第62話『魔王争奪戦』
「……将真くん」
今にも泣きそうな、悲痛な笑みを見たリンは、沈痛な面持ちになる。
「俺にも、わからないんだ」
将真は、静かに繰り返し続ける。
「俺は、自分が魔王じゃないって思ってたんだ。でも、改めて考えてみて、この力を見てみたら、自分の事も信じられなくなって……俺は、自分が魔王じゃないなんて言い切れない」
その表情は、不安そのものだった。悩んで、悩んで、結局答えなんて出なかった。
リンは、唇を噛んで、将真の手を握る。
「……リン?」
「大丈夫。将真くんは魔王なんかじゃない」
「いや、でも……」
「本当に魔王だったら、悩まないしそんな顔しないよ。だから大丈夫。将真は魔王じゃない。ボクが保証する」
「……」
ポカンとした表情を作った将真は、やがて噴き出して苦笑を浮かべた。
「リンに保証されてもなぁ」
「あ、酷い!」
「ごめんごめん……でも、ありがとう。信じてくれて」
そして将真は、みんなの方を向いて頭をさげる。
「みんなも、わざわざ来てくれてありがとう」
それを聞いた各々の反応は似たようなものだった。意外そうな表情をすると共に、照れ臭そうにする。
「まあ、将真さんが魔王だとは考えにくかったっすし」
「今まで何度も助けられてきたからね」
「本来なら私たちの方が序列は上なんだから、逆があってもいいでしょう?」
「俺ら9人揃ってっていうのがもう当たり前になってきたからな。将真がいなくなるとなんかしっくりこねぇ」
最後に、リンが将真の顔を見上げて言う。
「みんな、将真くんの事を信じてきてくれたんだ。大事な仲間だからね。だから将真くんも信じて?」
「……そうだな」
将真はこくりと頷いてみせた。すると、切り替えるように莉緒が手を叩く。
「さて、問題はこの後どうするかって話っすけど」
「逃げるしかなくね?」
「それ以前に私たち囲まれてるのよ?」
「じゃあ魔導士みんな凍らせて……」
「あんまり敵対行為に見なされることはしない方が……」
その時、ぴくりと反応した将真が、頭を上げて魔導士たちを見た。いや、正確にはその奥だ。それに気がついてリンたちも将真が見ている方を向く。
そして、それを見た。
『……』
全員が口を開けて、中には信じられないと頭を振る者もいる。
それは、余りにも多すぎる魔族の大群だった。しかも魔族の大群は、こちらに向かってきている。
「……嘘でしょ?」
「将真、まさかあなたが……」
思わず呟いた杏果は、将真の戦慄した表情を見てそれはないと思い直す。
ようやく魔族たちの声が聞き取れる距離まで迫られつつあり、その会話とも言えない声の内容は、リンたちにとってはある程度予想できたものだった。
「いたぞ、魔王だ!」
「早く捕まえるぞ!」
「魔王を完全に復活させるのだぁ!」
「……やっぱり、目的は将真さんっすか!」
それを聞いた莉緒が、苦笑いを浮かべる。
「ちょっとマズイっすね。魔導士に加えて魔族の大群……」
「この中を切り抜けるのは、さすがに辛いかも」
美緒もまた、莉緒の言葉の続きを口にしながら眉を顰める。疲弊したリンたちでは、この中を切り抜けられるような体力は残ってないかもしれない。
すると、将真が魔導士たちがいる方へと首を向けた。その表情は、何かを決心したかのようだった。
「将真くん、何を……」
「……原因は俺だからさ。やっぱり、みんなを巻き込めないよ」
「え……?」
リンが呆然と呟くと、将真は彼女の肩に手を置く。
「リン、みんなと逃げるんだ」
「そんな……将真くんはどうするつもりなの⁉︎」
「俺は戦うよ。じっとしていても捕まっても、ろくな結果にならないことは目に見えているから。だから俺は力の限り抵抗する。その間にみんなで逃げてくれ」
「そんな……あ、将真くん!」
リンの返事を待たずに、将真は追っ手の魔導士たちへと突貫して行った。
その様子に気がついた魔導士たちが、それぞれに声を上げる。
「『魔王』が来るぞ!」
「総員、戦闘態勢に入れ!」
「__ぅぉおおぉぉおおおぉぉっ!」
将真が握る漆黒の2振りの棒剣が、雄叫びと共に漆黒の風を纏う。それを、思いっきり地面に振り下ろす。
将真の魔導を用いた剣技“黒風”。だがそれは、本来の威力よりも数段上だった。地面はひび割れ巻き上がり、魔導士たちをも巻き込んで悲鳴が上がる。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
「怯むな! 相手はたった1人だ!」
「所詮軽症だ、動くのに何の問題もない!」
吹き飛ばされた魔導士たちは、口にした通りこのまま戦い続けても支障のない程度のダメージだった。
彼らはすぐに立ち上がり、前を行く無傷の魔導士たちに続いて将真へと各々の武器を構え再び向かってくる。
「死ね『魔王』!」
「俺は……!」
将真は、向けられた攻撃を弾き返し、隙が生まれた魔導士たちに蹴り殴るなりの攻撃を加える。
タダでさえ将真の身体能力は、魔導士の中でも高い方なのだ。それをこんな化け物じみた力を加算した膂力で物理攻撃に出れば、必然その威力は異常に高く、普通の魔導なんかよりもよほど高火力だ。
攻撃を受けた魔導士たちは、車に跳ねられたような勢いで後方へと吹き飛ばされる。
その様子を見た魔導士たちの動きが少しだけ止まる。将真は深呼吸をして呟く。
「俺は、『魔王』じゃない……!」
「く、まだだ! ここで止まるな!」
その声は魔導士たちに聞こえてなかったようで、彼らはまた将真へと向かってくる。
__話し合いの余地もないのかよ……!
ギリッ、と歯をくいしばり、将真も今度は、迎撃だけでなく自ら攻撃に入る。
魔導士たちの魔術や魔法が将真を直撃するが、多少ぐらつくだけで将真にダメージはない。彼の魔力によって、魔術や魔法が打ち消されているのだ。
更に、交戦中に将真の武器がガラスが割れるような音を響かせ壊れる。
「もらった__っ⁉︎」
隙が生まれ、そこを狙った魔導士。
だが、将真は狼狽えることもなく攻撃を躱す。当たると思っていた魔導士は、そのせいで逆に隙が出来て、将真はそこに蹴りを入れて魔導士を吹き飛ばした。
その直後、後方より迫ってきた刃を、将真は後ろを確認せずにしゃがんで回避。そして、再度精製した漆黒の棒剣を手にして振り上げ、相手の武器を弾く。
この、何の力なのかも不明な化け物じみた力の影響で、戦闘能力だけでなく戦闘技能までもが異様に向上しているのだ。
再び、将真の武器が破壊される。すると今度は、
「はぁぁぁっ!」
「っ!」
神技が目の前に迫り、将真は息を呑む。
神話憑依や神気霊装を使えるものは自警団の魔導士の中にもそうはいない。だが、不完全極まりないが、神技だけなら使えるという魔導士はいるにはいる。
今回、『魔王』討伐に駆り出された自警団の中に、神技だけを使える者がいる可能性は予想できたことだった。
対抗手段があるかは別だが。
打つ手がない将真は、止むを得ず右手を突き出す。
「馬鹿か貴様は__」
魔導士は少し笑みを浮かべてそのまま振り下ろす。そして、将真の右手と接触し__神技は武器ごと、粉々に砕け散る。
将真は目を見開いて呆然と口を開く。
「なっ__」
「何だと……⁉︎」
当然、神技を武器ごと粉砕された魔導士も驚いていた。
そして、すぐに意識を切り替えた将真は、隙だらけの魔導士の胴に蹴りを入れて吹き飛ばす。
「気をつけろ! あの右手は神技すら破壊するぞ!」
「……くっそ、マジで化け物みたいじゃないかこんな力」
自身の姿や力を嘲笑いながら、表情を引き締めて将真は地面を蹴る。
1人で戦うには多すぎる魔導士たち。それでも将真はその状況で優位に戦っていた。
だが、将真はまだ魔導士として未熟だった。だから、そんな力を持ったところで何でもできるというわけではない。
遂に反応しきれない攻撃が出てきて、決定的な一撃が背後に迫った。
痛みを覚悟した将真は歯を食い縛るが、攻撃は当たらなかった。代わりに、背後から悲鳴が聞こえてきて、背後にいた魔導士が吹っ飛ばされたのが見てわかった。
そして、後方を振り向くと、そこにはリンが槍を携えて立っていた。
「リン⁉︎ 逃げろって言っただろ⁉︎」
「ううん、やっぱり1人じゃ危険だよ。一緒に戦わせて」
「いや、でも……」
「ボクたちは、将真くんを助けに来たんだよ。なのに、将真くんに守ってもらってばかりなんて納得できない」
頑としてその姿勢を崩さない、珍しいリンの態度を目の前に、将真は軽く溜息をついた。その表情からは、意志の強さがありありと見えるようだった。
将真は、リンに背を向けて呟く。
「……わかった。背後は頼むぜ」
「うん!」
「おっと、自分も忘れないで欲しいっす」
「り、莉緒まで……」
「そう言わないでくださいっすよ。仲間でしょ?」
「……杏果たちはどうしたんだよ」
こうもバラバラに動いては中隊で動く意味は……と考えていたのだが、莉緒は別の方を指差して言った。
「みんな小隊で動いてるっす。その方が機動力はあるっすから」
「まあそうだけどな……」
「それに、先輩たちも来てくれたみたいっすから」
「先輩?」
莉緒のその言葉に、将真は首を傾げる。わざわざ日本に楯突いてまで自分を助けようとしてくれる先輩なんていただろうか、と。
だが、その答えはすぐに出た。というか、降ってきた。文字通り火柱が降ってきた。
「のぉっ⁉︎」
『うわぁぁぁぁぁっ!』
思わぬ衝撃に将真は声を上げ、火柱の真下や周囲にいた魔導士たちは、吹っ飛ばされ巻き上げられながら悲鳴をあげる。
「な、何だ今の!」
「鬼人ランディとの戦いの後に助けてくれた先輩たちがいるってのは聞いてるっすか?」
「まあ、一応……」
「今回も先輩たちが協力してくれたの。別行動してたんだけど、多分、騒動に気がついて来てくれたんだと思う」
「……あの人たちもわざわざ来てくれたのか」
申し訳なくなると同時に、自分の為にそこまでしてくれる人がそんなにいることを思うと、少し嬉しかったりする。
「まあ先輩たちに関しては、柚葉さんのやり口が気に入らなかったってのもあるみたいっすけど」
「台無しだなこの野郎……」
更に、遠くで声が上がる。今度は魔族たちの悲鳴だった。閃光と共に上空へと吹き飛ばされては貫かれたりして地面へと落ちていく。誰かは分からないが、魔族があれだけいても相手にならないような人物が来ていることは心強かった。
それだけではなかった。
「おお、学園生最強のチームが来てくれたぞ!」
声を上げたのは魔導士たちだった。その視線の先にいたのは、美空楓率いる、彼らの言葉通り学園最強の小隊だった。
彼女たちまでもが敵に回って仕舞えば流石にどうしようもないんじゃないか、と不安に思う将真だが、彼女は驚くべきことを口にした。
「残念だけど……私は私の目的の為に、彼とその仲間を保護し、助けてあげることにしたの。だから、今の私たちは、日本の敵よ」
その言葉と同時に、彼女の背後に立っている2人の少年が武器を構える。
「なっ……、くそ、仕方がない。反逆者もろとも、迅速に『魔王』討伐を実行するぞ!」
『おぉぉぉぉぉっ!』
将真は、いつの間にか小さく笑みを浮かべていた。これなら、みんな生き残って帰れるかもしれない。その安堵ゆえだった。
だが、残念な事に、そう簡単に事は運びそうになかった。
更に別の小隊が、戦いに合流したのだ。
魔導士たちは、歓喜ではなく不安の混じった叫び声を上げる。
「か、風間遥樹たちが来たぞ!」
「なっ……」
風間遥樹。1年最強で学園でも十席に入る猛者中の猛者。更に、剣を切り結べば学園内で彼に勝てるものはいないという。
できれば彼も味方であって欲しいと将真は願う。
魔導士たちは、遥樹に問いかける。
「お、お前は、どっちの味方なんだ……?」
すると、遥樹は静かに微笑を浮かべる。
「安心してください。僕はあなたたちの味方ではありませんが、敵でもありません」
「それはつまり……」
「……2人には、あの人の足止めを頼んでもいいかい?」
そう言って遥樹が指差したのは__楓だった。
「なっ……」
それを見て将真は、顔を引きつらせる。
2人の少女は顔を見合わせると、1人は眠そうな表情で、1人は若干呆れた表情で軽く頷いた。
「オッケェ」
「……わかったわ」
そして2人の少女がその場を離脱する。
そして遥樹が、こちらに歩いてきた。
「2人とも下がれ!」
「ダメだよ1人じゃ__」
「リンさんちょっと待つっす!」
声を上げようとしたリンの肩を莉緒が抑える。それと同時に、将真が後方へと押されていく。それも、凄い勢いだ。
「将真くん!」
「ぐっ……この野郎!」
「久し振りだね片桐将真。こうして話すのは4月以来かな?」
「お前は……っ」
「安心してくれ。僕は君を殺す気なんてないから」
「なっ⁉︎ ……ぐぁ!」
遥樹の思わぬ台詞に目を見開いた将真は、そのまま力負けして後方へと押し返される。
__この状態で俺の方が力負けするのかよ⁉︎
将真は内心激しく動揺しながらも遥樹を鋭く見据える。
「俺を殺す気は無いって、どういう事だ?」
「簡単な事だよ。僕は今魔王討伐という建前でここにいる。本当の目的は、君と戦ってみたかったのさ」
「……学年トップが、低序列とか?」
「序列がイコールでそのままその人の強さだとは限らない。現に君は、低序列でありながら高位魔族と張り合うくらいの実力を持っているし、幾度となく仲間の窮地を救ったみたいじゃないか」
「それは……」
言い返そうとして、将真は口を噤む。それがこの、『魔王』の力かもしれないものに頼ってのものだと思い出すと、うまく言葉にできない嫌な感じが胸の中に広がった。
遥樹は、そんな将真の心境を知ってか知らずか、気にせず話を続ける。
「時折こうして疼いて止められないんだ。だから少し胸を貸してくれないかい、『魔王』?」
「っ……」
将真の中で、ぷちんと何かが切れた。元々理性が外れやすくなっているこの状況だから仕方ないと言えば仕方ないが。
将真の化け物のような右手の、装甲のようなそれ。今までは手だけだったのが、いつの間にか手首まで侵食していた。
将真は、地面を蹴って遥樹へと漆黒の棒剣を振りかざす。
「だから……俺は『魔王』じゃねぇって言ってるだろうが!」
「それでいい__できる限り、楽しませてくれ」
両者の剣が、激突する。




