第16話『榛名小隊、不覚を取る』
今日も今日とて、2年の榛名小隊は、米国魔導師の撃退に追われていた。
毎日、という程ではないにしても、かなりの高頻度だ。
今まで捕縛した米国魔導師たちからは、いくつか通信用のアイテムが見つかりはしたが、少なくとも日本に上陸してから使われた痕跡はない。
つまり、まだ彼女を日本で匿っている、という事を気が付かれているとは考えにくい。だからこそこの襲撃回数がおかしいと思えてくる。
そして、こんなことが頻繁に起こりえているためか、榛名立ちにも少しずつ疲れが見え始めていた。初めの米国魔導師との接触からもう数週間だ、無理もない。
榛名たちは、例によって援助するよう言われた小隊に合流し、米国魔導師を撃退してしまおうと考えていた。
そしてそれは、滞りなく完了するはずだった。
だがそれは、ただ一人の参戦により、揺らぐ事となる。
「〈炎双拳〉!」
流石に学習した榛名は、火柱をぶっぱなす豪快すぎる戦い方ではなく、炎を両方の拳に纏い、物理的な戦闘方法で戦っていた。
確かに榛名の接近戦時における戦闘能力は、遠距離時と比べると、期待できるほどのものでは無い。
だが、できない訳では無い。
こういう時は、援護は恵林に任せ、ひたすら時間稼ぎ。そしてトドメは、接近戦最強クラス様に任せるとするのだ。
まあ、この程度の魔導師なら、榛名でも充分倒せるのだが。
「はぁっ!」
「ぎゃあっ!」
榛名に体制を崩された米国魔導師が、燈の強烈な蹴りを食らって吹き飛ぶ。これでまた、戦闘不能の米国魔導師が一人増えた。
残りは3人。
ジリジリと後退して、隙を見て逃げ出そうとする米国魔導師たち。
だが、逃がすわけには行かない。
ここで逃がしてしまえば、おそらく匿っていることがばれてしまう。そうでなくとも、こうも米国魔導師たちを撃退、捕縛してしまっているのだから、向こう側の出方が予想できない。
出来る限り、大規模な戦闘を避けるためにも、日本側は米国とことを構えるつもりは無いのだ。
『……っ!?』
後退する米国魔導師たちの足が、ピタリと止まる。
どうやら、動けなくなったようだ。そして、その理由もわからずにいる様子である。
だが、榛名と燈は少し遅れて気がついていた。
これは、恵林の攻撃だ。
彼女は、単純な魔導師としての強さだけでなく、かなり特殊な技術を多く身につけていた。
そしてこれもその一つ。
魔導器、と言うには些か小さすぎる、長さ数センチ、幅数ミリの針。『縛針』と呼ばれる、指したものの魔力を麻痺させて、動きを鈍らせるものだが、込める魔力量で効果に幅がある。
恵林が影に『縛針』を突き刺したのは、本人たちに直接刺すよりバレにくいからだった。まあ、本人たちに届かせられるような距離でもなかったのだが。
そして、動きが封じられた米国魔導師3人のうち、1人を榛名が、2人を燈が、物理攻撃で沈黙させた。
戦闘が終了すると、榛名たちは少し深くため息をついた。
「はぁ、疲れたぁ~……」
「最近こんなのばっかね」
「ごめんなさい、何だか2人に任せっきりで」
「まあ、あなたみたいな補助もできる魔導師とは違って、私達には戦うくらいしかできないから。気にすることはないわよ」
とは言うものの、榛名もそうだが、特に燈の疲労が一番蓄積されていた。
まず、いくら天才少女たちとはいえ、まだ学生の身なのだ。どうしても熟練の魔導師と比べると、体が出来上がっていない上に、経験と基礎体力が足りない。
そして、榛名は勿論だが、恵林にも備わっている切り札ともいうべきそれは、あまりに高火力すぎて、こんな木の密集した森の中では使えない。いや、使えなくはないのだが、その結果出した被害で、間違いなく厳罰だ。
なので、臨機応変な戦いができる燈を主軸にした戦略を組まねばならず、どうしても一人に負担が集まってしまうのだ。
だが、不満を言ってもいられない。
現状を知った、遠征に出ていた日本の魔導師たちの小隊がいくつか帰ってきて、『日本都市』の守りを固めて入るが、それでもまだ人が足りていない。
戦闘は何も、ここだけで行われている訳では無いのだ。
「今日のところは終わりみたいだし、引き返しましょう」
「うん」
「ああ、そうだな」
恵林の言葉に、燈と榛名が頷く。
若い男性の声が背後から聞こえてきたのは、そのすぐ後だった。
「__へぇ、すごく強いね、君たち」
『っ!?』
3人はその声にすぐさま振り向き、警戒心をむき出しにし、臨戦態勢をとった。
そう呟く、男もまた、相当な実力を持つことがわかったからだ。
近づかれるまで感知できなかった事がおかしいと思えるほどの、膨大な魔力量。それは、将真にすら届きうる、並外れたものだった。
そして、このレベルまで行くと、魔力量に自信のある榛名でも及ばない。
榛名が、うんざりとした表情をみせる。
「あー、やだやだ……」
「これは……」
「今度はまた、とんでもないのが出てきたわね」
恵林も動揺を見せ、燈は榛名と同じくうんざりと呟いた。最近の連戦続きでこの相手なのだから、無理もないが。
男は、仰々しいお辞儀をして、自身を名乗る。
「エリド・グリーシェと申します。以後、お見知りおきを」
修学旅行も2週間ほど前に終わらせ、心身ともに休まる時間を得た彼らは今、闘技場を借り切って向かい合っていた。
「……それで、本当にやるんですか?」
「おう」
「めんどくせぇな……」
「まあいいじゃねーの、少しくらい」
フレミアの、少し呆れたような呟きに答えたのは、彼女の前に立つ三人の少年。
将真、猛、響弥である。
実のところ、修学旅行前の1週間、そして、修学旅行中の自由時間で、将真は既に2度もフレミアと模擬戦をしている。
そして、物の見事に完敗した。
将真の経験値を考えると仕方がないかもしれないが、ならば男衆3人で行けばどうか、という発想に至ったのだ。提案者は杏果だが。
経験値はバラバラだが、成長して強くなっている将真、猛、響弥が手を組めば、かなりいい勝負ができるか、勝てるのではないかという事だ。
3人対1人は、それぞれ準備を整え臨戦態勢に入る。
「行くわよ? ……試合開始!」
杏果の合図と共に、将真たちはすぐに散開した。これは、研究と学習から得た行動である。
将真たちの予想通り、つい先程まで彼らがいた場所を、幾つもの光線が貫いていた。
火属性の使い手であるはずのフレミアが、光属性の魔術を使えるのはおかしい。初めはそう思ったが、事情を聞いてみればなんて事は無かった。
フレミアは、魔導師の中でもかなり希少な、〈二属性持ち〉なのだった。
〈多属性〉と違うのは、使える属性の種類と、その出力だ。
その名称の通り、〈二属性持ち〉は、せいぜい属性を2つ有しているだけだ。だが、一つの属性が、良くても出力5割が限界の〈多属性〉と違い、その出力は100%。違う属性を持つ魔導師二人分と同じくらいの能力を有している。そして当然、それほどの力を行使するためか、魔力量もかなりのものだ。
つまり、使い方次第では、〈二属性持ち〉は、かなり凶悪な能力なのだった。
わかっていても、躱せたのが意外だったくらいの速度で放たれた、開幕早々の光線を乗り越えると、将真たちはすぐさま接近戦へと持ち込もうとする。
3人ともが同じスタイルなのだから、こうなるのは当然だった。
だが、3人同時と言っても、流石に全く同じタイミングで、混戦させる様な愚かな真似はしなかった。
初めに突っ込んだのは、響弥だった。
「そぉい!」
「うわっ!?」
予想よりも速い速度で振り下ろされる大剣を、それでも難なく回避したフレミアだったが、その大剣が勢い余って地面を叩き割る。その威力に驚きながら、更に吹き飛ぶ瓦礫に邪魔をされて、次の猛の攻撃に回避が間に合わなくなる。
「__〈魔断〉!」
「〈フレイムエッジ〉!」
躱せないなら、と猛の横薙ぎの一振を、炎で形成した爪で掴んで止める。
「はぁ!?」
「うそっ!?」
傍で見ていた杏果とリンが、驚愕に思わず声を上げる。
猛が将真の技を見て身につけた、魔属性魔力を纏わせた斬撃、〈魔断〉。それが、たかが火属性の魔術一つで止められたのだから。
だが、猛としてはどうでもよかった。それでも無理やり振りぬこうと力を込めれば、フレミアも同じように耐えようと力を入れる。すると必然、動けなくなる。
そこに、猛とは反対側から、将真が体勢を引き気味に剣を構える。
そして、地面を蹴って一気に加速。黒い閃光となって、強烈な突きを放った。
「〈黒槍〉っ!」
躱すことは疎か、受け止めることさえできない体勢。将真の攻撃は、確実に当たるはずだった。
だが、突きがフレミアの体を直撃する寸でのところで、炎の壁に防がれた。
「〈フレイムアーマー〉。肉体強化魔法に、強力な火属性を混ぜ込んだ、肉体強化魔法の上位互換よ。簡単に破らせないわ」
簡単そうにいうが、その頑強さには驚かざるを得ない。将真の魔属性は、〈魔王〉の特性を反映してか、魔力を打ち消すだけでなく、吸収する可能なのだから、その一撃でも貫けないというのは、驚愕に値する丈夫さなのだ。その固さは、結界魔法にすら匹敵するほど。
「ぐっ、まだまだぁ!」
がら空きになったフレミアの背後から、響弥が大剣に地属性魔力を込めて振り下ろす。
その特性により、一撃の耐久と重さが跳ね上がった大剣は、フレミアの〈フレイムアーマー〉に切り込みを入れ、そのまま硬直した。
「お、重っ……!」
「おいおい、これでもダメかよ!?」
少し油断していたフレミアは当然、更に重さを増した攻撃に驚いていたが、響弥もまた、予想を遥かに上回る防御力に、半ば呆れた様子すら見せている。
しかし、〈フレイムアーマー〉の防御力が高くとも、その中身である人体はそこまで頑丈ではなく、多少魔力によって強化されていたところで、これほどまでに重い一撃を堪え続ける事は不可能に近い。
それをフレミア自身、理解しているのだろう。
すぐに前へと跳んで、その場から逃れる。
だが、そのせいで少し隙が生まれ、そこへ追撃をかける猛。それを辛うじて宙に跳んで回避したフレミアを見て、3人はまたとないチャンスを前に、攻撃準備をする。
やはり、魔導師でも基本的に空中では無防備になりやすい。そこを突く算段という訳だ。
だが、跳躍後の最高到達点に達すると、フレミアは地面に向けて手を突き出した。そこは丁度、将真たち3人の真上だ。
「__〈サンシャイン・バースト〉!」
『……は?』
3人の惚けたような声が重なる。そして、突き出された手から放出されたのは、巨大な炎の球体だった。位置的に、将真たちはその一撃を、モロに受ける形となったわけである。
炎の球体は彼らを容赦なく飲み込んで__爆発した。
「ふぅ……」
『…………』
ため息と共に、地面に降り立つフレミア。
そして、彼女が放った魔術のあとには、クレーターと、目を回して完全にのびている3人の少年たち。
「……試合終了。フレミアの勝利」
愕然としながら、杏果がその結果を口にする。
世界最強の魔導師の娘は、『日本都市』の高等部の中でも優秀な将真たちが3人で組んでも、勝てるような相手ではなかったようである。
暫くして、将真たちが目を覚まし、彼らは闘技場をあとにした。
「いやぁ、それにしてもフレミア強すぎだろ。やっぱ米国最強クラスはレベルが違うなぁ」
「……褒めたってなんにも出ないわよ」
響弥の言葉に、フレミアが少し照れたように唇を尖らせる。これが大した実力もなく、フレミアの強さが大して理解できない魔導師に言われたところで、彼女は適当に流しただろう。
だが、彼女自身も模擬戦を経て、将真たちが同世代の中では相当な実力があることを理解した。
そして将真たちもまた、フレミアの凄まじい実力を本心から感心している。彼女はそれが分かっているからこそ、少し嬉しく思ったのだった。
だが、フレミアの強さがわかったからこそ、同時に恐怖を煽る事実もある。
彼女の父で、世界最強の魔導師『グリシャ・ヴァーミリオン』は、フレミアが手も足も出ないような実力を持つという。
今回のフレミアとの模擬戦を考えると、少なくとも、学生魔導師や生半可な実力の魔導師に適う相手ではないだろう。
そんな相手がもし攻めてきたら、と考えると。
「……おっかないな」
「うん?」
将真がぼそっと呟く。どうやら、それは他の誰かの耳に届いていた様子はないが。
フレミアの様子を見ていると、もう時期彼女が『日本都市』に来て一ヶ月くらいとなるが、随分と打ち解けたような気がする。
そんなことを考えていると、不意に端末が着信を知らせる。それは、柚葉からのものだった。
「柚姉、どうかしたか?」
『うん、今そっちにフレミアちゃんはいるかしら?』
「ああ、いるけど……」
『じゃあ、ちょっと彼女を連れて来て欲しいの』
「どこにさ?」
急な連絡。そして指定された場所は、『日本桜第一病院』だった。
病院につくと同時、美緒小隊は別行動となった。猛の妹、真尋はまだ完治しておらず、もう暫く様子を見るためにも入院しているらしい。まあ、外に出る許可を貰える程度には回復しているのだが。
呼ばれたのは、地上の2階。普通の病室だった。
その部屋につくと、何があったのか不安になりつつも、扉をノックして中に入る。
病室内にいたのは4人。一人は、呼び出した柚葉だが、なぜ病院にいるのか不思議なくらい健康体だった。
そして問題は残る3人、2年生最強の榛名小隊だった。
3人は、あちこちに傷を負って、包帯を巻いている部分もあった。とはいえ意識はハッキリしているらしく、大きな問題ではなさそうだが。
「ちょ……、榛名さんたち、大丈夫何ですか!?」
「舐めんな、このくらい平気だ! ……あいてて」
「無茶しないの、全く……」
柚葉は呆れたようにため息をつくが、リン同様、将真たちもまた少なからず動揺していた。
そこまで深傷ではないにしても、榛名たちの強さを知っているからこそ、驚いたのだ。まあ、相手の数やその時の調子というものもあるのだろうが。
「でも実際、何があったんだ?」
「あー、私たちの調子が好調でないことも理由の一つではあるけれども、それよりも不味いのがね……」
将真の問に、冷静に答えてくれたのは燈だった。だが、その物言いは少し、いや、かなり気になった。
「私たちが、米国魔導師の撃退に当たっているのは知ってるわよね?」
「まあ……」
何でも最近、米国魔導師の襲撃が増えているらしく、自警団や優秀な生徒達が総出でこれを撃退しているのだという。その筆頭が、高等部2年の榛名小隊、そして3年の楓小隊だった。
撃退した米国魔導師は、全員が捕虜となっているらしく、所持品はすべて自警団で管理している。
情報が外に漏れて、万が一にでも、フレミアを日本で匿っているなどとあの男の耳に入る事は避けたかったから……、と言うのが、自警団団長の言葉らしい。
「それで何だけど……、ついに一人、逃がしちゃって……」
『えっ!?』
将真たちは驚きで声を上げる。
どうやら、とんでもなく強い魔導師が現れたらしく、かなり苦戦させられた挙句、捕らえることが出来なかったということだ。
「結構長身の魔導師だったよ。なんと魔力は将真並」
「イケメンだったよなぁ、勿体無い」
「目立つ銀髪だったよね」
と、それぞれ身体的特徴を上げていくが、正直そんな話を聞いても、彼らには何も得るものはなかった。不安は駆り立てられたが。
兎に角、逃げられたということは、フレミアを匿っていることは、もうバレているだろう。
フレミアの方に視線をやると、彼女の表情が強ばっていた。
どうしたのかと声をかけようとする前に、当のフレミアが口を開く。
「あの……、その人の名前って、分かりますか?」
「名前? あー、そういや名乗られたな。もしかして、殺れると思ってたのか?」
その男と出会ったあたりのことを思い出していると、少し焦ったようにフレミアは言葉を続けた。
「名前は? 覚えていませんか!?」
「お、落ち着け落ち着け。……そうだな」
確か、と前置きをして、榛名はその名前を口にした。
「__エリド・グルーシェ」
「っ……!」
その名前に、フレミアの肩がびくっと震えた。
「そんな……、どうして、師匠まで……」




