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第57話『懸念』

将真を探し始めて2日目の朝。

リンたちは早い時間に目を覚まして、すぐに移動を開始した。

夜中も、視界が悪くなる時間帯のうちに早めに眠りについていたので、寝不足ということはなく、頭はちゃんと冴えていた。

莉緒の隠蔽魔法は今もまだ発動中だ。どうやら、うまく撒けたらしい。

今はほとんど周りに気配がないので、魔導士としての本来の速度で移動していた。

リンは、莉緒の方に首を向けて問いかける。

「他の人たちの動きは、どんな感じ?」

「んー……まあ少なくとも、今すぐに追いつかれることはなさそうっすね」

少し目を閉じて、眉をひそめた後、莉緒はそう言った。

彼女が作り出した分身とは、視界が共有できるらしい。と言っても、一方的なものだが。

リンたちは、さらに一段階速度を上げる。すると、遂に1人が根を上げた。

「ちょ、ちょっとみんな、速いよぉ〜……」

少しずつ距離が開いてきて、その動きがヘロヘロになってきている佳奈恵は、情けない声を上げてそのまま立ち止まった。

彼女は、一般人と比べても平凡な運動能力だ。魔導士としてならば、その運動能力は決して高くない……というか低い。

杏果がすこし呆れたように溜息をつく。

「泣き言言わない。今はすこしでも早く将真を見つけなくちゃいけないんだから」

「で、でも体力的に、もう動けない……」

「じゃあどうすんだ? 必要以上にのんびり休憩を取るのもマズイだろ?」

響弥の言う通り、リンたちは決してのんびりしていられない状況に置かれている。

当然だ。ただ将真を探しに出たならまだしも、今彼女たちは、日本を裏切って行動しているのと同意なのだから。

「わ、わかってるけどぉ……」

佳奈恵が申し訳なさそうに顔を伏せる。どうしようかと考えていると、猛が佳奈恵の服の首根っこを掴みあげる。

「ぐぇっ」

「俺が担いでく。これなら対して遅れは出ない」

「いいの? 幾ら何でも人1人担いで速く動くのは……」

「どうせ昼飯食う為にどっかで休憩を取るんだ。それまでくらい余裕だ」

猛の言い方は、誰かに張り合っているようにも見えたが、まあそれはともかく。

「のんびりしてらんねぇんだろ」

「……うん。わかった、お願い」

「え、ちょっと待って私の意志は⁉︎」

「お前は帰ってきたらまず体力作りだな」

「えぇぇっ⁉︎」

堪らず叫び声をあげる佳奈恵。

だが、それに一切聞く耳を持たず、猛は足を進めた。リンたちもそれを追うように再出発する。

しばらく移動をしていると、ふと静音が不安そうな声を出す。

「榛名先輩たちは大丈夫だろうか……」

「心配してもしょうがないっすよ。自分たちが揃ってもあの3人にはどうせ勝てないんすから、信じる他ないっす」

「……でも、確かに心配だね」

リンは、静音に同意して頷く。そして、昨日再開した彼女たちのことを思い出す。




城壁を抜けて、リンたちは止まることなく走り続け、すこし離れた森の中に入り込んだ。

自然と調和させて、カモフラージュさせる為に、都市を出てすぐに現れる森だ。入り組んでいる上に深い森なので、魔力さえ使わずに入ればそれだけで隠れるのにはもってこいだ。加えて、莉緒の『贋作人形フェイカードール』によって、自分たちの姿は見えない。

そうしてようやくリンたちは一安心とでも言うように、大きく溜息をついた。

「ご、ごめんなさい……」

佳奈恵が深い謝罪をする。

確かに、彼女のせいで都市を脱出したことはバレてしまったのだが、逆に彼女のおかげで外へ出られたことを考えると、むしろ感謝すべきところだろう。

それに、

「心配することはないっすよ。逃げた事はバレても、自分たちの姿はカメラにさえ映らないっすから」

という事らしい。

「すこし休憩したら移動しましょう」

「そっすねぇ」

美緒の言葉に頷きながら、莉緒は自分の影に手を突っ込んで、そこからポーションのようなものを取り出した。そして、蓋を取って中身を口の中に流し込む。

そうして莉緒がハフゥと溜息をつく。

正直、日本都市内にいた時はいつ見つかるかと思い、とても精神的に余裕など持てるはずもなく、必然的にすごく疲れていた。

その時、ガサリと森の奥の茂みが揺れる。

『__っ⁉︎』

リラックスした状態から一転、全員の中に緊張感が走る。

リンが、僅かに声を震わせながら呟く。

「……今のは」

「……なんか、突然気配が生まれたっすね」

「ちょっと見てみる?」

美緒が揺れた茂みの奥を指差して何気なく言ってみる。それに対して莉緒は首を横に振って、

「いや、そんな迂闊な真似はやめといたほうが……って!」

すでに行動に移っていた静音の方を見て目を見開いた。張り詰めた空気の中、静音がちょいちょいと手招きをする。

ゆっくりと茂みに近づいて、そっと奥を覗き込む。

そこには__

「っ⁉︎ 先輩⁉︎」

全身あちこちが血に濡れて、服もボロボロなのにもかかわらず、何故か無傷な榛名。逆に、特に目立った傷もないのに気を失って辛そうな表情をしている燈。そして、その2人を連れてきたらしい恵林がいた。

リンはすぐさま立ち上がって、榛名たちの元へと駆けつける。

それに気がついた榛名は、木の幹にもたれかかったまま、片手を上げた。

「お、よかった。ちゃんと外に出られたんだな」

「そんな事より、どうしたんすかその傷は」

「いや、学園長が思ったより出鱈目な強さを持ってたってだけだよ」

「学園長が生徒より弱いわけないって言うのは事実だったみたいだね」

榛名が大きく溜息をつき、それに続くように残念そうな口調で恵林が言った。

「近接戦闘なら間違いなく学園最強クラスの燈もこのザマだからなー……」

「燈先輩も、学園長に……」

「逃げるので精一杯だったよ。未だにあそこにいたら多分、燈ちゃんは死んじゃってたと思う」

「……」

リンたちは、顔を俯けて不安そうな表情を作る。だが、それに喝を入れるように、榛名が言った。

「何落ち込んでるんだ。これから日本を敵に回すってのに、そんなんじゃすぐにでも捕まっちゃうぞ」

「でも……」

「私たちの事は気にするな。大した事はない」

その言葉に、恵林が頷いて続ける。

「そうだね。これくらいならなんとかできると思う。それより、ここから先はバラバラで行動したほうが効率がいいと思うんだけど」

「でも、魔族もいるんですよ? あんまり数を減らすと、ボクたちじゃ対処できなくなっちゃうかもしれないんですけど……」

「心配しなくとも、私たちとお前たちで分けるつもりだ」

「とりあえずは二手に分けるって事だね」

「……わかったっす。それで行きましょう」

榛名たちの提案に、莉緒が頷いて了承した。リンは思わずといった様子で声を上げる。

「え、ちょっと莉緒ちゃん⁉︎」

「人数を減らすのは危険っすけど、かと言ってあまり大所帯と言うのは見つかる可能性も高くなるっす。それに、流石にそんな大人数をステルス化させようにも、魔力がより早く尽きてしまっすから」

「そ、そうなんだ……」

リンは、知らず知らずのうちに莉緒に無理を強いようとしていた事に気づく。確かに、そういう事なら仕方がない。

そんなリンを見て、榛名は明るい声を上げる。

「心配するな。私たちのほうがずっと強いんだから、そうそう魔族ごときにやられたりはしないさ」

「……そうですよね」

榛名の強さは、その序列が物語っている。自分たちごときが不安を覚えるのは失礼だろうと、リンはそれ以上行動方針については口を出さなかった。

その代わりに。

「一つだけ聞いてもいいですか?」

「ん、答えられる事ならな」

「……なんで燈先輩、目を覚まさないんですか?」

「……一応、起きては、いるんだけどね」

『っ⁉︎』

完全に気を失っていると思っていた燈が不意に口を開いたものだから、リンたちは驚いたように目を見開いた。

榛名たちも意外そうな表情を浮かべている。

「お前、いつから起きてた?」

「そもそも、意識はあったって……まあ、朦朧とは、してたけど」

「随分苦しそうだな……」

「そう、ね。学園長のアレは、そういうものだから……」

「アレ? そういうもの?」

燈は、榛名の支えを得てようやくゆっくりと起き上がる。そして、少し息を整えて語り始める。

「あの神技は見た事あるからね。学園長がなんの神話を司っているのか、ようやくわかったよ」

「……それは、一体」

「……戦神オーディンよ」

『なっ……』

その名を聞いて、リンたちだけでなく榛名たちも驚きの声を上げる。

「オーディンだと⁉︎ じゃあ燈が受けたあの神技は……!」

「『戦場穿つ裁きの神槍グングニル』で間違いないでしょうね」

神話において、オーディンの持っていたとされる『戦場穿つ裁きの神槍グングニル』は、必中の槍として語られている。その特徴を色濃く受け継いでいるため、あらゆる防御も粉砕し、対象に当たるまで止まる事がない。つまり、初撃を外したところで、それが追ってくるのだ。

最も威力が高いのは、必中状態にある時だけだが、追ってくる場合としても相当な破壊力を誇っている。

だから柚葉は、炎と化していた燈の体に攻撃を当てられたのだ。そして、尋常じゃない激痛は鈍い痛みになってきている。

燈の胸元には、十字の傷跡のようなものが浮いていた。

「あの人は私たちを逃した事を根に持ってるはず。それで外になんて出てこられたら、見つかった時点で『戦場穿つ裁きの神槍グングニル』放たれて終わりよ。だからその事を気をつけたほうがいいわね」

「と、飛んでくるなんて……そんなのもう、弓矢みたいなもんじゃないですか……」

「しかもとんでもない威力に放てば必中というおまけ付きっすからねぇ……脅威という言葉じゃ足りないくらいっす」

佳奈恵が顔を青ざめて呟き、莉緒も嫌そうな顔で呻いた。

「……そういう事なら、あんまりのんびりしてるわけにも行かないんじゃねぇか?」

「響弥?」

「どうやらそろそろ向こうも動き出したみたいだぜ」

響弥の言った通り、木々の隙間から覗き込むと、すでに何人かの魔導士がリンたちを捜索していた。

静音が、思わずといった様子で顔をしかめる。

「うわぁ、これは面倒だ……」

「そう言えば、先輩たちはどうやってあんな包囲網から抜けてきたの?」

美緒の素朴な疑問を、恵林は榛名と燈の手を握って、微笑みながら答える。

「ついでだから、今から見せてあげるよ。みんなも、気をつけてね」

「は、はい」

「それじゃあ……」

その言葉を最後に、榛名たちが淡い光に包まれて消えた。

「……今のって」

「……瞬間移動か空間移動ワープみたいなもんすかねー」

ぽかんと口を開けて、リンと莉緒が呆然といった。

その様子を確認した杏果が、

「私たちも行くわよ」

「……うん」

その言葉に、リンは頷いた。




そして逃げ回る事約1日、今に至る。

不安を覚える中、リンの前を走る杏果が後ろを振り向く。

「そんな顔してもしょうがないわよ。追っ手も来ないし、魔族も見たらない。今のうちにもっと進むわよ」

「……うん、そうだね」

そもそも、将真を追いかけるためにこうして世界を敵に回してすらいるのだ。ここでできませんでしたじゃ、それこそ協力してくれた榛名たちにも顔向けできない。

リンは首肯し、一行は速度を落とさず森の中を進んだ。

だが、彼女たちは知らない。


将真との距離は、全く縮まっていないという事に。

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