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第8話『試験当日』

正月を終え、『表世界』から帰還した将真たちは、冬休みにも拘らず、各自で鍛錬に励んでいた。


理由は簡単。休み明けに、序列戦があるからだ。

本来なら、高等部一年生の序列試験は、四月、八月、十二月が当たり前なのだが、先月に美緒小隊を中心に一年生小隊がいくつか巻き込まれる事態が発生し、そのため二年生と一年生の試験期日を特別に交換したのだった。


一ヶ月も早まって、二年生たちに迷惑はかからないのかと言われれば、実のところあまりかからないのだ。

何故なら、一年生と違い、二年生の、それもこの時期となれば、生徒たちの個々の能力が大幅に強くなる事はないからだ。

つまり、どうあがいたところで、そう変わるような序列ではない、という事だ。

たかが一ヶ月に、準備も何もない。故に、その特例があった。一年生の、それも事件に巻き込まれながらも帰って来た彼らからしてみれば、嬉しい事である。


そして、冬休みは終わり、序列戦は目前まで迫っていた。




杏果小隊。


「……くっ、まだうまくいかないわね」


少しずつ考えていた、新しい魔術。だが、やはり新しく作ろうというだけあって、その労力は並大抵ではない。


まず、どんな魔術にするのか。属性、武器、攻撃方法など。そしてその規模はどれほどの物か。更に、魔力はどれだけ消費すればいいのか。

完成すれば、加えて効率性を考えていかなければ、実戦で使い物にならない。


杏果は、大きくため息をつきながら、響弥と鈴音の方を見る。

響弥は、近接戦闘を得意とする、杏果と同じタイプの魔導師だ。戦闘はそれなりに巧いが、器用なわけではなく、彼の鍛錬方法はいつもと変わらず、自身を鍛え上げながら、魔術や魔法の効果をより大きくするということを反復している。

静音は、『多属性マルチタイプ』の魔導師で、相手のリズムを崩す戦いを好む。それがうまくいくかはともかくとして。だが、相手のリズムを崩すための鍛錬は、相手がいなければできない。静音が今しているのは、いろんな属性や魔術、魔法の組み合わせによる、様々な戦い方の検証だ。

2人のいつも通りの鍛錬を眺めながら、杏果は意識を切り替えるように頭を振る。


「無理に新しい魔術作ろうとして、鍛錬ないがしろにするわけにはいかないわね。とりあえず、新術はまたの機会にするか……」


そうボヤいて、杏果は生成した戦斧の柄を、強く握り締めた。




美緒小隊。


「っらぁ!」

「むっ……」

「2人とも頑張ってー!」

「なんでお前は呑気に応援してんだよ、援護!」


彼らは今、美緒対猛と佳奈恵の一対二で模擬戦を行っていた。

以前までなら、これでも美緒の圧勝だったのだが、猛は魔王因子を少し体に残したまま、それを使いこなしている。佳奈恵もまた、急激な成長を見せ始めていることもあって、美緒も容易く勝利するのは難しくなってきていた。

だが、それでも実力は美緒の方が断然上だ。そもそも美緒の魔術が反則的すぎるのだ。


「フッ__」

「うぐっ」

「ぎゃぁぁぁぁ!」


得意の氷結魔術を発動させる。美緒の魔力の高まりに気がついた猛は咄嗟に回避し、少し離れていた佳奈恵も遅まきながら魔術の発動に気がついたが、魔術の余波だけで2人は煽られ、空中へと放り出される。

もちろん、それだけでやられるほど二人はやわではない。

猛は空中で体制を整え、地面を滑るように後退し、佳奈恵も自身を球状の魔力で覆い、衝撃から身を守る。但し、体勢を崩したまま、後先考えずに球体化したため、暫くボールのように弾み続けて目を回していたが。


「あのバカ……」

「確かに少し迂闊ね」


呆れるようにいう猛に同意しながら、美緒は少し驚いていた。

以前までの佳奈恵はコテコテの純魔導師型。こと魔術、魔法に関してはそれなりの強さがあるものの、接近戦に持ち込まれれば弱く、その脆さは仇となっていた。

そのため、個人戦の場合はいかに相手を近づかせないかが勝敗の鍵であり、小隊として戦う時は、美緒か猛が常に守りに入れるように注意を払っていた。

だから驚いたのだ。


(少し前までは使えなかったはず……。いつの間に結界魔法を習得していたのね)


やはり、猛同様佳奈恵のココ最近の成長も、目を見張るものがあった。

少なくとも、接近戦に持ち込まれた時の自衛方法があるだけで、個人戦でも、小隊の一員として戦う時も、自身や、仲間の戦術の幅が広がる。

まだ使い慣れてはいないようだが、それでも美緒は嬉しく思い__迂闊にも、気を抜いていた。


「集中力切らしてんじゃねぇぞ」

「しまっ__」


颯爽と回り込む猛に、美緒は一歩出遅れる。猛の一太刀を浴びて、美緒は地面に叩きつけられた。


「よっし……、っ!?」


手応えありの感触に、思わずガッツポーズを作ろうとした猛だったが、不意に剣の刀身に目がいって、それを見た瞬間、目を見開いた。

刀身が、徐々に凍りつき始めていたのだ。


「……氷ってね、意外と頑丈なんだよ?」

「……げ、無傷とか冗談じゃねぇぞ」


立ち上がった美緒は、見ての通り怪我一つしていない。確かに、猛の斬撃は直撃だったはずなのだが、攻撃を当てたと思わしき位置から、冷気が漏れ出ていた。


「背中に氷の盾でも張ってやがったか……」

「ええ。そして壊すには至らなかったわね」


そう言って美緒が、手を前に翳す。

すると、あたりの水分が美緒の手に集束し、氷となって形を作る。それはやがて、氷の薙刀となった。

美緒が本気になった時の武装だ。こうなった時の美緒は、近接戦闘も強いのだから、手がつけられない。

恐らく美緒と双子の莉緒でも、正面からぶつかり合えば勝ち目はないだろう。そもそもふたりの戦闘スタイルが違うのだから当然だが。


「さあ、もう少し本気で行くわよ」

「ちっ、やっぱ簡単には勝てねぇか!」

「わ、私も行くよ!」


ようやく復帰した佳奈恵を確認し、猛は美緒へと突撃していく。




莉緒小隊。


「__まだまだ上がるっすよぉ!」

「待て待てちょっと速い!」


莉緒と将真が模擬戦を行っている様子を、リンは休憩しながら見ていた。

魔力のコントロールが以前のように上手くいかずに暴走しやすくなっているため、魔力もそうだが肉体的な消耗が著しい。その為、頻繁に休憩を挟むようになっていた。

リンと入れ替わりで交代した将真は、徐々に速度をあげていく莉緒に、ギリギリでついていく。


「くっそやっぱり学園でもトップクラスのスピード相手はちょいきついな……」

「これでも虎生さんよりは遅いっすけどね!」


言いながら、莉緒の背後にいくつかの魔法陣が現れ、そこから幾つもの炎弾が放たれる。将真の周りを高速で移動しながらなので、まるで全方位を囲って襲い来るようだった。


「お前容赦なしかよ!」

「将真さん相手に手加減なんて想像出来ないっすよ!」

「いや、実力差たるだろ少しは加減しへぶっ!?」


全力で講義する将真だったが、その言葉は莉緒の攻撃によって途中で遮られてしまう。

上空へと吹き飛ばされた将真はやがて、派手に砂煙を立てて地面に落ちた。

その様子を確認しながら、莉緒はリンの方を向いてにっと笑う。


「リンさん、そろそろ休憩終わっていいんじゃないっすか?」

「……うん。そろそろ行けそう」

「じゃ、2対1で、将真さんと組んでかかってきて下さいっすよ」

「わかった。でも……」


ぐっと体に力を入れて跳ね起きる。そしてそのまま足を地面につけると同時に地面を強く蹴り出す。


(それまで、莉緒ちゃんが立っていられればね!)


「フッ__」

「うっ……!?」


不意打ちからの、神技『魔槍ゲイボルグ』。しかも、リンの魔力はここ最近暴走気味で、つまり威力が普段よりも跳ね上がっている。制御はほとんどされていない状態だ。

もし当たっていたらと想像すると、冷や汗が止まらない。跳躍で躱した莉緒は、地面に着地して体制を立て直すと、珍しく怒りを顕にして捲し立てる。


「ちょっとリンさん、今の神技は何のつもりっすか、殺す気なんすか!?」

「いやぁ、躱せるんじゃないかと思って」

「無理だったらどうするつもりだったんすか!」

「その時はその時」

「こわっ!」


魔槍ゲイボルグ』を躱されたリンは、続けて肉体強化魔法を自身にかけて、徒手格闘へと変えた。

現在暴走しているリンの魔力は、魔導の威力や効果を上げる代わりに、無駄な消耗をする羽目になっている。

最終的に、少し無理して日に4回使えるようになっていた『魔槍ゲイボルグ』も、今では2回が限度だ。

つまり、迂闊に魔力の消耗が大きい戦い方をすることは出来ない。


以前、莉緒自身が言ったことだが、魔力の状態が不安定になっているリンは、代わりに近接戦闘能力が飛躍的に向上していた。聞いてみたところ、師は学園長の柚葉だと言う。強くなるのも納得だった。


「む、くっ!」

「まだまだいくよ!」


隙をついたリンは、莉緒の腹部に両手を当てる。直後、息を吐き出して気合いと共に魔力を飛ばす。ゼロ距離でその攻撃を受けた莉緒は、空気を全て吐き出して後退する。


「かっ、ふ……。やっぱりちょっと強くなりすぎじゃないっすかねー……、っ!?」


体制を整え直して、次は攻めに移ろうとした莉緒。だが、視線が下がった瞬間、自分の影に重なるように別の影が落ちてくることに気がつき、ばっと頭上を見上げた。

視線の先には、いつの間にか復活していた将真が、魔属性の魔力を纏った剣を振り上げている所だった。


「莉緒、行くぞ!」

「くぅ、させないっすよ!」


(今だっ!)


将真に気を取られ、莉緒が彼の方を向いた瞬間、リンも同時に動き出す。

将真と莉緒の攻撃は、ほぼ確実に莉緒の方が速い。将真はそれを承知で仕掛けて、ちゃんと迎撃された時のことも頭にあるのだろう。

だが、動き出そうとしている莉緒よりも、既に攻撃態勢には入っていたリンの攻撃の方が、おそらく速く届く。

そう信じてリンは、地面を踏み出す足に魔力を込め、一気に距離を詰める。

リンが、手に槍を生成し、それを突き出そうとする様子を見て、莉緒の表情に大きく動揺が見えた。


「しまっ__」

「せいっ!」


気合いの声と共に突き出された一閃は、紙一重で躱されてしまう。だが、今回ばかりは完全に体制を崩していた莉緒。今なら、将真の攻撃が確実に当てられる。


「喰らえっ!」


将真の振り下ろした剣が、莉緒の体を強く地面に叩きつけ、その衝撃で砂煙が派手に舞った。

将真とリンは、その砂煙に噎せながら、荒い呼吸を繰り返す。


「ハァ、ハァッ……」

「ヒュー……、ケホッケホッ。さ、流石に莉緒ちゃんも、これは無理だよね?」

「か、確実に、手応えはあったぞ……」

「そうっすねぇ、自分の負けっす」


砂煙が晴れる前に聞こえてきたその声に、あれ喰らって意識あるのかよと、呆れたようなため息をつく将真。

まあ、勝てたとはいえ、精々一太刀浴びせた程度。加えて、いくら学園でもトップクラスのスピードの持ち主とはいえ、莉緒の速度について行くのでやっとというのは、将真とリンにしてみれば、大きな反省点だ。


「もう、今日のところは早めに終わらせて体休めましょう。明日からは試験っすから」

「おう」

「うん、そうだね」


莉緒の提案に、2人は素直に頷いた。




生徒達が各々で準備を進める中、遂に試験当日を迎えた。




莉緒小隊、美緒小隊、杏果小隊は、現高等部1年生の中で、初めて中隊を組んだ小隊だ。故に彼らは纏めて、『第一中隊』と呼ばれていた。

そんな彼らは、今のところ順調に駒を進め、全員が2回戦目を突破した。

そしておそらく、『第一中隊』にとって、最も見どころのある対戦カードが始まろうとしていた。


『試験を受ける生徒は、前に出てきてください』


機会音声に従い、2人の少年がフィールドに立つ。


「よぉ、準備はいいだろうな?」

「はっ、当たり前だろ」


彼らの表情には、笑みが浮かんでいた。

そんな彼らの様子を、観戦席で見守るリンたち。


(頑張って……。将真くん、猛くん)


『これより、片桐将真と御白猛の試合を始めます。カウントダウン、10、9、8……』


徐々に開始へと迫るカウントダウン。将真たちの意識は集中状態に入っていた。

そして。


『……2、1、0。試合開始』


合図が鳴り響く。

その瞬間、2人から漏れ出たのは強力な魔属性魔力。

将真と猛はほぼ同時に地面を蹴り、かなりの加速の後、激しく衝突する。

その衝撃波が、周囲を激しく揺らし、それは観戦席にすら及んだ。


「きゃああああっ!」

「うおおぉぉぉ!?」


あちこちで悲鳴が上がるが、もちろんフィールドの2人は気にした様子もない。

しばらく拮抗して、ジリジリと向かい合っていたが、やがてお互いに一度距離をとる。


「な、何してるのよこの馬鹿2人! 会場ぶっ壊す気!?」

「いや、あいつら多分そんなの気してないぜ?」

「まあいいわ。少し結界の強度を上げておくから」


呆れたため息をついて横から口を挟んできたのは、いつからいたのか、柚葉だった。


「が、学園長……」

「ええ。まぁとにかく、あの2人には今回、好きにやらせるつもりなのよ。だから大目に見てあげてね?」

「……わ、分かりましたよ、もう」


学園長がそういうのなら仕方が無い。渋々杏果は、怒りを抑えて大人しく席に座る。


そして、衝突する2人は。


「3度の対戦だな」

「本当に、何者かが仕組んでるような気がするレベルだっての」


実は猛の愚痴は的を得ているのだが、そんな事、彼が知る由もない。


「今回は勝つ。手加減抜きだ!」

「……俺だって、負けるつもりは無いぜ!」


炎弾を生成する猛に、将真は迷わず駆け出した。

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