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第54話『VS片桐柚葉Ⅱ』

「榛名ちゃん、大丈夫⁉︎」

「が、ごほ、おぇ……っ!」

鳩尾に一撃をもらって、その上で内側から体が吹き飛ぶような感覚。これで平気な方がどうかしてる。

地に落ちた私は、まともに受け身も取れなかった。嘔吐に喀血までして、まともに身動きが取れない。なんかもう、本当に内蔵一つくらい潰されてるような気がしてきた。

「な、んだよ、学園長のあれ……」

「学園長、基本戦わないからね」

「私も聞いたことしかないけど、学園長の基本武装何だって」

魔導器〈龍装〉。

伝説のドラゴンの力を模していて、それぞれの力は一つずつしか使えないが、どれも強力で効果もいろいろだという。

「加えて、2人の戦いを見ててわかったけど、学園長の戦闘能力洒落になんないわよ」

「そ、そんなになの……?」

元々戦闘特化のタイプとは言い難い恵林が、怯えたように呟く。

まあ、近接戦闘に特化している燈が言うのだから間違いないだろうが。

「『学園長が生徒よりも弱いわけないじゃない』っていつか言ってたのを思い出すわね。多分私でも……1年のトップの風間遥樹くんでも無理じゃないかな」

「ど、どうしよう……」

「……恵林は何か策を考えていて。近接戦闘に慣れてる私なら足止めくらいはなんとか。あと、榛名の治療は忘れちゃダメよ」

「う、うん……」

「ご、ごめ、ん……」

どうにか声を発する事ができた私に、燈は一瞬冷たい目を向けてきた。

「本当に、無謀にもほどがあるわ。それに無茶し過ぎ。あんまり心配かけないで」

「う……」

確かに、1人で前に出過ぎた事は事実だった。元より私は中衛で、前衛は燈の役目だ。そう考えるとこんなにボロボロにされたのも無理はないのかもしれない。

「じゃあ行ってくるわ」

燈が、瓦礫を踏んで跳躍する。

それを見た柚葉もまた、燈の方へと向かってくる。

「〈龍装:ファーブニル〉」

激突。

それと同時に、先ほどの私同様体のあちこちに傷が生まれて血が噴き出す。が、燈は気にせず拳を突き出す。時折柚葉の攻撃を見切りながら、蹴りも入れたりしている。

体技だけなら、同じくらいのレベルに見えるのだが、それは単に私が素人だからだろう。

「〈龍装:リンドヴルム〉」

「っ!」

柚葉の姿が一瞬にして消え、燈の懐に潜り込んだ。その一撃をまともに受けた燈が、一瞬にして消し飛んだ。

「なっ……⁉︎」

「燈ちゃん!」

私は思わず目を見開き、恵林も似たような表情で悲鳴を上げた。だが、柚葉の反応がおかしい。この距離からでもわかるくらい眉を潜めていた。

そして、その背後で炎の塊が集まって、人の形を作っていた。炎が搔き消えると、そこには燈がいた。

「っ__」

柚葉が初めて動揺するような反応を見せた。その隙をついて燈は、真っ赤になった拳を叩きつける。

「〈龍装:ファーブニル〉!」

「はあぁっ!」

それでも迎撃が間に合う辺りは流石だが、接触の直後、吹き飛ばされたのは柚葉の方だった。

燈の体にできた切り傷から噴き出しているものは、こうして改めて見ると血ではなく火である事がわかった。つまり、燈は傷一つ付いてない。

序列戦以外で彼女と手合わせした事はなかったが、こうして見ると、やはり自分に先制可能な遠距離砲撃がなければ彼女の方が圧倒的に上なのだということを思い知らされる光景だ。

まあ、センスがないのかどれだけ鍛錬しても接近戦能力はあまり上達しないのだけれど。

これなら何とかなるのでは、と私は思ったのだが、そんな事はなかった。

瓦礫を撒き散らして跳び上がった柚葉には、傷一つ付いていなかった。

「思った以上にやるわね。生徒が強くなっているのは嬉しいけれど、その生徒がこうして反逆してくるっていうのは悲しい話ね」

余裕綽々と言わんばかりに呟く柚葉。

「やっぱり簡単には行かないわね」

燈は、顔を顰めて再び構えをとった。




「こっちっす」

莉緒が再び路地裏に向かって歩き出した。どうしたのかと思ったが、とにかくついていかないとステルス効果も意味を持たないのでついていく。

莉緒はしゃがんで地面に手をつけると、

「『贋作人形フェイカードール』__解除」

「えっ、解除って⁉︎」

ボクは思わず声を上げてしまうが、美緒が口に指を当て「シィーッ」とやるのを見て口を押さえた。

展開されていた魔法陣が消えてしまい、恐らく自分たちの姿は外から丸見えになっているのだろう。だが、

「『贋作人形フェイカードール』」

「あれ?」

またやるのか、とボクは眉をひそめて声を上げる。

何をしていたのかは、莉緒の口から明らかになった。

「なんか分身たちが捕まったみたいなんで、一旦消して撹乱させて、もっかい発動させたってだけっすよ」

「あ、そうなんだ……って、え? 何してるの?」

莉緒はしゃがみながら告げる。ボクはなるほどと思いながら、莉緒が何か妙なことをしているのを見て怪訝そうな声を上げた。莉緒が、自分の影に手を突っ込んでいたのだ。

「いや、このままだと魔力が不安なんで、ちょっとコレを……」

自分の影から取り出した小瓶を見せて、莉緒はそう言った。それは、よくある魔力補給用の魔導具……と言うか、飲料水だった。だが、ボクが聞いているのはそういうことではない。

「じゃなくて、その、影に手を入れてたでしょ?」

「あ、これっすか。これはアレっす。影魔法っす」

「か、影魔法⁉︎」

その単語を聞いて、ボクは驚きの声を上げた。人間が使える魔力で最も魔族に近い属性を持つ魔力は2種類ある。闇属性と影属性だ。

闇属性は魔属性と似て非なるもので、生まれ持っていなければ使うことも困難だと言われている。

対して、影属性は闇属性よりも魔属性に近く、更に酷似すらしているという。誰でも影魔術や影魔法を習得する事は可能だが、それでも相当困難で複雑、余程の才能と鍛錬を繰り返さない限り会得できないと聞いたことがある。しかも影属性の魔導の鍛錬は、相当精神に負荷をかけるものらしいのだ。

「よくそんなもの使えるね……」

「そりゃあまあ、鬼嶋の一族は四大貴族と違ってそんなに層も厚くないし強いわけでもないから知ってる人は知ってる程度のものっすけど、それでも自分たちはその中で天才児と呼ばれるくらいっすから」

「これくらい習得できなきゃダメだよ」

「美緒ちゃんも使えるんだ……」

2人も使えるという事実に、心強さを覚えると共に、呆れも交えてボクは呟いた。だが、莉緒と美緒は落胆したような表情を浮かべて、

「まあ、そうは言ってもこの程度で限界っすけどねー」

「時間かけた割にはね。荷物運びくらいには使えるから、便利といえば便利だけど」

「へぇー……でもなんでそんなことを?」

確かに使えたら便利だし、実際ボクも習得してみようかなと考えたのだが、そもそもそんなことをする必要性はどこにあるのか。

「いや、だから端末にアクセスしたら逆探知で見つかるかもしれないってさっき言ったじゃないっすか」

「あ」

そうだった。必要性はあったのだ。ついうっかりしていた。

みんなもそれを聞いて、いよいよ端末の電源を落とした。

「ねぇ、莉緒?」

「ん、何すか?」

杏果が声を抑えて莉緒に問いかける。

「あとその魔法、何回使える?」

「そっすねー……今補給したんで、今日中ということならあと5回分くらいっすかね」

「よかった……」

「それだけありゃ外出れんだろ」

杏果がホッとしたように息を吐き、響弥も同意するように言った。

「でもできればあと2回で済ませたいっすねー。5回も使ったらそれこそ魔力が足りなくなっちゃうっすよ」

「あ、そうだよね。じゃあ急ぐ?」

佳奈恵が小さくポンと手を叩く。ボクたちはこくりと頷いて、早足で再び街中を進み始めた。




「プロメテウス、ね」

「っ⁉︎」

戦闘の最中、唐突に自信の扱う神話を言い当てられた燈が、驚愕で目を見開いた。

「人類に初めて火を与えたとされる、不死身の神。道理で体を吹き飛ばしても元通りに構築されるわけね」

「見てわかるものなんですか?」

「私まだ23で学園長にしては若過ぎるんだけど、それでも学園長やってるんだから、最低限報告を受けたことがある生徒の神話くらいは把握しているわ」

「それ結構ですよね……?」

接近戦において学園最強と言われている風間遥樹が、唯一苦手とする同じ接近戦型の燈は、流石というべきか善戦していた。だが、柚葉を追い詰めたということは微塵もなく、むしろ疲労によって徐々に押されつつあった。

いい加減何とかしなければ勝ち目はない。何か案はないものかと考え始めたところに、柚葉の端末に通信が入った。

「……何かしら?」

構わず柚葉が通信をオンにする。試しにスキあり、と拳を突き出してみるが、やはりと言うべきかあっさりと躱されてしまった。

『すいません、時雨リンたちを見つけて捕まえたのですが、突然彼女たちの姿が消滅して……』

「……何ですって?」

『ご、ごめんなさい! 何とか見つけ出して捕まえるので、御容赦を!』

「……別に怒りゃしないわよ。そろそろ私も動くわ。みんなにもそう連絡して頂戴」

『わ、わかりました!』

そして、通信が切れる。

「そういう事だから、いい加減終わらせないとね」

「どうやってですか? 悪いですけど、流石にまだ限界は遠いですよ」

「そうね。まあ最悪殺しちゃう可能性もあるから使わなかったんだけど……」

呟きながら、目を伏せて拳を握る。瞬間、異様な魔力が柚葉から放たれた。

「な、何を__」

「そもそも、魔力ごと吹き飛ばして仕舞えばよかったのよね」

そう言って、燈の方へと向かってきた。思いがけない速さに、咄嗟に防御姿勢をとったが、

「フッ__」

「っ……⁉︎」

〈龍装:ニーズヘッグ〉の比ではない、あまりに形容し難いとんでもない衝撃が全身を揺るがした。危うく意識が飛びかけるところだったが、既に柚葉は追撃を用意していた。

接近戦型の彼女だったからよかったようなものの、次を食らえばいかに燈といえども本当に死んでしまうかもしれない。

思わずぎゅっと目をつむった燈を襲ったのは、さっきの尋常ではない衝撃ではなく、首を引っ張られる感覚だった。

燈は目を開いてそれを見る。

燈の襟首をつかんでいたのは恵林だった。いつも降ろしているその髪は、今はポニーテールに結われていた。その髪をまとめているゴムを見て、燈は思い出す。

よほどの事がない限りここまでしないのだが、これは恵林にとってのマインドセットだ。こうしてこのゴムで・・・・・髪をしばる事により、頭が冴えるのだと本人は言っている。

「逃がさないわよ」

柚葉は、燈たちを睨んで追撃に入った。恵林が降りたのは、いつの間にか治療を終えていた榛名のところだった。

そしてその手首を掴むと、何かをボソリと呟く。

瞬間、彼女たちの体が、淡い光に包まれた。

「なにっ⁉︎」

「すいません学園長。今は捕まるわけにはいかないので」

その言葉を最後に、3人の姿が光と共に消え去った。

「……くそ!」

事態をようやく冷静に飲み込んだ柚葉は、悪態をつくと共に、地面を蹴りつけた。

地面には、想像以上に大きな亀裂が走っていた。

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