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第14話『魔の手が迫る』

グリシャ・ヴァーミリオン。


日本でもその名を知っている人間は、自警団の団長、副団長を含めた上層部のみである。

彼らはグリシャの事を、『ヴァーミリオン将軍』という通称で呼んでいるが、これはグリシャが所属する国のシステムに由来していた。


グリシャは、『裏世界』で数少ない生存国家、米国の魔導師だった。そして、米国にも『日本都市』の自警団のような団体があった。

但し、その規模は巨大で、名前を『軍』と言っているが。

そしてグリシャは、組織の中でも〈将軍〉クラスという、戦闘能力においては最強の地位にいた。通称の理由がこれである。


グリシャは米国最強の魔導師であり、更にいえば__世界最強の魔導師でもあった。


それにも拘らず、日本で知っている人間が少ないのは、知名度が低いからでは当然無い。どちらかと言えばむしろ逆であるが故に起きた事だ。


グリシャは戦士としては優秀だったが、いわゆる独裁者のような気質も兼ね備えていた。加えて、戦闘狂という噂もある。

その為、その名を脅威に感じるものも出てくるかもしれないからと、上層部はあえて、彼の名が広まらないようにしたのだ。

余計な心配ごとは、無い方がいい。


そんな世界最強の魔導師の娘が、今日本にいるというこの状況は、非常によろしく無い。

何故日本に来たのかはこれから聞くわけだが、団長の言う通り、国際問題まで行くと最悪だ。


魔王と魔族、魔物たちの手により滅びかけているこの世界で、国同士で事を構えて戦争などやっている余裕は何処の国にもない。

故に、暗黙の了解として、基本的にはお互い不可侵が普通だ。どの道、数人単位では他国に侵入するのは難しいし、逆に人数を増やせば敵対行為とみなされても文句は言えない。


だが、もし自分の娘が人質に取られているとしたら。そうでなくとも、向こうがそう判断した場合でも、日米間で戦争が起きかねない。

日本側に戦争する気はなくとも、攻め込まれれば戦わざるを得ないのだから。


「……それで、何でヴァーミリオン将軍の娘がこんな所にいるんだ?」

「……逃げてきました」

「『逃げてきた』? ……一応聞いておくが、どこから?」

「それはもちろん、母国米国(アメリカ)です」

「なっ……」


思わず絶句する団長と、柚葉含めた自警団員たち。

話を聞いていると、グリシャは噂で耳にしていたよりも独裁者の気が強いらしく、相当な圧政をしいていたという。

そんなグリシャのやり方と、国民の現状……逆らえば即刻死刑という、常軌を逸したあり方を、アストレアは2度にわたって問いただした。

1度目は適当にあしらわれる程度で済んだが、2度目は怒りに任せて突撃し、兵士たちを蹴散らしてグリシャに講義をしたのだという。

その結果、歴然とした力の差を教えられた。

死の恐怖を覚えたアストレアは、命からがら逃げ出した。

何とかすると、国民たちに誓ったのに。


自分ではどうする事も出来ないと理解したアストレアは、外へと助けを求めようとした。

その道中で、グリシャに仕える兵士たちに追われ、ろくに体を休めることも出来ず、意識朦朧とした状態でたまたま逃げ込んだのが、ここ『日本都市』だったのだ。


「……味方はいなかったのか?」

「1人、後輩がいます。けど……、お父様に反旗を翻すには、あまりに戦力不足で……」


まあ確かに、いくらグリシャの娘とはいえ、1人では力不足で、そこに一般魔導師が1人加わったところでどうにかなるものでは無いだろう。

ましてや、アストレアの後輩という事は、せいぜい学生魔導師レベル。

その後輩がどれだけ強く、アストレアと組んで鬼に金棒の戦力を得たとして、鬼神には適うまい。


「という事は、彼女は侵入者では無いと?」

「そうだな。こちらが被害を受けたと言っても、大したものではない。少なくとも、彼女に敵意はないようだしな」


その言葉を聞いて、美緒小隊と杏果小隊のメンバーがホッとした表情を見せた。

いくら全力ではなかったとは言え、杏果小隊3人がかりを突破され、それをわかっていたからこそ美緒小隊は本気で挑んだわけだが、それでも想像よりはるかにアストレアは強かった。おそらく、美緒であっても1人で止めることはできなかっただろう。

その結果は、一つの事実も示していた。すなわち、個の戦闘能力だけなら、ここにいる将真たち学生魔導師を上回る強さを、アストレアは有している、という事だ。それが敵ではないと言うことが明らかになった今、直接対峙していた美緒たちが安心するのもよくわかる。


「団長、じゃあこの子の処遇はどうするの?」

「そうだな……。本来ならば、米国に返すのが妥当なのだろうが……」

「そ、そんなのダメです!」


そう声を上げたのは、日本の魔導師ではなく、アストレア本人だった。

自警団員は目を見開き、団長ですら少し驚きを見せる前で、アストレアは表情に影を落とす。


「……帰っても殺されるか、生かされたとしても洗脳されたりで、お父様たちの都合の良い道具にされてしまいそうで……」

「……まあ、さっきの口振りからしても、とてもこのまま返す気にはなれないしな」

「という事は……」

「柚葉」

「え? あ、私ですか?」


団長からの突然の指名に驚きながらも、柚葉は団長に確認をとる。


「そうだ。彼女はお前に預けよう。処遇は任せる」

「……指名された時点で、こうなる予想はありましたけど……、ハァ」

「嫌か?」

「……まあ、何とかして見ます。私も、このまま彼女を見捨てるのも気が引けるし」


とりあえず、米国の出方がわかるまでは、『日本都市』の方で軟禁状態にでもしておくしかあるまい。

とは言え、この都市から外へ出さなければいいだけだ。普通に生活はできるし、どちらかと言えば保護に近い。

問題がなさそうであればアストレアを母国に戻し、問題があればまだいてもらう。

いてもらうとなれば、アストレアが出来ることなど、大方予想はつく。外に出て任務ができなければ、雑用じみた町中での任務をこなしてもらう必要があるわけだ。


「よし。じゃあ解決したからお開きだな。そうそう、学生達の旅行は大丈夫か?」

「はい。無事滞りなく進められると思いますよ」

「なら、アストレアも連れて行かせるといい。万一、追っ手が都市に入りでもしたら、彼女が危ないかもしれないからな。遠くに逃がした方がいいだろう」

「そうですね。じゃあ連れていきますか」


そういう訳で、修学旅行のメンバーが、急遽一人増えたのだった。




一週間後、予定通り修学旅行が決行され、一同は『表世界』の北海道まで来ていた。


「うぉ……、寒っ!?」

「そりゃそうだろ」


思わず身震いする将真に、少し厚手の格好をした猛が何を分かりきったことを、と呆れた様子を見せる。

真冬の、雪降る氷点下の街。油断していたら魔導師ですら凍えるほどの寒さだ。ただ肉体強化の魔法をかけているだけでは勿論効果薄で、防寒対策になるような魔法を使える魔導師は実のところあまりいない。

火属性のように、直接的な温め方なら可能だが、こんな魔導も知らない一般人の目があるような場所で、わかりやすい魔導の行使など言語道断であった。


「それより、飛行機って数時間程度でも体結構痛いよなぁ。つか、じっとしてんのは性に合わねー」

「そんなの、あんただけじゃないわよ……」


ぐっと伸びをする響弥に、少しげんなりとした杏果が言い返す。彼女の場合は、じっとしていたことよりも飛行機の乗り心地が彼女の体に合わなかったようで、少し気分が悪そうである。


わかりやすい魔導の行使など言語道断、という事は、もちろん普段やっているような屋根から屋根へと飛び移れるような肉体強化や、中には空を飛ぶ魔法を使える者もいるが、当然却下であった。

代わりに用意された移動手段が飛行機である。


(まあ確かに、初めて飛行機に乗った時のあの感覚は、絶叫マシンみたいであんまり気分は良くないかもな)


慣れれば大したことはないのだろうが。

ゾロゾロと街を歩く生徒達。

将真たちの一団に、この修学旅行についてくる事になったアストレアが声をかける。


「あの……、私、本当にこんなところにいて良いのかな?」

「気にしなくていいのよ。学園長が許可してくれたんでしょう?」

「それは、そうだけど……」


紅麗が問題ない、と言うように返したものの、当のアストレアはまだ不安げだ。

修学旅行前に、遥樹の小隊にアストレアを紹介した第一中隊だったが、その時にどうやら紅麗と意気投合したらしく、他のみんなと比べると仲がいい。そういう理由もあって、この修学旅行では、遥樹小隊がアストレアと行動を共にしつつ、何かあれば護衛という形で任務を与えられていた。

修学旅行に支障はないとはいえ、その期間中に任務を任されるというのも面倒な話だろうに、遥樹小隊はすんなりと了承してしまったというのだから、その辺の余裕が将真たちとは違うのかもしれない。

ともあれ、どうやら少し真面目っぽいアストレアは、事態の中心となっている自分が何もしない、という現状に落ち着かないようだが。


「ほら、とりあえず旅館行くわよ!」

「わっ、ちょ、引っ張り過ぎ!」


そんな彼女を、紅麗が強引に引っ張っていく。

ちなみに紅麗は、ほかの生徒達と比較して、この雪国で行動するには寒いであろう薄着だった。だが、どうやら吸血鬼は寒さに強いらしい。

ここ一週間で将真が初めて知った知識であった。


「確か旅館には、自警団所属の非戦闘団員が何人か働いてるんだよな?」

「そうだね。そのコネで、毎年来ることがわかっているからこそ、僕達はここに遊びに来られるんだけど」

「でも、旅館って言っても食事は出ないんだけどね」


遥樹の説明に、リンが補足をつける。

リンの言う通り、食事は出ない。泊まる場所の提供と、温泉を開放してるのみだ。

だからこそ、今からしなければならないことがある。


「じゃあ、とりあえず夕飯の材料買うぞ」

「そうだね」

「気が早いんじゃ……」

「何作るの? 手伝うわよ?」

「ああ、買う手伝いは頼むけど、作る方は手伝いいらないな。そんなんいるようなものを作るつもりは無いし」


じゃあ何作るんだ、というみんなの視線に、ピンっと指を立てて将真はにっと笑う。


「寒いって言ったら、やっぱり鍋だろ」




その頃、『裏世界』の日本では、少し問題が起き始めていた。

恐らく米国の魔導師と思わしき反応が複数確認されたのだ。

そして偵察に送り出されたのは、自警団の中では序列が低く、精々四桁後半がいい所の小隊であった。

米国の魔導師が平均的に強いのは知っていたし、だからこそ戦うべ気ではないと理解していたが、団長からの命令出ることと、戦うのではなく偵察だからそこまで危なくない、という判断の元に実行された。

だが、その彼らは、最悪の状況に陥っていた。


「くそっ、早く逃げろ!」

「やはり強いな……。俺が迎撃する。もうすぐ援護が来るはずだ、お前達は退け!」

「わかった!」

「了解よ!」


小隊長らしき男に、それぞれ男女ひとりずつで構成された3人は、小隊長の指示で周囲を警戒しながらも逃げ足を速める。

その間に小隊長はひとり振り返り、米国の魔導師に向かい合って、攻撃を開始する。

だが。


「〈炎球〉!」

「無駄だ、〈炎弾〉!」

「ぐ、うぉぁぁぁぁあっ!?」


押し負けた小隊長は、多数の炎の弾に身を焼かれて、火傷を負いながら地面に倒れる。

なんとか動かせる首で、敵を睨みつけるような眼光で睨む。だが、それはあくまで威嚇行為でしかなく、そして今、その威嚇が効果的に機能するようなタイミングではないことがわかっている。それでも、何が何でも抗わなくてはいけなかった。

当然だ。じっとしていれば、殺されるのだから。


(くそ、俺はここで終わるのか!? ただ偵察だけ、という簡単な命令も果たせずに!)


米国の魔導師たちは、小隊長の男を逃げ場を塞ぐように囲い、うちひとりが、小隊長の前で屈んである質問を投げかけてくる。


「お前、アストレア・ヴァーミリオンという名に心当たりはあるか? 話せば助けてやらんこともない」

「っ……、さあな」


やはり彼らの狙いは、あの迷い込んできた少女だったようだ。

だが、もちろん団長には名前を聞かれてもしらを切れ、絶対にばらすなと釘を刺されている。だから、ここで答えるわけにはいかなかった。


「そうか。……ならば死ね」

「ぐ、ま、待て!」


米国の魔導師が、目の前で炎弾を発動させようとしているのを見て、小隊長が慌てて止める。

いくら団長の命令とは言え、小隊長とて命が大事なのだから、話して助かる命なら、話した方がいいに決まっているのだ。


「言う。……お前達の探す、少女の事は、名前だけだが知っている」

「そうか。それで、場所は?」

「それは……」


小隊長は躊躇う。だが、自分の命がかかっているのだ。ゆっくりもしていられず、口を開こうとした。

その時、米国の魔導師を、横殴りに襲う衝撃。

唐突すぎるそれに、踏ん張ることも出来ずに宙に浮き、轟音と共に地面に叩きつけられる。

米国の魔導師たちはもちろん、小隊長もポカンとしていた。

何せ、周囲には何も無いのだから。

すると、目に見えない何かに攻撃を受けたらしく、また1人、米国の魔導師がその場で昏倒した。

認識はできないが、そこに何かがいるとわかった米国の魔導師たちが、何も無い空間に魔術を打ち込む。

すると、その空間を遮るように、土の壁が現れた。

土属性魔法〈アース・ウォール〉である。


「そこにいるぞ!」

「よし、追い込め!」


相手の居場所が掴めたと、米国の魔導師たちが、より強力な攻撃を放つ。土の壁は崩れ、赤い液体がその向こう側から噴き出す。

勝った、と思った1人の米国の魔導師の背後で、少女の声が聞こえた。


「__残念。それはフェイク」

「は……?」


そして次の瞬間、強烈な衝撃に吹き飛ばされて、味方を2人ほど巻き込んで昏倒した。

そしてそのタイミングで、空間が歪んで一人の少女が姿を現した。


「……む。やっぱりまだ、|隠蔽魔法〈インビジブル〉は30秒がいいとこってくらいかな」


黒髪ショートのクールな少女。羽織っている黒いローブの下には、赤基調の学生服を身につけていた。そしてスカートからは、スラリと伸びる美脚が除いている。

この制服を身につけているのは、高等部の女生徒だけ。そして、一年生は全員修学旅行中でいない。

これだけの実力を持つ、目立つ学生魔導師は、そういない。そもそも、四大貴族の一つである『美空家』の生まれである彼女の事は、知っていてもおかしくない。


「自警団団長の命令を、学園長経由で聞いてきました。無事ですか、小隊長さん?」

「あ、ああ。助かったよ。礼を言う……美空燈」


少し安堵した小隊長は、高等部2年生の燈に対して頭を下げた。

燈は、後ろからついてくる二人の反応を知覚しながら、残る5人の米国魔導師への警戒も忘れない。


「……榛名、恵林。先に出るわよ」

「速いっての!」

「燈ちゃん、最近ほんっとに一段と強くなったよね……」


遅れて到着した、少し起こり気味の時雨榛名に、呆れ気味で追いついた花橘恵林。


高等部2年生最強の小隊が、ここに集結した。

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