして少女が再び切り掛かってくる。その瞬間、紅麗はニヤリと笑みを浮かべた。
紅麗の全身の切り傷から、無数の刃が恐るべき勢いで飛び出す。
「っ__!」
それを見た少女は、咄嗟に後退した。
「……うわ、あのタイミングで逃げ切るとかあり得ない」
流石学園トップ、と紅麗は舌をまく。
「何のつもりかしら?」
目の前の少女__楓が、不自然なくらい無表情で問いかける。立ち上がった彼女には、僅かに切り傷が付いているだけで、それ以外に目立った外傷はない。つまり、アレをほぼ無傷で。
その様子に寒気を覚えながらも、紅麗は気丈に振る舞う。
「アレを躱すなんて、流石としか言いようがないですね」
「……あなたの体から出てきた刃、全部血液ね。あなたの魔導は、血を武器にするというものかしら」
「厳密に言えば、血を物質化するという魔導です」
紅麗は、苦笑を浮かべながら話を戻した。
「……あなたの方こそ、学園トップが裏切っちゃっていいんですかー?」
「いいのよ。むしろこうすることが、いずれ必ず柚葉さんのためになる」
「……学園長の?」
紅麗は、その言葉に首を傾げる。
日本を裏切ることが、何をどう解釈すると柚葉の為になるのかが彼女には理解できなかったのだ。
そして、そんな紅麗を見かねて、楓がため息をついた。僅かな傷も、もう塞がっている。
「別に、理解できない人に理解しろとは言わないわ。けれど私にはちゃんとした目的があるの。だからそこを開けなさい」
「いや、申し訳ないですけど、ちゃんとした理由じゃないとはいえ、こっちにもあなたの足止めという目的があるんですよ。せめて遥樹の気が済むまで、ここでゆっくりしてもらうつもりですから」
「……そう、なら仕方がないわね」
楓は諦めたように再びため息をついて、
「……ちょっと痛い思いすることになるけど、それくらいは我慢できるわよね?」
「お、お手柔らかにお願いします……」
紅麗は、顔を引きつらせながら後退りしようとする体に鞭を打つような気分で、足に力を入れる。
「学年及び学園序列1位美空楓。ここからは少し本気で、推して参ります」
紅麗の目の前に、刃が突き出された。




