第10話『臆病な少女の成長』
将真と猛がのんびり悠長に構えていた為に急ぐ事になったが、なんとか試合が開始する前に目的地にたどり着く。
手頃な空き席を見つけて、将真たちは観戦席に座り、フィールドを見る。
この試合で行われるのは、佳奈恵と静音の対決。今まで見たことがない対戦カードだが、彼女たちの場合は初めて戦うということ以外にも大きな意味があった。
それは、2人が『多属性』の魔導師であること。タダでさえ滅多に見ることのない体質だと言うのに、それが同じ学年にふたりもいて、あれだけの人数の中、順調に勝ち進んで戦うことになる確率が、一体どれほどのものか。下手をすれば、1%にも満たないような確率だろう。
だから、この試合が嫌でも目を引くのは、当然とも言えた。
『試験を受ける生徒は、前に出てきてください』
例によってアナウンスが入り、それに従い佳奈恵と静音がフィールドに立った。
静音はいつもと変わらないが、佳奈恵に関しては装いが少し変わっていた。金の布地でふちを装飾した白いローブを羽織って、右手には彼女が持つ魔導書がある。
これが佳奈恵の、魔導師としての本来の装いだった。普段からこれを着用しないのは、動きにくいからという個人的な理由であることを、本人以外は知らないが。
「佳奈恵ちゃーん、お互い頑張ろうねー?」
「……」
静音が声をかけるも、珍しく佳奈恵は無言でスルーした。
だが、佳奈恵の雰囲気がいつもと違うことに気がついた静音は、これ以上話しかけるのも無粋だと思い、意識を戦いへとシフトさせる。
そして例のごとく、両者の準備が整った時点でカウントダウンが開始され、ゼロと同時に開始の合図が響き渡った。
先手必勝とばかりに早速攻める姿勢に入る静音。
だが、先手という話ならば、佳奈恵の方がずっと早かった。佳奈恵は真っ先にローブの内側から紙札を取り出し、空中に並べるように配置する。
配置された紙札は燃え上がり、代わりに魔法陣がいくつも展開される。そしてそこから、雷属性の矢がいくつも放たれた。
「ひぇっ」
思わぬ早さで先生攻撃を受けた静音は、驚きを露わにしてその場から急いで逃げる。
だが、それなりに範囲が広く、かなりの数放たれた攻撃だ。全てを躱しきることは出来ずに、いくつか体を掠めて傷を作っていった。
おそらく今の攻撃で、佳奈恵のほうにポイントが入っただろう。
「……あの紙切れは?」
「あー、『術符』の事ね。魔力を刷り込んだ特殊な用紙で、魔法陣を書き留めておくことで、魔力を流し込むだけで発動できる魔導器の1種よ」
「まあ、その魔法陣を書くのにも魔力がいるんだけど」
美緒曰く、佳奈恵は毎日就寝前に、その『術符』を10枚書いておくらしい。おそらくそのストックは相当数あるだろう。そしてそれを、影属性の収納魔法の中にしまっているという。莉緒も使える、自分の影にものを入れることが出来る魔法だ。
「……ていうか、佳奈恵ちゃん収納魔法使えたんだ……」
「まあ確かに、使える人の方が少ないし、まともに使えるのは多分自警団の副団長くらいのもんっすよ。自分も含めて精々ほんの少し何かに役立てる程度にしか使えない方がザラなんす」
意外な事実に関心を示したリンだったが、それは将真や杏果たちも同じだった。それに、莉緒が言うように、多少役立てる程度のことにしか使えなくても、使えないのとでは大きく違ってくる。
フィールドでは、佳奈恵が油断なく次の動作へと入っていった。普段なら、作戦通りに上手くいって喜びを表す彼女だったが、どうやら今日はひと味違うようだ。
「……猛。あの子、あなた達の試合に感化されたみたい?」
「そう、かもな。あいつのあんな姿は久しぶりだ」
美緒に同意しながら、少し楽しげに猛は、普段よりも頼もしさすら感じる佳奈恵の姿を見ていた。
ローブの内側に再び、今度は両手を入れると、佳奈恵はそこから『術符』を取り出した。
そして何かを唱えると、『術符』は鳥のような形に象られた。それらを静音に向かって放つ。
静音はそれを迎撃しようと、手に持ったナイフで鳥型の『術符』を切り裂く。
瞬間、『術符』が光を放ち、小規模な爆発を起こした。小規模と言っても、その範囲は2m程に及び、一般人相手なら文字通り瞬殺できる威力はある。小規模、というのは、あくまで魔導師を対象にして言っているのだから。
それでも、ゼロ距離で爆発を受ければ、衝撃によるダメージはある。加えて、周囲の鳥型の紙札が連鎖爆発して、堪らず静音は地面を転がり後退。
佳奈恵が再び懐に手を入れようとしたところで、体制を崩したまま静音が、魔術を放つ。
「〈ストーム・スピア〉!」
小さく空気が収縮したかと思うと、渦巻く風の刃が針のように鋭く、佳奈恵目掛けて飛んでいく。それも一つではない。計5つの〈ストーム・スピア〉が、それを回避しようと動く佳奈恵を追い立てる。
佳奈恵は、普段の彼女らしからぬ足の速さと身軽なフットワークでそれを躱していくが、最後の一撃のタイミングが明らかに躱せないと判断すると、足を止めて懐から1枚の『術符』を正面に向けて飛ばす。
すると、佳奈恵の目の前1mほどの所に〈魔壁〉が展開される。〈魔壁〉といっても、一辺が1mの正方形で、厚さ数ミリと決して頑丈ではないが、〈ストーム・スピア〉は基礎魔術だ。その程度の攻撃であれば、充分防ぐことは出来る。
「くっ……!」
「……なんかさぁ、佳奈恵ちゃんってこんな強かったっけ?」
攻撃が防がれた事に悔しげな静音。それを見ながら顔を顰めて呟く響弥の心境はよく分かった。
佳奈恵は少なくとも、いつものメンバーの中では1番身体能力が劣っていたはずだ。劣っている、と言うと聞こえは悪いが、別段悪い訳では無い。その、いつものメンバーたちの身体能力が高すぎるのだ。
ちなみにそのいつものメンバーというのは、莉緒小隊、美緒小隊、杏果小隊の3小隊で構成された中隊の9人のことだである。
魔導師として最も未熟だった将真も、初めから身体能力はかなり高かった。加えて今はその恐ろしい成長速度のせいで、初心者とは言えないレベルまで上がっている。
加えて、諦めが早いという認識が、将真たちの中では強かった。もやしっ子というか、貧弱というか。
だから、目の前の光景は、あまりに意外すぎたのだ。
だが、どうやら同じ小隊の美緒と猛は意見が違うらしい。
「確かにあの子、体力はないけどやれば出来る子なのよ?」
「魔力値はかなり高いしな。それに最近は体も鍛えてるみたいだったしな。魔導師であっても、体力はすぐにつくもんじゃねぇけど、実践も交えりゃ身体能力何てのは思ったより早く上がる」
佳奈恵の小隊には学年序列十席に入る美緒がいる。実践と言っても、慣れさせるために緩い難易度の戦いをしているとも思えない。美緒や猛のサポートもあっただろうが、それでも佳奈恵では手に余るような任務を繰り返していたに違いない。
それに加えて自己鍛錬にも励んでいたのなら、確かに成長は早いだろう。
「それに、多分私たちの中では、あの子が1番、本来の魔導師に近い」
「本来の?」
「ええ。魔導は使うけど肉弾戦が資本って言うのが魔導師……という考え方は近代のもの。そもそも本来は、佳奈恵みたいに魔術や魔法を如何に効果的で効率よく駆使するかって考え方の方が普通なのよ。勿論、最低限の防衛能力くらいは必要だったと思うけど」
なるほど、と将真は納得する。
確かに、魔術や魔法名を全く言わない無詠唱での使用や、佳奈恵自信が得意とする設置型。それに多彩な属性をうまく運用しているその様子を見ていれば、彼女の方がよっぽど魔導師っぽく見えた。
試合時間が刻一刻と終了に迫る中で、ついに戦況が動く。
佳奈恵が、取り出した『術符』を、自身に貼り付けたのだ。するとそれは、佳奈恵の体に取り込まれて、次の瞬間、凄まじい速度で静音の懐へと潜り込んだ。
静音は、その不意打ちに反応出来なかった。
隙をついた佳奈恵が、両手を突き出し掌底うちを静音の胴体に叩き込む。
「がふっ……!」
「おおっ」
「うっそ、佳奈恵が物理攻撃した……」
思わず声を上げる響弥と杏果。
吹き飛ばされた静音に、追い打ちを仕掛けるように、『術符』をいくつか飛ばした。放たれた『術符』は全て、炎弾に変わり、静音を襲う。
当然躱す事が出来る状態ではなく、静音は肉体強化魔法と、体のあちこちに魔壁を施す事で、何とかその場を凌ごうと動いた。
炎弾が炸裂し、爆発と共に煙がフィールドを覆った。
(チャンス!)
それは、佳奈恵だけでなく、見ていた猛や美緒も思った事だ。
今の一撃と、この見通しの悪いフィールドでは、例えすぐに立ち上がれたとしても、攻勢に移るのは容易くない。
この、余裕のある時間こそ、佳奈恵の本領発揮のチャンスだった。
佳奈恵はその場で屈んで、地面に手をつけ、魔力を紋章術式として刻んでいく。
だが、予想に反して静音の復帰が早かった。
煙を突き破り、佳奈恵に突っ込んでくる。その手には、突撃槍を持っていた。
静音は、極めるほどには到底至っていないが、どの武器でもある程度使うことができるという強みがある。
佳奈恵は、静音から少し離れていたのでその一撃を避けることは容易にできたが、静音が次に生成した武器を見て驚きの表情に変わる。
「な、何あれ……!?」
「あんなのまで使えんのかよ……」
短く細い筒状の物が、静音の手に握られている。そこからは鎖が繋がり、その先端には大量の棘が生えた鉄球。
いわゆる、モーニングスターと呼ばれる武器であった。凶悪な見た目が、非常に恐ろしい。
「やぁっ!」
「きゃぁっ!」
振り回された棘鉄球が、地面を直撃する。
佳奈恵が移動していなければ、先程そこに立っていた彼女はひとたまりもなく、意識を刈り取られていただろう。そして食らえばおそらく、軽傷では済むまい。
闘技場の端を目いっぱい使って逃げ回る佳奈恵を、焦るように追い立てる静音。とはいえそれも当然だ。このまま試合が終了したら、ポイントで佳奈恵が勝利するだろうから。
そしてついに、静音が放ったモーニングスターが佳奈恵を捉えようとした。
間違いなく直撃コースだったそれは、その寸前で消滅する。
『っ!?』
「……は?」
観戦席の将真たちは勿論、目の前にいた静音は将真たちよりも、何が起きたのか理解が出来なかった。
だが、佳奈恵は少しだけ驚くような表情を浮かべたあと、一瞬、何かを確認するように視線を落とし、すぐに戻す。
そして、惚けたままの静音に、いくつかの『術符』を投げつけた。
発生したのは、刺激臭のするガスのようなもの。ただの煙ならいざ知らず、目眩し以外の用途としても使われる予想外の手に、静音は明らかに動揺していた。
その隙に、佳奈恵はトドメを仕掛ける。
佳奈恵の懐にしまわれていた魔導書が、突如魔力を放って宙に浮く。そして、自身の目の前で静止したのを確認すると、佳奈恵はその魔導書に手を翳して__
「『焔よ集え、形を成し、球となりて、弾の如くとび、目の前の敵を業火で焼き払え』!」
『なっ!?』
「え、詠唱魔術!?」
予想外の一手に、闘技場全体がどよめきに包まれた。
詠唱魔術。または詠唱魔法。
実は、単純なものなら誰でもやっているもので、それは魔術名、魔法名を声に出して放つ事だ。
だが、それは本来の詠唱を大幅に省いたものだった。
本来の詠唱は、必要な魔力や、ものによっては詠唱が長いものもあり、魔術や魔法の発動まで時間がかかる。だが、それに見合うメリットもあり、より強固な具現化を可能とする。
つまり、魔術や魔力の威力をはね上げるのだ。正確には、本来の威力を再現しているだけだが。
近年の魔導師は、肉体が主体で、速度重視の戦いを好むものが増え、またそれが一般化してきたせいで、発動に時間と魔力が無駄にかかる詠唱は廃れていた。
だからこそ、その威力に驚かされる事となる。
「『__炎弾』!」
『炎弾』は、火属性の基礎魔術『火球』の一段階上にある『炎球』を、弾丸のように飛ばす魔術だ。本来ならば投げ飛ばす程度の速度しか出ないものを、弾で放つ事により、真っ直ぐ、そして早く相手に届く。
だが、目の前に具現化された炎の球は__静音が知る『炎弾』よりも、遥かに巨大だった。
「…………う、そ」
その上、高速で向かってくるのだ。今の静音の状態では、躱しようがない。
本来の威力を伴った『炎弾』は、静音を容赦なく包み込んだ。
『__試合終了。勝者、雨宮佳奈恵』
アナウンスが響き渡る、静まり返った闘技場。その中心で、目を回す静音を、ポカンと見つめる佳奈恵。
そのうちに、医療班が静音を担架に乗せて連れ出そうとしていた。
別に静音が重傷という訳ではなく、そうでもしないと、意識を失ったものがいつまでも闘技場に取り残されてしまうからであるが。
そしてその光景を見ながら、ようやく佳奈恵は勝利の実感が湧いてきて、内側からこみ上げるものを、遠慮なく解き放った。
「__勝っ、たぁー!」
「うそぉ……」
「マジかよ……」
敗北した静音の小隊仲間である杏果と響弥は呆然としていたが、対照的に佳奈恵の小隊仲間である美緒と猛は少し誇らしげだった。
「佳奈恵、ナイスファイトォー」
「まさか詠唱魔術なんて隠し持ってるなんてな、やるじゃねぇの」
「えへへぇ」
猛が珍しく素直に賞賛を送る。
照れ臭そうに笑う佳奈恵は、本当に嬉しそうだ。
これで美緒小隊は、猛、佳奈恵共に大きく前進したと言えるだろう。
「次もバッチリ、勝っちゃうからね!」
「おい、それは油断しすぎだろ」
舞い上がって調子に乗り始めた佳奈恵にツッコミを入れる。
その光景に、思わず将真たちは笑みを浮かべた。




