表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/158

第19話『榛名小隊、リベンジに挑む』

「さて、と……」


団長との通信を終えて、榛名小隊は目の前に現れた男と向かい合っていた。


「やあ、久しぶりだね、お嬢さんがた」

「……エリド・グリーシェ」

「うん、覚えていてくれて光栄だよ」


十日ほど前、万全の調子ではなかったとはいえ、榛名小隊を苦戦させた米国魔導師。そして、日本に助力を求めに来た、フレミアの師匠。

以前フレミアは、模擬戦で1年の実力者3人まとめて相手をした上で、勝利したのだという。

そんな彼女の師だ。底知れない強さを有しているのは、経験からも言えることだが、ただ見ただけでも分かる。

若干気障っぽい仕草で立っているが、その立ち姿には隙がなく、迂闊に踏み込むことも憚られた。

それに、前回戦った時に何とか負わせた傷は、片腕の欠損……だったはずなのだが。


「可能性として考えてなかったわけではないんですけど、まさか本当に、腕が治ってるなんて……」

「確実に消し飛ばそうと思ったら、切り離した腕の方は確実に消滅させるべきだね。もし高位の治癒魔法を使える者がいたら、たちまち癒着してしまうさ」


そしてその言葉は同時に、片腕を切り飛ばすほどのダメージを治すことが出来る、高位の治癒魔法の使い手がいることに他ならなかった。


前回は明らかに手を抜かれているということが、榛名たちにはわかっていた。

動きは他の米国魔導師に比べて遥かにレベルが高かったが、まるで魔術や魔法を使おうとしなかったからだ。

その油断をついて、何とか与えたダメージも、今となっては完治しており、エリドは恐らく万全の状態だ。


だが、万全の状態なのは、何もエリドだけではない。

傷も完全に癒えて、今日の為に準備していた榛名たち。彼女らもコンディションは問題なかった。


「さあ、今日は本気で殺り合おうか」

「殺るつもりは無いが、戦うにしてもこれだけ人が多いとあたし達の能力的にきついからな。場所を変えるぞ?」

「いいよ。好きに決めてくれたまえ」


意外にも、すんなりと提案を受け入れるエリドに驚いたが、3人は頷き合うと、榛名が燈と恵林を抱えて空を飛んだ。

榛名は魔導師の中でも数少ない、飛行魔法を習得している魔導師だ。そして榛名の場合は、地を走るよりは空を飛んだ方が速かった。

そうして突き放すつもりの速度で飛ばしたのだが、ふと後ろを振り向いて見ると、エリドは平然とついてきていた。

どうやら風魔法を利用しているらしい。飛行魔法を使えない多くの魔導師が、空を飛ぶ為に利用する手段だ。


「ちっ、そう簡単には行かないか……」

「あいつもやっぱり、西や北東に現れた連中と同じなんだろうね」

「そうですよね。他の米国の魔導師とは、レベルが段違いですし」


しばらく移動し降り立ったのは、小さな島国を北上して誰もいない廃墟。場所は、自警団の北支部の方が『日本都市』よりもだいぶ近い。

『表世界』で言う所の、東北地方の北側方面である。


「ここなら邪魔も入らないな」

「ちょっと寒いですけど……」


榛名は満足気だが、恵林はそうでもなかった。肩を抱いて身震いする。

当たり前だ。この時期、このあたりの気候は下手をすれば氷点下なのだから。

それでも彼女達が薄着なのは、魔導師は寒さにも耐性がある、と言うだけではない。どうせすぐに、灼熱地獄に変わるからだ。


「随分と寂れた場所だね。まあいいか、始めよう」

「ああ、そうだな__〈神気霊装ムスプルヘイム〉!」


榛名が、切り札を発動させる。それと同時に塗り替えられる世界。広がったのは、茹だるような灼熱の世界。炎が揺れ、マグマが吹き出す灼熱の大地である。


「こ、これは……、〈世界侵食〉か?」


初めて驚きを顕にしたエリド。そんな彼は放置して、燈も恵林も、切り札を発動させる。


「〈神気霊装プロメテウス〉」

「行きます、〈煉獄の剣レーヴァテイン〉!」


全身から揺らめく炎を放つ燈。

恵林は両手を合わせ、そこから少女が持つには大きすぎる大剣が呼び出される。

2人を見たエリドは、更に動揺した表情を見せる。


「その、剣は……。そうか、こんな所にあったのか……」


どうやら、燈よりも恵林の剣に反応したようだが、エリドは何故か笑みを浮かべていた。その笑みが安堵のように見えたものだから、榛名たちは余計に理解出来なかった。


「お嬢さん、名前は?」

「わ、私ですか?」

「そうだ」

「……え、恵林ですけど」

「そうか。ではエリン、その剣、何人にも渡すなよ」


エリドは、よく分からないことを恵林に言った。

理解できない榛名たちを差し置いて、エリドが攻撃態勢に入る。


「さあ、それでは始めようか」

「ああ。だけど一つ忠告しとくぞ?」

「榛名の領域の中にいる間は__」

「私たちの、圧倒的優位です」


榛名の炎の羽衣が靡く。そして、翼のように展開される、11もの火属性の魔法陣。そこから吐き出されるのは、超高密度魔力の、炎の柱だ。


「行くぞ、〈龍皇の咆哮ティアマト・ヘルズ〉!」

「むっ!?」


11個の砲門が、容赦なくエリドに火を噴いた。




「お前達は下がってろ!」

「そういうわけにも行かないんですよ!」


米国魔導師と日本の魔導師たちがぶつかり合う最前線で、戦いに参戦した十数人の少年少女たち。そう、将真たちである。

合流したはいいものの、誰よりも速く飛び出して先行して戦うフレミア。そして、それを慌てて追う形になっていたのだ。


「急にどうしたんだよ……。いや、確かに俺達も急いではいたけど」

「なんか、強い魔力反応が彼方此方に……3つほど? 出現してからっすよね?」

「もしかして……、魔力の質に、覚えがあったのかも?」


リンが少し、自信なさげに答えるが、むしろ彼女の意見は的を得ていると思われる。それが、一番矛盾のない回答だ。

勢いに負けて米国魔導師たちが少しずつじりじりと後退していく。

それに伴い前進する日本の魔導師たち。そのうちの一人に、フレミアは声をかけた。


「強い魔導師が現れたって聞いたんですけど、何処ですか!?」

「どこと言われてもな……。今は西、北東、そしてここ北側。西と北東はなんか今やり合っているらしいんだが……」


そう言って、通信機に映し出された、米国魔導師3人の戦う姿。戦いながらで、しかも遠目だから分かりにくいが、フレミアは迷わずそのうちの一人を指さす。


「この人! この人いま、何処にいますか!?」

「今は……、学園の一小隊と北上して、人気の少ない所へ戦いに行ったようだ」

「っ!」

「あっ!」

「ちょ、フレミア待ちなさい!」


フレミアは、すぐさまその場を駆け出した。向かうは勿論、ここより更に北側。

エリドと榛名小隊がぶつかり合う戦場である。


(師匠、どうして……!)


必死に追い縋ろうとする将真たちをどんどん突き放して、迷いなくひたすら、フレミアは北に進み続ける。




恵林は、最低限の剣術については手ほどきを受けていた。

だが、そうでなくとも神器というのは、ただそれだけで出鱈目な力を有している。

例えば、剣に何の心得もない素人が、〈煉獄の剣レーヴァテイン〉を振ったとする。それだけでも、目の前はあっという間に焼け野原だ。それを、剣の心得がある者が使えばどうなるか。


「はあぁぁぁっ!」

「うっ……!」


振り下ろされる〈煉獄の剣レーヴァテイン〉を前に、呻くエリド。受け止められないことを悟り、すぐさまその場を退避するが、地面を叩き割るその余波を受けて、自身の想像よりもかなり後方へと吹き飛ばされた。

煉獄の剣レーヴァテイン〉の一撃は、地割れのような痕跡を残していたが、その規模は地割れ程度で収まるようなものではなく、谷を生み出したかのような、凶悪な爪痕だった。


「さすが神器……と言うべきか、それともここまで神器の力を引き出すエリンを称えるべきか」

「別に私を褒める必要は無いですけど」

「いいや、事実凄いよ君は。この威力なら、確かに当てられれば、私を倒せるかもしれないね」


ようやく少しばかり危機感を抱いたらしいエリドが苦笑気味に呟くが、恵林が〈煉獄の剣レーヴァテイン〉を発動させた時点で、榛名小隊はあまり余裕がなかった。


煉獄の剣レーヴァテイン〉を使う時のリスク。それは、〈精神狂化〉だ。


人間が無意識の内に押さえ込んでいる、自身の力を解き放つと同時に、精神的に脆弱化させる。

つまり、本来なら負荷がかかり過ぎて出来ない全力を、精神すら酷使して、無理やり引き出している。

そしてそれは、一時的な力をもたらすと同時に、行動可能な時間を極限まで減らしていた。


この領域にいる間は、榛名小隊は有利だと彼女たち自信が口にしたが、それは半分ハッタリだった。

確かに火属性の魔導師が有利になる領域ではあるが、恵林が〈煉獄の剣レーヴァテイン〉を使い出した時点で、その優性も打ち消されていた。


だがもちろん、そんな不利になるようなことをわざわざ教えてやるほど彼女たちは馬鹿では無かった。

攻めあぐねるエリドを前に、榛名たちは逆に、果敢に攻めていく。

燈がエリドに近づき、拳を打ち出す。それをエリドは難なく躱したが、勿論その程度の事では動揺しない。すぐさま逆の手で追撃を加えるが、これは上手く威力を殺され、素手で止められてしまう。

そうして今度はエリドが攻撃を加えようとするが、榛名の砲撃が迫ってきたことに気がついて、急ぎその場を退避した。


(馬鹿な、今のタイミング、味方も巻き込みかねなかった……。こいつは自分の仲間に怪我をさせるつもりなのか?)


エリドはその光景に驚きを示したが、煙幕が晴れると、そこには無傷の燈が立つだけだった。


「なるほど、仲間を信じた、というわけか」


1対1なら、まずエリドの方が燈より強く、そして近接戦闘はどうしても燈に劣る恵林と榛名もまた、近接戦闘に持ち込まれれば、エリド相手では勝ち目がない。

だが今は。


「フッ__」

「そう何度も闇雲に拳を降って当たると思わない事だ」

「人に忠告する前に、頭上注意よ」

「はぁっ!」

「ぬっ!?」


後ろへと回り込んだ恵林の横薙ぎの一振は、咄嗟に屈んだエリドに躱されてしまう。

そしてエリドはまたも驚いていた。


(おい待て、あの大剣で今の距離から振ったら、どう考えても味方に当たっているじゃないか!?)


そう思い、視線を上に上げようとするエリド。その目の前に、燈の後ろ回し蹴りが迫り、直撃を受ける前に腕を交差させることで防御には成功した。

勢いは殺しきれず、そのまま後方へと吹っ飛んだが。


「今の味方を巻き込む斬撃も、彼女なら躱すと信じたのか」


1対1ならともかく、今は、同じく前衛に剣を持った恵林がいる。

そして、後方からの強力な援護射撃。榛名小隊があっさり負けるようなことはまず無かった。

更に、優位性を見せつけるように、榛名は一つ技を見せる。


「はぁっ!」

「なにっ!?」


地面が赤く光り、エリドの対比直後、火柱が立ち上った。

その威力は、榛名が使う〈龍皇の咆哮(ティアマト・ヘルズ)〉の砲門ひとつから放たれる威力とほぼ同じだった。

そう。この領域内でなら、位置に構わず、榛名は全方位どの場所、どの距離からも砲撃が可能だった。

更に追い詰めるように、火柱でエリドを追い続ける榛名。そして逃げる先には、右手に炎の玉を構えた燈が。


炎弾よりも大きく威力の高いそれを、燈は投げ飛ばす__のではなく、地面を駆け出して、自身の力でぶつけに来るつもりだった。


(馬鹿な! なんなんだ彼女達は! 自信が犠牲になることすら厭わないというのか!?)


動揺しながらも、エリドはその一撃を躱す。

あれだけ大きな火の玉だ。その余波で、燈は大きな火傷をおった。そう思っていたエリドの目の前で__燈は消えていた。


「なっ……」

「勝負はまだ終わってないぞ!」


そう言って、榛名が再び火柱を呼び起こす。それも今度は、エリドを囲うような形で6本ほど。更にそれを螺旋状に渦巻かせ、炎の檻を作り上げる。


「小癪な!」


だが、その火柱も、エリドが生み出した風の爪によって引き裂かれた。


「やっぱり風属性か。しかもアレを簡単に掻き消すとはな」

「あまり舐めてくれるな」

「でも、その服に炎が燃え移ってるぞ?」

「むっ……」


視線をずらすと、確かに服の裾に火が燃え移っていた。その日を消そうとして、エリドは驚愕した。

その炎が、いつの間にか大きくなり、人形を作って、燈の上半身を生み出したからだ。


「な、何だと……!?」

「__〈炎掌砲〉」


再び手に、強力な炎の玉を生み出した燈が、それを直接ぶつけに来た。回避は出来ない。その一撃を貰い、漸くエリドは理解した。

攻撃を受ける間際に放ったカウンターの感触が、それを確信に変えていた。


「君は……、炎そのものになれるというのか。凄まじいな」


流石のエリドも、これには動揺し、動きが鈍った。その隙を、いつの間にか背後に回っていた燈が蹴り飛ばす。


「ぐっ……!」

「__〈王の鉄槌〉」


体勢を立て直そうとするエリドの頭上に、大きく剣を振り上げる恵林。

目を見開くエリドの前で、恵林は、自身が作り上げた凶悪な一撃を、容赦なく振り下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ