第18話『三銃士』
米国と日本の魔導師が、ついに接触した。
場所は、遠い所では『日本都市』から数十キロ離れている。方面は西、北、北東である。
分かりきっていたことだが、その数には大きな差があった。まだ全ての米国魔導師が乗り込んできた訳では無いだろうにも拘らず、既に日本の魔導師の総数よりも多い。
一騎当千の魔導師と噂されている日本の魔導師だが、全員がそうである訳がない。平均すれば米国魔導師と同じくらいの強さに並ぶのかもしれないが、日本の魔導師たちは、個の強さにムラがあった。
だから、特に最前線は、可能な限り序列高めの者を配置しなければならなかった。
とは言え、数の違いは意外と問題にはならない。
考えてみれば当たり前のことなのだが、この人数すべてが1度に戦闘を開始するわけではなく、最前線にいる大体同じ数の魔導師が接触するのだ。
だから、結局のところ、最前線の魔導師の強さが問題となる。日本の魔導師は、最前線に固められている者達は個の実力もあり、また連携して戦うことも、問題なくできていた。
「1対1で勝てるものは存分にやれ! 出来ないのであれば、周りのものと組んでスイッチしながら確実に撃破しろ!」
『了解!』
「無理はするな! 戦いに支障が出るような怪我をした場合はすぐに下がれ!」
指揮官の指示に従い、日本の魔導師たちが威勢よく返す。最前線の方では、既に指示された事を実行に移していた。
西側。
米国魔導師の攻撃に、防戦一方となる日本の魔導師。だが、それで良かった。勝てなくとも、隙は作れる。
米国魔導師の一撃に、自身の全力をぶつける。反動で自分も蹌踉めくが、米国魔導師に明らかな隙が生まれた。
「貴様っ……!」
「スイッチ!」
「オラァ!」
前と後ろを入れ替えた日本の魔導師。後ろから出てきた魔導師が剣を振り下ろし、米国魔導師を昏倒させた。
するとすぐに、米国魔導師は黒い影にずぶずぶと飲まれていく。
瑠衣の影魔法が、それぞれの戦地に広域で広がっている、その効果だ。敵を逃がさず、確実に捉えるための。
「それにしても、敵は馬鹿正直に突っ込んでくるだけですね。脳筋の馬鹿ばっかり何でしょうか?」
「どうだかな。なにか作戦があるのかもしれんし、そうでなくともあの数だ。犠牲をものともしないというのなら、脅威以外の何者でもない」
ただでさえ、平均的に強く、差があまりない米国魔導師だ。そんな彼らに対抗できる程の実力の持ち主だって限られてくる。そうなると、戦える日本の魔導師の数は更に減る。
高頻度で交代ができる為、体力も温存できるという強みがある米国魔導師と違って、疲弊して倒れるまで、倒されるまで、簡単には引けない日本側からして見れば、数の脅威というのは不安要素の塊でしかないのだ。
米国魔導師たちの進軍を押さえ込んでいる最中、突然日本の魔導師たちを蹴散らして、一人の魔導師が現れる。
それは、少し不気味な見た目の女性だった。そして、彼女から感じ取れる魔力は、かなり強力だった。
「おいおい、こんなのが米国にいるなんて聞いてないぞ!」
「警戒しろ! 相当強いぞ!」
叫び声をあげる隊長の男。だが、指示も虚しく日本の魔導師たちが蹴散らされていく。
死亡させないようにと、戦闘不能になった魔導師たちは影魔法に飲まれていく。この影の先で治癒を終えればまた出てくる事になるだろう。それまで少しの間休憩だ。
魔導師たちの悲鳴が響く中、一つだけ、悲鳴とは違う、高笑いが聞こえてきた。
「あははは、無駄ですよその程度では!」
それは、突如戦地の中心に現れた米国魔導師。よく見ると、手には魔導書を有している。
しかも、本来なら有り得ない、複数の属性の同時使用。ほとんど佳奈恵と同じ、〈多属性〉の魔導師だ。違いはせいぜい、どれだけその力を使いこなせるか、という点だけだ。
そして、隊長の男はすぐに察した。肌に感じる魔力の強さも、魔導の技能も、そこらの魔導師では歯が立たないレベルであることに。
「防御を固めて退け! 救援が来るまで持ちこたえさせるぞ!」
「__その必要は無いわ」
焦る隊長と魔導師たちの耳に、どこからとも無く聞こえてきた声。次の瞬間、地面の彼方此方から、黒い鎖や半透明の黒い腕が生えてきて、〈多属性〉の米国魔導師を絡め取ろうとする。
だが、咄嗟に張られた結界に遮られて、鎖や腕は静かに消滅する。
日本の魔導師たちは気づいていたが、米国魔導師たちはその異様な攻撃に動揺を隠しきれずにいた。
その中で一人、〈多属性〉の魔導師は、上から見ていたということもあってか、今の攻撃を理解していた。
そしてそれだけに、信じられないと、他の米国魔導師と比べて大きく動揺する。
周囲の魔導師たちの影から、その鎖や腕は伸びてきた。相当な広範囲で。そんな規模の影属性魔法を使えるものなど、聞いたことがない。
すると、少し開けた場所に小さく影が蟠り、そこから一人の魔導師が現れる。
日本の魔導師の集団〈自警団〉の制服の上に、吸血鬼の貴族クラスが身につける正装を肩にかけている、長い黒髪の少女。そう、見た目は完全に、少女なのだ。
「悪いわね。あなたの相手は私がしてあげるから、覚悟して頂戴」
「瑠衣さん!」
「副団長!」
「……あんな子供が、副団長ですって?」
安堵の声をあげる日本の魔導師たち。そして、少女が副団長と呼ばれていることに驚きを隠せない、〈多属性〉の米国魔導師。
「お嬢さん、名前は……?」
「五十嵐瑠衣よ。ていうかお嬢さんは辞めなさい。これでも多分あなたよりは長生きしてるわよ」
実際、瑠衣の実年齢は50にはなっている。魔導師の見た目と実年齢が合わないなど、今更のはずだが、問いかけてきた当の本人は驚いているようだ。
「……名乗らせたからには名乗っておきましょう。とは言え、正式な名はありませんが。ヴァーミリオン将軍の右腕、〈三銃士〉がひとり、『魔』のファントムです」
「ヴァーミリオン将軍の右腕、ね。初めて聞いたけど、まあいいわ。どのみち、侵略者の運命は変わらないわよ」
瑠衣はそう言うと、再び影魔法でファントムの拘束を試みる。だが、同じく再び、ファントムの張った結界によって阻まれる。
「まあ、この程度じゃ無理よねぇ……。みんなはこっち気にせず、自分のやる事をやりなさいな」
『了解しました!』
日本の魔導師たちは、覇気を取り戻し、今まで防衛戦だったところを、果敢にせめて来るようになる。その事に米国魔導師たちが動揺し、勢いを落としていた。
「ま、まさかたかが一人増えただけで……」
「士気の向上っていうのは大事よ? ……さて、じゃあやりますか」
驚きを隠せないファントムに、瑠衣はニヤリと笑を向けた。
北東。
こちらでもまた、強力な魔力反応を検知してすぐ、頭一つ抜けた、化け物じみた魔導師が出現する。
「__おぉぉぉぉぉぅるあぁぁぁぁぁっ!」
『うわぁぁぁっ!』
手にした長棒を振り回し、その人振りが通過する場所にいた魔導師たちが、一撃の重さのあまりにはね飛ばされる。
長棒は、太さが30センチ、長さが5メートルはあるかという、どちらかと言えば柱に近い打撃武器だった。
西側に現れた魔導師とは対極の、力に重点を置いた戦い方だ。
「この〈三銃士〉、『武』のウォーレンを、そう簡単に倒せるなどと思うなよ!」
「くそっ!」
「油断はするな! 相手は大した魔術も魔法も使ってこない! 我々でも充分に戦える!」
事実、ウォーレンは今のところ、基礎的な魔法は使っていても、高レベルな魔法も、基礎的な魔術すら使ってこない。あえて近づいて無理に倒そうとするよりは、気を散らせつつ、遠距離から攻撃を打ち込んだ方が勝率は高い。
だが、撃ち込まれた魔術は、ウォーレンに毛ほどのダメージも与えられなかった。
「馬鹿な!?」
「そんな生温い魔術じゃ、俺の体に届かんぞぉっ!」
大地を踏み抜くほど強く蹴り出すと、日本の魔導師たちのすぐ側で踏み止まり、気合いと共に武器を振り抜いた。
何度目になるか分からないが、またも魔導師たちが宙へとはね上げられた。
「はーはははは! ぬるい、ぬるすぎる! 一騎当千の魔導師とはこんなものか! 俺と張り合える魔導師はいないのか__ぬ?」
手も足も出ない日本の魔導師たちを容赦なく蹴散らしていくウォーレンの目の前に、何か鋭くしなって向かってくるものがあった。
(これは鞭か?)
そんな柔い武器でどうこう出来るほど、ウォーレンと彼が扱う長棒は容易くない。
鞭による攻撃が届く前に、その攻撃に気がついたウォーレンは難なく長棒を盾にして防御する。
だが、予想に反して、その鞭の一撃は、いとも容易く長棒を粉々に粉砕した。
「なにィ!?」
「む、本人には当たらなかったかー、残念」
鞭がしなって持ち主の元へ帰る。そこに立つのは、眼鏡にボブカットの女性だった。そして言葉通り、残念そうな表情を浮かべている。
「あ、藍さん!?」
「うん。みんな、遅れてごめんなさいね。彼の相手は私がするから、離れていた方がいいわよ?」
「相手が相手だけに、藍さんだけじゃ不安だし、私も一緒に戦わせてもらいますよ?」
「もう、心配性なんだからー」
「ゆ、柚葉さんまで……」
更に藍と呼ばれた女性の後ろから駆けつけて来たのは、自警団でもトップクラスの強さを持ち、学園長も務める柚葉だ。
「ほー、お前が俺の相手をしてくれるのか。ちゃんと強いんだろうなぁ?」
「心配せずとも、これでも私は副団長です。それに、せっかく手練が単身攻め込んできたのだから、自分の実力とか武器の調整とか、色々試すのには丁度いいでしょう?」
そう言って藍が鞭を捨てると、鞭は虚空に溶けて消える。どうやら武器生成魔法で作り出したものだったようだ。
そうして新たに手にした武器は、数十センチの柄に鎖が繋がり、その先には凶悪な棘鉄球。所謂、モーニングスターだった。
「普通に剣を使うのも、槍を使うのも、弓を使うのも慣れてるからね。慣れておきたい武器を使って戦おうと思います」
「おもしれぇ……。いいぜ、こいよ!」
ウォーレンが嬉嬉として笑みを浮かべて叫ぶと、先に飛び出したのは、彼の予想に反して柚葉の方だった。
柚葉が打ち出した拳は、ウォーレンが咄嗟にとった防御の構えに遮られるも、そのまま構わず拳を振り抜いて、ウォーレンを後方へと吹き飛ばす。
「な、なんて力だ……。やべぇ、楽しくなってきた!」
「戦闘狂は引っ込んでろ!」
いつの間にかウォーレンの目の前まで迫っていた柚葉が、今度は拳に魔力を載せて打ち込む。
それを、ウォーレンは跳んで躱しながら、柚葉の背後に回り込もうとする。そんなウォーレンを、空中にいる間に、藍がモーニングスターで叩き落とした。
「ぐげぇ!」
「うん、2対1だと戦いやすいね」
「呑気な事言ってないで、早いところ片付けますよ」
集中力を切らさず、柚葉がボヤくようにいった。
瓦礫からはい出たウォーレンは、攻撃を受けたにも拘らず、再び狂喜の笑みを浮かべた。
「いいじゃねーか……。本気でやれそうだなぁ!」
西では瑠衣、北東では藍と柚葉が参戦した中、北の戦地にも、巨大な魔力反応を持つ魔導師が出現していた。
「ふむ……、ならここは、俺が出るか?」
『いや、ヴァーミリオン将軍が出てくるってんなら、団長は温存すべきだ……、です』
「お前って本当に敬語が苦手だな」
呆れてため息をつく団長。ホログラムウィンドウ越しに映るのは、学園高等部2年の榛名。
『団長。そんなことより、アレの相手はあたし達にやらせてもらえませんか?』
「燈からそんなことを言い出すとは、かなりやる気みたいだな?」
『そりゃあ、ちょっとした因縁もあるんで……』
「……まあいいさ。死にはするなよ?」
『はい。分かってます』
団長の忠言に答えたのは恵林だったが、彼女たちに死ぬ気がないことなど、聞くまでもなく分かっていたことだった。
通信を切ると、団長は目を瞑り、椅子に深く腰をかける。
そして、己の中に呼びかける。
(おそらくあの男は出てくる。となれば、お前の力は必要不可欠だ。……起きているだろうな、俺の中の悪魔よ)
(起きてる起きてる。むしろ待ちくたびれて寝ちまいそうだったぜぇ)
団長の呼びかけに答えたのは、正しく悪魔と呼ぶにふさわしい見た目をした、人形の怪物だった。
(代償は変わらない。必要なだけ持っていけ)
(そうたくさん取るつもりはねぇけどなぁ)
悪魔__イービルがそう言うと、一瞬、全身の力が抜けたような感覚と共に、団長は覚醒した。
少しばかり、精神的な疲れが出ているものの、魔力は大幅に向上し、身体能力も軒並み上がっていた。
これが、この悪魔こそが団長を、世界最強クラスの魔導師であり日本の魔導師の代表たらしめる要因だ。
そして普段、少年のような容貌をした団長は、本来の年相応の青年の姿へと成長している。
「よし……。俺も準備を始めるとするか」
戦闘狂と呼ばれるあの男との戦いに少しばかり緊張はあるものの、不安はない。戦いに備えるため、団長は執務室をあとにした。




