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第20話『西、北東、決着』

北東、〈三銃士〉ウォーレンとの戦い。

その場所で、米国魔導師も日本の魔導師も、思い知る事になる。〈三銃士〉ウォーレンの強さを。


「う、嘘だ……」

「2人が、押されている……!?」


日本の魔導師は驚いていた。

副団長である藍と、自警団の中でも間違いなく最強クラスの柚葉が、たった一人の魔導師に攻撃を与えられない事実に。


「さ、流石将軍の右腕……」

「は、はは……。やはり日本のような小国の魔導師が、我々に適うはずがないのだ!」


逆に米国魔導師たちは、驚きながらも活気づく。

日本の魔導師たちにとっては、不都合なことこの上ない。数で圧倒的に勝る米国魔導師に勢いが着けば、押されていくのは日本の魔導師たちだからだ。

そして柚葉も藍も、そんな事は重々承知の上だった。


実のところ、柚葉は全力ではないが、藍は全力だった。だが、それは決して、柚葉が手を抜いているわけではなかった。

藍は、自警団最強クラスの実力者でありながら、〈神気霊装〉を使えない魔導師だ。それに対して、柚葉は〈神気霊装〉の中でも最強クラスの神話をテーマにしている。

だが、余りにも高すぎる神聖度故に、急な発動は負荷が大きいのだ。丁度、榛名小隊の恵林が使う、〈煉獄の剣レーヴァテイン〉のように。

〈神気霊装〉の段階まで到達しているため、使う分には問題ないが、やはり使えば使うほど精神的にも肉体的にも負担がかかり、使用可能時間は精々1日1時間程度。だから、柚葉は相手の強さを見極めてから、必要に応じた分以上に力を使おうとしないのだ。


「柚葉ちゃん、そう言えば〈龍装〉はどうしたの?」

「呑気に会話してる場合ですか……。この前自警団の任務に出た時に、修復不可能なレベルで壊してしまったんです」

「でもあれって、周囲の魔力を吸収して、自己修復する昨日ついてたわよね? それが治せないくらいに壊れたというのなら、もう素手の方が強いんじゃない?」

「まあそうですね。ところで、大丈夫ですか? 体力的に」

「うん。流石に、これを振り回し続けるのは、結構苦だね……」


藍は、息切れをおこしていた。使い慣れていないうえに、使い易いとは言えない武器。疲労が蓄積されていくのも当然だった。


「遊んでる場合でもないですね。そろそろ藍さんは下がっててください」

「私、副団長だよ? そんな足手纏いみたいに言わなくても……」

「いえ、このままだとキリがないので、一気にケリをつけます。もう大体わかりましたから」

「あぁ、そういう……。じゃあ任せるわ」


柚葉が言った意味を理解した藍は、素直に退って、柚葉に相手を任せた。

その動きに、ウォーレンが怪訝そうな表情を浮かべる。


「なんだぁ、そこの姉ちゃんはもうおしまいか?」

「ええ。代わりに残りは、私が相手してあげる。あなたの強さもだいたいわかったから、5分以内にケリをつけてあげるわよ」

「おいおい、舐められたもんだなぁ」

「そんな事は無いわ。あなたみたいな事、想像できる人はなかなかいないものね」

「……なに?」

「〈肉体強化魔法〉と〈肉体活性化魔法〉の同時使用を、こんなハイレベルで……。正直、わかったと同時に驚かされたわ」


柚葉の言葉に嘘はない。だが、ウォーレンが行使している魔法は詰まるところ、基礎を極限まで極めた形だ。そして単純な魔法であるが故に、分かってしまえばどうということは無かった。

それに、そろそろ柚葉も本気を出すつもりでいたのだから。


「さあ、行くわよ。〈神気霊装オーディン〉」


柚葉の体から、爆発的な神気が溢れて、周囲に拡散していく。柚葉の変貌に、ウォーレンは驚きを顕にする。


「これが噂に聞く〈神気霊装〉か……。凄まじい力だな!」

「言っとくけど、私のはこれで終わりじゃないわよ。〈神気霊装・昇華〉__〈改造神装〉!」

「むっ!?」


改良型の〈神気霊装〉。〈神気霊装〉を使えるものの中でも、限られた魔導師が可能とする芸当だ。

神気が多少弱くなったが、代わりに凄まじい魔力を感じるようになった。そうして容姿が変化した柚葉が、ウォーレンの目の前に現れる。


「さあ、終わらせるわよ」

「何という強さ……。これが、一騎当千の力を持つという日本の魔導師の実力か!」


ウォーレンが、今日一番の狂喜の笑みを浮かべて、鉄柱のような武器を思い切り振り下ろす。

普通の魔導師なら容易く押し潰されてしまいそうな一撃は、


「__ふんっ」

「なっ……」


柚葉が横に振り払った拳によって、一瞬のうちに、粉々に砕け散った。

動揺するウォーレンの目の前で、柚葉が腰を屈める。同時に、尋常ではない量の魔力が拳に収束されていく。


(一撃で沈める__!)


柚葉は、神技を放つ気だった。

そして、ウォーレンは神技を知らないが、何か途轍もなく強烈な攻撃が来ると、本能的に理解した。


「行くわよ__!」

「させるかァ!」


攻撃をさせまいと、柚葉が攻撃するよりも速く飛び出したウォーレン。だが、それでも柚葉の一撃の方が速く、その拳が、ウォーレンを捉えた。


「撃ち抜け、〈神槍(グングニル)・改〉!」

「おっ、ぐ、ふぅ……!?」


凄まじい音と共に、くの字に曲がるウォーレンの体。暫く堪えるように踏ん張っていたが、やがてすぐに、膝をついて地面に蹲る。

ぴくぴくと痙攣して動けなくなったウォーレンを見た周囲の魔導師たちから声が上がる。

日本の魔導師からは、


「柚葉さんが、遂に敵将を討ち取ったぞー!」

「日本の勝利だー!」


柚葉を称えるように勝鬨が上がり、米国魔導師からは、


「馬鹿な……、あの方も認めるウォーレン隊長が、敗れただと……?」

「お、おしまいだ……、我々で勝てるような相手ではない……!」


絶望的な光景に恐怖を覚え、少しずつ足が退いていく。

そして柚葉は、ウォーレンを打ち倒した拳を天に掲げ、すぅっと息を吸い込むと、周囲に轟く程の大声を上げた。


「今こそ攻勢に出る時! 攻めなさい!」

『おおおおおっ!』


日本の魔導師たちが声を上げ、地面を揺れるような錯覚を覚える。勢いを取り戻した日本の魔導師とは対極に、戦意を喪失した米国魔導師たちは、数で圧倒的に勝るにも拘らず、少しずつ、だが確かに削られながら、退却していった。

柚葉は、目の前で影に呑まれていくウォーレンを見下ろして、ため息をついた。


「恐れ入ったわ。あの一撃を受けて、まさか踏み止まるとはね」


改めて、その強さに敬意を表して、柚葉は藍の隣を駆け抜けていく。


「あとは任せます」

「もちろんよ、任せなさい」


ぱんっ、と小気味よい音を響かせて手を叩き合うと、柚葉は一気に速度を上げて、北の戦場へと向かっていった。




西側の戦場では、北東とは違い、余りに一方的な戦況を迎えていた。


「な、なぜ攻撃が当たらない!?」

「あら、むしろその程度の攻撃が当たるとでも思っていたのかしら?」


〈三銃士〉ファントムの魔術が、瑠衣に当たる前に、影に呑まれて消滅していく。

瑠衣は「その程度」と言ったが、米国魔導師の、それもあのヴァーミリオン将軍の右腕と言われる〈三銃士〉の一人、加えて魔術や魔法に秀でた『魔』のファントムだ。当然、攻撃が弱いはずがない。

だが、全ての攻撃は、尽く影に呑まれて、1度も瑠衣に当たらない。


おそらく現世において、唯一影属性魔導の使い手と言える瑠衣は、影属性について理解していた。

影属性には相性がない。火属性や風属性といった単属性は勿論、魔属性や聖属性を相手にしても、弱点をつくこともなければつかれることも無いのだ。

そして、瑠衣は影魔法をうまく利用して、魔属性の特性に近いものを再現していた。

瑠衣に、ろくに攻撃が通らないのはその為だ。


影魔法で魔法や魔術を呑み込み、影の中で魔力を留め、その魔力を還元して自身の魔力にする。この方法で吸収できる魔力量は、本来の魔法や魔術のいい所2割程度だが、攻撃が無数に打ち込まれている今、その辺の心配はない。

そもそも、瑠衣の魔力量はかなりのものなので、わざわざ魔力を還元する理由はないのだが、本人としてはついでの感覚なのであった。


「ならば、これなら……!」

「……へぇ」


周囲に、多色の魔力の球体が幾つも生成され、凝縮された魔力が閃光となって打ち出された。

〈アルカンシェル・ブラスター〉。多属性持ち(マルチタイプ)の魔導師の中でも、器用な者が使えたりする、特殊な魔術だ。

一瞬、意外そうに少し目を見開くが、結局は変わらず瑠衣の影の中に呑まれていく。


「なっ……!?」

「まあ、確かにうちの多属性持ち(マルチタイプ)の学生魔導師たちに比べたらかなり上手いし強いんだけど」


日本の魔導師は勿論、米国魔導師ですら確信していた。


〈三銃士〉ファントム。彼女に、もう勝ち目はない。


「__意外性が、皆無なのよねぇ」

「ば、馬鹿な……」


ファントムは、その場にへなへなとへたり込む。

魔導の才は相手の方が上でも、身体能力などを活かした別の強さで上回ることは可能だ。そしてその逆もしかり。

たが、同じ土俵に立った時、相手の方が実力が上である場合。機転を効かせても効果は無い。

それは掛け値無しに、敗北と言うよりほかになかった。


「じゃあ今の魔術、返してあげるわ」

「な、それは、ど、どういうこと……」

「見ればわかるわよ?」


ニッコリと微笑む瑠衣。

彼女の周囲には、幾つもの影が徐々に蟠る。

状況を理解できないファントムに、瑠衣は容赦なく攻撃を放った。

影から放たれたのは、ファントムが使った〈アルカンシェル・ブラスター〉。多属性持ち(マルチタイプ)の魔導師にしか使えないはずの魔術だ。


「が、はっ……」


鮮やかな閃光に貫かれて、ファントムは崩れ落ちる。


「な、なぜ多属性持ち(マルチタイプ)でも無いあなたがこれを……」

「勿論私には使えないわよ? これはさっきあなたが私に放ったやつ。言ったでしょ? 返してあげるって」

「あ、あり、え、な……」


最後まで言い切る前に力尽き、ファントムは地面に倒れる。それを確認すると、瑠衣はファントムを影に呑ませて、近くにいた魔導師に声をかける。


「厄介なのは倒したから、この場は任せるわよ」

「どちらへ?」

「北東に現れた〈三銃士〉とやらもやられたみたいだから、私はこのまま残る一人、北側に来たやつを片付けに行くわ」

「分かりました。お気を付けて」

「ええ」


瑠衣は素直に頷くと、自身の影にとぷん、と沈んでいった。




恵林が〈煉獄の剣レーヴァテイン〉を用いて使う、〈王の鉄槌〉。その威力は、まさに神器に相応しいものだった。

ただ振り下ろしただけでも、地割れを発生させる破壊力。当たればそれで良しという、一撃必殺の斬撃だった。

それを、〈肉体強化魔法〉で自己強化をして、神器にありったけの魔力を込めた結果。


見た景色をありのままに言うのなら、底の見えない谷が生まれた。地割れですら大した事がない。そんな錯覚を覚えるほどの一撃。


それ故に、榛名小隊は2度、驚いた。

一つは、使った本人ですら予想しなかったその破壊力に。

そしてもう一つは__


「……この人、本格的に化け物なんじゃないですか?」

「君に言われるとは思わなかったよ、エリン」


エリドは、その一撃を受け止めていたのだ。

谷ができたのは、エリドの後方。威力がそちらに逃げた為だった。

だが、榛名小隊は勿論、おそらくエリドですら理解していた。どう足掻いたところで、止められる威力ではないと。

そうして榛名たちはようやく気がつく。エリドの足元に、血が滴っている事に。


(やっぱりノーダメージなはずはないよな。それにしたって効き目薄すぎだろ……)


正直、うんざりする榛名。

そろそろ彼女たちも気がついていた。エリドが二属性持ち(デュアル)の魔導師であることに。

そしてその属性は、『風』と『地』だ。

これは榛名の予想だが、風属性の魔法で向かい風を集中させ、自分に振り下ろされる攻撃の威力と照準を僅かにずらしたのだ。そして、〈肉体強化魔法〉に加え、防御力に長けた地属性の魔力で己と武器を覆った。これなら、地面での踏ん張りも効く。

そしてそれを示すように、エリドの足元の地面は大きく凹んでいた。


だが、悠長な事を考えている余裕はない。

その事を思い出した榛名は、慌てて声を上げた。


「まずい、恵林逃げろ!」

「いやいや、そんなにすぐ逃げなきゃいけないほど、君らと私の間に大きな実力差はないんじゃない?」


それなりのダメージを受けているはずだが、呑気に追撃を加えにかかるエリド。

血が滴る程度にはつけられた傷が、いつの間にかかなり治癒していた。その傷口を舐めるように灯る炎には気が付かなかったが。


「ちょ、治るの早くないですか!?」

「ちょっと訳ありでね」

「くっ!」


振り下ろされる剣を、恵林は真正面から受け止める。どちらも一撃が重いため、鈍い音が響く。互いに弾き合い距離を取ると、恵林はその場で2度剣を振る。〈煉獄の剣レーヴァテイン〉によって飛ばされた斬撃は、狙い通りにエリドへと向かって行くが、エリドはそれを受け止め、ダメージを最小限に抑える。

その時の魔力の様子からして、榛名の予想に間違いはなさそうだった。


「もう、1発……!」

「なにっ!?」


強烈な攻撃を受け止めた直後で動きが鈍っているエリドに、追撃が飛ぶ。

今度は威力を散らすことも出来ない。エリドは咄嗟に〈肉体強化魔法〉に全力を尽くす。

爆煙が上がり、見えなくなったエリドに今度こそトドメをさそうと地面を強く蹴りつけ__ようとして、恵林はガクン、と崩れ落ちた。


「え……?」


唐突に力が抜けたことに、驚く恵林。だが、榛名はそろそろだと思っていた。

煉獄の剣レーヴァテイン〉の使用限界だ。

そしてそれを示すように、べしゃっと地面に倒れた恵林の手から、〈煉獄の剣レーヴァテイン〉が陽炎のように揺らめいて消えた。そうして発生した炎が、恵林の体内へと吸収されていく。

恵林は、自身の体がピクリとも動かない事に気が付き、ようやく事態を把握した。


「……さ、最後無茶したから、思ったより限界が早いなぁ」


最後の、エリドから逃れるついでで放った数回の斬撃。あれが、恵林の限界を早めていた。

だが、エリドには大きなダメージを与えた。しばらくは動けないだろう__。


「__なんだ、動けないのか?」

「え……」


聞こえた声に目を見開く恵林。

すると目の前に、爆煙を突き抜けて突っ込んでくる血塗れのエリドが迫っていた。

恵林は、切られる衝撃に耐えるように目を瞑る。

そしてその目の前に、榛名が飛び込んできた。恵林を守るために、エリドの攻撃を受け止めようと。

だが、咄嗟の反応の直後、榛名は気づいた。

接近戦ではせいぜい人並み以上の戦闘能力しかない自分が、この攻撃を止められないことに。


(どうする……、まずい、間に合わない__!)


硬直する榛名の目の前に迫る刃。その刀身は長く伸びて、榛名も、その背後の恵林も諸共に切り落とすつもりだ。

だが、迷い無く振り下ろされる一刀と榛名の間に、更に人影が入り込んできた。

そして。


「〈焔剣レーヴァテイン〉__!」

『なっ……!?』


榛名たちは勿論、エリドですら声を上げて驚いた。

焔の剣を手にして割って入ってきたのは__


「見つけましたよ、師匠!」

「__ああ、俺も探していたよ。お嬢」


エリドの口調が砕ける。

エリドと榛名の間に割って入ったのは、この戦いの原因とも言える少女、フレミア・ヴァーミリオンであった。

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