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終焉への反抗者《レジスタンス》  作者: 獅子王将
地下遺跡の激闘
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第53話『最強のクローン体』

以前、真那が砲撃でぶち抜いた第7階層の床。

今回もその穴から、遥樹たちは第8階層に潜り込んだ。

当たり前のように待ち構えていたのは、壁中を埋め尽くしてしまいそうな、膨大な数の吸血鬼たち。

そしてその中央には、『外道』のマッドが薄気味悪い笑みを浮かべて立っていた。


「絶対に来ると確信はしていましたがいやはや、まさかこんなにお早いお出ましとは。それに、そちらの少女2人。人質から解放されたというのに、またおめおめと戻ってきたのですかぁ。愚行としか言いようがありませんねぇ」

「そうでもないぜ。俺らがお前を倒しちまえば、同じこったろーが」

「なるほど。あなた達には荷が重そうですが、確かにそれはその通りでしょう」


響弥の言い分に、納得したように『外道』が頷く。

確かに、『外道』がいうことは事実だ。普通に考えて、この戦力差は学生魔導師にとって荷が重い、どころの話ではない。

だが、遥樹たちが特別優秀という点を差し引いても、彼らはそこまで深刻に考えていなかった。


吸血鬼は数が脅威になるが、個体の強さとしては、強力な魔物か低位の魔獣程度の強さ。まあそれらに比べればいくらか知性はあるが、それでもせいぜいその程度。それでも強いし厄介である事に変わりはないが、美緒がその気になれば大した敵ではない。

そしておそらく『外道』は、脅威的な強さを持っているわけではない。

もちろん魔導師同様に魔術や魔法が使えるという点では魔族の中でも非常に優秀なのだろうが、近接戦闘に持ち込んでしまえば遥樹たちの勝利はほぼ確定だ。往往にして、マッドやウィッチは、身体能力に秀でていないからだ。


遥樹たちの問題は、如何にして吸血鬼たちを抑え込み、その間に『外道』を倒してしまうか、という点。

作戦通りに行けば話は早いが、作戦というものは高確率で瓦解してしまう可能性を秘めている。

うまく作戦通りに持ち込まなければ、そのぶん余計な体力と時間を削られてしまう。

ここが勝負どころなのだ。

だというのに。


「では、私は下で待つ事にしましょう。とは言え、この程度の有象無象では大した時間稼ぎにはならないでしょうし、前回は見せなかったものをお見せしましょう。いいサプライズに、なると思いますよぉ?」


そう言い残して、1人吸血鬼の群れの中に溶け込んでしまう。その代わり、という事なのだろうか。吸血鬼の群れが少しだけ何かを避けるように開く。


その中央を、誰かが歩いてきていた。


姿を目にした時、誰よりも紅麗が1番動揺していた。

髪型と目を除けば、紅麗とほぼ同じ容姿の少女。それだけならこの場にいる大量の吸血鬼と何ら変わらない。


わかりやすく違うのは二つだ。

一つは装い。

これは、遥樹と響弥からすれば、非常に目に毒だった。恥部付近はちゃんと隠れているが、肌をあちこち多く露出した、少し特殊な形をしたボディスーツ。黒いニーハイソックスにブーツと、ある種マニアックな格好だったのだ。

もう一つは、感じられる魔力の強さ。

紅麗のクローン体ということもあって、魔力は魔属性が混じっているのは当然だ。だが、明らかにこの場にいる他の吸血鬼たちとはわけが違う。出鱈目な強い魔力を感じていた。既に、紅麗(オリジナル)を超えている可能性すらある。

どう考えても、『外道』よりこいつの方が危険、と思わせるような雰囲気だった。


少女に大きな動きがあれば、すぐに対応ができるように臨戦態勢を取っていると、少女は静かに口を開いた。


「__お母様」

「……は?」


思わず紅麗は、間の抜けた声を漏らして惚けていた。

少女の目が、明らかに紅麗を向いていた。その上で今の発言だ。正直、紅麗だけでなく、共にいた遥樹たちにも意味がわからない発言だった。


「ど、どういう意味?」

「私たちは、あなたの細胞から作られたから、オリジナルのあなたは私たちのお母様なんだよって、お父様に言われた」

「……お父様?」

「多分、『外道』のことだろうね」


何らかの手段で手に入れた紅麗の細胞を、何らかの方法で無数に分裂させ、今の彼女たちのような生命体まで昇華させた。『外道』を父だというなら、わからなくもないが。

遥樹の予想に、納得したように頷きながらも、別の疑問が浮上してくる。


本来なら細胞からクローン体を作るなど不可能なはずだが、一体どうやってこんなことをしていたのだろうか。

そしてそれを考えていると、不意にフロア内に、腹立たしい声音が響き渡る。


『その通り、ですよぉ!』

「っ⁉︎」

「うわ、うざい声だ」

「……どっからしてんだこの声」


美緒の酷い言い方はともかくとして、響弥の心境についてはほぼみんな同じようなものだった。

辺りは吸血鬼の大群で覆い尽くされているとはいえ、『外道』の姿がまるで見えないし、感じ取れもしない。

他にいるとすれば、せいぜい普通の、小さな蝙蝠くらいだ。


「……いや、ちょっと待って。こんなところに蝙蝠?」


違和感を覚えた遥樹は、『神聖眼』を発動させて蝙蝠を見る。すると案の定、その蝙蝠は魔属性魔力を帯びていた。

つまり、『外道』の使い魔だ。おそらく自然に溶け込ませるようにしたのだろうが、それも見つけられてしまえば意味などない。

気がついた真那や佳奈恵が即座に蝙蝠を撃ち落とすが、それは既に、数が増えつつある状態だった。


「ちっ」

「ごめん、撃ち落としきれなかった……」

「気にすることはないよ。それより、いろいろ聞きたいことがあるんだけどね。答えてもらえないかな、『ヘタレマッド』野郎」

『気にくわない呼び方をしますねぇ。ガキのくせして可愛げのないことこの上ない』


挑発じみた物言いに、少し苛立たしさを感じさせる声になる『外道』。挑発した遥樹はと言えば、飄々としたものだった。

『外道』という呼び方も大概悪口だとしか思えないが、どうやら『外道』のマッドは、この呼び方にこだわりがあるらしい。他の、それも不愉快な呼ばれ方をされれば、それ相応の感情を露わにするようだった。

正直なところ、どうでもいい情報ではあるのだが。


「とりあえず、この吸血鬼たちが紅麗のクローンであることはわかっているとして、貴方はどこで彼女の細胞を手に入れたんだ?」

『簡単なことですよぉ。そもそも、紅麗というそこの吸血鬼もどきは、我々魔族の元で生まれたのですからねぇ』

「……実験体(モルモット)にされてたんだったかな、確か。つまり、魔族の領域で生きていた時に紅麗の細胞を採取していたわけだ」

『そういうことですよぉ』


確かに、そういう状況下にあったのならば、紅麗の細胞を採取することは造作もないことなのだろう。

ある程度、予想通りの答えを得た遥樹は、もう一つ気になっていることについて問い質すことにした。


「じゃあ、もう一つ。今僕らの目の前にいる、明らかに一体だけ次元の違う強さを持つその子は、一体何なんだ?」

『そう言われましても、君らを取り囲む吸血鬼たちと変わらないのですがぁ』

「質問の仕方を変えよう。何でその子だけ、そんなに異常な強さなんだ?」


『外道』の言う通り、この明らかに強いこの一体も、周りの吸血鬼たちと同じように、紅麗の細胞から生み出されたクローン体であるはずなのだ。

一体、何をしたらこんなにも変貌するのか。

見た目は実際のところ、ほとんど変わりない。せいぜい、装いが違うだけだ。

強いて言うなら、心が感じ取れる、と言う点もあるかもしれない。


『魔導師の少年。君は『蠱毒』という単語に、聞き覚えはあるかい?』

「『蠱毒』だって? もちろん知ってはいるが……っ、まさか⁉︎」


『外道』が口にした、『蠱毒』。その言葉の意味を知っていたからこそ、遥樹は恐ろしい考えへと行き着いた。


「遥樹? 『蠱毒』ってのは何なんだ?」

「……かつて存在したという、呪術の一種さ」


『蠱毒』。

様々な虫を一つの容器の中に入れて、共食いをさせる。そして、生き残った一体を神霊として祀る、というもの。

相変わらず古い呪術に関しては、恐ろしい発想が多い。


「そして問題は、方法にある」

「方法?」

「今説明しただろう? つまり、大量に生み出した紅麗のクローンに、共食いをさせたんだ」

『っ⁉︎』

『そう、その通りですぅ!』


遥樹が口にしたのはあくまで推測。だがそれは、おぞましい発想だった。そして、『外道』のマッドは、それを嬉しそうに肯定する。

何故そんなことを平然とできるのか。何故そんなにも喜べるのか。

やはり、彼ら魔族とは、相入れない存在なのかもしれない。


『幾多ものグループに分けて、共食いをさせ続けた。その結果として、ここにいるたった1人の究極の個体ができたわけですよぉ』

「なるほどね。その名に違わず外道だ。クズで、ゲス野郎だよ……っ」


胸中に渦巻く憤りと殺意が、押し殺しきれずに外へと漏れ出す。その余波で、遺跡の地面や壁、更には天井にまで、大小幾多もの亀裂が走る。

生かしておくには危険すぎる思想の持ち主だ。生け捕りすら考えられない。既に遥樹の中では、『外道』のマッドを殺すことは決まっていた。


『この子の名前は『アイ』。自分自身を示す言葉ですぅ』

「『私』ってわけか」


正直、少女の名前に興味はなかった。

道具としてみているはずの少女に対して名前をつけているというのは意外だったが、その事に意味があるのかはわからない。考えても仕方のない事なら、やるべきことだけを考えるとしよう。

目の前の少女に、情が移ってしまう前に。


「ここからは予定通り動くよ。杏果、響弥。紅麗も」

「……ごめん、また我儘聞いてもらってもいいかな?」

「……このタイミングでかい?」


出鼻をくじかれた遥樹は、珍しく顔を顰めていた。

だが、紅麗の表情は真剣そのものだった。無理を言って『外道』との戦いに参戦したいと言った時のような。

少しため息をついて、紅麗に先を促す。


「私、やっぱりここに残って戦う」

「……理由は?」

「『外道』を叩き潰したいのもそうなんだけど、その前にこの子を何とかしないと。何をすればいいのかわからないけど……見た目が同じだからかな。あんな状態のあの子を、放っとおけないのよ」

「……わかった。いいよ」

「っ……!」

「いいのかよ⁉︎ だいぶ急な変更だぞ⁉︎」


渋々、という感じではあったが、遥樹は彼女の我儘を許した。響弥の抗議は当然のものだったが、元はと言えば、紅麗にはここで、吸血鬼たちの足止めを任せるつもりでいたのだ。結局、初めのプランに戻っただけで、つまり何も問題はない。

何も問題ない事はないのだろうが。


「じゃあ、響弥と杏果は、僕に続いて『外道』を倒しに行こう」

「おう」

「ええ、わかったわ」

「ひとつ言っておくと、おそらくアイというあの少女は、紅麗より強い。だから紅麗が吸血鬼たちを抑え込む役割に移ったからといって、あの少女がいる以上、戦力はプラスになるどころか不足気味かもしれないが……」

「大丈夫。こっちはなんとかしてみせるから、先に行って」

「……わかった。任せたよ」


心配そうな表情が変わることはなかったが、それでも遥樹は自分の仲間を信じて先を急ぐことを選択した。

それに、この選択は間違っていない。

主である『外道』さえ倒せば、彼女たちを容易に止められるかもしれないのだから。


下層へ向かうために、周囲の吸血鬼たちを蹴散らしながら進む遥樹たち3人を、紅麗たちが援護する。

そして、吸血鬼たちの大群から抜け出したところを確認したところで、ようやく全員の意識が、必要なところへと向けられる。

紅麗は、アイに全神経を集中させる。

残るリンたちは、周囲の吸血鬼たちを警戒しながらも、アイの動向にも少し注意を傾ける。


「待たせたわね」

「うん。じゃあ殺り合おっか、お母様」

「……母親扱いじゃなくて、せめて姉扱いにして欲しいものね__!」


文句を言いつつも、紅麗が魔力を溜めて一気に跳躍。空中で浮遊しているアイと接触する。

それを皮切りに、吸血鬼たちが動き始め、リンたちも戦闘を開始したのだった。




将真が悠長なことを口にしていた。少なくとも猛はそう感じた。そして彼は、怒りの形相を露わにする。


「ちょっと話しようぜ、なぁ? ここまできてどういうつもりだ? まさか、戦う気はありません、とか言う気じゃねぇだろうな⁉︎」

「心配するなよ。ちゃんと戦うつもりできた。ただ、勘違いしてたみたいだから、改めてもう一回話してからと思っただけだ」

「勘違いだと? 俺がか?」

「いや、俺がだよ」


実際、将真は勘違いしていたのだ。

将真は、猛が佳奈恵と美緒を裏切ってまでして、力を得たと思っていた。執拗に力を求めていることは知っていたから。

だが、佳奈恵と美緒が人質に取られていた状況を知らなかった上に、その2人の話を聞いて、猛が力を求める理由がわかった。


だから、ただ戦うだけじゃダメだと思ったのだ。

少なくとも、勘違いを清算しておかなければ。あの時の言葉を謝り、訂正しよう。

そうしてようやく、気持ちよく猛と戦える。


殺し合うつもりは微塵もない。だが、手を抜くつもりは毛頭なく、なんならお互い傷だらけの不毛な喧嘩でいい。

本心をさらけ出して、殴り合えば、きっと分かり合える事もあるだろう。


だから、話せる間に少しでも話をしておきたかったのだ。丁度、問い質したい事もあった。


「俺はさ、お前が力を得るためなら手段を選ばないクソ野郎だと思ったんだよ。実際、佳奈恵と美緒から話を聞くまではずっと思ってた」

「……何が言いてぇんだ?」

「事実は違ったよ。お前は、2人を助けるために、仕方なく今の立ち位置にいる。実際のお前は、仲間想いのくせに素直になれないツンデレ野郎だったなんてな」

「誰がツンデレだゴルァア⁉︎」


予想外かつ不本意な評価に、思わず猛は怒鳴り声を上げる。だが、佳奈恵と美緒の話からして、猛の本質はそう言う事だとしか考えられなかったのだ。


「前言ったこと、訂正するよ。裏切ったなんて言って、悪かったな」

「そう思うならその不当な評価を今すぐ訂正しやがれ!」

「で、話をしたい事なんだけど」

「無視してんじゃねぇぇぇえ!」


なるほど、と思いながら将真は猛を見ていた。

いつだったかは忘れたが、確か美緒が言っていた。猛は愚直で馬鹿なくせに素直じゃないからいじり甲斐がある、とか何とか。

確かに、今の反応を見ているともう少し揶揄ってみたくなるが、それはまた、無事に帰ってこれたらにしよう。

そう内心で誓って、将真は以前聞いたことを、再び問う。


「__何でお前、そんなに力を求めてるんだ?」

「っ……、またそれかよ」


一瞬、表情を歪めた猛だったが、すぐに無表情へと戻る。だがそれは、苦痛をこらえているように見えなくはなかった。


「理由なんてねぇ。強いて言うなら、テメェを殺すためだ。前も言ったろ」

「嘘だ。お前、理由がないんじゃなくて、理由が思い出せないんだろ?」

「づ……」

「大方、『外道』に何かされたんだろうが、お前にはちゃんと力を求める理由があるはず__」

「う、るせぇんだよ、いい加減、黙りやがれっ!」


一度、頭痛を覚えたかのように頭を抑えた猛は、将真へといきなり斬りかかる。将真の言葉がトリガーとなって、頭の中を刺激する。

何かを忘れている気がするのに、頭痛で何も思い出せない。

そんな苦痛と不安を誤魔化すような攻撃を、将真は同じように剣を生成して受け止める。


「……本当に、思い出せないのかよ__!」


将真の表情が、辛そうだった。

その表情の意味が、猛には微塵も理解できなかった。

将真が一体、何を知っていると言うのか。

先を言わせてはいけない。そんな気がして、剣を握る手に力を込めて、押し切ろうとする。だが、将真は押されなかった。

そして、将真は叫んだ。


「お前は、大事な妹を守りたくて、力を求めたんじゃなかったのかよ__!」

「____」


その言葉が、頭に響く。

体が硬直して動けない。思考が停止した猛は、それにすら気づかなかった。

しばらくの沈黙。

魔族のように黒く染まった猛の双眸から、いつの間にか涙が溢れていた。

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