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第3話『到着』

猛たちが、病院へ真尋を迎えに行っている頃。


遥樹小隊は、いつもの孤児院に来ていた。


そして現在そこには、以前アイと呼ばれ、遥樹たちとも敵対していた、紅麗のクローン吸血鬼もいた。

彼女は今、保護観察処分扱いで、ここの孤児院の手伝いをしている。


孤児院に到着するやいなや、外で遊んでいた子供達が遥樹たちに気がついて一斉にそちらを向く。

遥樹たちからしてみればその光景は、若干恐ろしいものを感じたが、1番後ろの真那が半歩退いた直後に、子供達が群がってくる。


「はるきのにーちゃんだ!」

「くれいちゃーん!」

「まなちゃん、あそんでよー」


盛り上がる子供達を前に、少し困惑した様子を見せる3人。そこに、子供たちとはまた別に、もう1人歩いてくる人影が、遥樹たちに声をかける。


「紅麗ちゃん、遥樹さん、真那さん。ご無沙汰です」

「あ、唯じゃない。……まさかこの子達全員の相手をしてたの?」

「うん」

「うわぁ、またハードな事を……」


あまりに元気すぎる子供達の対応に珍しく慌てる遥樹を横目に見て、紅麗は少し顔を引きつらせながら、目の前の少女に呆れた様子だ。


唯と呼ばれたこの少女こそが、元はアイと名付けられていたクローン吸血鬼である。

『日本都市』に連れ帰った後に、アイのオリジナルである紅麗が、新たに名を与えたのだ。

例え自分の細胞から生み出された複製体(クローン)であっても、唯一無二の存在出会ってほしいから。そうしてつけられた名前が、『唯』だった。

その日から、クローン吸血鬼アイは、黒霧唯となったのだ。一応、妹という扱いで。




孤児院の先生たちに断りを入れ、遥樹たちは孤児院の中へと入る。

食堂で集まると、慣れた様子で唯がお茶を入れて運んで来た。子供たちの相手だけではなく、その他色々なこともここで学んでいるようだ。まだ滞在期間は短いはずだが、どうやら紅麗とは違い、家事系の事は万全らしい。

唯も席について全員が落ち着くと、遥樹は本題へと切り出す。


「唯、今日からしばらく、孤児院を開けられるかい?」

「? うん、多分大丈夫だと思うけど、何で?」

「今日の夜からしばらく旅行に行こうって、莉緒たちに誘われたの。『表世界』行こうって」


行き先を告げられると、唯は驚いたように少し目を見開く。

くるメンバーの予定としては、莉緒小隊、美緒小隊、杏果小隊、遥樹小隊、そして猛の妹真尋と、唯。全員が揃えば14人と言う大所帯だ。

だが、唯が驚いたのは人数の話では無く。


「『表世界』……って、確か行くには、自警団上層の許可がいるんじゃなかった?」

「それが何かね、もう学園長から許可出てるらしいのよ」


莉緒に聞いた話ではあるが、既に学園長には話が通っているみたいだ。

唯も『日本都市』に来て直ぐに、『日本都市』の常識というものを学び、そのルールを最低限把握している。彼女自身が言ったように、『裏世界(こちら)』から『表世界(あちら)』へ行くには、自警団の上層部の許可がいる。例えば団長、副団長など。

その為に、別に交渉などをするまでも無く、思いの外あっさり許可が出たことに、莉緒たちはむしろ驚いていたらしい。

まあ、学園長は自警団員の一員でもある上に序列はトップクラス。しかも、自警団団長と関わりがあるらしいから、その程度の許可があっさり降りる程度は珍しくないのかもしれない。


「それで? 来る? ていうか来るわよね?」

「なにその強制的な言い方」


最早有無を言わさない口調に、若干呆れた表情を見せながらも、唯はフッと表情を和らげて微笑を浮かべた。


「……うん。行く。私も行きたいな」

「よぅし、そうと決まったら準備するわよ!」

「うん!」


笑顔を浮かべ合う紅麗と唯を見ながら、真那と遥樹は苦笑を浮かべていた。


「なんか、鬼嶋の双子を見てるみたい」

「確かにそうだね。まあ、あの2人よりも似過ぎてて少し怖いけど」




『日本都市』東区は工場区域だ。

あちこちに立ち並ぶ、鬱陶しいほどの数の電線や、工場から伸びる煙突から、絶え間無く煙が吐き出されている。

だが、そこからさらに奥へ行けは当然、『日本都市』を囲う山脈へと辿り着く。


将真たちはその、東区を抜けた先にある山の、神社のようなところに来ていた。


「ここ、前見たところとは違うな……」

「そりゃそうよ。だってあなたが通って来たのは西側のゲートだもの」


若干の既視感(デジャブ)を実感しながら不思議そうに呟く将真に返答したのは、その神社の前で待ち構えていた柚葉だった。


将真がこの世界に来た時は、『日本都市』の西側に位置する神社からゲートを通って来たのだ。

あの時将真は、柚葉が中二病に陥ったのではと疑ったものだと、しみじみと思い出す。

季節は春、こうして暮らし慣れた今にして思えば、あの時降り立った西区の賑わいは、普段とかなり違う。後から知った事だが、あの時降り立った場所は南区に近く、また春祭の最中だったから、という理由らしい。


集まったメンバーの服装は、統一されてない男子たちとは対照的に、女子は着物で揃えられていた。勿論、着物の種類はそれぞれだったが。ちなみに、男子の中では遥樹が唯一和装を身につけていた。金髪に和装という組み合わせに若干違和感を覚える点があるものの、そこは誰も追求しない。

だがそれは、追求しない優しさなどでは無く、むしろ他に追求すべき相手がいたからだ。

猛の妹の着物。その着こなしの方が問題ありだったのだ。


神社の地下に行くと、西側と同じように魔法陣が展開されていた。但し、西側の魔法陣が紫色だったのに対して、東側の魔法陣はどうやら黄色らしい。


「この先に繋がってるのは山じゃ無くて『表世界』にある自警団支部だから、安心していいわよ」

「『表世界』にも支部があるのかよ……」


改めて考えてみると、異世界に連れてこられて帰れない、と思っていた頃が懐かしい。いくら自警団の許可が必要とはいえ、これではお隣さん感覚である。


全員が魔法陣の上に立ったことを確認すると、柚葉が少し後ろへ下がる。


「じゃあ、気をつけて行ってらっしゃいな」

「ん、行ってくる」

「柚葉さん、行ってきまーす!」


魔法陣が発光し始め、手を振る柚葉。それに片手を少し上げて応じる将真と、プライベート時の呼び方で和やかに手を振ら返すリン。

輝きが一層まして、将真たちを包み込むと、次に光が晴れた時にはもう、彼らの姿はそこにはなかった。


将真たちの見送りを終えて、地上へと戻ると、神社の前に、柚葉のよく知る人物が立っていた。


「彼らは行ったか?」

「はい、行きましたよ、団長」


将真たちが『表世界』へ旅行しに行くことを許可した張本人、自警団団長その人であった。




光が晴れると、将真は驚いていた。

繋がった先が自警団支部と聞いていたから、少し考えればわかることなのだが、この地下室はどうやら神社の地下ではないらしい。

とはいえ、何処かの地下室である事には変わりはない。まるで窓も存在しない、密室だ。

将真たちは、魔法陣から降りる。

するとその魔法陣は、元あった黄色い光もなりを潜めて動作を停止していた。


そして、さあ移動しようと言うタイミングで、将真は猛に小声で、気になって仕方がなかったことを口にする。


「おい、猛」

「何だよ?」

「お前の妹……、あー、なんて呼べばいい?」

「奇抜じゃなけりゃ好きに呼びな」

「じゃあ、真尋なんだけどさ、あの格好はどうなの?」

「俺に言うな……」


将真の問いを受けた猛は、疲れたように手を頭に当てて答える。

真尋の着物は、とても際どいものだったのだ。

上は問題ない。普通の振袖だ。問題は下。着物の丈がとても短く、今にも下着が見えてしまうのではないかと言うほどだったのだ。

勿論、そんな目で彼女を見るつもりはない。流石にそれは、猛が怒るとわかっているからだ。

だが、気が散るのも無理はなかった。全く興味がないわけではないが、どちらかと言うとハラハラさせられる。


そこに、将真が立つ方とは逆から、猛の手を引っ張って振り向かせる真尋。


「ねぇ、お兄ちゃん、これ似合ってるかな?」

「……まあ、よく似合ってはいると思うが」

「よかったぁ」


ホッとした表情を見せる真尋。その顔は照れているためか赤い。いや、それにしても……少々、赤すぎだと言う事に、猛だけは気がついていた。


「……真尋? 体調悪かったりするか?」

「えっ? ううん、そんな事ないけど、なんで?」

「いや、顔真っ赤じゃねぇかよ」

「あ、えっとそれは……、ちょっと、恥ずかしいって言うか、落ち着かないって言うか……」

「え? 真尋、お前着物姿見られて恥ずかしがるようなやつだったか?」

「なんか酷い言い方! そしてそうじゃないもん!」


いーっ、と歯を剥く妹にため息をつく兄は、じゃあ何が理由なのかと考える。

そして猛が答えに行き着くのを待たずして、真尋が衝撃的な答えを口走る。


「だって……、こう言う服装の時は、下着を身につけないって聞いたから……」

『ちょっと待てぇぇぇぇぇえっ!』


途中まで興味もなさそうだった猛の表情が、一気に驚愕と焦燥に染まる。隣でそれを聞いてしまった将真も、その意味を理解すると焦ったように慌て始める。

そんなホラ話を妹に吹き込んだ犯人に対する怒りはある。

だが、まだ嘘を吹き込んだ程度なら、最悪許せる限度ではある。何故なら、普通の着物は、真尋が身につけているものよりもずっと丈が長く、その服の下はみようがないのだから。


だが真尋は違う。

このままではパンツが見えてしまいかねない、と思っていたわけだが、その程度では済まないことが今、ここで明らかとなった。

下着を身につけていない、つまり、パンツを履いていない。そして着物の丈は短く、その下が見えてしまいそうなものだったのだ。本来、見せる事などまずそうないようなところを、公衆の面前で曝け出すような有様に……。


猛は、静かに真尋の両肩に手を置くと、少し低い声で、彼女の耳元で


「そりゃホラ話だ、まともに受け入れるな。それともお前、見られたくてそんな格好してるのか?」

「ち、違うよぉ〜……」

「なら後で、絶対に着替えろよ? 少なくとも、下は身につけろ」

「う、うん……」


真尋の顔は引きつっていた。

おそらく怒りを覚えているのだろうが、それなのに猛は耐え、だが殺気とも取れる全身から滲み出るオーラが真尋を怯えさせていた。


「__全員、集合!」

「うおっ」


そして大声をあげる猛。しかも閉じた空間でそんなことをしたがために、部屋の中を反響してガンガンと響く。

当然、すぐ隣にいた将真が驚いた。

全員が猛の方に体ごと向けると、顔に影を作ったまま不気味に笑う猛から、殺意と錯覚しかねないほどの怒気が滲み出ていた。


「まず美緒と佳奈恵」

「ん?」

「はひぃ⁉︎」

「確か着替えさせたのはお前らだったよなぁ?」

「わ、私違う!」

「あ、結局私が1人で着付けたんだよ」

「美緒テメェェェッ!」


美緒があっさりと白状したことで、早くもホラ話を吹き込んだ犯人が発覚した。


かに思えたのだが。


「あ、ちなみにやれって言ったのは響弥だけど」

「__」

「何してんのよあんたはぁぁぁ!」


引きつった笑みを浮かべて、最早声すらまともに出ていない猛。更に美緒の告白を聞いたことで、響弥の隣にいた杏果にも火がついた。

響弥の襟首をつかんで、ガクガクと揺らす。


「息がっ、喉締まってるっ!」

「うるさい! いい加減そのふざけた頭の中はどうにかならんのかぁぁぁぁぁ!」

「確か病室にあった18禁同人誌を持ち込んだのも響弥だったよね?」

「う、それは……ひぃっ⁉︎」

「ひっ……」


追い詰められ、言葉に詰まる響弥は、地獄の炎を瞳に湛え、ぐりんと自身に向けられる視線を見て、悲鳴をあげる。

そして、響弥の視線を反射的に追ってしまった杏果も、その様子を見て思わず悲鳴をあげ、襟首をつかんでいた両手を離してしまう。


「…………」

「ちょ、猛待って! 悪気はなかったんだよ! ちょっと出来心で……」

「…………」

「あの、聞いてますか? 猛さーん?」

「…………」

「……ご、ごめんなさぁぁぁあ!」

「待てテメぇこの野郎ぶっ殺してやるッッッ!」


悲鳴の如き謝罪を口にしながら、逃げ出す響弥。それを鬼の形相で追いかける猛。さながらリアル鬼ごっこである。

しかも、猛が予想以上に速い。

この地下空間がどうなっているのかもわからないので、下手に動き回ることもできず、響弥は割と速い段階で捕まった。


「ひぃぃぃぃ! ちょっと待ってマジで待って!」

「待てねぇなぁ……。じゃあいっちょ、歯ぁ食いしばれや……」

「ぎ……」


響弥を組み伏せ、その上から、猛は拳を高く掲げた。無意識か本気かは定かではないが、その拳に魔力が溜まっていくのがわかる。

そして、それが勢いよく振り下ろされ__


「__ギャアァァァァァッ!」


ゴッ!


狭い部屋に、響弥の絶叫が響き渡った。

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