第40話『子守と孤児院とガールズトーク』
「__そうか。そんな事があったんだね。うちの紅麗がすまなかった」
「いや、泥爆弾喰らったのは俺じゃないし、大したこともなかったから別にいいんだけどさ」
事の顛末を、紅麗と共に孤児院に来ていた遥樹に話す。彼は少し愉快そうだったが、それでも最後に謝罪の言葉が出るあたり、そこらの大人よりもずっとしっかりしているように思える。
「__えー、おねぇちゃんのともだちだったのー?」
「う、うん。ごめんね。悪い人たちじゃないから」
「もー、しっかりしてよー」
子供達に言われたい放題で、オロオロと対応に困っている黒崎紅麗。これが学年序列十席入りというのも少し可笑しな話のような気がしていた。
『ぷっ……あははは!』
「あ、ちょ……笑ったわねあなた達!」
「どうしたんだい、賑やかだね__おや」
羞恥と憤慨がないまぜになったような赤い顔で、紅麗が喚いていたところに現れたのが遥樹だったのだ。そしてこちらもらしくなく、背中に子供、両手に子供が1人ずつしがみつき、歩みを止めた事で両足にしがみつく子供達を連れていた。
その光景に、3人が再び笑い声をあげたのは当然のことと言えるだろう。
そして今は、4人の少女が子供達の相手をしていた。
数メートル先の離れた空き缶を、おもちゃの銃で狙うのは名草真那。後から気がついたのだが、どうやらここには、遥樹小隊も揃っているらしい。
真那が、銃の引き金を引く。
打ち出された球は、見事に狙い通り、的の空き缶の真ん中に直撃して、空き缶は小気味のいい音を上げて台から弾き飛ばされる。
空き缶が地面に落ちると同時、子供達から歓声が上がった。
「すごーい!」
「そう? ありがと」
「おねぇちゃん、つぎ、わたしやりたい!」
「あ、ずるい! ぼくもやるー!」
「わ、ちょ、落ち着いて」
「……お前や紅麗みたいに子供の相手に慣れてるわけじゃないんだな、真那は」
「そうだね。真那は確かに、子供の相手は苦手なようだ」
見たままの将真の感想に、遥樹は頷き肯定する。慌てる真那からは、嫌悪感は感じないが、困惑しているのが良くわかった。
そして、別のグループでは、莉緒が天井からぶら下がっていた。
その光景はさながら忍者である。
「うわぁ、こっちのねーちゃんもすげー!」
「どうやってるの!」
「フッフッフー、これは長い長い修練の賜物なんすよ」
「しゅーれん」
「なにそれ」
「あぁ、わかって貰えないっす!」
「……確かに、君のところのリーダーは結構器用だね」
「忍者っていうか、隠密とかそういうのにこだわるからなぁ莉緒は」
だが、遥樹ですら感嘆を覚えるのは無理もない。子供達にはわかって貰えていないが、将真や遥樹にはわかる。あれは、かなり高度な技術だと。
そもそも、壁を走り続けるというだけでも相当難しいものなのだ。普通は、そのまま壁を蹴ってしまう。例え耐えたとしても数歩がいいところだ。それを、魔力を用いて張り付く。
言葉や文字にして仕舞えばどうということはないが、強すぎれば足場を破壊し、弱すぎれば貼り付けないという、繊細な魔力コントロールが必要になる。
そしてそれは、完璧と思われがちな遥樹にも言えることだ。
無論遥樹は、程度の差はあれ自他共に認める天才だ。並みの魔導師と比べれば、壁を走ることはできるだろう。だが、走り続けることはできまい。だから今莉緒が子供達に見せている技術は、多くに誇ってもいいものだ。
だが、手先の器用さだけなら、彼女も負けていない。
リンは、子供達に大道芸を見せていた。
と言ってもそこまで危険なことはしていない。器用にジャグリングをしているだけだ。強いて違うところを挙げるとすれば、手だけでなく、全身を動かしながらジャグリングしている事か。
「すごーい!」
「なんでそれでおちないのー!」
「もっとみせてー!」
「うん、いいよー」
リンは子供達のリクエストに快く頷き、無邪気に飽きもしない子供達に、和かな笑みを浮かべてひたすら技を見せていた。
「彼女、確か今はあまり魔導が使えないんだろう?」
「ああ。理由がわからないのが痛いところなんだけどな。まあそのお陰と言うべきか、リン自身の個人能力は飛躍的に上がってる……て言うのは、莉緒が言ってた事だけど」
そもそも、ここまで器用だとは全く知らなかった。
それも、槍術を扱うゆえの賜物なのだろうかと思うと、なんとなく腑に落ちた。
そして、もう1人の少女に視線を移そうとしたところで、丁度その本人、紅麗が後ろから声をかけてくる。
「なーに男2人して黄昏ちゃってんのよ」
「別に黄昏てなんか無いけどな?」
「あ、その使い方実は間違ってるよ」
『えっ』
遥樹の指摘に、将真と紅麗は思わず声を上げる。
そんな2人の表情を少し面白そうに見た遥樹は、ベンチから腰を上げて館の方へと戻っていく。
「あ、ちょっとどこ行く気?」
「僕ができることをしてくるんだよ。紅麗はまだみんなと遊んで上げてほしい。……将真」
「ん?」
「君はこっちに来るかい?」
「……何する気だよ?」
遥樹の真意がわからず、将真は少し警戒して問いかける。そんな将真とは対照的に、落ち着いた様子で遥樹は笑みを向けた。
「なに、どうと言うことはないさ。ただ、昼ごはんを作ろうと言うだけのことだよ」
「あれ? 将真くんは?」
「ついでに遥樹さんもいなくなってるっすね」
子供達の相手をしているうちに、2人の姿を見失ってしまったリンたち。確か庭の奥の方のベンチに座っていたはずなのだが、いなくなっている。
すると、
「__2人なら、館の中に戻ったわよ」
「あ、紅麗ちゃん」
子供達の輪の中に戻ってきていた紅麗が、2人に声をかけた。
ちなみに、輪の中に戻った瞬間、子供達が群れてきてろくに身動きが取れなくなっていた。
余程好かれているらしい、と言うことは見ていればわかる。
「戻ったって、何しにっすか?」
「……まあ、多分昼食作りに行ったんじゃないかな」
「えっ」
時間を忘れているという実感はあったが、それを聞いたリンは思わず驚いて声を上げる。
もうそんな時間なのかと時計を見ると、まだ11時にもなっていなかった。
「……まだ少し早くない?」
「私はよく知らないけど、準備は早い方がいいらしいわよ。それに、将真も手伝いに行ったみたいだったけど、今日はつまりたった2人であの子達全員分のご飯を作って上げなきゃいけないんだし」
「え__」
「これだけの人数分をたった2人でっすか⁉︎」
リンが静かに驚きを示す隣で、莉緒は対照的に大袈裟なくらい驚いていた。子供達が一体何人いるのかはわからないが、多分100人近くはいるだろう。
加えて、孤児院の職員とリン達のぶんも含めると、それこそ100人行くのではないだろうか。
「そもそも、遥樹さんて料理とかできるんすか?」
「万能と思われがちなあいつだけど、実際はそんなことは無い__と見せかけて、料理の腕は信用できるわ。それくらいなら、彼のできる範疇内よ」
そう言って紅麗はため息をついた。先ほどの台詞からしても、紅麗はどうやら料理はダメなようで、少し悔しそうな表情だ。
「むしろ、私からしたら将真が料理できる方が意外なんだけど」
「あー、うん。そうだよね」
「自分たちも初めは驚いたっすけど、たまに気まぐれで何か作ってるのを食べさせてもらってるんすよね」
これが結構美味しいのだと莉緒に同意を示しながら、リンは表情を綻ばせる。
「意外といえば、紅麗ちゃんたちがこんな所にあることの方が驚いたよ。任務か何かなの?」
「違うわよ。これは……まあ、言ってもいっか」
少し言い淀むような様子を見せた紅麗に対し、疑問を覚えるリンと莉緒。
「何か、言いにくいことなの?」
「うーん、まあね。実は日課なのよ」
「日課、すか?」
「ええ。と言っても、休日だけなんだけど」
「へぇ、紅麗さんにそんな日課があるなんて、より驚きっすね」
「私じゃないわ。遥樹のよ」
『そっかぁ……え?』
紅麗の否定と、それに続いて上がった人物の名前に、2人は再び驚いて__驚きのあまり、沈黙した。
「ちょっと、黙らないでなんか反応しなさいよ」
「え、えっと」
「いや、それ意外っていうか、予想もしてなかったっすよ! まさか遥樹さんが日課にしてる事だとは……。それとも、実は何か変な趣味があるとか」
「アホ言うな」
「紅麗さん? 目が笑ってないっすよ?」
莉緒の冗談に、紅麗が笑みを返す。ただしその笑みには妙な凄みがあったが。
その笑みを崩した紅麗は、仕方なさそうにため息をつく。
「まあ、私も初めは驚いたし、知らなかった事だから教えて上げる。孤児院が何かはわかると思うからこの際省くけど、日本都市には孤児院が3つあるの」
「それって多いの?」
「さあね。3つともちゃんと用途があってわかられてるから」
つまり、多いとか少ないとか、そう言う問題ではない、と言う事らしい。
「で、孤児院を援助してくれてるのが、四大貴族とか呼ばれてる一角で遥樹の所の『風間家』なのよ」
「なるほど。だから遥樹さん自ら出向いているわけっすね」
「ああ、別に一族の代表としてってわけじゃないわよ。それは建前というか、きっかけの1つに過ぎないわ」
「きっかけ?」
「ええ、きっかけよ」
リンの問いかけに、紅麗は鸚鵡返しで肯定する。
「『風間家』の人間として一度連れてこられた時に、思うところがあったんだって。それ以来、休日は毎日のようにここにきてるみたい。ちなみに、私がこれに付き合い始めたのは高等部に上がってからね」
初めは子供たちに警戒されていて、我ながら傷ついていたことに驚きを覚えたそうだ。
「意外っすね。でも、じゃあ真那さんはいつから一緒に?」
「あー……。私も詳しいことは教えてもらってないんだけど、なんか真那って、遥樹に対して恩義があるらしいのよね。それで妙な忠誠心があって。だから初めからだと思うわ」
「真那さんの意外な事実発覚っすね」
「ねぇ、紅麗ちゃん。3つある孤児院の用途って?」
会話の中で、ふと気になったことを口にするリン。紅麗は「そうね」と首を縦に振って、
「それも教えておくわ。1つ目がここ。将来、魔導師としての可能性を強く見出された孤児が集められているわ。2つ目は、魔導師としての素養はあるけど大した才能を有していないか、一般人だけど魔導に多少の関わりがあり研究者になれる可能性がある子。そして3つ目は一般人。普通の孤児よ。規模はここが1番大きくて、3つ目にあげたところは結構小さいわね」
「……ねぇ、紅麗ちゃん」
「それって、差別じゃないんすか?」
2人は、少し表情を曇らせてものを申した。
今の話を聞く限りでは、優秀で、より可能性を秘めた孤児がより良い施設の方へと行けるというように聞こえる。それは、普通の孤児や才能が小さな孤児たちにとっては辛いことなのではないか。
そして、紅麗の答えは、
「まさか。これは区別よ。断じて差別なんかじゃないわ」
否定だった。
「でも……」
「この世界で何でもかんでも払えるわけではない事ぐらいはわかるでしょう? 本当に差別が存在するとしたら、それは才能の有無で助けるか助けないかを決めること。全ての孤児をちゃんと助けだしてる以上、差別だなんて言って欲しくないわ」
まるで自分のことのように、紅麗は憤っていた。
確かに、紅麗の言っていることは事実であり、正しかった。こんな世界で全てを拾うのは難しい事なのに、それでもちゃんと可能な限り孤児を救っている。差別とは言えない。
だが、疑問はもう1つあった。
「じゃあ、施設の大きさって言うのは……」
「それは差別どころか、区別という話ですらないわ。単純に、必要に準じた規模になってるのよ」
「必要に、準じた規模?」
「『風間家』は日本都市の中でも最大の規模を誇る一族だけど、だからと言って3つの孤児院をかなり良い状態での維持なんてできやしないわ。何度もいうようだけれど、こんな世界だもの」
「それは……うん」
全てを平等にと言ってはキリがない。ならば何処かで優劣が出るのは必然であり、仕方がない事だ。
「だから、最も必要なこの孤児院の規模を1番大きくしたの。__数が多いからね」
「数? それって……」
「あっ、そういう事っすか」
紅麗の言葉の中で何かに気づいたらしく、ハッと莉緒が声を上げる。
「莉緒ちゃん?」
「つまり、ここの子達は、魔力や才能を有してるってわけっすよね?」
「雑破に言えばね」
「リンさん、ここの子達に本来親がいたとしたら、それは魔導師っす」
「う、うん」
絶対ではないが、ほぼ確実にそうだろう。リンは肯定を示す。
「で、一般の子供たちの親は同じく、一般人である可能性が高い。じゃあ、一般人と魔導師って、どっちが早死にっすかね?」
「え? それは一般人じゃ__」
言って、リンは気がつく。
違う。魔導師の方が早死だ。何せ、一般人とは違い、戦地に赴いているのだから。
つまり、孤児院の規模の差というのは__
「そっか……。ここの、親が魔導師だった子達のほうが、親を失いやすいんだね」
「逆に、一般人が魔族や魔物にやられる例はほぼ無いと言っていい。必然的に、一般の子供には生きた親がある可能性が高い。だから、一般の子供たちが暮らす孤児院は小さいの。そもそもそんなに人数がいないからね」
よく考えられている。はたから見れば差別にすら見えるそれは、極端に言えば日本が生き残る術の1つでもあったわけだ。
「だから、誤解しないでね」
「……遥樹さんを、すか?」
「っ⁉︎ 誰がそんなこと言ったのよっ⁉︎」
「そんな気がしただけっすよ」
孤児院を援助しているのが『風間家』だという話が出てきた時点で、そんな気はしていたのだ。理由はいくつかある。
『風間家』が日本で最大の一族であり、日本都市のトップの一角でもあるということ。遥樹が『風間家』次期当主ということ。
そして__
「紅麗さんって、遥樹さんのこと好きなんすよね? LOVEなんすよね?」
「な、な、な……何でそんな事知ってんのよっ⁉︎」
「あ、やっぱり?」
「リン、あなたまで⁉︎」
本人にその自覚はあまり無いようだが、戦闘時以外における普段の紅麗の振る舞いには、隠しきれない遥樹への好意があったからだった。




