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終焉への反抗者《レジスタンス》  作者: 獅子王将
地下遺跡の激闘
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第54話『残された激情』

「う……、クッソが」


頭を抑え、呻き声を上げながらも、強気に悪態を吐く猛。顔を上げた彼の表情は、苦痛に歪んでいた。


「……なんで」

「ん?」

「なんでテメェが、俺の妹の事を知ってやがんだ……」

「言っただろ。佳奈恵と美緒に話を聞いたってな」

「あのバカ女どもが……」


忌々しげに呟いて、頭を振る。苦痛はもう、ある程度去ったみたいだった。そして猛は、将真を強く睨みつける。


「ったく、テメェのせいでひでぇ目にあった……が、思い出した。そうだよ、テメェの言う通りだ」


将真は、少し驚いていた。猛が、素直に認めたからだ。

猛は、自分の手のひらを見るように俯く。その姿は、何か強い、悔いのようなものを感じた。


「俺は、妹を守るための力が欲しかったんだ」




7年前のあの日。致命傷を負わされた猛の妹、真尋は奇跡的に一命をとりとめた。だが、意識は回復の兆しを見せず、例え目覚めても、動くことは愚か、ろくに喋ることすらできないかもしれないと言われた。


それでも猛は、妹の目覚めを信じて、戦う道を選んだ。

守れなかった真尋を、次に彼女が目覚めた時は、何からも守り抜くと、自身に誓った。


だから、力を求めた。

高等部に上がってからは、それがより顕著になって言った。

同世代最強の天才である遥樹や、驚異的な学習能力で、恐ろしい速度で成長していく将真が近くにいたから、焦っていたのだ。

努力すれば、そんな天才たちにだって追いつける。追い抜ける。きっと、何者からも妹を守れるような、そんな力を手に入れられる。そう信じていた。


亀裂が入ったのは、つい最近。

遺跡探索の任務に出る当日、出発の直前という、最悪のタイミング。

それは、真尋を担当する医師から告げられた。

その内容は、真尋が今後眼を覚ますことは、おそらく無いであろうと言うこと。

そして、そんな患者をいつまでも診てはおけない。むしろ7年間、診てもらえたのは僥倖と言うほかない。だが、今年中に眼を覚まさなければ、真尋は死亡とみなされ、安楽死の上に火葬される。


きっと眼を覚ます、と信じながらも、わかっていた。今年が終わるまで、残り僅か。7年間、目覚める兆しもなかったのに、ふと目覚めるはずもない。

心の何処かで諦めていた。

信じたくても、信じきれない。彼を支えていた、妹の存在が瓦解していく。


そんな揺れ動いていた状態で、魔属性魔力を体内に入れた。

念願の力を他に入れたと言うのに、その力はあまりに強力で、記憶は飛んで意識も塗りつぶされた。

仲間に手出しをさせないための手段だったとはいえ、飛んだ馬鹿だ。

理性を失った猛にはただ一つ。最後に強烈に残っていたものがあった。


それが、将真に勝ちたいと言う衝動。

妹の事すら忘れてしまったというのに、何故その感情だけは覚えているのか、猛自身もよくわかっていない。

だが、その衝動だけが、今の猛を突き動かしていた。

渇望にも近い、強烈な黒い欲求が。




「もう、あいつは眼を覚まさねぇよ」

「まだわからないだろ、今年中って言っても、まだ2週間近く残ってる」

「馬鹿言うんじゃねぇよ。7年間、意識が回復する事もなく、あと2週間もねぇ。真尋が眼を覚ますって、信じたくても、信じられねぇんだよ!」

「お前が信じなかったら、誰が信じるって言うんだよ⁉︎」


猛の悲痛な叫びに、それでも将真は引く事なく、同じように叫び声をあげる。

そんな将真を前に、猛は自嘲の笑みを浮かべた。


「お前、話聞いたなら、見たんだろ? あれ見てもまだ、眼を覚ますって、信じろって言う気かよ……?」

「それは……」


将真は、珍しく弱々しい猛を意外に思っていた。

ここまで追い詰められた猛を見るのは、初めての事だった。

そして、言葉に迷う。彼の気持ちはわからない。もしかしたら想像を絶するほど、辛いのかもしれない。余計な首を突っ込んで、要らぬ事を言う必要はないのかもしれない。


__それでも、たとえお節介だろうとも。


「目覚める可能性がゼロじゃねぇなら、俺は何年だって待ってやる。だが、あと2週間もしないうちに死亡扱いになる。7年間、今まで意識が戻る様子もなかったのに、そう都合よく元通りになるなんて、本当にそんな世迷言を信じろってのかよ……。たったそんだけの期間で、眼が覚めるわけねぇだろ……」

「……だとしても、やっぱりお前は信じるのをやめるべきじゃない。もし、お前の妹が目覚めた時、お前が信じる事をやめたら、その子はどこへ帰ればいいんだよ? 例え残酷な事だとしても、お前は信じるしかないだろうが!」


将真は、『表世界』から来た人間だ。

猛たちに比べれば、その過去はあまりに緩やかな道のりで、何も不自由はなく、抱え込むような辛い体験も無かった。

だから、『裏世界』で生きて、何か抱えている者がいるとして、平和に過ごして来た将真には、理解の難しい事なんだろう。

実際、猛は辛いのだろう、と思う。だがそれだけだ。猛が今何を思っているか。そんな事、他人である将真にはわかるはずもない。

だから、ただ思った事を言っているだけだ。

きっと、帰る場所がないのは辛いと思ったから。だから、せめて兄の猛は、何があろうと妹を信じてあげるべきだと、そう思ったのだ。


「……これ以上、信じて待つ必要は、どの道ねぇんだよ」

「どういう意味だよ⁉︎」

「どうせ俺も、もう直ぐ死ぬしな」

「なっ、死ぬだと⁉︎」

「何驚いてんだよ。『魔王因子』について、少しは情報仕入れて来たんじゃねぇのか」


言われて思い出す。

遥樹から聞いた話では、『魔王因子』は超強力な魔属性魔力を有する極小の物質。魔王の細胞とも呼ばれているそれは、人体に入ると爆発的に増殖し、宿主を侵食するという。

猛はおそらく、奇跡的に適合したがゆえに、一時的に助かっているだけだ。そう遠くないうちに『魔王因子』に呑まれ、その先に待つのは自我の崩壊、そして死だ。


「自分でわかってんだよ。もう俺の体は限界に来ている。だから、俺は最後に、自分に残された衝動に従う事にする」

「衝動って……、何なんだよ」

「お前に勝つ事だよ、将真」

「……は?」


どういう意味だろうか。

『魔王因子』を入れられて、記憶すら削られたと言うのに、何故そんなどうでもいい事を、妹よりも覚えているのだろうか。

だが、猛自身もよくわかっていないらしい。彼もまた、自分の状態に、疑問を覚えているようだった。


「俺だって、意味わかんねぇよ。お前に勝ったら、何だっていうんだ」

「そうだよ、俺に勝って何になるんだ? 今すぐ戦うのをやめて、先に行ったあいつらを手伝うべきだろ!」

「……ああ、そうだよ。わかってんだよそんな事は__!」

「っ⁉︎」


苦しそうに叫ぶ猛。同時に、凄まじい魔力が撒き散らされ、衝撃で将真は吹き飛ばされそうになる。

何とか両足に力を入れる事で耐える事はできたが、前回の戦闘時と比べての猛の様子が余りに違いすぎて、動揺していた。

既に冷酷さは感じない。

ただ、苦痛と空虚さを感じた。


「けど、仕方ねぇだろ! テメェをぶっ飛ばしたいって欲が、沸々と湧き上がって来て、抑えても抑えらんねぇんだよ! わけわかんねぇけど、テメェをぶっ飛ばさなねぇと治んねぇよ!」

「……妹のことも忘れて、俺を潰す事に執着してたってのかよ」

「いいだろうがよ、どうせ俺はもう死ぬんだ! 妹も助からねぇ! だったら、最後にこの治らねぇ欲求に従って、テメェをぶっ飛ばすだけだ!」


猛の瞳が、獰猛に光っていた。

先ほどまでギリギリ残されていたのだろう冷静さは、もはや見受けられない。

侵食が進んでいる証拠なのか、将真が『魔王』の力を使う時と似たような状態へと変貌している。

髪は長く伸びたが、普段とは対照的に真っ白。肌は浅黒く染まり、何処からか進んでいる様子のわかる、呪印の痕跡。黒い双眸に金の瞳。闇のように深い黒衣。

前回の戦闘よりもさらに危険を感じさせる。

なるほど、確かに時間は残されていないようだ。


だが、不思議と脅威は感じなかった。

まだ『表世界』で生活していた頃、何度か経験した、全身が冴え渡る感覚。

将真は、いけると確信していた。


「……ぶっ飛ばす、か。今のお前じゃ、もう無理だよ」

「何だと__っ⁉︎」


怒鳴り声を上げようとした猛が、将真の雰囲気の変化に息を飲んだ。

猛のように魔力を撒き散らしているわけでもない。

凄まじい気迫だが、魔力は一切感じられない。覇気を向けられている時とはまた違う感覚。

静かなのに、痛いくらいの存在主張。ひりつくような、肌を焦がすこの感覚。


実は同じような体験を、猛は以前味わったことがある。

中等部時代、自分より格上の生徒を、試験で追い詰めた時のことだった。

なりふり構っていられなかった猛は、本気で殺す気でやっていたから、それが今の将真と同じ状態を誘発させてしまったのだろう。


これは__


「まさか、『極限集中状態(ゾーン)』か……⁉︎」


ゾーン。

極めて優秀なアスリートたちが、偶発的に入ることがあると言う領域。

雑念は一切なく、ただ目の前のことに没頭する。

本来は不可能とされている、己の100%を引き出すことができ、自分の思い通りに体が動く。


普通なら滅多に起きない事だが、実のところ魔導師が『極限集中状態(ゾーン)』に入る事は、そんなに珍しいことではない。

何故なら、常に死線を強いられる彼らは、むしろそれ程までに集中していなければ、本当の死が待ち構えているからだ。

無論、それでもその領域に至る事は容易ではないし、珍しいことではない、と言っても、あくまでアスリートたちと比べての話だ。結局のところ、そのほとんどが偶発的なものとなる。


だが、猛は噂程度に、耳にした事がある。

極限集中状態(ゾーン)』の領域に、自発的に入れる魔導師がいると。

それを噂ではなく確信したのは、また別の戦い、それも観戦中の時。

風間遥樹を見た時だった。

遥樹は、己の意思で、その領域へと入った。


だから、実質、不可能という事はないのだろう。そして先ほどの様子を見る限り、将真も偶発的ではなく、自発的に『極限集中状態(ゾーン)』の領域に入った。

魔導師歴たったの一年未満である将真が。


「何で、何でテメェ、自発的に『極限集中状態(ゾーン)』に入れたんだ、おい⁉︎」

「悪いな、初めてじゃないんだよ、この感じ」

「は、初めてじゃない、だと……?」


将真が『極限集中状態(ゾーン)』に入ったという話は、聞いた事がない。

つまり、将真の言葉が嘘でなければ、『表世界』にいる時すでに経験していた、という事になる。


「お前、前に言ってたな。『魔王』の力全開で……って」

「それがどうした⁉︎」

「望み通り、使ってやるよ__!」


魔属性魔力が、将真を取り込んで行く。

やがて、将真も猛と似たような姿になった。

違う点といえば、両肩とも袖のない黒衣の猛に対し、将真は右側だけは袖がある。ただし、禍々しい右手の装甲で、大半は覆われてしまっているが。

いや、もはや右手、と言うには範囲が広い。その装甲は、肘を超えて肩に達しつつあった。右腕まで、侵食が進んでいる。

右頬にも、侵食が進んでいる様子がわかる呪印が広がっているが__将真の様子は、毅然としたものだった。

普段は、『魔王』の力の負担に苦痛を感じているようだったが、今はどうやら使いこなしているようだった。


「俺はお前を取り戻す。その為に、この力、限界ギリギリまで使わせてもらう。だから、来いよ」

「あぁ⁉︎」

「前みたいな間抜けは晒さない。今度こそ俺が勝って、目を覚まさせてやる」

「はっ……」


猛は、吐き捨てるように嗤った。獰猛に光る瞳が、将真を捉える。


「やれるもんなら、やってみろよ、このど素人が!」


将真と猛。『魔王』に侵された2人が、再び激突する。




そして同じ頃。


「やっと追いついたぞ」

「おやぁ、アイを放置して、君たち3人だけ出来たのですか。魔導師としては懸命なのかもしれませんが、人としてはどうなのでしょうねぇ。仲間を見捨てるなんて、ねぇ?」


『外道』が口にした通り、彼を追ってきたのは遥樹と杏果、そして響弥の3人。近接戦闘に特化した、3人組だ。


「確かに、不安はあるね。だけど、そう簡単にやられるほど、みんなはやわじゃないよ」

「そんな事はわかってますがねぇ。だからわざわざ、試作段階だったアイを持ってきたんじゃあありませんかぁ」

「試作段階だぁ?」

「ええ。あれでまだ未完成ですから。とは言え、あそこにいた面子程度なら、彼女があっさり潰してくれますよぉ。そもそも、君の相手を任せるために連れてきたんですから」


それはつまり、あのアイという子は遥樹を打倒し得る、という事だろうか。

それほどの力となると、確かに残してきたメンバーでは少々戦力不足かもしれない。

ならば、可能な限り『外道』を早く討ち、急いで紅麗たちの救援に向かわなければ。


「すぐにけりをつけよう」

「ったりめーよ」

「急がないと、リンまで危険な目にあいそうな感じだしね」


油断なく、3人は武器を構える。

そう、油断なく。その、つもりだった。

周囲が一気に闇に包まれる瞬間までは。


「……これは」

「__デェェェェェエイ!」


気合一線。響弥が大剣を横ながら振るう。

だが、手応えがない。まるで空気を切るような音。


「まさか、幻影……⁉︎」

「杏果の言う通りだね。まんまとしてやられたってことか」

「うげ、最悪じゃん」


一刻も早く『外道』を倒して、紅麗たちの元へ戻らなければならないというのに。しかもこの幻影、破るのは簡単ではない。

不可能ではなさそうだが、時間がかかりそうだった。


「では少し、ここで大人しくしてもらいましょうかぁ。流石に君たち3人を相手じゃ、私も勝ち目がありませんからねぇ」

「くっ……」


遥樹は、悔しげに歯を鳴らした。

実のところ、遥樹はこういった特殊攻撃が苦手だったりする。それでも対抗できないわけではないのだが、やはり時間がかかってしまう。


「もう向こうは、決着着きましたかねぇ」

「……将真と猛、か?」

「そろそろ、頃合いではと思ったんですよねぇ」

「頃合い? 何がだ?」

「おや、知らないんですかぁ?」


遥樹は、『外道』の時間稼ぎに応じつつも、頭をフル回転させて可能な限り素早い幻影からの脱出を考える。

だが、新たに与えられる情報、そして予測される状況が、遥樹だけでなく、杏果と響弥も揺さぶった。




「『魔王因子』は、大きさや適合率に関係なく、思考を黒く塗りつぶす。今頃あの少年は、自分の悪しき欲求に突き動かされて、片桐将真と殺し合ってるに違いないのですから!」

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