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第4話『温泉』

暫く待っていると、ここの自警団支部で働く自警団員らしき人が、将真たちを迎えにきた。


「少し遅くなってしまってすいません」

「いえ、そんな。こちらこそ大勢で来てしまって……」


1番近くにいたリンが、少し緊張した様子で受け答えをする。その様子を微笑ましそうに見ていた、もう1人の自警団員が、リンの背後にある、明らかに不自然な光景を見て怪訝そうな表情を浮かべる。


「ねぇ、あの少年、大丈夫なの?」

「あー、大丈夫……だと思います」


リンは少し引き攣った表情で、乾いた笑みを浮かべる。

大丈夫なの、と言われたのは、地面でうつ伏せになってのびている響弥だった。

頭には大きなたんこぶが……というだけでは済んでおらず、頭から血が流れていた。とはいえ恐らくこの程度のダメージなら、魔導師にとって脅威になり得る怪我ではない。放っておけば治るほどのものだ。

ちなみに、美緒は意識がはっきりしているものの、涙目になっていた。そして頭には響弥に比べればマシだが同じようなたんこぶができていた。


自警団員たちは何があったのかわからないようだが、自分たちが理解していればいいことだと、特に説明もせずに流すと、向こうもこちらをそこまで追求してくることはなかった。




柚葉は、将真たちを見送り地上へ戻った直後に、様子を見に来ていた団長と合流した。

そして2人はのんびりと、山脈沿いに都市の中を散歩する。


「……団長、色々と迷惑かけてすいません」


最初に口を開いたのは柚葉の方だった。そして、その言葉に団長は首を傾げている。


「ふむ……。どれの事だ?」

「色々、ですけど、今に限っていえば2つですね」

「2つ?」

「はい。今回のあの子たちの旅行を許可してくれたことと、後の一つは……」

「御白真尋、だな?」

「そうです」


柚葉は、遺跡で何があったのかと言う話を、将真たちから聞ける限りの事を聞いていた。

その過程で、意識不明のまま眠り続けていた猛の妹、真尋が、『年内に目覚めなければ死亡とみなし、火葬する』と、とんでもないことを告げられていた事を知った。

そして本来ならば、明日もまた目覚める事なく、死亡扱いにされて火葬されるところだったのだ。

それを阻止できたのは、柚葉が団長に協力を求めた結果、団長による直接的な治療が施されたからだ。

団長には医療の技術も知識もない。だからこれは治療とは違うのだが……。


「俺の力は不可能を可能に……もできるが、それでは負担が大きいからな。それに、今回はそこまでする必要がないことは看ていてわかった。どうせ後数年もすれば目覚めていたであろうことに気づいたからな。だから俺は今回あくまで、目覚めるまでの次回を早めたに過ぎない」

「だとしても、私は協力を頼んだわけであって、団長自ら治療なんで、そんなに安請け合いしなくてよかったんですよ?」

「安請け合いじゃないさ。お前の頼みだからな、多少の無茶くらいなら効かせられる」

「……そうじゃなくて、気をつけてくださいね? 団長の力は寿命を消費してるんですから」


柚葉が安請け合いと言ったのは、そこにあった。

団長には『神気霊装』という、現代日本魔導師の切り札を持ち得ない代わりに、それに匹敵する力を有している。だが、その特殊能力を使用するたびに、寿命を消費しているのだ。その度合いは、発動した能力で何をするかによって異なる。

真尋の目覚めを早めただけ、とは言ったが、本来ならば後数年はかかるはずだったのだから、寿命もそれなりに削られていると考えるのが自然だった。


「……今回は、何年くらい持ってかれたんですか?」

「そんなに気にするな。せいぜいが2年程度だ」


大して気にした様子もなく、むしろため息まじりに吐き捨てる団長を、柚葉は少し不安そうに見た。

確かに、魔導師の寿命は長く、多少削ったところで大して問題は無いだろう。

だが、塵も積もれば山となる、という言葉があるように、たとえ1年2年の消費であろうと、積み重ねたら大変なことになる。

それに、2年もあれば、一体どれだけのことができるのだろうか、と考えてしまうのだ。


「……あんまり、無茶はしないでくださいね?」

「心配してくれるのはありがたいが、案ずることはない。魔王の討伐が成されるまで、死ぬ気は微塵もないからな」


それは、魔王を倒せるなら死んでも構わない、という意味にも取れるような気がして、柚葉はその顔に影を落とした。


団長の耳にもすでに入っているが、彼の、かつての友人だった風間優が魔族側についている。学生時代、団長と優、そして日比谷樹の3人で構成された小隊と柚葉は仲が良かった。だから、柚葉にとっても、団長は唯一残された希望なのだ。

無茶はして欲しくないと、柚葉は繰り返し思うのだった。




「……ふへぇ〜」

「随分と気が抜けるため息ね……」

「そういう杏果ちゃんも緩いよね〜」

「ていうか、みんなゆるゆるっすねぇ」

「だって〜」


ほんのり上気した顔に、緩い笑みを浮かべて、真尋はその快感に身を委ねた。


「せっかくの温泉なんだから〜」

「そうだよね〜」

「あんたら緩すぎるわよ」


1人だけシャキッとしている紅麗が、気が抜け過ぎているみんなを見て呆れた表情を浮かべていた。


『表世界』に来て、すでに一夜明けていた。

よく考えれば初めから分かっていたことだが、そもそも用があるのは今日こんにち年末。前日である昨日は特に用事があったわけでもなく、浮き足立っていたせいなのだろうか、どう考えても必要のない着物を着て来ていたので、むしろ動こうにも動き辛い状況にあった。

たまたまゲートが開けた先の自警団支部が、旅館と合体しているという奇跡がなければ、あの目立つ格好で宿を探さなくてはならなかったかもしれない。

いや、奇跡ではなく、敢えてそういう形で造られているのかも知れないが。


まだ午前中だが、せっかく温泉があるのならと、入る事になったのだ。昨日は既に汗を流してからの出発だった為に、特に風呂に入る用事もなかったから、その時点では入ろうという発想には至らなかった。


「うぅ、少し寒い……」

「あっ、ちょっと真那、走ると危ないわよ__」


紅麗と同様に、みんなとは少し遅れて入って来た真那が、冬の寒さに身を震わせて、早足で温泉に向かう。

だが、その前に紅麗の懸念が的中する。


「あっ」

『あっ!』


足を滑らせた真那が、それも運悪く、後ろに倒れそうになる。勿論、後頭部を打った程度で魔導師が死ぬことはそうそう無いが、それでもかなり痛いのは確実で、運が悪ければ意識が飛ぶ。

わかっていたから、後ろにひっくり返りそうになる真那を見て、ほぼ全員が声をあげたのだが。


「__あ、じゃ無いわボケェ!」

「ふぐぅっ」


言わんこっちゃ無い、と言わんばかりに怒った紅麗が片足を軸にグルっと廻り、真那の背中を思い切り蹴飛ばした。

宙を浮く真那は、放物線を描けるほど高く飛ばないまま、勢いよく温泉へと、それも顔から突っ込んだ。


「ちーん……」

「ちょ、真那ちゃーん⁉︎」

「紅麗、あんた……」

「何よ?」

「いや、よく反応できたわね……」


ぷかぁ……、と水面にうつ伏せで浮く真那を前に、佳奈恵が慌てる。杏果の微妙な表情を見た紅麗は、何故か責められているように感じたのだが、杏果はむしろ真那を温泉の中に突き飛ばした事を賞賛する風だった。表情は引きつっていたが。

そして、目の前で起こった一瞬の出来事を見て、真尋が目を輝かせる。


「か、かっこいい〜!」

「な、い、今ので……?」

「うん、かっこよかった! でもタオルで隠してる意味なかったけど!」

「ひゃっ、ちょ、見るなぁ!」

「今隠しても、さっきの話だよね?」


紅麗は体にタオルを巻いているのだが、真尋の言う通り、先ほどの回し蹴りでその中は丸見えだった。

勿論ここは女湯なので女性しかいない。しかも、気の知れた仲間同士なのだが、それでも見られたく無いものは見られたく無いらしい。恥ずかしい、という気持ちは、リンや佳奈恵はよく理解できた。

そしてリンの言う通り、見えたのはさっきだ。今隠したところで意味はない。

暫く顔を赤くしていた紅麗だが、少し諦観したようなため息をついて、温泉の中に足をつける。


「あ、いい湯加減」

「でしょ?」

「えいっ」

「ひょあっ」


バッシャァァァン!


悪戯心で真尋が、片足を湯につけた紅麗の、その足を引っ張る。当然、バランスを崩した紅麗が、真那よりはマシだが、大きな水しぶきを上げて落ちた。

暫く沈んでいた紅麗だが、やがて気泡を立てて、水しぶきを上げて立ち上がる。


「真尋ぉ、あんたねぇ……!」

「きゃー、紅麗さん怒ったー!」


くわっと怒りを露わにした表情で真尋に襲いかかる紅麗。だが、そんな彼女の攻撃を、水中の中でありながらするすると躱していく。

そんな一連の様子を見ながら、リンは佳奈恵にボソボソと耳打ちで話す。


「ねぇ、確か真尋ちゃんって、人見知り結構激しいんじゃなかったっけ?」

「うん、そうらしいんだけどね……。猛曰く、顔見知りで仲がいい相手に限っていえば、真尋ちゃんは容赦なく甘えてくるんだって」


佳奈恵は、その話をした時の猛の表情を思い出していた。迷惑そうな物言いとは裏腹に、少し嬉しそうな、非常に珍しい表情を。


そんな話をしている時、逃げて来た真尋がリンの後ろに隠れる。

それを見た紅麗は少し悔しげに唸るが、リンが苦笑していると、真尋のターゲットが今度はリンに移った。

背後から手を伸ばして、リンの胸をがっちり両手で鷲掴みにしたのだ。


「ひ、きゃあぁぁぁぁぁっ⁉︎」

「わっ……、リンちゃん体ちっさいのに」

「ま、真尋ちゃんがそれ言う⁉︎」

「ちっさい体の割に……、柔い!」

「そんな大きな声で言わないでんひゃぅ⁉︎」


抗議の声を上げている途中で、真尋がリンの胸を掴む手を握る。当然リンは悲鳴をあげた。

両手の感触に感動したように目をキラキラさせる真尋。その様子を見ていた静音が、杏果の後ろに忍び寄って、彼女の胸を鷲掴む。


「ひゃっ!」

「胸の大きさなら、多分杏果が1番だよ?」

「め、メロンだ……!」

「やかましいわっ!」

「へー、抵抗するんだぁー」

「あっ、やめっ、んぁっ……」

『……』


少し下衆い笑みを浮かべながら杏果の胸を揉みしだく静音だったが、杏果の色っぽい声を聞いて、静音どころかその場の全員が少し顔を赤くして黙り込んだ。

立ち直りが早かった莉緒が、スッと美緒の後ろに回り込み、全員に見せつけるように胸を持ち上げる。


「っ……!」

「胸の大きさなら美緒も負けてないっすよ!」

「でも莉緒ちゃんは胸ちっさいよね」

「貧乳はステータスって言葉があるっすよ」


真尋の煽りも気にせず、莉緒は美緒の胸を持ち上げる。これには普段無表情の美緒も、少し顔を赤くした。

女湯で、3人の少女が、それぞれ別の3人の胸を揉みしだくと言うカオスな光景に、紅麗がブルブルと肩を震わせる。


「いっ……」

「ん?」

「……いい加減に、しなさいっ!」

「ひぃっ、ごめんなさぁい!」


完全に堪忍袋の尾が切れた紅麗の激昂を前に、真尋がついに反省をするのだった。

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