第39話『都市内の任務』
将真たちが帰ってきた翌日。
早朝にも関わらず、学園長室を訪れた者がいた。
「どうも」
最初に入ってきたのは、相変わらず無表情の少女。
美緒小隊だった。
たまたま学園長室にいた柚葉は、椅子にもたれかかって美緒たちの話を聞いていた。
「柚葉さん、莉緒たち帰ってきたんですね」
「ええ。報告遅れてごめんなさい。でも知ってたんでしょう?」
「昨夜知りました」
「そりゃあの子たちが帰ってきたの昨夜だし」
当然の回答に当然の返答を返す柚葉。
初めは美緒たちが何をしにきたのかわからなかったが、猛の表情といい美緒のらしくない雰囲気といい、何を言いに来たのか何となくの察しはついていた。
「要件は?」
「……私たちも、遺跡探索に行かせてほしい」
「……はぁ、やっぱり」
柚葉は、より深く椅子にもたれこんだ。
猛の表情にしても、美緒の雰囲気にしても、どうもやる気満々と言う感じだったからだ。
「あ、あはは……」
佳奈恵はそうでもないようだが、止められそうにない雰囲気を漂わせる2人に対して、特に不安を覚えている様子もない。止めるつもりもそもそも無さそうだ。つまり、2人の意思を尊重するつもりなのだろう。
「随分とせっかちね。猛は兎も角、美緒にしてはらしくないんじゃない?」
「そうかな」
「クールなタイプだと思ってたから」
「……そうかも」
少し考えるように首を傾げると、柚葉の認識に対して肯定を示す美緒。
猛はというと、せっかちだと思われていたことに対して心外だという表情だが、おそらく彼を知る人物なら似たり寄ったりの認識を抱くだろう。
それはさておき。
「なんで遺跡探索に行きたいなんて言い出したの?」
「私は莉緒に少しでも追いつきたいから。猛もおんなじようなこと」
「将真が行ったってのに、じっとなんかしてられねぇんすよ。俺はあいつにだけは絶対負けたくねー。確か第6階層から逃げ出して来たって聞いたから、俺らがそこを突破してやりますよ」
「……だからってそんなに焦ったってしょうがないわよ。今回の結果を上に通すのが先だから。許可が下りれば、あなた達でも遺跡探索に行けるって、つい先日も話したばかりでしょう?」
「つい熱くなっちゃって」
美緒もちゃんと分かっていたらしく、珍しく照れくさそうな表情を浮かべていた。そして猛は、柚葉の返事をNOと取ったのだろう。悔しそうな表情でそっぽを向いた。
今回莉緒たちを遺跡探索に行かせたのは至極単純、団長の意向によるものだ。小隊としての成績だけなら美緒たちの方が優位に立っている。
加えて、ちゃんと準備をすればおそらく第6階層に出たというミノタウルスを倒すことも難しくない。莉緒たちはどうやら遺跡に入った時点で手間取ったようだが、美緒がいる時点でこの小隊にはそんな心配もしなくて済む。少数相手が得意な莉緒と違い、多数を相手にする方が美緒は得意なのだから。
総合的にみれば、美緒たちの方が遺跡探索に行くための適性はあるのだ。
だから、学生に遺跡探索の許可さえ出れば、間違いなく美緒小隊は遺跡探索の任務を受けられるようになる。おそらく高難易度任務として扱われるだろうが、決して無理な攻略ではないだろう。
問題は、これだけ美緒たちが熱くなって探して来ている状況だというのに、いつ許可が出るかはわからない、ということか。
「もう少し待ってくれない? 許可が降りたら、真っ先にあなたたちに遺跡探索の任務を受けさせてあげるから。もちろん、莉緒たちと同じ所のね」
「わかった。約束、守ってよ」
「わかってる。わかってるわよ」
少しぞんざいで適当な返事になってしまったが、それを聞いた美緒は無表情ながらも満足そうに小さく頷き、部屋を後にする。
続いて猛が出て行き、慌てて佳奈恵も柚葉に対して小さく会釈をしてパタパタと出て行った。
「……はぁ」
柚葉は、学園長室を去る間際に見えた、猛の横顔が少し気になっていた。
「生徒に寄り添うっていうのも、簡単じゃないわね」
学園長としてはまだ若過ぎるのだろう。それは学園長に就任した時点でわかっていたことだが、こうして傷を抱えている生徒と向き合うと、改めて強く実感させられた。
何より、柚葉自身も精神的にはまだ、大人として出来上がっていない。
「……御白猛。あなたが強さを求めるのはよくわかるわ。わかるけど……」
猛の背負う過去を、資料で見ることが出来たある程度の分は知っている。だが、気持ちがわかると同時に、不安でもあった。
「下手なこと、しないでよね」
気分転換に、柚葉は窓を開け放して外を見る。
冷たい空気が部屋に流れ込む。
学園にはまだ、ほんの僅かに登校している生徒が見受けられるだけだった。
「__セィッ!」
気合を入れて、剣を振り下ろす。風を切る音が、静かな朝に僅かに響いて溶けて言った。
次いで横薙ぎに振り抜く。下から切り上げる。その素振りが、薄っすらとかかる霧を一瞬だけ裂くが、やがてすぐに元に戻る。
「ふぅーっ。……よし、もういい感じだな」
息を整えて、自分の掌を閉じたり開いたりしながら、体の感覚を確かめる。
遺跡探索から帰還して、数日が経ったある日の休日。
体が本調子に戻って来たこともあって、既に将真は一昨日から自主鍛錬に出ていた。
11月も半ばに差し掛かり、朝は少しずつ冷え込んでいる。だがその分空気も澄んでいて、むしろ体を動かしやすい環境でもあった。
身体が本調子に戻るまでは鍛錬どころか軽い運動しか許可されず、漸く鍛錬が再会できたことに気分も好調。鼻歌交じりに鍛錬から戻った将真は、寮部屋に戻ると同時に、リンの姿を見つけた。
「ふぁ……、あ」
目尻に浮かんだ涙を拭うリン。どうやら丁度、目が覚めた所らしい。どうやらこちらに気がついたようで、目を瞬かせていた。
「おはよう、リン。鍛錬はいいのか?」
「おはよう。早いね将真くん。ほんとはしたいんだけど、何だか調子悪いせいかな。中々起きれなくて」
たはは、と少し困ったように答えを返して来る。
将真は部屋の中を見渡す。莉緒の姿が見当たらないところを見ると、まだ眠っているのだろう。まあ、休日は毎度のことだが。
「あ、そうだ。シャワー使うか?」
「ううん。ボクはいいよ」
「そうか? じゃあ遠慮なく使わせて貰うな」
大変なところで鉢合わせにならないよう気を遣って見たのだが、どうやらその必要はなさそうだった。
直ぐにシャワーを浴びて、体の汗を洗い流す。サッパリしたせいか、僅かに残っていた倦怠感も吹き飛び、頭も冴え渡っている。
久しぶりに清々しい朝だった。
着替えを終えて居間に戻ると、リンが朝食の準備をしているところだった。莉緒は相変わらずまだ起きていない。
「全部リンに任せっきりかよ莉緒のやつ……」
「あ、早かったね」
「まあ汗流しただけだしな」
言いながら、将真は机に置かれたコップをとって口に運ぶ。温かいお茶を口にするとホッとする辺り、やはり日本人なのだと実感する。
落ち着いたところでその場で座ると、同じようにリンも席に着いた。
少しの沈黙の後に、リンが将真をじっと見つめると、
「最近、また強くなったよね将真くん」
「そ、そうか?」
「うん」
将真にとっては吉報だ。当然のように周りも強くなっているものだから、自分では他社と比べようにもわかりにくいのだ。
だが、それに反してリンは若干は不服そうだった。彼女の現状を思えば当然のことかもしれない。
それに、強くなっていることがわかったからと言って、手放しには喜べない。
「……それでも、ミノタウルスからは逃げることしか出来なかったけどな」
先日、恐怖に足が竦んだことを思い出す。実力がついた分、相手との力量差がわかるようになったのだろうか。だとしても、何もできなかったというのは悔しい以外にない。
「うん……。鍛え直して、準備を整えたらリベンジしたいよね」
「あぁ、そのことなんすけど」
「うん……ん?」
「あ?」
将真のものでも、リンのものでもない、第三者の声。それが突然割り込んで来たことに一瞬気がつかなかった2人は、声のした方を振り向く。
『…………』
そこには、ちょこんと佇む莉緒がいた。2人のすぐそばに。
「__おぉぉぉぉぉぅ⁉︎」
「__ひゃぁぁぁっ⁉︎」
久しぶりの不意をついた登場の仕方に、将真とリンは驚きのあまり悲鳴をあげる。そんな2人の反応を見て、莉緒が満足そうにニヤリと笑った。
「シシシッ、大成功っすね」
「お、おまっ、いつの間に……」
「さっき起きたばっかっすよ。ちょっと久しぶりにびっくりさせてやろうと思って」
「心臓に悪いよー……」
動揺して呂律がうまく回らず、思わず将真は舌を噛みそうになる。リンは涙目で、少し不機嫌そうに莉緒に訴える。
「悪かったっすよ。それで、その遺跡の話なんすけど、どうやら次は美緒の小隊が行くみたいっす。下手したらリベンジはないっすね」
「そうなの?」
「美緒のところっていったら……猛と佳奈恵か」
猛の顔を思い浮かべた瞬間、将真は渋面を作る。
向こうがこちらに敵愾心のようなものを抱いているからだろう、将真も彼にあまりいい印象はもっていない。
だが、確かに美緒小隊なら実力は十分だ。それこそ、本当にミノタウルスくらいなら倒してしまうかも知れない。そうなれば莉緒の言う通り、リベンジする機会は来ないかも知れないのだ。
「まあ、それはそれで仕方ない、か」
将真は嘆息して、椅子の背にもたれかかる。
朝食を終えた将真たちは、任務へと向かうべく、各々の準備を終えて寮を後にした。
「よっし、じゃあ張り切って討伐任務にでも__」
「将真くーん?」
「嘘です。冗談だって」
一瞬、リンの顔に浮かぶ暗い笑みを見た将真は、即座に撤回する。
どの道、学園長命令が出ているのだ。
『遺跡探索から帰ったばかりだから、安静のためにも1週間は難易度B以上の任務は禁止よ』
そうやって釘を刺されてしまったものだから、迂闊に勝手な行動もできないわけだ。
そこで新しく受けた任務があるのだが__
「それにしても、子守って何させられるんすかね」
莉緒のホログラムウィンドウに表示された任務内容。そこには確かに、子守と思わしき内容が書かれていて、場所も表示されていた。
「何か……孤児院って書いてない? ここ……」
「ん? ……あ、ホントだ。孤児院て書いてある」
リンがふと口にしたことが気になった将真は、後ろから覗き込む。すると、リンの言った通り孤児院と表示されているのを確認できた。
「って事は」
「孤児院の子供たちの相手をしろって事なのかなぁ?」
「それって任務になるのか?」
好んで討伐系任務をこなしてきた莉緒小隊なだけに、都市内で活動するような雑用系任務はあまり得意ではない。と言うより、勝手を知らないと言うのが本音なところだ。
だが事実、そういう任務は少なからずあるらしく、自警団にすらそう言った依頼が入ることもあるらしい。そして勿論、それらを快く受け入れているのだとか。
疑問を抱いたまま、住宅地域である西区を暫く歩いていると、家にしてはひときわ大きいものが行く先に現れた。
どちらかと言うと館に近い。そして、任務用に用意されていた地図は、この館を表示している。
つまり。
「ここが、その孤児院って事か?」
「う、うん……」
「ぽいっすねー」
リンが不安そうにしているが、将真からすれば無理もない。むしろ呑気な莉緒の気が知れない。
雑用系任務の経験はほぼ無い上に、孤児院ときた。何か重苦しいものを感じずにはいられない。ただの考え過ぎかも知れないが。
「……り、リン先に入ってもいいぞ?」
「えっ。いや、そんな、将真くんこそ……」
顔を合わせる2人。どちらも先に足を踏み出せずに、助けを求めるように莉緒の方を振り向く。
「……わかったっすよ」
莉緒は仕方のないと言いたげにため息をついて、将真とリンは少しだけホッとした。
莉緒が、孤児院の門に手をかけて、ゆっくりと開けていく。そして慎重に中に入って__
「撃ぇー!」
『てー!』
「オブッ⁉︎」
物騒な掛け声と共に何かが幾つも放たれ、莉緒の顔面に直撃した。
「り、莉緒ちゃん⁉︎」
「おい、無事か⁉︎」
一瞬、呆気にとられてしまった2人だが、莉緒が倒れた音にハッと意識を取り戻す。直ぐに駆けつけた2人を見て、莉緒が思わず警戒する。ただし、その相手は茂みの奥に潜む何者か、だが。
「気をつけてください2人とも。今の、お世辞にも完成しているとは言えないっすけど……地属性魔術の『地弾』っす」
「地属性魔術……って、ちょっと待て」
「なんで子供がそんな魔術を……⁉︎」
孤児院に入るのは、勿論子供達だろう。それは今の攻撃を見ても明らか。
大人の魔導師のものだったのなら、まず完成系であるはずだ。そしてそれをまともに受けたのなら、ほとんどダメージが無いなんてことになるはずが無い。
だが、逆に孤児院にいる頃の年齢を考えると、未完成とは言え魔力の込められた魔術を使えているとは、考えた事もなかった。
警戒を強める3人が見つめる茂みの奥。そこから、いくつかの声が聞こえてくる。
「ほんとだ。おねぇちゃんのいうとおり、あやしいひとたちがはいってきたよ!」
「おねぇちゃんすごい!」
「ねぇ、これってぼくたちのおてがら?」
「私が凄いのは当然として、そうね。これはあなたたちのお手柄よ」
『わーい!』
__この声、何処かで聞いたな。
だが、考えたら間も無く、茂みをかき分ける音は少しずつ大きくなっていく。そしてついに、襲撃者が将真たちの目の前に姿を現した。
「さて、じゃあ後はお姉ちゃんに任せて__って、あれ?」
「あ」
「……紅麗ちゃん?」
「何してんだ、お前?」
「え、え? 嘘、あなたたち……莉緒小隊⁉︎」
予想外の人物の登場に、双方は驚きを露わにしたまま固まった。
紅麗の側にいる子供達は取り残されたように、「ねー、どうしたの?」と問いかけていた。




