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終焉への反抗者《レジスタンス》  作者: 獅子王将
『3度目の終焉《サード・ラグナロク》』、参戦
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第10話 『覚醒の兆し』

「杏果ちゃん!」

「柊!」


リンが飛び出したのを見て、将真もまた、闘技場で倒れた杏果の方へ駆け寄った。

傷は決して、浅くはない。

全身ボロボロで、火傷が無い箇所の方が少ないくらいで、そこから血が滲んでいた。

その姿は、あまりにも痛々しいものだった。


「杏果ちゃん、大丈夫⁉︎」

「……リン、見て、たの?」

「っ!」


意識はあるようだ。だが、その声音は、いつ意識を失ってもおかしくないほどに弱々しく、息絶え絶えといった様子だった。

将真は、序列2位の少年をキッと睨む。

少年は、面倒臭いとでも言いたげな表情で、ため息をついた。


「お前、ここまでやることは無いだろう」

「仕方ないにゃあ、そいつがさっさと諦めてくれりゃここまでやらずに済んだんだぜ」

「……そもそも、何でこんな、決闘なんかしてたんだよ」

「昨日オレがそいつの信念を馬鹿にしたから、腹が立ってリベンジにきた、らしい」

「らしいってお前……」


何でそんなことを言ったんだ。将真はそう言いたかった。

どんな信念を持とうと、それはその人の自由だろう。肯定するのならばそれでいいし、衝突するというのならまだしも、他人がそれを侮辱するなんてのは、するべきでは無いことだ。


「信念は、人それぞれ違って、その人にとって大事な物だ。それをお前は馬鹿にしたっていうのか?」

「か、片桐くん? 落ち着いて?」


苛立ちを覚え始めた、少し喧嘩腰な将真の態度に、リンが少し慌てたように諌めようとする。

闘技場のギャラリーたちも、今の状況が理解できずにざわつき始めていた。


「くだらんにゃあ。馬鹿にされた程度で折れるような信念なら、さっさと捨てるべきだよ。その点そいつは根性あると思うぜ。わざわざ昨日の今日でオレに決闘を挑んでくるくらいだからよ。……てか、そういうお前はどうなんだ?」

「なに?」


飄々としたその態度に、将真の怒りは益々エスカレートする。だが、次に続いた言葉に、将真は冷静になると同時に思わず口を噤んだ。


「お前にはそもそも、信念があるのか?」

「__!」


言われてみて、考えた。そして、将真は愕然とした。

信念を馬鹿にする行為に、将真は激しく憤りを覚えた。だが、今まではそんなこともなく、考えたこともなく、だから、当然とも言えるのだろうが……将真の中に、信念と呼べるものはなかったのだ。

正確には、何もないわけではない。だが、信念と言える程大層なものがはなく、あやふやで曖昧、ハッキリしていないのだ。

しかも、この世界に来てばかりで、自身にとっての大切なものや、志というものがまだ確立していなかった。

故に決められず、だから将真にはまだ、志も決められず、信念も固められずにいた。


そして、カマをかけたつもりだったらしい序列2位は、将真の反応を見て図星だったと悟る。


「なんだよ、ねえのか。信念もねぇ奴が、信念語ってんじゃねぇよ」

「ぐっ……」


彼の言うことは最もだ。

信念を持たない将真が、何を語れるというのか。

だが、それでも将真は、彼がした事に納得できず、食い下がる。


「確かに、俺には信念がない。こっちの世界に来てばっかで、わからない事だらけだしな。でも、こんなの見せられて黙ってられるか」

「か、片桐くん? どうするつもりなの?」


リンが不安そうな声で問いかけてくる。将真はその問いかけに答えず、少し考えるように口を閉ざすと、序列2位の目を睨んで言った。


「俺と戦え」

「……は?」


少年が、間の抜けた声を出す。構わず将真は、繰り返し同じ言葉を言った。


「勝負だ。俺は、お前に決闘を申し込む!」

「ちょっ……」

「にゃあ?」

「俺が勝ったら、柊に謝れ。俺にはまだ、信念がないけど、それでも言わせてもらう。他人の信念を侮辱する権利は、誰にもない!」

「……いいぜ、おもしれぇ。オレが勝っても特に何も求めねぇ。安心しな」


小馬鹿にするように、鼻で笑いながら言う。いや、実際馬鹿にされているのだろう。それに序列2位からしてみれば、将真に要求するものがないのも事実だった。

馬鹿にされるのは仕方がない。相手は遥かに格上。そんな戦力差で決闘を挑む愚か者はまずいない。


「やめ、なさい、馬鹿なのあんたは……」


闘技場に出ようとした時、杏果から静止が入る。

杏果の方を振り向くと、ボロボロの体を起こそうとしていた。その様子を将真は、少し顔を顰めて見ていた。


「……何だよ」

「勝てるわけ、ないでしょ。身の程を知りなさいよ、この馬鹿」

「うっせ」

「私のためだと思ってるなら、そんなのごめんよ。そんな気、遣われたくないもの」

「別に。ただ、誰の信念であっても、それを侮辱するのが許せないって思っただけだ」

「……あっそ」

「か、片桐くん!」


杏果が諦めたように嘆息して、力を抜いて仰向けに倒れる。そして今度は、リンが声をかけてくる。


「どうした?」

「止めてもダメっぽいし……、き、気をつけてね。片桐くんは神技も使えてないんだから、本気でやりあっても勝てないと思うけど、せめて……頑張ってね」

「……ありがとな。あと、俺の馬鹿に付き合わせて悪かった」

「気にしないで……とは言わないけど、今度ちゃんと埋め合わせしてくれるよね」

「ああ。わかった」


そして将真は、闘技場の中央に立つ。


「そういや、お前の名前ってなんだ?」

「は?」

「名前聞いてんだよ」

「……片桐将真。学年序列は274位だ」

「っ、にゃはは、マジかお前⁉︎ その順位でオレに挑むとか、正気じゃねえなお前」


呆れたように笑い声をあげながらも、虎生の目は笑っていない。

まあ、低序列の奴に喧嘩を売られたら、気分が悪いことこの上ないだろう。傍から見たら舐めた行為としか思えない。

だが、将真にとって、そんなことはどうでも良かった。


「オレは東虎生あずまこう。わかってるとは思うが学年序列2位だ。ついでに言うと、学園序列10位でもある。自分の愚行を、その身をもって知れ!」


決闘開始の合図が鳴り響く。

将真と虎生は、2人同時に動き出した。




(集中しろ。まずは武器を作るんだ)


将真は、魔力を形作るために集中し、竹刀の形をイメージした。だが、生成できたのは相変わらず、魔力を棒状にしただけの、柔そうな武器だった。


それでも構わない。

将真は早速、その棒剣で虎生に攻撃を仕掛ける。

だが、その一撃はあっさりと防がれ、棒剣は忽ち、ガラス細工のように粉々に砕け散った。


だが、それは当然、将真も予想できていたことだ。

将真は再び集中して、魔力を形作る。同じものを生成し、もう一度虎生に打ち込む。

それを虎生は、体を後ろに反らして躱した。そしてそのままバック転で後退する。


「何だぁ、その武器は。脆すぎんぜ?」

「仕方ないだろ。まだこっち来たばっかで身についてないし、魔導についてはこれからなんだからよ!」

「なるほど、そりゃ無理だにゃあ!」


今度は、虎生の方から攻撃を仕掛けてきた。

光の速さとまでは言わないが、尋常じゃない、目で追えないような速さ。

虎生は一瞬で、将真の目の前まで距離を詰めてきて、的確に顎を狙ってきた。脳震盪による一撃ノックアウトが狙いなのだろう。

将真は仰け反りながら咄嗟に棒でガードしたが、やはり棒はあっけなく砕け散った。だが、それでも何とか戦闘不能は回避できた。

左頬を掠めていった虎生の腕を掴み、三度生成した棒剣を振り下ろす。だが、虎生はそれをまさかの素手で掴んで握り潰した。

そして、回転を加えて将真を地面に叩きつけた。その衝撃に、堪らず虎生の腕を離す。


「くっそ!」


叩きつけられて全身が鈍い痛みを感じているが、将真は構わず跳ね起きる。

そこに再度、虎生が一瞬で距離を詰めてきて、回し蹴りを放ってきた。

幸いにも体勢を立て直すことが出来た将真は、膝を屈めて回避した。

全く幸いではなかった。回避したと思った時には、立て続けて、一瞬で虎生の踵がとんでくる。

咄嗟に腕でガードしたが、それで止められるほど序列2位の攻撃は甘くなかった。

将真は軽々と吹っ飛ばされ、何度か闘技場をバウンドしながら、何とか体勢を整えて地面を滑り勢いを殺した。

そして、息を荒げながら、虎生を睨む。


「やるじゃねーの。思ってたよりずっと動きはいいな。となると、魔導がまともに使えねぇってのが、低序列の原因か?」

「……まあ、そんなとこだよ」

「なるほど。負ける気はしねぇけど、油断ならない奴ってのはわかったにゃあ。つーわけで……」


瞬間、虎生の姿が掻き消えた。


「は……?」


突然の事に、呆気に取られて呟く将真。そして次の瞬間、頭に強い衝撃を受けて、真横に吹っ飛んだ。

当然の事に受け身も取れず、強く地面に叩きつけられる。


「いってぇ……、何だいったい?」


さっきまで自分が立っていた方を見ると、虎生が蹴り終えたような構えで立っていた。


「第2ラウンドといこうじゃねえか」


虎生の体を、雷が走る。




「すごい……」


将真と虎生の決闘を見て、リンは思わず呟いた。

虎生は序列2位で、将真は序列274位だ。だから、将真は到底、虎生には適わないと思っていた。

そして事実、明らかに劣勢なのは将真だが、それでも何とか虎生の速さに食らいついている。

リンでもついていけるかわからないような速さの攻撃に、リンよりずっと未熟なはずの将真が、その動きに多少とはいえ対応出来ている。これを可能にしているのは、将真の高水準の身体能力に、魔力による無意識の強化がかかっているからでもあるが。

その事実は素直に凄いと思うし、衝撃的でもある。

だが、彼の弱点とも言うべきか。やはり魔導に関してまだ未熟な将真では、魔導戦において、勝機を得るのは困難だ。

ハラハラとリンが戦況を眺めていると、ついに虎生が動き出した。


「あっ……!」


瞬間移動のような超高速で、虎生が回り込んで、将真の頭を蹴り飛ばした。

虎生の『神話憑依』だ。

幸い、傷は深くないようだが、こうなってしまえば、もはや決着がつくのは時間の問題だ。


「片桐くん……」

「なに、リンってば、あんなお馬鹿を心配してるの?」

「あ、杏果ちゃん。もう傷は大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないわよ。身動きもまともに出来ないし。でもまあ、何とか喋れる程度には回復したわ。……それで?」

「うん……、やっぱり心配だよ。まだ会って間もないけど、ボクは友達だと思ってるし……、友達の事が心配なのは普通でしょ?」

「……私よりも?」

「……今だけは。だって、片桐くんは現在進行形で無謀な戦いをしているんだから」


だが、リンは心配する反面、少しだけ期待もしていた。

もしかしたら、将真が一発逆転してくれるのではないか。勝ってくれるんじゃないか。


そんな、有りもしない可能性を。


だが、将真の戦いをじっと見ていると、そんな可能性もゼロではないと思えてしまうのだ。

何せ、あの凄まじい速さに、少しずつ慣れ始めているのだから。




(こいつ、何なんだ?)


虎生がペースを上げた途端に、吹っ飛ばされていた、魔導師として未熟すぎる目の前この男は、いったい何なんだ。

どうして、打ち合うごとに、自分の動きについてこられるようになっているのか。

別に、将真に対する恐怖や焦燥はない。

だが、虎生の中の小さな違和感は、徐々に驚愕へと変わっていった。


まだ完全とは言い難いが、不意を突くような虎生の恐ろしい速さの攻撃も、今ではギリギリで凌いでいる。

流石に勢いまでは殺しきれず、受け止めるたびに吹き飛ばされているし、ダメージはどんどん蓄積されているようだが、このまま行けば、虎生の動きに完全についてこれるようになるかもしれない。勿論、速さでは虎生に適うべくもないが。


そして、虎生が何度も繰り返してきた、踏み込みからの超加速による攻撃を、なんと将真は正面から迎撃してみせた。

実はたまたま、うまく防げただけだったのだが、ここに来て虎生は、多少の危機感を覚えた。

それもそうだろう。まだ将真に対して神技を使ったわけではないが、今現在、『神話憑依』を使っている最中で、まともに魔導を使えない将真がその動きについてくるのだ。

例えるなら、狩りの心得もない子供が素手で猛獣に挑むような、そんな無茶な事を実行しているようなものだ。

まだ虎生は本気を出していないとはいえ、全く危機感を覚えるなという方が無理な話だった。


舌打ちをしたい気分で、虎生は一旦、動きを止める。


「お前、本当に動きだけは一級品だな。その集中力もやべぇよ。認めてやる」

「あぁ、そうかよ」

「だから」


虎生は、腰を低くしてナイフを前方に、逆手持ちで構える。


(だから__俺の本気で終わらせてやるよ……!)


「__吠えろ雷獣! 『死々雷々』!」


目の前に迫る虎生の神技に、なんと将真は反応した。その集中力と反射神経には、虎生ですら感嘆を覚えるほどだった。

だが、それだけで防げるほど神技は甘くない。

加えて、躱そうとしたのでは無く、受け止めようとしていたのだ。そんな事は、圧倒的な実力差があるか、対等な条件が揃わない限り、可能なわけがない。

案の定、その一撃を受けた将真が、微塵も堪えることが適わず、闘技場の壁まで吹っ飛んだ。


「ったく、ここまで手こずるとは思わなかったぜ。ちょっと手加減しすぎたか……、な」


目の前の光景を疑うように、虎生が目を見開いた。そしてそれは、リンたちも同じだ。

何と将真は、あの一撃を受けて、立ち上がったのだ。

間違いなく、全身がズタボロだというのに。


「お前、マジで何なんだにゃあ……」

「……」


問いかけても、返事はない。

その足元は、ふらついて覚束ない。

その様子を見て、虎生は少し安心した。安心した事に、驚きを覚えはしたが、さっきの一撃をおそらくはギリギリ耐えただけ。体は限界なのだろうと虎生は考えたからだ。


だが、彼の表情を見て、その考えは霧散した。

ハイライトを失った、感情を映さない闇のような瞳。

一瞬、視線が交錯する。

その瞬間だけだったが、虎生は初めて、本能的な恐怖を覚えた。

将真と目を合わせた時__何か、とんでもないものが見えた。それが何かはわからなかったが、これ以上は本当に手加減をしていられない、という事がわかってしまった。

まさか、序列274位を相手に本気で戦う羽目になるとは、と虎生はため息混じりにナイフを構えて、足を踏み込もうとした。


「__」

「なっ⁉︎」


だが、数メートル先にいるはずの将真は、いつの間にか、虎生の目の前まで迫っていた。

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