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終焉への反抗者《レジスタンス》  作者: 獅子王将
地下遺跡の激闘
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第51話『御白真尋』

将真がいた病室は2階。集合場所にもなった、美緒たちがいた病室は3階にあった。

一同揃って階段を降りていくと、1階に辿り着く。それ自体は別に当然の事なのだが、更に降りてすぐ横を見ると、確かに地下に続く階段があった。

地下へと階段を降りていくと、少し中が薄暗く感じた。

少し辺りを見渡して、将真はしみじみと呟く。


「マジで地下なんかあったんだな」

「うん。リンさんが何と無く感じている通り、薄気味悪い雰囲気だとは思うけど」

「ぅえっ⁉︎ べ、別にそんな事、お、思ってないよっ⁉︎」

「じゃあ、なんでそんなに挙動不審なのかと将真さんの服の袖を掴んでいる理由について一言」

「……えっと、ちょっと怖いから」

「やっぱりそうなんじゃん」

「もう、美緒ちゃん揶揄わないでよっ」


リンは、少し顔を赤くしながら、少し涙目になって抗議する。

確かに地上階と比べると薄暗くて雰囲気があるとは思う。だがそれは、単に日の光が差しているかどうかの違いだけだ。なにも本当に幽霊が出るとかそういうものがあるわけではない……はず。


「……何もいないよな?」

「……」

「黙るなよ⁉︎」


美緒が口を開かないことに、不安を煽られる将真。その様子を後ろで見ていた佳奈恵が口を開く。


「地上階と違って、ここは特に状態の酷い患者さんが集まるところなの。例えば病気だったり、怪我だったり。何でこういうシステムなのかは知らないんだけど、酷い状態ほど下層に送り込まれるみたい」

「酷い状態……」


それはどんな状態を指すのか。

癌の末期とか、そういうレベルだろうか。植物人間というのもあり得る。幽霊の話ではないが、死者だっているのだろう。この世界観からして、常識では考えられないものかもしれないとも思う。

つまり、想像できない。

加えて、それと猛にどんな関係性があるのかもわからない。

今の状況からしても、おそらく猛の関係者が地下病室にいるのだろうが、それ以上のことは想像もつかない。


しばらく階段を降りていく。


『酷い状態ほど下層に送り込まれるの』


「な、なぁ、どこまで降りるんだ……?」

「……」


先ほどの佳奈恵の言葉を思い出して、将真は少しずつ不安を覚え始めていた。そして、将真の服の袖を掴んでいたリンの手の力が、少し強くなるのを感じだ。

チラッと後ろを振り向くと、遥樹ですら少し表情が強張っている。

一体、どこまで降りるのか。

そして。


「__地下5階。ここが1番下」

「……え?」


止まることなく、最下層に到着。今向かっているところはつまり、特別状態が酷い人達がいるところという事だった。

緊張を隠せないまま、将真たちは美緒と佳奈恵の後ろをついていく。

そうして、一つの病室の前で2人が歩みを止める。

それにつられて将真たちもまた足を止めた。病室の壁は大きなガラスで、部屋の中が見えるようになっていた。その中で、大きなベッドの中に横たわる、1人の少女に気がつく。

ここからではハッキリとした特徴はわからないが、リンよりも小柄に見える。愛らしい顔立ちをしているが、その瞼が開く気配は微塵もなかった。

髪や肌は白く、ある種の神々しさも感じさせる。首や腕は、折れてしまいそうなほどに細い。

人工呼吸器やチューブなどに繋がれた弱々しい姿は、痛ましさを感じさせた。


「……この子は?」


将真の問いかけに対して、美緒と佳奈恵は顔を合わせて頷くと、病室のネームプレートを指差した。自分で確かめろ、という事だろうか。

将真はネームプレートの前まで来て、そこに記された名前を読み上げる。


「御白真尋……。ん? まてよ、『御白』って……」

「猛くんと同じ苗字……」

「偶然、とは考えづらいね。となるとこの少女は__」

「猛の妹……?」

「うん」


杏果が少し自信なさげに呟いた答えに、美緒は頷いた。


「御白真尋ちゃん。私たちの一つ年下なんだけどね。__もう7年も、目が覚めてないんだって」

「……え?」

「7年も?」


佳奈恵が告げた事実は、冗談だと言われたら信じてしまいそうな、非情なものだった。そして彼女は続ける。


「猛があんなにも力を執拗に求める理由は、真尋ちゃんのためなんだよ」




御白猛。

彼は元々、『日本都市』出身の魔導師ではない。


魔属性の魔力に侵された都市の外には、人々の集まる集落と呼ばれる住処が各地に存在する。


集落とは、身寄りのないものが、生きていくために作った拠り所だ。

土地が魔属性の魔力に侵されている故に、魔力を有しているものしか生きられない。どころか、魔導師ですら長生きできる環境ではない。

だが、長く続く集落に生きる人間には、魔属性魔力に強い耐性がある。長い歴史の中で、遺伝子レベルで身についたものだった。

それでも、一般人と比べて寿命は短いのだが。


猛は、その幾つかある集落のうちの一つに生まれたのだ。

集落にいた頃はまだ、普通の少年だった。

そして少年には、『真尋』という名前の妹がいた。

魔族の偵察や魔物の侵入など、日々外部からの脅威に晒されながらも、賑わいのある集落だった。集落の人々は皆優しく、猛たちの事も大切にして、可愛がっていた。

最低限の平和が保たれていた、今は無き彼らの故郷。

奪われたのは、あまりに突然のことだった。


7年前。

ついに集落が、魔族に見つかってしまったのだ。ただそれだけなら、まだ大勢生き残れる可能性も十分にあった。

だが、結果として集落は全滅。猛の家族すらも殺され、生き残ったのは、猛と真尋の2人だった。

いや、真尋でさえも、逃げる途中で致命傷を与えられた。


集落を襲ったのは、たった1人の魔族。

黒いローブを羽織り、殺気を撒き散らす姿は、まるで死神だ。

そして対照的に、その手には、魔族のものとは思えないほど神々しく、それでいて禍々しい魔力を放つ光の槍が握られていた。

真尋に致命傷を負わせた後、その男は猛を見て言った。


『お前だけ、生かしてやろう。力及ばず、何も救えず、指を咥えて見ていることしかできないその苦痛を知るといい』


猛は、壊滅した集落から逃げた。

妹を背負って。


翌日。猛は奇跡的にも、『日本都市』に到着した。後からわかった事だが、どうやら彼が暮らしていた集落は、都市の近辺にあったらしい。

素足のまま歩き続けたせいで、足は既にボロボロだった。体力も既に、尽きていた。

それでも彼は必死だった。(真尋)を生かそうと。

真尋は致命傷を負って一日経っていた。

生きているはずがないと思われていた真尋は、何と生きていた。

すぐに適切な処置を施され、病院で眠る真尋を見た時、猛は安堵で腰を抜かしたという。

だが、告げられた現実は、あまりに無情だった。


『妹さんが目覚める可能性はかなり低い。目覚めたとしても、2度と動くことはできないだろう』


それでも猛は、妹が目覚めることを信じた。

そして彼は誓った。

次に真尋が目を覚ました時、何者からも助けると。もう2度と傷つけさせはしないと。

そして欲したのだ。

何者にも負けない、強い力を。




猛がその事を佳奈恵に話したのは、事件から2年の月日が経った頃__つまり、5年ほど前のことだ。

彼は力を得るための努力を怠らなかった。

佳奈恵は、友人として彼に付き添うようになってからはずっと、彼の努力が実る事を祈って、応援してきた。


この頃はまだ、異様な執念はなかったのだ。


執拗に力を求めるようになったのは、高等部に上がって暫くしたころ。

その原因は将真だった。


序列戦における、将真との初めての戦い。結果は勝利だったが、その時の負傷で、次の戦いでは満足に力を払えなかった。

初心者でありながら、熟練度の高い魔導師の肉体強化魔法を貫通する攻撃力。

今にして思えば、すでにこの頃、将真の内に魔属性魔力が発現しつつあったのだろう。つまり、将真の攻撃力が猛の防御力を上回ったのではなく、単に魔属性魔力で肉体強化魔法を打ち消したのだ。


更にその後、将真や他のメンバーと共に中隊を組んで行動することが増えて、近くで将真を見ていた。

初心者にも関わらず、その成長ぶりは、同じくその場にいた莉緒たち序列上位者ですら恐れを抱くほどだった。

猛は当然、嫉妬を覚えた。


既に中等部にいた頃、諦めはあった。既に遥樹の実力を目にしていたからだ。

中等部の生徒でありながら、既に自警団に入れる水準に達しているその実力は、猛だけでなく上級生ですら諦観していたことだろう。

遥樹には勝てない。才能が違いすぎるのだと。


だが、魔導師になりたての将真に、一体どんな才能があればこうも違うのか。

そしてはっきりわかってしまった。

魔王争奪戦と呼ばれたあの事件で、遥樹や自警団の副団長と戦っている将真をみて、既に自分は将真に負けているのだと理解してしまった。

認めたくなかった。

だが事実、彼はその後の序列戦、そして小隊対抗の適応能力試験で立て続けに将真に敗北していた。


それでも負けてたまるかと力を求め続けた。

だが、ついに将真が魔導師としての実力が認められたのか、学生で初めての遺跡探索任務を任されていた。

やはり悔しかった。だが、しばらくして帰って来た彼らの話を聞くと、命からがら逃げて来たのだという。

ならば、自分たちでその遺跡を攻略してしまえば、将真を上回ったのだと証明できる。

ただそれだけのことでも、猛にとっては大事な事だった。


そんな猛にトドメを刺したのは意外な人物だった。


『もう妹さんが目覚めることはないでしょう。今年中にでも目を覚まさなければ……』


その言葉を聞いた日の猛は、いつも以上に苛立っていた。

そう。美緒小隊が遺跡探索の任務へと出発した日だ。




「……あいつ、そんなしんどい過去があったのか」


猛にしては意外な暗い一幕を知った将真は、少し同情するように顔を伏せる。


「でも、不思議なことではないんだよね」

「は?」


将真の呟きに、同じように少し暗い表情を落としていたリンが、悲しそうな笑みを浮かべる。


「どういう事だよ?」

「あ……。そっか、そうだよね。将真くんは、『表世界』の生まれだから……」

「つまり?」

「こんな世界だよ? 何も抱えてない人の方が珍しいくらいだから。それでも、猛くんの過去は結構辛いと思うけど」


リンの言う通りだ。

都市以外に、安全と呼べる場所はない。自警団の支部ですら安全とは言えないのだから。

都市の外で生まれたと言うのであれば、危険は当たり前。都市で生きる魔導師だとしても、任務で一度外に出れば、命の危険と隣り合わせ。家族や、大切なものを失った人は、何も珍しくないのだろう。


猛に唯一救いがあるとするならば、彼の妹がまだ生きていると言う事だ。まあ、この状態を生きていると言っていいのなら。


「あいつが執拗に力を求めてたのは、妹が目覚めた時の為だったんだな」

「うん。だけど……」

「今の猛は、それを忘れている可能性が高い。『魔王因子』を入れられて、多分理性が飛んでいる。何のために力を求め、手に入れたのかも思い出せてないと思う」


美緒の言葉に、将真は納得したように頷く。

将真は一度、猛に問うた。何故そうまでして力を求めるのか、と。

ロクな答えは帰ってこなかったが、はぐらかすまでに妙な間が空いていた。おそらく、思い出せなかったのだろう。力を求めていた、理由というのを。


「力を求める理由は解ったけど、それにしたって美緒と佳奈恵を裏切ってまで『魔王因子』を手にするなんてな……」

『え?』

「な、なんだよ?」


将真が納得いかないというようにボヤくと、美緒と佳奈恵が驚くような反応を示して逆に将真の方が驚いていた。


「違うよ、猛は私たちを裏切ってなんかない!」

「私たちが人質に取られて、猛は無理やり『外道』に従わされたんだ。『魔王因子』も、取り込んだというよりは埋め込まれたという方が近い」


『外道』が猛に提示した条件は、『美緒と佳奈恵には手を出さない代わりに、『魔王因子』を取り込んで将真の生け捕りをしろ』というものだった。


「実際、私たちはその後特に酷い目に遭わされたりはしてないし、むしろ猛は私たちを助けるためにあんな選択をしたんだ」

「た、猛がか?」

「意外だわ……」


信じられない、というように響弥と杏果が呟く。だが、無理もない。猛は、力以外のことは全て二の次と考えているようにしか見えなかったから。


「だからお願い。猛の目を覚まさせて。元に戻してあげてほしい」

「……まあ、それなら心配すんなよ」


美緒の懇願に、将真は不敵な笑みを浮かべた。

確かに、猛の話については最初から最後まで驚かされてばかりだ。最後の仲間想いな一面は、本当に意外で驚いた。

だが、やることは変わらない。むしろ明確になったくらいだ。

左掌に、右拳を叩きつけて、力強く宣言する。


「元より、ぶっ飛ばしてでも連れ帰るつもりだからな__!」




一方その頃。


「__おい、下衆野郎」

「だから、『外道』と読んでほしいんですがねぇ」

「意味変わんねぇだろ」

「君は自分の名前で呼ばれるのと、下衆野郎と呼ばれるのと、どちらがいいですかねぇ?」

「安心しろよ。お前と違って、俺は別に下衆野郎じゃねぇからよ」


ふざけた会話の最中にも、猛の瞳は冷たかった。『外道』は面白くないと思いながらも、その爽やかさが逆に不気味さを感じさせる笑みを浮かべる。


「それで、何を聞きたかったのでしょうかぁ?」

「……あいつら、またここに来るんだろうな? もしこねぇなら、テメェにいつまでも付き合う義理はねぇぜ」

「それこそ安心してくださいよぉ。君がここにいる限り、あの単細胞どもはまた来ますからぁ」

「フンッ」


__良かれと思って立ってる場所が、結果的にあいつらに迷惑かけることになるとはな。


猛は不愉快そうに鼻を鳴らす。

まあ、この後の結果がどうなろうと、猛にとっては関係のないことだ。


「早く来いよ……将真」


どうせ、もう残りの命は長くないのだから。

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