第12話『侵入者』
序列戦が終わってしばらくたった、休日の午後。
「ねぇ、これなんかどうかな?」
「いや、いつ使うんだよ」
「じゃあこれならどうっすか?」
「ん、あー……、まあこれなら、道中暇つぶしくらいは出来るかなぁ」
現在、莉緒小隊は『日本都市』南区のスーパーマーケットに来ていた。
たまには少し楽しようという莉緒の提案で、午前中の間に、難易度の高くない魔物討伐の任務を軽くこなしてきた。
初めて莉緒小隊が受けた魔物討伐は、龍種の討伐だったが、あの時はまだ将真が未熟で、連携もままならず、思った以上に手こずらされていた。だが、今回の相手は『ビッグボア』という巨大な猪の魔物だった。龍種に比べれば大したことはなく、加えて、実力もついてきた将真たちにとっては、もう相手にもならなかった。
どうやら最近、魔物の動きが活発化してきているらしく、こうした魔物討伐の任務が増えてきている。
この『日本都市』がある、かつて『裏世界』でも日本と呼ばれたこの島では、都市を除けば北と南の支部にしか生活が可能な領域はなく、残る土地は荒廃し、魔物や魔族の住処となっている。
そうして増加の傾向にある魔物や魔族に対して、自警団の戦力は不足気味だ。上位100名ともなれば一騎当千の猛者たちではあれど、やはり魔物や魔族の数の方と比べると圧倒的に少ない。
従って、魔物討伐程度の難易度の低い任務が学生達のところへと回ってくるのは当然の結果ともいえる。
その後、久しぶりに将真の料理で昼食を済ませた3人がこうして買い物に来ていたのは、もちろん理由がある。
2月の頭ごろ、高等部一年生の修学旅行があるのだ。
一年生、二年生、三年生と、それぞれ時期をずらして場所も学年ごとで変えて毎年行っているらしい。
まあ、話を聞く限りでは、修学旅行というにはいささか自由度が高すぎる気もするが。
わかりやすく言うと、行き先ははっきりしているが、ノープランの旅行に行くようなもので、その後の行動はそれぞれに任されている。
一応旅館はとってあるらしいが、なんなら外泊も構わないそうだ。
勿論、行き先は『裏世界』のどこかではない。『裏世界』には、とてもじゃないが旅行地となるような場所はない。
行くのは『表世界』で、行き先は北海道だった。冬の北海道に旅行とか、何を考えているのかと正気を疑いたくもなるが、それはそれでいい点もあるのだろう、と将真は思っている。
(まあ、年末年始に『表世界』遊びに行ったばっかだけどな……)
将真は、第一中隊のメンバーに遥樹小隊と唯と真尋を加えた大所帯での初詣を思い出していた。
それとは関係ないが、遊び道具を選んでいたリンと莉緒の手にはそれぞれ、サッカーボールとトランプがあった。
(いやほんとにサッカーとかどこでもやるつもりだよ)
と思った将真だったが、何と聞いてみたところ、そもそもサッカーを理解していないようで、ただ手頃なボールを掴んだだけらしい。
どのみち、球技が簡単に出来るような環境と季節ではなかろうが。
「将真さーん」
「何だよ」
「バナナはおやつに入るっすか!?」
「定番のネタぶっ込んでくるんじゃねー!」
「あ、そう言えば」
巫山戯る莉緒に少しイラッとして怒鳴り返す将真の背後で、リンが声を上げる。
ちなみに、何故か物干し竿を手にして、器用にぐるぐると回していた。
(危ないからやめろよ……)
周りに人がいないからまだいいが。
「佳奈恵ちゃん達は来ないのかなぁ?」
「え、誘ってたのか?」
「うん、みんなでいった方が楽しいかなって思ったんだけど……」
「あぁ、それならさっき美緒から連絡あったっすよ」
そう言うと、莉緒は腕時計のような端末をタップして、ホログラムウィンドウを出現させる。
そこに表示されたメッセージ内容を、両隣から将真とリンが覗き込んだ。
『もう少ししたら帰れそうだから待ってて』
という連絡が、1時間ほど前に来ていたらしい。
気づいたならもっと早く言ってくれといった将真に対して、
「忘れてたもんは仕方ないっすよぉ」
莉緒は開き直った。
そこまで困ることではないとはいえ、しっかりしてくれよと思う将真であった。
莉緒曰く、静音たちも今回の買い物に誘っていたらしく、美緒たち同様、遅れてくるつもりのようだ。
知らぬ間に莉緒と静音が仲良く意気投合していることに気がついたが、どうやらお互いのミステリアス性が噛み合ったらしい。よく分からない、とは莉緒小隊と杏果小隊の、2人以外の全員の意見である。
適当に店内をふらつきながら、暇を持て余した将真たちは、一度店の外に出た。
そのタイミングで、突如端末から大音量で警報が鳴り響いた。
(うおびびった! こんなシステムあったのかよ!?)
『表世界』にいた頃の、緊急速報を思い出す。アレもなかなかに心臓に悪かったと、うんざりする将真。
少し警報が落ち着くと、自警団からのアナウンスが放送された。そこで遅まきながら気がついたが、どうやら警報は街全体でも流れていたようだ。
『都市内に侵入者あり。危害を加える危険性があるため、一般市民の方々は直ちに安全な場所に避難してください。都市在中の自警団、学生達は、侵入者への対処をお願い申し上げます』
ピコン、と端末に着信音のようなものが鳴り響く。
莉緒が端末を開いて内容を確認すると、侵入者の詳細が記されていた。
と言っても、特別細かい情報がある訳では無いが。
『侵入者1名。火属性の魔導師と推定される』
「……侵入者って言うから、そりゃそうなんだろうけどさ」
「言いたいことは分かるよ」
「自分も対処に当たることになるのは初めてっすね」
そう。侵入者とはつまり、他国の魔導師なのだった。
少女は走る。一心不乱に。
もはや薄れかけている朦朧とした意識の状態で、逃げなければという使命感のようなものが、少女を突き動かしていた。
そうして森の中を走り続けていると、急に森が晴れて、目の前に巨大な城壁が立ち塞がる。
一瞬、元の場所に戻されたのかと肩を揺らした少女だったが、見覚えのないその場所に、少し安堵を覚える。
それさえも自覚してはいなかったが。
やがて城門が近づき、そこに立つ2人の軍服のようなものを身に纏う男達が立っていた。
彼らは、少女に気がつくとそれぞれに武器を構え、声を張り上げて警告する。
「そこの少女、止まりなさい!」
「聞けぬというのなら、力づくで止めることになるだろう!」
「っ……!」
一瞬、逡巡する少女。だが、足を止めてはいけない。
全身に炎を纏わせた少女は、構わず城門目掛けて突進する。
「くっ!」
「行かせん!」
前に立ち塞がる2人の男。決して弱くはない彼らを、少女はいとも容易く蹴散らした。
そしてそのまま城門を突き破り、中へと足を踏み入れる。
その瞬間、大きく警報が鳴り響いた。
将真たちが動き出した頃、丁度杏果たちも動き出していた。
学園長の柚葉に、任務完遂の報告を終え、部屋を出た直後に警報が鳴り響いたのだ。
莉緒から連絡を受けて、この後いつもの第一中隊メンバーと共に買い物がてら街をふらつく予定だったというのに、珍しい事件が、酷いタイミングでやってきたものである。
急いで学園を飛び出した3人は、建物の屋根から屋根へと飛び移っていく。
「もう、何でこんな時に!」
「しかも魔導師の侵入者とはまた珍しいな……」
折角友人たちとゆっくり買い物でも楽しもうと思っていた杏果は、その侵入者を恨めしく思う。
魔族の侵入は稀にあるが無くはない、という頻度だ。
それに対して、魔導師が侵入してきたという噂は聞いたことがない。実際、『日本都市』で最後に魔導師の侵入者があったのは、数十年ほど前の事らしいのだ。
魔導師の情報を手に、建物の屋根を飛び移っていく。この方が障害物が少なく、見通しもいいからだった。
暫く行くと、前方に赤い塊が迫ってきている様子を視認した。それは近づくにつれて、炎の塊であることに気がつく。
そして、よく見ればその中に、人間がいる事にも。
「もしかしてアレのこと?」
「そう見たいね。でも、これは……」
炎の塊が予想以上の速さで向かってきていることがわかると、杏果は少し焦りを覚えた。
「と、とにかくここで止めるわ。私が足を止めるから、2人は迎撃お願い!」
「おっしゃ!」
「了解っ」
響弥と静音が同時に動き出して、炎の塊へと向かっていく。普段は静音と杏果のポジションは逆なのだが、杏果に考えがあったからだ。
出来ればあまり傷つけずに無力化できることが好ましい。
だが、手を抜いて逃げられてはどうしようもない。
地面に手をついて、杏果は自身の魔力を大地……正確には建物の屋根だが、そこに流し込む。
「『アース・ウォール』、3重!」
地属性の魔法を唱えると、地面から縦横3メートル、厚さ50センチ程度の地面で作られた壁が、言葉の通り3重に並んで炎の塊の進路を塞ぐ。
地面の壁、というが、当然魔力を通してある分頑丈だ。
そしてその壁は__炎の塊によって、いとも容易く打ち砕かれた。
「……えっ?」
「うそっ……」
「杏果、逃げろぉ!」
こうもあっさりと押し通らるなどと予想もできず前に飛び出していた響弥と静音は、助けに入ることが出来なかった。
杏果はそれを躱そうとするが、反応するのが遅すぎた。もはや直撃は避けられない。
自分の魔法をああも容易く打ち破る相手となると、相当戦える魔導師なのだろう。それを不安定な状況で打ち倒せるわけはなく、杏果は覚悟を決めた。
そして炎の塊は、杏果に直撃する。そして、大きく吹き飛ばしたあと、おそらく隙だらけであろう杏果には目もくれず、そのまま遠くへと走り去っていった。
「……あれ?」
「なんだあいつ、逃げてるだけ……じゃねーか?」
追撃出来たであろう杏果を気に求めなかったその様子に、何かおかしいとふたりは感じていた。
そして吹き飛ばされた杏果は、
「……いったぁぁぁ」
瓦礫を押しのけて立ち上がる。
そうして自分の姿を見下ろして、服が赤くなっていることに気がつく。
それが血であることはすぐに分かったが、暫く冷静に立ち尽くしていても、自分の体はなんともなく、そうしてその血が自身のものではなく、先程の炎の塊のものであることに気がついた。
さらにその血からは、少し異臭も漂ってきている。
「……響弥、静音。追うわよ!」
「えっ!?」
「おい、杏果!?」
突然、瓦礫の山から飛ぶように出てきた杏果は、再び建物の屋根に戻ると、すぐに炎の塊が行ってしまった方へと駆け出す。
(確かに侵入者なのでしょうけど、でも、少なくとも相手は襲撃等を目的にしている訳では無いわ! このままじゃ……)
杏果は、先程の接触の際につけられた血を見て、相手が相当の深手を負っていることを薄々気づいていた。
侵入者、ではあるのだろうが、それが、ただ脅威から逃げてきただけ、とかだとしたら。
幾らすぐに処刑されることはなくとも、このまま放置しておくことは、出来なかった。




