第34話『遺跡の番人』
柚葉の許可を得た将真たちは、遺跡の地下5階へと降りる途中少しの間だけ通ることになる地下2階から4階の様子に気を配りながら、慎重に降りて行く。
そうして到着した5階の地面に足をつける。
そこは、1階よりも少し暗く、開けたフロアになっている。フロアには物々しい雰囲気が漂い、ホラー系が特別苦手なわけではない将真でも、思わず足が竦みそうだ。周りには特にこれといったものがなく殺風景で、それが逆に恐怖を掻き立てていた。
「な、なんかさっきよりもずっと怖いんだけど……」
半泣きで将真の腕に縋りつきながら、震える声で呟くリン。だが、今回ばかりはリンのことを呆れるような真似はできなかった。おそらくリンほどではないにしても、将真も同じような気持ちだったからだ。
「確かに、ヤバそうな雰囲気はあるな。なんて言うか、身体がすごい重い気がするぜ……」
「そうっすか?」
すぐそばで、呑気に首を傾げる莉緒。どうやら彼女はこんな状況でも平気なようだ。むしろ、忙しなく足と首を動かして、
「それよりほら、あっちの方に通路があるみたいっすから、早く行きましょうよ」
「わ、わかった」
ぎこちなく頷きながら、先導していく莉緒の後ろについて歩く。莉緒が示した通路にもやはり、壁のあちこちに壁画が彫られている。ただし今度は今まで見たものとはいくらか違う雰囲気が見て取れる。
「……なあ、莉緒?」
「なんすか?」
「5階って、結構深い方なんだよな?」
「自分もあんまり詳しいことは知らないっすけど、学園長も言ってたっすね。この深さからは何か厄介なのがあるって」
それが、将真の不安を掻き立てていた。よくないことが起きなければ良いのだが。
そして数分歩いていると、通路の先に階段が見える。ただし登りではなく下りだった。その事実に将真は愕然とする。
「ま、まだ下があるのか……?」
「って事は、この階にも目的のものがあるかは怪しいっすねー」
「ど、どうするの? まだ潜るの?」
唯一、遺跡に入ってから変わらず呑気な莉緒に対して、リンが不安そうに問いかける。だが、今度は莉緒もすんなりと首を縦に振ったりはしなかった。
「流石にこれ以上潜るのは不安要素が大きいんすよねー」
どうしたものか、と考える莉緒。その時、何処からか声が響いてきた。
「__あら、ここから先はそう簡単に行かせないわよ」
「なっ……」
「い、今の声は何⁉︎ どこから⁉︎」
「自分たちの声じゃないのはわかってるんすけど、でも他に誰かいたにしては、まるで気配がなかったっすよ⁉︎」
唐突に発生した、聞き覚えのない声。流石の莉緒も驚きを露わにしていた。むしろ、隠密に長けた莉緒が気づかなかったくらいだから、彼女が1番動揺しているかもしれない。
そうして暗がりから現れたのは、中学生くらいの中性的な少女__の姿をした何かだった。
そう。何かだった。
人の姿をしているのに、人ではない。それを見て、なぜか理解できてしまった。
「お前……何なんだ?」
「うん、その問いかけはとても的確だね。『誰だ』じゃなくて『何だ』。私を一目見ただけで私が人ではないと見抜くなんて、なかなかできる事じゃないと思うよ」
「そりゃどうも。……で、質問に答えてくれないか?」
「うーん、普通に答えても面白みがないなぁ。よし、じゃあこうしよう__私は、何でしょうか?」
「は?」
少女の問いかけに対して将真が声を上げる。それに構わず少女は軽く両手を叩いて重ね合せる。すると、洞窟のあらゆる場所から、魔力の気配を感じた。
あまりにも膨大な数の反応だった。
やがて、その姿は明らかになっていく。
蚊のように群がって大群でやってきたのは、
「げっ⁉︎」
「またガーゴイル⁉︎」
「いや、そもそも何でこんな下層に出てくるんすか⁉︎」
莉緒の言葉通り、下の階ではそう現れることのないガーゴイルだった。その数は、とてもじゃないが数えられるものではない。
「さー、こうしている間もシンキングタイムだよ。ヒントはあげるから、戦いながら頑張って、私が『何か』、当てて見てね」
なだれ込むような勢いで、時には互いを押しのけながら突入しこちらへ向かってくる大量のガーゴイル。それは側から見たらとんでもない光景だ。
「くっそ、こんなの考えてる余裕ねぇ!」
「ど、どうしよう……。ボクそんなに戦えないのに……⁉︎」
焦る将真とリン。状況が危なくなったと判断した莉緒は、軽く舌打ちをして魔力を高める。
「仕方ないっすね__『神話憑依』!」
声高らかに切り札を口にした莉緒の身体を、鮮やかな炎が包み込む。そして、炎が弾けて姿を現した莉緒は、制服の上から紅色の和装を纏っていた。
日本が誇る魔導師の切り札の一歩手前、『神話憑依』だ。莉緒が適正を持つ伝記が何かは聞いたことがないが、もしかしたら本来は存在しない、『裏世界』で語られている伝記なのかもしれない。
「自分が抑えるっすから、2人で何とか考えて下さいっす」
「いや、幾ら何でも1人じゃ……」
「莉緒ちゃん、無茶しちゃダメだよ」
「そんな心配しなくても大丈夫__っすよ!」
将真とリンの制止を振り切り、莉緒は前方に跳躍する。正面に迫るガーゴイルの大群に突っ込み、二刀の短刀を逆手に構え、回転する。魔力を帯びた刀身が炎を纏って長く伸び、炎の竜巻のようにガーゴイルを巻き込んで吹き散らす。動く力を失ったガーゴイルは、バラバラの瓦礫となって地面に落ちる。その瓦礫は徐々に形を崩して地面に飲まれ、地面や壁から、再びガーゴイルが生み出される。
莉緒の攻撃速度はかなりの物だが、ガーゴイルが増える速度も速い。押し切るでもなく、押されるでもなく。図らずも、莉緒が言っていたそのままに、抑えるまでが限界となっていた。
「き、キリがないよ!」
「くっそ、今のうちに考えろってか⁉︎」
とてもじゃないが、集中できる環境とは言えず、頭を働かせるには向いていない状況だ。
さらに、
「あー、ガーゴイルは本体の役目を果たす10体を倒さない事には無限に出現するから、ガーゴイルの出現を抑えたいなら本体をやらなきゃね」
「そんな条件があるのかよ、くそっ」
彼女は何なのか。なぜガーゴイルがこんな下層に現れたのか。ガーゴイルの本体の役目を持つ10体はどこにいるのか。こんな切羽詰まった状況で、考えることは山積みだ。
将真は焦燥感と苛立ちで、どうにかなりそうな思考を爪を齧ることでとりあえず落ち付けようと試みる。その時、リンが何かに気づいたらしく、将真に声をかける。
「ねぇ、将真くん」
「どうした?」
「確か、ガーゴイルが出てきたのって、あの子が手を叩いた直後だよね?」
「……そう言えば。じゃああれは、ガーゴイルに対する合図ってことか?」
「それならわかる気がするんだ。ボクたちが降りてきたあの空洞を行けば、1階からでもすぐ5階に辿り着ける。そして何より、彼女の合図でガーゴイルがやってきたって事は__」
「……どういう事なんだ?」
リンの推理がたどり着いた答え。頭がパンクしそうな将真には、それがわからなかった。リンが将真の方を向いて、ゆっくり口を開く。
「つまり、あの子はガーゴイルを呼び出せる。ガーゴイルに対する命令権があるんだ」
「そうか! ……いや、でもそれが何だっていうんだ?」
「そ、そこまではわかんないけど……。でも、何か大事な事だと思って」
「いや、その通りだよ」
リンの推理が口にされると、少女が声を挟んでくる。その嬉しそうな笑みは、まるで難問を解いた生徒を讃える教師のようだ。
「じゃあ、それがわかったあなたたちにヒントをあげる。遺跡はね、ただの人工物じゃない。生きた建造物なんだよ」
「生きた……だと?」
「そう。そして、意志を持っている。言わば人間のようなものだ」
さらに、と付け加えて少女は続ける。
「ガーゴイルは人体で例えるなら……そうだなぁ、免疫作用みたいなものかな。外敵……まあ、端的に言って侵入者だ。それらを自動的に撃退するのが、ガーゴイルの役目。さて、そんな自動的に行動する奴らに命令できる私は、何だと思う?」
「なるほど、お前も遺跡の一部だったのか……」
人ではない、という事に気づけはしたが、それ以上のことは分からなかったという事実が、少し悔しかった。しかし、では彼女は遺跡の何だろう。
人体でいう免疫。それに命令を出せるのは。
「……やばい、頭混乱してきた。リンはどうだ? 何かわかったか?」
「……遺跡は生きた建造物。遺跡は意志を持っている。彼女は……ガーゴイルに命令できる」
瞑っていた目をゆっくりと開く。同時に足元がふらつくリンを、将真が咄嗟に支える。
「おい、大丈夫か?」
「うん。それより、多分わかったよ。あの子の正体」
「ほ、本当か⁉︎」
「多分だけどね。あの子は__この遺跡の意志。または」
リンが言いかけた瞬間、目の前の少女が満面の笑みを浮かべる。そして指を鳴らした瞬間、さっきまでいたはずのガーゴイルの大群が突如として消えた。
「または__頭脳。そう。私はこの遺跡の『脳』だよ!」
声高らかに、堪え切れない歓びを弾けさせながら両手を広げて名乗りをあげる。それが合図になったのか、突然地面から石柱が恐ろしい速度で生えてきて、将真たちを襲う。
「うおっ⁉︎」
「きゃっ__」
「2人とも__うぐっ⁉︎」
辛うじて躱した将真。体が竦んで動けなかったものの、奇跡的に石柱がそばをかすめていくだけに止まったリン。2人の元へ駆けつけようとして石柱の直撃を受けた莉緒。3人の状態はそれぞれだが、驚いた事に変わりはない。
「ふふ。君たちみたいな若い……いや、魔導師としては幼いといっても過言ではないくらいの子たちが、第一関門を第2関門を突破してくれるとは、魔導師って成長が早いんだね」
「第2関門?」
「そう。私の正体を当てるのが第2関門。ちなみに、第1関門は地下第1階層の、ガーゴイルの大群による襲撃を乗り切る事。それはもうクリアしたでしょ?」
「ああ……」
あれか、と将真は嫌な顔をして呟く。先程まで莉緒が相手していた数に比べればいくらか楽だったかもしれないが、それでもやはり尋常ならざる数だったのだ。あのガーゴイルの大群は。
「そして、第3関門」
『脳』は、軽やかにステップを踏む。すると、次にあちこちから生えてきたのはまたも石柱__ただし、先の尖った石柱だ。そして何より怖いのは、例えそこで躱しても、『脳』が踏むステップが支持になっているのか、追跡してくるのだ。
そしてガーゴイル同様、破壊したところですぐに周りの瓦礫を取り込んで修復してしまう。破壊は難しくなく、脆いのだが、この空間の中で彼女が使う技は、もはや永久器官とすら言える。
「第3関門。それは、わたしと戦う事。戦って、わたしが認めるに達するか。それを見極める」
ニッと『脳』は笑みを浮かべる。軽く地面を叩く足。それにつられるかのように、幾多もの石柱__否、石の触手とも言えるようなそれらは、躊躇なく将真たちに襲いくる。




