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第15話『蹂躙』

三人揃うと同時に、まず恵林は少し下がって、小隊長の怪我の治癒に入る。

その間に、飛び出した燈を後方から支援する形で、榛名が魔術を発動した。


「〈龍皇の咆哮(ティアマト・ヘルズ)〉!」


彼女が得意とするそれは本来、11門の魔法陣から放たれる、超高火力の炎の砲撃である。だが今回は、魔力の消耗と周囲への無駄な被害を抑えるためにと3門に制限されていた。

そうして放たれた砲撃が、米国の魔導師一人を直撃して戦闘不能にする。

そして無駄に火力が有り余ったその一撃は、砲撃が通った周囲の森を焼き払った。


『なっ……!?』

「あ、あれ……?」


その威力を目の当たりにして絶句する米国の魔導師。

だが、砲撃を打ち出した当の本人もまた、計算外の出来事に目を丸くしていた。


「こ、この年の森って確か、炎で燃えたりしないって言ってなかったか……?」

「ええそうね。『並大抵の炎は』受け付けないわね」

「だよな!? じゃあ何で燃えたんだよ!?」

「貴女の炎が『並大抵』の威力で済むと本気で思ってるの? 馬鹿なの?」

「ぐっ……」


もちろん、済むわけがない。

榛名の〈龍皇の咆哮(ティアマト・ヘルズ)〉は、確かに火属性のみの単属性だが、その威力は学園どころか自警団の上位にも劣らない、脅威的な威力を誇るものだ。


実は『日本都市』周辺の森は特殊な木で形成されていて、周囲の魔属性魔力を僅かだが吸収し、還元して無害な魔素として拡散する働きがある。

丁度、植物が光合成をする時の働きにも似ている。そしてそのお陰で、『日本都市』周辺であれば、それなりに長時間動くことも可能だった。数日感に及ぶ、サバイバル式の鍛錬もこうした場所で行われる。

そうした特殊な作りにあるため、自然に発生する程度の炎を受け付けるような、ヤワな気ではなくなっているのだ。

だが、榛名の攻撃は、超強力な火属性魔力の塊を放つ砲撃。普通の木はもちろん、この特殊な木であっても、その火に燃えやすいという本質は変わらないので、簡単に消し炭になってしまうけである。


そしてその結果、どうなるか。

特別、大きな問題は無い。ただ__


「これは……、多分、始末書だね」

「ぎゃぁぁぁぁ!」


敵が目の前にいるにも拘らず、榛名が頭を抱えて叫び声をあげた。

苦笑を浮かべる燈。

後衛で小隊長の傷を治癒している恵林は、緊張感のない榛名に、少し呆れた表情だ。


「もー、二人とも敵の前で油断しちゃダメですよ……」

「これは……、治癒魔法か」


ため息混じりに呟く恵林がかけている魔法の正体に気づいた小隊長は、少し驚いたような表情を見せる。傷やダメージを回復する系統の魔法は、他者に施すことによって難易度が劇的に上がるからだ。


「はい。でも、傷を治せる程度のものなので、消耗した体力とか失った血までは回復できませんけど……」

「いや、充分過ぎるくらいだ。助かる」


そう言って、小隊長は立ち上がった。

元より大怪我を負った訳ではなかったためにそんなに血は流れていなかったし、そうそう体力が底を尽きるような、ヤワな鍛え方はしていない。低序列と言っても、基礎だけなら波の優秀な生徒よりは完璧なのである。

まあ、彼女らと比べるとやはり大したことはないのだが。


そんな二人を、燈と榛名の包囲を抜けて襲いかかる米国魔導師2人。

彼らが武器を振り下ろしたと同時に、恵林たちの姿がその場から消えた。

そして次に現れたのは、数メートルほど上空だ。

そこから魔法を展開しようとする恵林。だが、米国魔導師たちは恵林が何らかの方法で転移したことを理解すると、すぐに魔術による攻撃に転じた。

かの大国の魔導師と言うだけあって、その順応性は中々のものだった。

だが、放たれた魔術を、またも恵林は転移で躱す。

そして、転移完了と同時に、展開していた魔術を放つ。


「穿て、〈閃光の槍(シャイニング・スピア)〉!」

「ぎゃあ!」


長さが1メートルにも達しそうなそれは、風を切って見事に一人を直撃し、戦闘不能へと至らしめた。

残ったもう一人だが、恵林が何をするまでもなく、米国魔導師の背後から放たれた炎の砲撃によって戦闘不能にさせられる。


「……榛名ちゃん、援護は凄い助かるんだけど、森を燃やし過ぎるのは……」

「もうこの際やけくそだよ!」


とは言え、あちこちに当たり散らすような真似は流石にしないようだが、兎に角、躊躇がない。

残る最後の二人だが、2対1と少女相手に卑怯な立ち回りだ。

それもどうやら、問題はなさそうだったが。


燈が、一人の攻撃を躱し、もう一人の魔導師に足払いを仕掛ける。普通なら足を取られるだけのそれは、足を武器に戦う彼女がやると、1種の攻撃技だ。その魔導師は、そのまま中を縦回転させられ、隙だらけの所を、燈の回し蹴りを食らって後方へと吹き飛ばされる。

木を何本もなぎ倒しながら、最後は巨木の幹に背を強かに打ち付け、気絶する。


残り一人。


かなり派手な攻撃のあとだったせいで、少し動きが鈍る燈の背後から、米国魔導師は火属性を付与した両手剣を躊躇なく振り下ろそうとする。


「死ねやぁぁぁあっ!」


誰一人、助けに行くのも間に合わず、燈自身、特に抵抗する余裕もないまま、両手剣が振り下ろされて__切られた燈は、炎の塊となって拡散した。


「……は?」


呆然と声を漏らす米国魔導師。その背後で、拡散した炎が収束していく。

そして、そこには今しがた切られかけていた燈が姿を現した。


「これでおしまい」

「ぐぇっ!」


空中で一回転し、背中に叩き込まれた踵落とし。米国魔導師最後の一人は、苦悶の声を上げて気絶した。


「任務完了、だな!」

「ですね」

「あー、なんか、私も始末書かなぁ……」


米国の魔導師を吹き飛ばした時に、無惨になぎ倒された木々を見ながら、遠い目になる燈。

だが、無理やり明るく務めて始末書のことを忘れようとする榛名もまた、少し顔がひきつっていた。

始末書がまずいのでは無く、破壊してはいけないものを破壊した、という事実がまずいのだが。

そして、ほとんど関係の無い恵林は、苦笑いを浮かべていた。




『小隊長!』


米国魔導師の制圧を完了してまもなく、小隊長が逃がした隊員2人が、現場まで戻ってきた。


「おー、お前ら無事か」

「はい」

「なんとか」


戦力に大きな差があったにも拘らず、助っ人が間に合ったおかげで全員大した怪我もない。

だが、少しは戦い慣れている小隊長とは違い、若干若い2人は複雑な気分でいた。


「まさか、学生魔導師たったの3人で、敵魔導師立ちを倒したというのか……」

「私たちではどうしようも無かったというのにね」

「仕方が無いさ」


小隊長は、諦めたようなため息をつく。

彼女たちは、『時雨家』、『美空家』、『花橘家』と、四大貴族の名家出身だ。加えて、その戦いぶりから、努力を怠らなかったことも何となくわかるのだ。

才能に恵まれながら、貪欲に努力を続けたものに、凡人が適うはずもない。その天才が例え、未だ学生魔導師の身であれども。


榛名たちが何かを話し合って、頷き会いながら散開する。そして、恵林だけが、小隊長たちの元へと向かってきた。


「すいません、米国魔導師たちの拘束を手伝ってもらってもいいですか?」

「ああ、勿論だとも。何も出来なかったんだ、それくらいはさせてくれ」

「助かります。流石にこの数を3人で連れていくのは難しいので」


微笑を浮かべる恵林を見て、毒気を抜かれたように隊員の2人も微笑を浮かべた。

嫉妬など、している場合ではないのだ。いくら才能に恵まれていようと、このレベルに成長するまでに、凄まじい努力を続けてきたはずだ。ならば、年長者である自分たちは、そんな若者たちに恥じない強さを身につけなくてはいけない。心身共に。

隊員の2人は、新たにそう、心に刻んだのだった。




米国魔導師を連行した後、榛名たちは学園長室に向かっていた。

もちろん、任務の報告のためであった。


「__そう。ご苦労さまね」

「は、はい……」


榛名は、少し萎縮していた。

報告書には、あの場であったことを包み隠さず記載してある。つまり、自分で犯した不祥事も。

にも拘らず、あまりに変化のない学園長の様子に、怯えていたのである。

だが、


(いや、もしかしたら、本当に大した問題ではないんじゃないか?)


そう思うと同時に、少しだけ精神的に楽になった。

柚葉が口を開いたのは、丁度そんなタイミングだった。


「まあ確かに、敵の強さを考えれば、森の一部が焼き払われたり、へし折られたりする程度の被害は、仕方がないわね」

「ひいっ」

「うっ……」


心を読まれたかのような発言に飛び上がる榛名と、無関係ではないことを自覚しているために呻き声を漏らす燈。

そして2人のそばで、恵林は表には出さないが、ハラハラしていた。


「という訳で、榛名ちゃん。あなたの小隊はとりあえず始末書ね」

「げっ……」

「うぐっ……」

「えっ、私も!?」


巻き込まれた形の恵林が、驚いたような反応を見せる。


だが、理由は単純で、柚葉曰く、『連帯責任』だそうだ。




「__ぅおぉぉらぁ、死ねぇ!」

「掛け声が物騒なんだよ、この馬鹿野郎!」


気合いと共に腕を振り抜く猛。その手から凄まじい速度で放たれた白い塊が、回避行動をとった将真の真横を通過していく。

そして、その背後にあった雪の壁にぶつかり、粉々に砕け散った。但し、雪の壁も壊れたが。

白い塊は、言うまでもなく雪玉だった。

そして今、将真たちがやっているのは、普通の雪合戦である。

いや、普通ではなく、かなり殺伐としたものだが。




昨夜、鍋の具材を買い集めて、旅館で鍋パーティーをしていたのだ。面子は第一中隊と遥樹小隊。そして、遥樹たちが面倒を見ることになったアストレアの、計13人だ。

鍋道具一式は、莉緒の影魔法を利用した。彼女の影に収まる程度の大きさのものなら、なんでも入るのだから。影が長く伸びている時限定だが、かなり大きなものも入れられるらしい。中にものを入れれば入れるほど、その魔法に割かれて魔力が消費されていくのだが。


北海道の特産品も色々買い寄せたが、将真たちは金銭的な問題を全くといいほど抱えていなかった。

基本的に、『裏世界』での買い物は、常時身につけている腕時計の形をした端末に振り込まれたポイントで出来てしまうのだ。

そして将真たちは、今までの任務の実績があって、およそ一般社会人すら持っていないであろう金額の貯金があったのだ。

『表世界』に来るにあたり、幾らか現金に変換してきた訳だが、結果、なんの問題もなく買い物が出来たわけだ。


そして翌日になって、何をするのかと思えば。


「北海道まで来て雪遊びかよ……」


というのが、雪の上ではしゃぐ仲間たちを見て将真が抱いた初めの感想だった。

将真とて、なにをすればいいかわかっていたわけではないが、それにしたって他にあるだろう。

まあ、楽しそうだったので、将真は一向に気にしなかったわけだが。


考えてみればそもそも、彼らは『雪遊び』ということをほとんど経験していなかったので、これもこれでいいのだろう。

どうせ、3日目と4日目は、ガイド付きの観光だ。


ちなみにチーム分けだが、将真と響弥と杏果とリン、猛と遥樹と美緒と真那、となっていた。

残りのメンバーは、それぞれ別の場所で、別の雪遊びに興じているようだ。


「行くぞ猛ぅ!」

「でけぇよバカヤロー!」


猛目掛けて雪玉を投げようとする響弥。その手にある雪玉のサイズを見て、味方である将真もぎょっとする。

それは、ボーリングの玉程もあった。

先程の猛もそうだが、どうやら一種のスポーツとしてではなく、鍛錬の一環として楽しんでいるらしく、その挙動一つ一つに容赦がない。

雪玉を魔力で一時的に強化して、強化された腕力で投げ飛ばす。

それはもはや、現代武器ではそう歯が立たない威力を誇っている。

雪玉自体が脆いので、硬質な物体にぶつかるだけでも砕け散るが。さっきの雪の壁にぶつかったのと同じように。


そして、猛の罵倒も華麗にスルーして、響弥が雪玉を投げ飛ばした。もはや砲撃である。

だが、遥樹が投げた少し小振りな雪玉が直撃すると、バラバラの塊に砕け散って、勢いを無くし地面に落ちた。無論、遥樹が投げた雪玉も粉々だ。


「ぐぬ……」

「やれば出来るものだね」


いつもはクールな遥樹も、あまり無い体験に刺激されてか、結構楽しそうだ。

将真と響弥の背後でその様子を見ていた杏果は、少し呆れていた。


「こんな事ではしゃぐなんて、みんな子供みたいじゃない」

「杏果ちゃん、ボクたちまだ子供だよ?」

「いや、まあそうなんだけど、そうじゃなくて、子どもっぽいっていうか……」


リンも一応、杏果が言いたいことはわかっていた。どの道、勝つのはほぼ不可能だから。

向こうに氷属性を得意とする美緒がいて、雪壁が氷雪の壁になっている時点で、防御力がハナから違う。遊びであるにも拘らず、全力過ぎるというのはわからないでもない。

だが、リンは杏果とは違い、別に子どもっぽかろうと、楽しければそれでよかったので、充分に現状を楽しんでいた。

そしてそんな大人びた顔をしようとする杏果の顔に、凄まじい速度で飛んできた雪玉が直撃する。


「へぶっ!?」

「ひゃっ、杏果ちゃーん!?」

「ナイス、真那」

「美緒も、ナイス発想」


その様子を、向こう側の雪壁の向こうから顔を覗かせて見ていた美緒と真那が、ハイタッチで手を鳴らす。

似たもの同士、いつの間にか普通に打ち解けていた。

彼女たちが同じことをしようとしてリンは気がついた。

雪を魔力で強化して、バズーカ砲みたいなものを作ったかと思うと、雪玉をセットして飛ばそうというのだ。

気がついたから、次に飛んできた1発は躱せたが、その衝撃で壊れた雪のバズーカ砲は、また再び雪で生成されていく。


(うわぁ、なんて贅沢な……)


まあ、素材は足元や周囲に無限と言えるほどあるのだが。

そして復帰した杏果が、


「__な」

「な?」

「何すんのよおぉぉぉっ!」

「ひぇっ」


怒鳴り声をあげて立ち上がる。リンは思わず怯えてしゃがみ込んだ。

杏果は、ばっと手を前にかざすと、魔力を集中し始める。すると、周囲の雪が浮き上がり、球体を作り出して、最終的には無数の雪玉が宙に浮いていた。


『は、はあぁぁぁあ!?』


相手側は勿論、味方である将真たちも驚きの声をあげていた。


「な、何これ、どうなってるの?」

「私の得意な地属性魔法……の、応用よ。雪玉全部に、若干土が混ざってるわ」

『卑怯な!』

「あんた達二人に言われたかないわよっ!」


氷属性を使う美緒のせいで、雪の壁が鉄壁の防御力を誇っているし、遠距離火力の高い真那が攻撃を担当。杏果たちからしてみれば、充分に卑怯と思えるレベルだった。


「それ、行けっ!」


手を振ると、無数の雪玉が高速で美緒たちに降りかかる。

前にいた遥樹と猛は、それを見てすぐに気づく。


(速いだけじゃない、数も多いな)


(駄目だ、躱しきれねぇ。……なら)


2人とも、考えたことは同じだったようだ。

全身に、魔力が行き交う様子が、傍から見ていても良くわかる。

肉体強化魔法とはまた違う。この小規模版なら、魔導師が常日頃から無意識的にやっていることだ。

『肉体活性の魔法』である。

肉体強化で可能なのは、強靭な筋肉と頑強な肉体を、魔力で強化して擬似的に生み出すことだ。これだけでも確かに、限界を超える動きを可能にできる。

だが、これは身体能力の補強をするものであり、例えば、自分が追えないような動きをするものに反応することができる訳では無い。

それを可能にするのが、『肉体活性の魔法』だった。


そして何をするかと思えば、高速で飛んでくる雪玉を、遥樹は剣で切り落としていた。それもかなり正確で、綺麗に真っ二つだ。

猛はというと、一秒もない短い時間で剣を生成する、という芸当ができるほど天才ではなかったために、仕方なく拳で雪玉を打ち落として言った。直撃を食らうことなく、ひとつ残らず粉々に。


「このぉぉぉぉお……!」

「いやぁ、やれば出来るものだね」

「てめぇ、それさっきも聞いたぞ」


悔しそうに歯を食いしばる杏果を見上げながら、リンは思った。


(なんだかんだ言っても、杏果ちゃんも楽しんでるんじゃない)


そして、雪合戦組を傍から見ている、莉緒、佳奈恵、静音、紅麗、そしてアストレア。


「うわぁ、カオスっすねぇ」

「もうあれ、雪合戦じゃないよね……」

「だねぇ」

「……ガキだわ」

「……私も同感です」


彼女たちはどうやら、雪で何かを作っていたみたい。

それを見た将真は、その見覚えのあるシルエットに目を見開いて驚いた。


(も、モアイ……!?)


なんてベタな、と思う将真であった。

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