第16話 『黒渦』
俺とリン、2人の連携とは言うが、それは事前の示し合わせがなくてもできる程度の簡単な連携であった。
ようは、トドメを刺せない俺が敵をスタンさせ、リンが長槍で隙だらけになったドラゴンにトドメを刺す。その間にも、俺は次のドラゴンに標的をスタンさせて、すぐさまリンがトドメを刺す。
数があまりにも密集してきたときは、リンも蹴り飛ばすなり薙ぎはらうなりしてドラゴンたちを後退させたりと、臨機応変な対応をしていた。
即席の連携プレーにしてはなかなかいい感じだと思う。
「リンって、見かけによらず結構やるよな」
「将真くんも、とても初心者とは思えないね。1人増えただけなのに結構楽になったよ」
「そいつは何よりだ。……それよりも、あいつ本当に動く気ないのか?」
だいぶ余裕が出てきたので、張り詰めていた気を少し緩めて、廃ビルの屋上に視線を移した。
そこには、呑気に腰を下ろしてこっちの様子を眺めている莉緒がいる。任務を一番楽しみにしていたのは確か彼女だった気がするんだけど。
仕方なくウインドウを開いて、莉緒に繋いだ。
「なあ」
『ん、何すか?』
「お前、任務1番楽しみにしてたじゃん、何で呑気に見てんの」
『厳密には、お二人の実力が見たかっただけっす』
「そんだけだったのお前の用⁉︎」
別に任務が嫌だったわけではないが、正直びっくりである。だが、よくよく考えたら莉緒は任務の経験があるような口ぶりだったので、任務自体が楽しみかというと微妙なとこなんだろう。
「何にせよ、そろそろ参加してくれないか? 俺ちょっとしんどくなってきたんだけど」
『アッハッハ、ご冗談がうまいっすねー』
「……」
まあ、確かに半分は嘘である。
魔導も少しずつ覚えてきて、しかも日常的に鍛えているのだ。そう簡単にへばるような軟弱な鍛え方はしていないつもりだ。
だが、初めての都市外での戦闘ということもあってか、多少疲労があるのは否めない。と言うより、気疲れし始めているのだった。
『まあ、じゃあ少し援護するっす。自分は後衛やるんでー』
莉緒は緩い調子で立ち上がり、ドラゴンたちを見下ろす。
そして、右手を前に突き出したかと思うと、パチン、と指を鳴らした。
瞬間、彼女の背後に複数の魔術紋章が浮かび上がり、そこから炎弾が無数に飛び出した。
それはドラゴンたちを飲み込んで爆発し、そして吹き飛ばした。
タダでさえ火弾よりもワンランク上の魔術なのに、それを無数にぶっ放すとか、どんだけ魔導士としてのランク高いの。
いや、基準は知らないけどさ。
そんな俺の心の声が聞こえたわけでもなかろうが、
『自分は後衛の場合、こういう戦闘スタイルっすから』
「後衛の場合?」
『自分は大体どのポジションでも行けるんでー』
「なるほど。……今更だけどさ」
「如何したの?」
「いや、もしかして、これって魔物とかの特徴なのか?」
言いながら俺は、先程まで襲ってきたドラゴンたちを見る。唯一アイスドラゴンだけはまだ生きているが、残りは黒焦げたりしていて、絶命しているであろうことは想像に難くない。
そして、その肉体が黒い粒子になって虚空へと溶けていくのだ。
「うん。魔物や魔獣、魔族も死んだときはこうやって消滅するんだよ」
「ふーん。不思議なもんだな」
『でも魔導士とか人間とかが死ぬときは変わりませんから。腸ぶちまけて死ぬなんてことも珍しくはないっすよ?』
「そういう話は止めい」
『了解っす。それよりも残りはアイスドラゴンだけっすよ。集中してください』
「……さっきので何で倒せないんだよ?」
『元々自分とそのドラゴンたちとの相性は良くないんすよ』
__そういう事はもっと早く言えよっ!
それを言う前に、アイスドラゴンが動き出した。
その名に相応しいとでもいうべきか。口から強力な冷気を吐き出した。
「げっ……」
油断した。
やばいと思ったその時、横から声がかかる。
「伏せて!」
言われるがままに頭をさげると、リンが手刀の構えを取っていた。その手に魔力が集中していくのが何となくだがわかった。
莉緒が火属性なら、リンはおそらく風属性。
「“ウィンドスラッシュ”!」
リンが手刀を横薙ぎに振った。それと同時に、風の刃がブレスめがけて飛んでいく。
二つがぶつかり合って、強い冷気が吹き荒れた。
「寒い!」
「くちゅんっ。……うぅ、油断しちゃダメだよ」
リンが可愛らしいくしゃみをした。
「わかってるよ」
俺は少し後退しながら、冷風が止むのを待つ。しばらくすると風がやんで、ようやくアイスドラゴンの姿を視認できた。
向こうもこちらを視認したようで、再びアイスブレスを放ってきた。
今度は、リンが前に出て魔壁を張った。
だが、その魔壁には少しずつヒビが入って、直後に窓ガラスが割れたような音を立てて砕け散った。
リンは防ぎきれなかったブレスを直で受け、その後ろにいた俺はリンを支えきれずに吹き飛ばされる。
「あたた……将真くん、大丈夫?」
「ああ、何とか」
あちこち痛いものの、せいぜい擦り傷程度のようだ。
それにしても、ああも簡単に魔壁が破られるなんて。実はあのドラゴン強いんじゃないだろうか。
「なあ、何で魔壁壊されたんだ?」
「あー……それは、その……ボク防御は苦手なんだ」
あー、そういう事ね。
誰しも得意不得意があるという、ただそれだけの理由だった。
「おい莉緒。ちょっと手を貸してくれ!」
『えー、あの技使えばいいじゃないっすかー』
「だからあれはそうできるもんじゃないだろ多分!」
『本当にやばそうだったら助けるっすから』
「んなこと言ったって……!」
「危ない!」
リンは将真を突き飛ばして、手刀を振りかざした。
「“ウィンドスラッシュ”!」
再び爆風が巻き起こり、あたりを冷気が吹き荒れる。
その時、俺の頭を電撃のような衝撃が走った。有り体に言うなら、閃いた。
「なあ、リン」
「な、何?」
「今のって……技名、だよな?」
「うん……ちょっと恥ずかしいんだけど、技っていうのは半分以上イメージから来てるわけで、技名を言った方がイメージしやすいんだ」
「ふむ、なるほど……」
俺は、考え込むように腕を組む。
技名か……。それなら、もしかしたら。
「……将真くん?」
「……リン、ちょっと頼みがあるんだけど」
「何?」
「ちょっと時間稼ぎしてくれないか?」
「う、うんそれはいいけど……何なら倒しておくよ?」
「いや、ちょっとやってみたいことがあるんだ」
「……うん。わかったよ」
怪訝そうな顔をしながらも、リンは首を縦にふる。
俺は魔力棒を精製する。
それと同時に、リンがアイスドラゴンの元へと駆け出す。
「……うし」
『お、やる気になったんすね?』
「まあ、使えた方がいいのは確かだけど……やっぱり副作用が怖いけどな」
それに、本当はこんなリスクを冒さなくてもいいのだろう。
リンも言っていたが、アイスドラゴンはそう難しい相手ではないのだろう。
だが、それよりも好奇心が少し勝った。やってみよう。あれは使えた方がいい。
俺は、魔力棒を上段で構える。
意識をクリアーにする。集中力を研ぎ澄ませていく。
魔力が黒い渦を巻いて、魔力棒を中心に吹き荒れる。
……確か、“ウィンドスラッシュ”だったっけ、リンの技。
名前の如く、それは風の刃だった。
ならば、俺のこの技はどう名付ければイメージと合うだろうか。
「リン!」
「何⁉︎」
「スイッチだ!」
「よく知ってたね、了解!」
リンは、アイスドラゴンの爪を弾いて後退する。そして、将真の方を見てギョッと目を見開いた。
それはそうだろう。
自分でもわかる。以前のよりもより安定したこの一撃。無論、安定した分威力も以前より少しばかり上昇している。
俺は、足を一歩踏み込む。
その一歩が、足元にクレーターを作り出す。
__行くぜっ!
「“黒渦”っ!」
叫ぶと同時、俺はそれを振り下ろした。
それは、ある種の災害に等しい、尋常じゃない一撃だった。大地は捲れ上がり、荒廃した町がコンクリートのかけらとなって吹き飛んだ。
そして“黒渦”は標的に__アイスドラゴンに命中したと同時に、上空へと立ち上った。
まるで、黒い竜巻だ。
瓦礫を巻き上げると言う付属的な攻撃もあって、もはやチリとなるまでもなくアイスドラゴンは消滅した。
全てが収まった後、そこには巨大な化け物の爪に抉られたような跡を残していた。
「うわぁ……これは凄いね」
思わずボクは呟いた。口にせずにはいられなかった。
威力も範囲も、ボクの神技“ゲイボルグ”よりずっと強い。と言うか、これと肩を並べるような神技があるのだろうか。
そう思わせる、凶悪極まりない一撃だった。
「いやぁ、やっぱこれ凄いっすねー」
莉緒も廃ビルの屋上から飛び降りてくるなり、そんな事を言った。
「……」
「……将真くん?」
「……う」
将真がやけに静かだったので、何となく不安になって声をかけてみる。そして、帰ってきたのはうめき声だった。
「えっと、大丈夫?」
「いや……かなりキッツイ」
顔を見ると、冷や汗が凄い。少し青ざめていて、体調がすぐれないことは目に見えてわかる。
「ちょ、ちょっとどうしたの⁉︎」
慌ててボクは将真のすぐそばまで来る。そこでボクは、彼の手から煙が上がっているのを見た。肉が焼けるような匂いもする。
「ちょっと手を見せて!」
「う、ぐっ……!」
手を取ると、将真が苦しそうに呻く。
将真の掌は、凄いやけどになっていた。それだけではない。手の甲から肘あたりまで、呪いのような妙な模様が刻まれ、時折ざわざわと蠢いているようだった。
「ど、どうしたのこれ⁉︎」
「俺にも、わからない……けど、かなりしんどい」
「あー……これ多分あれっすね」
「莉緒ちゃん?」
何か知っているような口ぶりだったので、僕は視線で問いかけた。
莉緒は、別に渋ることもなく、淡々と説明する。
「あの技、ヤバイくらいの魔力だったのはわかるっすよね?」
「うん」
「熱いものを持つと火傷するでしょう?」
「うん?」
「そういう事っす」
「ごめん、全然わからない」
「要は、高エネルギーのものを素手で持ったから、そんなものに耐えられるはずもないでしょう。エネルギーが将真さんの肉を焼いたんすよ。文字通り」
レーザービームとかレールガンとかをイメージしてください。
そんな事を付け加えて、莉緒は説明を終える。何となくはわかったが、それでもそうそうこんな事にはならないと思うんだけど……。
「まあ、将真さんはまだろくに肉体強化も使えないんすから、仕方ないっすよ」
「ふうん……将真くん、動ける?」
何はともあれ、任務は達成した。このままここにいると危ないし、早く将真の傷を治療しなければいけない。
だが。
「……」
「……将真くん? ちょっと大丈夫⁉︎」
返事が返ってこないので、体を揺さぶってみる。そしてようやく、彼が意識を失っている事に気がついた。
「ど、どうしよう……」
「落ち着いてください。とりあえず連れて帰るっすよ。流石に死んではないはずっす」
「う、うん」
それには同意だ。
だが、どうやって連れて行こうか。
ボクは同年代の女子と比べても少し小柄なので、同年代の男子と比べて背が高い方である将真を担いで帰るのはちょっと無理かもしれない。
と言うわけで。
「ごめん、莉緒ちゃんが連れてってあげて?」
「自分がっすか?」
「ボクが担いで帰るのはちょっと無理そうだから」
「あー、確かに急いで帰ろうって時に、体のバランスが崩れやすくなるんじゃ難しいっすよね……わかったっす」
「ごめんね」
「気にすることは無いっすよ。チームメイトなんすから」
その言葉に、ボクは思わず笑みを浮かべた。
無事、と言っていいのかはわからないけれど、まあとりあえず、無事に任務を終えたボクたちは、ようやく都市へと帰還し始める。
帰ってきたのは、任務達成から30分後の、午後4時頃だった。