第51話『逆らう者達』
その頃私たちは、その記事を眺めながら、こんな状況にも関わらず人気のあまりない階段のそばで考えていた。
「んー、どうするかなぁ」
「確か、片桐将真くんってこの前の子たちの仲間じゃなかったかな」
「それに学園長と同じ苗字って事は、家族が親戚でしょ? 学園長も酷な事をするわね」
一緒にそこにいた花橘恵林と美空燈が、同じように頭を悩ませながらボヤいた。
まあ、魔王というのがヤバイというのは聞いているし、私たちの最終討滅目標だ。それを倒す事に異論はない。だが、片桐将真は本当に魔王なのか。それが非常に気になった。
それに、これは個人的な気持ちだが__
「あの子たちの仲間だからなー。信じてあげたいけど……」
「見た所、悪い子には見えなかったよね」
「魔王なら、学園に入った時点でどうして私たちを攻撃しなかったのかも気になるわよね」
まあそんな感じで、私たちの小隊は『片桐将真は魔王ではない』と言う結論に至っていた。上層部の意に背く形にはなるが、とりあえずちゃんと話をしないとわからないだろうに。
「んー……2人はどうしたい?」
「私は、貴女に従うよ」
「そうね。榛名は私たちのリーダーだもの」
「……じゃあ」
私は人差し指を立てて続ける。
「最悪この国を裏切る事になってもいい?」
「……ちょっと怖いけど」
「この国が正しければ私たちが謝ればいいだけよ。でも、さっきの学園長の様子を見ても、とてもじゃないけどまともな判断とは思えないわ」
恵林は一瞬怯えた様子を見せながらも、燈は強気に吐き捨てるように言いながら、2人とも同意を示してくれた。
「じゃあまずは、えっと何だっけあの子たちの名前……」
「……杏果ちゃんっていた気がする」
「そうそうその子と仲間。あの子たちに会いに行ってみようか」
「わかった」
2人が頷きを返す。それを見て私たちは行動を始めたが__すぐに、目の前を塞がれた。というか、人が多過ぎて塞がっていたという方が正しい。
そして、その集団の中で私たちに気づいた何人かが寄ってきた。
「時雨さん!」
「ん。ところで、この集団は何なんだ?」
「今から大隊を組もうと思ってね。あなた達も入るでしょう?」
「大隊ぃ?」
私は訝しげに呟いた。
まあ、確かに大隊を組もうというのならこの大人数なのは分からないでもない。
小隊は3人で一つ、中隊は小隊が3つで一つ、そして大隊は中隊が9つで一つ__つまり、81人も集まるわけだから。
だが、
「何のためにそんなに集まっているんだ?」
「決まっているでしょう。片桐将真の討伐隊を組んでいるのよ」
その言葉を聞いて、私は凄く残念に思った。私たちが間違っているとは思わない。だが私たちの考えが少数派であることはある程度予想していたが、まさかみんながここまで本気にするなんて。
まだ、彼が本当に魔王かなんて、決まってないだろうに。
「悪いけど、私たちは参加しない。私たちはまず片桐将真を見つけて話がしたいんだ」
「何を話すんだ? あいつは魔王だろ?」
「少数が危険だからこうして大隊を作ろうとしているのよ。あなた達も参加してくれたら絶対に成功率が上がるわ。それに、報酬もいいしね」
「……報酬?」
「ひっ……⁉︎」
報酬と聞いた瞬間、私の中で何かが切れかかる。目があった女生徒が、私から距離を取るように後ずさる。
「な、何よ……あいつは魔王なのよ⁉︎ 私たちを騙してたんだから、どうされても文句は言えないでしょう⁉︎」
「会話も無しにそういう結論に至るか?」
「学園長が言ってるんだ。正しいに決まっているじゃないか!」
「ふざけるな……っ!」
話にならない。こいつらは、自分の事しか考えてないのか。相手が相手だけに仕方がないと言えなくもないが、それでも片桐将真が魔王だと決まってないのに。
「お前らは__仲間を殺す気か!」
「随分肩入れするじゃない。もしかして魔王に誑かされた? それとも、協力者?」
「このっ……!」
「は、榛名ちゃん抑えて……!」
恵林が、控えめな声だが強い口調で言いながら、今にも殴りかかりそうな私を背後から押さえつけた。
代わりに前に出た燈が、冷静な受け答えをする。
「片桐将真くんの捜索に協力するのは構わないわ。けれど、私たちは捕まえる気も、ましてや殺すつもりなんて微塵もない。それでもよければ入ってもいいわ」
「どうして? そこまで奴を庇う理由があるのか?」
「まだ話したことはないけれど、見た限りや彼の仲間の口ぶりからしても、悪い子には見えないのよ」
「そんな個人的な理由で、上層部の命令に逆らうというの?」
「ええ。そもそも、今の学園長の様子を見れば、上層部を信用できないのは当たり前だと思うけれど」
もしかしたら、学園長を狂わせたのは、狂うように差し向けたのは上層部かもしれない。そんなものを信じていては、ろくな事にならない。
だが、彼らの答えもまた変わらないようだった。
「残念ね。命令に背くものは捕らえろと書かれているのだけれど__」
「もういい」
「きゃ……榛名ちゃん!」
元々短気な方だ。いい加減我慢の限界だった。
「もうお前ら邪魔だから蹴散らしてでも私たちは彼を探しに出る。お前ら能無しの馬鹿連中に協力するなんて死んでもお断りだ!」
バッと私は手を挙げ、背後に3つの大きな魔法陣を展開。
「せめてもの情けだ、手加減くらいはしてやる!」
苛立たしげに吐き捨てて、私の魔方陣が火を放つ。その一撃は、目の前で人だかりを作っていた生徒達を吹き飛ばし、校舎も破壊して丁度いい道が出来た。
「ああ、もう……」
「榛名ちゃん、せめてもう少し加減しないと……。また始末書書く羽目になるよ」
「別に向こうが正しけりゃ謝って始末書だけだ。でも、絶対に間違ってる。謝る気も、従うつもりもない。それより早く、杏果達のところに!」
私がそう言うと、2人はしょうがないと言わんばかりにため息をついて、私の後をついてきた。
そして、似たような事がこちらでも起こっていた。
「う、ぐぐぐぐぐっ……!」
「おいおいマジかよっ……⁉︎」
「は、な、し、て、よぉ〜っ!」
何となく予想していたことだが、ただ結果だけを聞かせてしまった結果、深くを聞くこともなく即座に動き出そうとした。
しかも、外へ出ようというなら最悪それでもよかったのだが、リンの体の向きがぐるんと、学園長室の方を向いたものだから正直冷や汗もんでしかない。
今学園長の目の前であれこれ言ったところでどうにもならないし、むしろもっと酷い事になりかねない。
そんな訳で今、1番力に自信がある私と響弥が力尽くでリンを取り押さえているのだが、それでも正直気を抜けば振り払われてしまいそうだった。
「離して、よっ!」
「そう言うわけにも、行かないのよ……っ」
「とりあえず落ち着け! 続きを話そうにもこれじゃあどうしようもねぇ!」
「でも、でもっ!」
「リンさん、いったん落ち着いてくださいっす。今後の話を丁度しようと思っていたところっすから」
「……わかった」
莉緒の落ち着いた言葉でようやく静まったリンを見て、私はホッとした。あのままでは、いずれ振り払われていただろうから。
「……どうして、将真くんの討伐なんて……」
「それはまあ……」
「将真が使ってた力が、魔王の力だったって事らしい」
「__っ!」
「ちょっ……」
リンの表情に戦慄が走る。
余りにもあっさりと事の事実を伝えた響弥に、私は責めるような視線を向ける。そうしてようやく自分の発言が軽率だった事に気がついたようだ。
だが、
「隠してもしょうがないよ。事実は事実だから」
「そうっすね。それよりも……リンさんはどうするっすか?」
「……2人とも、何を」
何を言っているの、と言いかけた時、美緒が僅かにこちらを向いて指を口に当て、「しぃーっ」と合図した。私にはそれが何を意味しての行動なのかわからなかったが、2人には何か考えがあるのだろうと信じて、美緒の要求通りに口を噤んだ。
果たしてリンは、すぐに答えを出した。
「将真くんが魔王のはずない。ボクは、将真くんは魔王じゃないって信じる。だから、会って話がしたい……」
「それなんすけどリンさん。確か今日の朝も明けてない夜中に将真さんと話をしたって言ったっすよね?」
「……うん。でも、それが?」
「いや、ただの確認っす」
つまり、将真は数時間前までは『日本都市』内にいたという事になる。だが、そんなものを確認してどうするのか。自警団だけでは手にあまる、というか時間がかかる事が予想されるから、私たち学園生まで招集を受けているというのに。
「一つ言っておくと、将真さんは既に日本にいないっすよ」
「……へ?」
莉緒があっけらかんと告げた一言に、リンは呆然と口を開いた。
「な、何で__」
「そりゃ自分が狙われているとわかれば逃げるでしょう。しかも、見つかったら殺されるんすよ?」
「これは上層部の命令だから、逆らえばどんな目にあうかわからない」
「それでも」
「行く?」
莉緒と美緒が、交互に言った。はたから見れば、リンを追い詰めているようにしか見えない。
リンは、顔を俯けてふるふると肩を震わせる。見ていられなくなった私は、ようやく口を開いた。
「ちょっと莉緒、いい加減に__」
そして、その続きを言う前に、ジャリっと金属音のようなものがした。
リンが、槍を精製して臨戦態勢に入っていたのだ。
「わかった。じゃあ、1人でも行くよ。邪魔をするなら、あなた達をここで__」
「わ、わかったっす、わかったっすからその槍引っ込めて!」
「……?」
槍を突きつけられた莉緒が、焦ってさっきまでの態度を豹変させる。当然リンは訝しげな表情を浮かべた。
「悪かったっすね。ただ、リンさんの気持ちを確かめておきたかっただけなんすよ」
「まあ、私たちが助けに行くという結論に至った時点で、将真さんと1番仲の良かったリンさんがNOを言うわけないというのは予想していたことだけど」
『えっ?』
『えっ?』
莉緒と美緒が言った台詞の中に、同意した覚えのないものがあって思わず私たちは声を上げるが、逆に莉緒と美緒はキョトンと首を傾げる。
「だって、みんなも助けに行くつもりだったんでしょう?」
「それは……まあ、そうだけど」
「んー、俺はそこまで考えてなかったけど、少なくとも敵対する気はないなぁ」
「自分たちは助けに行くつもりだったんすけど」
話が飛躍していたが、確かに将真を助けることに異論はない。ないのだが……
「でも、助けるとしてどうするのよ。上にバレたら大問題よ?」
「将真さんが魔王ではないことを確認するまでバレなければいい話っすよ」
「そんな簡単な話かぁ? まあ、いいけどよ」
「……結局、みんなどうするの?」
リンが、不安そうに問いかけてくる。
「私は別にいいよ。どうせ片桐くんを捕まえるという名目で任務に出れば疑われることはないでしょう」
「わ、私もやっぱり、片桐くんが悪い人には見えないから、ちゃんと話し合ってみるべきだと思いますっ」
「……あいつとは、絶対もう一回試合して勝たなきゃ気がすまねぇ。一応構いやしねぇよ」
静音、佳奈恵、猛がそれぞれ同意を示す。それを見て、杏果と響弥も頷いてみせた。
「そうね。将真は何度も私たちを助けてくれてるんだし」
「あいつが魔王だったら、それはそのあと考えりゃいいか」
「……みんな同意してくれてるみたいっすよ?」
「だったら、早めに準備しなくちゃね」
「……ありがとう」
リンは、ホッとしたように手を胸にあてて息をついた。内心彼女も気づいてはいたのだろう。
私たちが敵対した場合、乗り切れる確率は低いこと。例え乗り切ったとしても、将真の元へ辿り着けないであろうこと。最終的に、反逆者として自身が裁かれること。
わかっていて、それでも彼女は行こうと言った。私たちが不安を感じていたことなんて、些細なことだと思わせるほど、ハッキリと。もしもの時は1人でも。なんて壮大な覚悟だろう。だったら、彼女1人に抱えさせはしない。私たちは友達で、仲間だ。
やはり流れでリーダーにされてしまった私は、みんなの気持ちを代表するように言った。
「あんまり大きな声では言えないけど、なんとしても将真を助けましょう」
『応っ!』
声は抑えて、みんなは力強い返事を返す。
その時だった。
「お、いたいた」
『っ__⁉︎』
唐突に声をかけられて私たちは思わず飛び上がりそうになった。
そこにいたのは、2週間前のあの任務で私たちを助けに来てくれた2年の先輩達だった。
嫌な予感がした私は、恐る恐る聞いてみる。
「えっと……榛名さん?」
「ん、何だ?」
「もしかして、話聞いてました?」
「話?」
「いえ、何でもありませんっ!」
どうやら聞かれていなかったようだ。その事にホッとした私は、だが榛名の一言によって肩を揺らした。
「それより、君たちもしかして、片桐将真くんを助けに行くつもりなのか?」
『なっ__⁉︎』
何でそれを知っているのか。だが、考えを巡らせるより先に、恐ろしいことが起きようとしていた。
「フッ__!」
「……は?」
いつの間にか、再び臨戦態勢に入っていたリンが、榛名との距離を一気に詰めて槍を突き出した。
「リン__!」
私の絶叫が、廊下に響いた。




