第58話『将真(魔王)探し』
外に出ると、2人の少年が楓を待っていた。
彼らは、やってきた楓に気がついて声をかけてくる。
「やあ」
「よぉ」
「……どうも」
楓もまた、複雑な心境を隠しながら微笑みを浮かべて挨拶を返す。
それを見た灰色の髪の少年が、うんうんと頷いてみる。
そして、
「じゃあ行こうか」
「……ええ、そうね」
ぎこちなく頷きながら、楓は灰色の髪の少年の後をついていく。その後ろを、橙色の髪の少年がついてくる。
「……それで、学園長に何て言われたんだい? と言っても、だいたい予想はついてるけどね」
「じゃあ聞かないで欲しいのだけれど」
「期限悪りぃなぁ姐御」
「その呼び方はやめてっていつも言ってるのに……」
楓は手を顔に当ててため息をついた。
この2人は、楓と同じく学年序列及び学園序列十席に入っている少年たちだ。
楓とこの2人の少年が、第一席、第二席、第三席を占領している。一人一人が高位魔族を数体まとめて相手取れる猛者。
第二席の灰色の髪をした少年は四ノ宮慎也。優男然とした少年だ。
第三席の橙色の髪をした少年は五十鈴辰哉。ちょっとチャラ男っぽいところがあり、何故か楓を「姐御」と呼んでいる。
楓から見たら、自分も含めてとても序列トップ3人とは思えないと言うのが本音だったりする。
何を言われたのか、という慎也の言葉に、ゆっくりと答える。
「『あなたも片桐将真を探しに行きなさい。そして見つけ次第殺して』……って」
「うんまあそうだろうね」
「わかってたのなら聞かないで頂戴」
楓は再び同じようなことを言って大きくため息をつく。
そんな楓を見て、辰哉が口を開く。
「姐御はどうするつもりなんだ?」
「どうするって……」
「別に俺も慎也も、あいつに……どころか、別に魔族そのものに恨みはないぜ?」
「そうだね」
慎也がその言葉に同意して続ける。
「楓がいかにも納得いかないって顔してるからさ。こうして都市の外に出た以上、誰かに聞かれる心配もない。だから、君がどうしたいのか聞かせてよ」
「……あなたたちはどうするつもりなのよ」
「僕たちは君に従うよ」
「リーダーは姐御だぜ。ここはビシッと方針決めてくれよ」
「……どうなっても知らないわよ」
呆れたように楓が呟く。それを聞いた2人は、顔を合わせて苦笑を浮かべる。
「……柚葉さんの為にも、私は片桐将真を殺さない。殺すわけにはいかない。彼を安全な場所へ逃がすか守るか……それでもよければついてきなさい」
「……それが、今君がやるべきことだと言うのなら構わないよ」
「俺が姐御の言うことに口を挟むと思うか?」
「せめて少しは挟みなさいよ……」
全く、とため息をつく楓は、だが少しだけ嬉しそうだった。
「やっぱり、1人で日本を敵に回すのは不安だったのかい?」
「心読むのやめてくれない? あと、敵に回すつもりはないわよ」
楓はぶっきら棒に返した。
だが、確かに彼の言う通りで、だからこそ2人が共にきてくれると言ってくれただけで少し楽になった気がする、というのはあったりする。
「じゃあ、改めて行きましょう」
「うん」
「おうっ!」
2人が楓に同意し、楓の小隊は加速を始めた。
まだ午後にもなってないこの時間。
都市の外にいる者の数名は、この時すでに異変に気付きつつあった。
速度を落としながら将真は木の枝から降りて、木を背にして隙間から奥の様子を伺っていた。
何やら幾つもの気配を感じたものだから、もう追っ手が来たのかと思ったのだが……。
「……またか」
将真はポツリと呟いた。
そこにいたのは、魔族たちだった。今目視出来ているだけでもその数は10体以上。ゴブリンとコボルド、ゴーレムまでいるではないか。一体一体はそんなに強くないが、特にゴーレムなんかに群れられては面倒だ。
将真は、気配を最小限まで押し殺して、魔族たちを避けて進む。
彼は、先ほどから何度も似たような光景を目にしていた。
やたらと気配が多いと思って、警戒しながらその様子を見ると、それらは全てがことごとく魔族の群れだった。
それも、はぐれ者とかではなく、完全に統率されていた。それを何度も見かけるというのは、幾ら何でも頻度が高いが故に怪しい。
何やら会話をしているようだったが、少し距離が離れているために聞き取れなかった。
群れている魔族だけではない。
二、三体、時には一体のみで彷徨く魔族の姿も何度か見た。
何が起きているのか。
気になってしょうがなかったが、ここで立ち止まるわけにもいかなかった。
将真は、頭をブンブンと振って意識を切り替え、魔族と十分に距離をとったことを確認。更に周りに魔族や魔導士の気配がない事も確認した上で、速度を上げて再び先を進み始めた。
昼食を終えて、再度出発して3時間ほど。
森を抜けて一つの街に到着した。と言っても、恐らくは人っ子一人いない廃墟と化した街だが。
日本で確認されている人が住んでいる街といえば、『日本都市』しかないのだから当然といえば当然だが。
森を抜けては見つかる危険も高く、ゆえに彼女たちは再び莉緒の『贋作人形』の恩恵に授かり、周囲に見えない状態での移動をしていた。最悪のケースを考えて、廃墟も利用しながら。
そして、聡明でこの世界です目慣れた彼女たちは、将真よりも短い時間でその異変に気がつき始めていた。
廃墟で隠れて、ひょっこりと瓦礫から顔を出してその様子を見ていた。まあ、そんな事しなくても、今の彼女たちは普通には見えないのだが。
「……アレって、ゴブリンだよな?」
「さっきはコボルドがいたよね……」
響弥が眉を潜めて呟き、泣きそうな声で佳奈恵も呟く。
更に杏果が、上を見上げて小声で言った。
「上にはドラゴンもいるわよ」
「何ドラゴンっすか?」
「……レッドドラゴン?」
「じゃあ大丈夫っすね」
そもそも、ドラゴンは魔族ではなく魔物だ。
美緒が何気ない口調で問いかけてくる。
「このくらいの数ならなんとかなると思うけど、倒しとく?」
「いや、やめといたほうがいいっす」
「うん。あんまり派手なことするとバレちゃうかもしれないからね」
リンも同意して頷く。
すると今度は、今まで黙っていた静音が口を開く。
「……なんかやたら多いね」
「何がだよ?」
不愉快そうに眉を歪めた猛に、静音はのんびりと答えた。
「ん〜、魔族とか魔物とか」
「俺らの姿は見えないんだろ? なのにここまで慎重になってどうするんだよ」
「自分たちはあくまで見えなくなってるだけっすからね。音とか匂いでもバレる可能性はあるんすよ?」
「つっても、それだってある程度は抑えられてるんだろ?」
「念には念を、すよ。自分たちがやってることを考えれば、これくらい警戒したってしすぎじゃないと思わないっすか?」
「……俺は警戒しすぎな気もするがな」
莉緒の言葉を聞くと渋々納得したようで、猛はそれっきり口を閉じた。
リンは魔族たちの様子を見て、何かを話していることに気がつく。
「ねぇ、なんかゴブリンたち喋ってるよ?」
「さすがにこの距離から普通に会話の内容聞き取る方法はないよ?」
静音が少し呆れ気味に言う。
先ほど彼女がこの辺りに魔族や魔物が多いとわかったのは、彼女が魔法『鷹の目』を使ったからだ。
別に難しい魔法ではないが、そう簡単に習得できるものでもなく、今リンたちの中でそれを支えるのは何かと器用な静音だけだったのだ。
だが、音まではどうやら聞き取れないらしい。
そこで、莉緒が声を上げた。
「それなら、自分に任せるっすよ」
「どうするの?」
「そうっすねー……」
莉緒はキョロキョロと辺りを見渡すと、とある一点を見て頷いた。
「美緒。あそこにいる単体のコボルド見えるっすか?」
「……うん、見つけた」
「アレを気づかれないように倒して、体の一部だけでもいいっすからここまで持ってこれないっすか?」
「わかった」
美緒は、言われた通りにコボルドに狙いを定め、次の瞬間コボルドの足元から氷の花が生えてくる。それは瞬く間にコボルドを覆い、悲鳴をあげる間もなく凍りついた。
そして今度は、その氷の塊の下に影が生まれる。
「え、美緒ちゃんそこまで影魔法コントロール出来てるの?」
「……ちょっと、違う」
リンの問いかけに、美緒は辛そうな声を漏らす。その額には脂汗が滲み、夏服によってむき出しになっている腕は、血管が少し浮き出ていた。
「……もしかして、結構無理してる?」
「このくらい、大したことない」
「でも……」
リンが不安そうにしていると、氷の塊がすべて影に飲まれ、美緒は一息つく。そして自身の影に手を突っ込んで、パキン、という音と共に手を引き抜く。
「ひっ……」
「あ」
それを見て、佳奈恵が小さく悲鳴をあげる。それを取り出した美緒も、しまったというように珍しく顔をしかめた。
取り出されたのは、コボルドの首だった。
「美緒、流石にそれはどうかと思うんすけど……」
「ごめん」
「まあ、とりあえず目的は達成っすね」
「これでどうするの?」
リンが問いかける。莉緒は、指を唇に当てて、
「少し見ててくださいっす」
そう言うと、コボルドの首に手を触れた。
そして、何かを唱える。すると、ステルス化された空間の中にコボルドが現れる。
「……まさか」
「こいつをあの群れに突っ込ませて、会話の内容を聞くんすよ。感覚は共有可能っすからね」
そう言うなり、莉緒は偽コボルドを操って魔族たちの元へと進ませる。
「……見つかったか?」
「いや、こっちにもいやしねぇ」
「どこに嫌がるんだ? あの話はマジなのかぁ?」
「あの話ってなんだっけか?」
魔族たちの会話の中に、その辺を見回っていたコボルドが入ってくる。
「あぁ? なんだオメェ寝ぼけてんのか?」
「わりぃわりぃ、ちゃんと話聞いてなくってよ」
グヘヘ、とコボルドは笑い声をあげる。
しょうがねぇなぁと別のコボルドがそれを語り始めた。
「……ねぇ、それでどうするの?」
「そうっすね……とりあえず、奴らから聞いた言葉を全部そのまま口にするっすから、聴き漏らしがないようにしててくださいっす」
「了解」
リンたちは莉緒の言葉にしたがい、そのセリフに耳を傾ける。
普通にありそうな会話から始まったそれは、だがその初めの段階だけでも、魔族たちが何かを探しているということがわかった。
そして、
「『魔王が目覚めたって話があったじゃねえかよ。俺たちはそんな不確かな情報で駆り出されてんだ忘れてんのか?』」
『……__っ⁉︎』
それを聞いたリンたちは、戦慄を覚えた。そして莉緒はさらに続ける。
「『だが、吸血鬼の貴族がコテンパンにやられて帰ってくるなり言ってたからなぁ、魔王が現れたって。そりゃあ探すしかねぇよなぁ。しかも魔導士の中に紛れてるらしいしよぉ』」
間違いない。リンたちは確信を覚えた。
それと同時に、偽コボルドは移動を再開し、誰の目にも映らないところで完全に消滅する。
「魔族たちが探してるのって……」
「……将真さんで間違いないっすね」
リンは、不安そうな表情で顔を俯けた。
将真は魔王ではない。
だが、今の会話から、以前戦って逃がしたらしい吸血鬼の証言であり、その吸血鬼は将真の力を目の当たりにしている。
加えて、魔族だと言うのなら魔王であると確信があったのだろう。
「そんな……じゃあ将真くんは本当に……」
「ダメっすよリンさん」
思わず泣き言を言いだしそうになるリンに、静かに莉緒が怒っていた。
「……莉緒ちゃん?」
「助けるんでしょう、将真さんを。そう簡単に諦めちゃダメっす。将真さんに本当の事を聞くまで、絶対に諦めちゃダメっす」
「……うん。そうだね」
リンは気を取り直して小さく頷いた。
そうだ。まだ彼の口から聞いてないじゃないか。
最悪の場合、本当に彼が魔王だった場合は自分たちの手で……だが、それは将真に会うまでわからない。
そんなリンの様子をみて、みんなホッと息をついていた。
それぞれ何かと理由をつけて将真を探しているが、基本的にはリンの強い意志についてきているだけだ。そのリンが崩れたら、日本の敵に回った今、彼女たちは路頭に迷う事となるだろう。
杏果は小さく笑みを浮かべ、
「よし、じゃあ行くわよ」
「うん!」
「慎重にだけど」
「う、うん!」
ようやく彼女たちは、慎重に慎重を重ねながら動き始めた。




