第28話『秋の都市』
平和、とは言い難いその場所は、だがそれでも、最低限の秩序と、共に生きるものたちの結束によって、なんとか平和に近い状態を維持していた。
『日本都市』が今よりもやや小さかった7年前。
ここは、都市の外にある集落だ。
まともな建築物は一つもなく、魔力を持つものたちが必死になって瓦礫や土を集めて作った不細工な、なんとか雨風をしのげる程度のものが幾つかあるくらいだ。
都市とは違って、結界に囲まれていないこの集落では、いつ魔族に潰されるかもわからない。時折、見回りに来る魔王軍の魔族たちがいるからだ。
だが、廃墟同然であるがゆえに、気配を押し殺していればそう簡単に見つかることはなかった。とはいえ、時折見つかっては殺される仲間もいないわけではない。それでも、魔王軍の魔族に手出しをすれば、当然報復として集落が丸ごと滅ぶ。
その結果、逃げ隠れし、捕まった仲間は見捨てるより他にない、精神的に辛い世界だった。
その集落が、ある日突然、炎に包まれた。
それは、偶然にも日本都市でとある事件が起きた時期の直後ぐらいだったのだが、それは一部の人間しか知らないことだ。
集落の中心に、一筋の光が立ち昇った。そこから先は、一瞬の出来事だった。
光が爆発的に広がり、集落を包み込んだ。集落全体を熱が焼き、衝撃波が吹き飛ばしてただの瓦礫と化していく。
多くの人間が傷つき、苦しみ、死に絶えていく中で、瓦礫を背にして息を潜め、一命をとりとめた少年がいた。そして彼は、瓦礫の山となった集落に立つ人影を見た。
マッドだった。
フードの下は見えないが、マッド特有の漆黒のローブを纏っていた。
右手に大きな槍を持ち、その槍は神々しく輝いていた。魔族のものとは思えない、眩い輝きだった。
それに目を奪われていると、マッドを挟んで反対側の瓦礫の下から小さな少女が出てきた。
少女は、あちこちを擦りむいていて、泣きべそをかきながら、助けを求める。
「たす、けて……たすけて、よぉ、お兄ちゃぁん……」
「__」
その少女を、マッドが見据えた。
そして、マッドの足が少女の元へと向いた瞬間、少年の体は動いていた。
自分の意思とは裏腹に、衝動的に動き出したのだ。だが、マッドの方が早い。マッドは、少女の前に立つと、手に持っていた槍を逆手に持って振り上げる。そのまま、突き刺すつもりだろう。
怯えた少女は、その場を動けずに、ただこちらに駆けつけてくる少年の姿を見て手を伸ばした。
「たすけて、猛お兄ちゃ__」
マッドが持つ槍が、振り下ろされる。
「真尋ぉーっ!」
血飛沫が、視界を染めた。
あまりに生々しい感覚。思わず猛は布団から飛び起きた。
もうこの時期になると朝は寒いはずなのだが、全身汗でびしょ濡れだった。
ここ最近、同じ夢を見ていた。
そして、慣れる事なく何度も飛び起きている。
この夢を見るようになった時期は覚えている。2ヶ月ほど前__小隊試験が終わった頃からだ。そしてその原因も、何と無くわかっていた。
「ちくしょう……何で、勝てねぇんだ」
試験中は将真に負け、魔族の襲撃があった時、自分は意識がなく、足手纏いでしかなかった。
もっと強く。それのみを求めているのに、何故、魔導師になってまだ半年前後の将真に勝てない。それが、悔しくてしょうがなかった。同時に、自分は弱いのだと、まだ足りていないのだと、内心わかっていたことを半ば強制的に気付かされた。突きつけられた、という方が正しいか。
そしてこのざまだ。
かつてのトラウマが蘇り、魘される毎日。
「足りねぇ……全然足りねぇ」
こんなではダメだ。弱いままではダメだ。妥協は許さない。自分が、妥協することを許せない。
力がいる。失わない力が。
強さがいる。守りたいものを、守れる強さが。
もう、失うわけにはいかない。
「……絶対、あいつを倒す」
先ずはそこからだ。
例えどんな手を使おうとも勝つ。そうしなければ、自分はこれ以上先に進めない。そんな気がしてしょうがなかったのだ。
11月初頭。
この時期になってくると、朝は早冬並みの寒さで、いつも霧立つ山が、今まで以上に霧が濃い。
吸い込む息は冷たく、吐く息が白くなり始める、そんな時期。
そんな山の中の空いたスペースで、涼しい__否、いかにも寒そうな格好でトレーニングに励むものたちがいた。
「__せいっ!」
「フッ__」
木製とはいえ、それなりの威力を持つ長槍が振り下ろされる。それを、二刀の短い木刀が受け流して、反撃に入る。初撃の突きは上手く躱したのだが、すかさず回し蹴りが叩き込まれ、寸でのところで槍の柄で受け止める。
だが、今の一撃を受けたことで生じた隙に、三撃目の振り上げが顎を直撃。
一瞬、意識が飛びかけたリンは、受け身を取ることもできずに地面を転がった。
「あだっ!」
「んー……やっぱり、動きはむしろ良くなってると思うんすけどねー」
地面に仰向けに倒れるリンを見下ろすのは、鍛錬の相手になっていた莉緒だった。
リンは今、絶賛不調中なのだ。
それも、不可解なことに、莉緒の言う通り動き自体はよくなっているのだ。
そうなると、原因は限られてくるが……。
「自分が見た限りなんすけど」
「うん」
「多分、リンさんの不調の原因は、魔力回路に何かしらの異常が生じてるんだと思うっす」
言いながら、これは長い治療になりそうだと莉緒とリンはため息をつく。
魔力回路に異常が生じている、と言うことがわかっても、どう異常なのかは簡単にはわからない。しかも、彼女の場合、荒療治で戦い続けるのもよくはない。
なぜなら、日に日に調子が悪くなっているからだ。荒療治をしようものなら、即座に命の危機、というわけだ。
そのくせこうして生きているのは、先ほど行ったように、動きは良くなっているからだった。それに、不調といっても、最低限の魔導は使えるので、最悪というほどではない。
つまり、戦えないほどでは無い。自衛できるくらいの力は十分に残っていた。
「まあ、こうなったら焦らず気楽に、気長に治療し続けるしか無いっすね」
「うん……ごめんね、足引っ張っちゃって」
「このくらい、仲間同士じゃ無いっすか。気にすることは無いっすよ。それに、本当にいらないならソッコー切り捨ててるっすよー」
「うぐっ……」
莉緒の正直過ぎる発言に、思わず呻き声をあげるリン。そんな姿を見て、莉緒がカラカラと笑った。そして、リンに手を差し伸べる。
リンはその手を借りて、ゆっくりと立ち上がった。頭はまだ少しふらついているが、歩く分には支障はないだろう。
「じゃあ、将真さんたちの方を見にいってみるっすかねー」
「うん、そうだね」
そう言って、2人は森を抜け、別の場所で鍛錬中の将真の方へと向かう。
「確か今日の相手は……真那さんだったっすよね」
「うん。交互にやってるんだったよね。……っと、いたいた。おーい!」
暫く歩くと、2人はすぐに将真を発見する。そしてそこにはもう2人、鍛錬相手になっている真那と、今日は見学している紅麗だ。
2人は、紅麗の元へと向かい、彼女同様見学に入る。
「どーもっす」
「おはよう、紅麗さん」
「ん、2人とも来たのね」
2人に気がつくと、紅麗は微かな笑みを浮かべた。
ここ最近、将真の要望に応えて、遥樹の小隊が将真の鍛錬に協力してくれているのだ。
とはいえ、いつでも空いてるわけではない。特に遥樹は、日曜日のみ将真の相手をしてくれている。だが、他の曜日は自身の鍛錬で顔すら見せない。なので、残った2人が1日交代で相手をしてくれている。
それがもう2ヶ月。その甲斐あって、将真の成長速度は著しい。
「将真さん、どんな感じっすか?」
「見てればわかるわよ」
そう言って、紅麗は将真と真那の方を示す。
向かい合う2人の表情はそれなりに真剣だった。違いがあるとすれば、将真は少しボロボロで息も上がっているが、真那は平然と立っていた。
「もう動かそう?」
真那の問いかけに対し、将真は汗を拭って軽く頷く。
「うん、じゃあ第三ラウンド、始めるよ」
「……だ、第三っすか?」
それを聞いて思わず声をあげたのは莉緒だった。
遥樹の小隊に協力してもらえる時間は限られている。こうして莉緒たちが将真の鍛錬を覗きに来るのはその限られた時間の終わりがけだったのだが、最近ここに来た時は第二ラウンドまでで粘っていたのだ。
それが、終わりがけに見に来て第三ラウンドと言うことは、むしろ早く撃退されるようになっているわけで、つまり弱くなっていやしないか、と言うことを思ったのだ。
同じようなことを考えたらしいリンも、目を少し見開いた状態で苦笑を浮かべる。
だが、それを紅麗は否定する。
「別に、将真が弱くなったわけじゃないわよ?」
とにかく2人の戦いを見ろ、と言うように紅麗はため息をついた。
そうしているうちに、2人が手合わせを開始する。
真那が、両手に銃を構えて連射する。
小柄な彼女が持つには、少し大きく見えるハンドガン。だが、真那はそれを巧みに扱っていた。
打ち出された銃弾を、将真は余裕を持って躱した。そしてそのまま、走りながら横移動を始め、真那の打ち出した銃弾は、その後を追うように地面を抉る。
将真は、真那の周りを円を描くように走ることで、銃弾の直撃を避けているのだ。
そしてそれだけではない。円ではなく、螺旋を描くように走ることで、銃弾を避けながらも徐々に真那に近づいていた。そして、ある程度の距離まで近づいたところで、一気に足に力を入れ、地面を強く踏み込んで前に飛び出す。
「今のは、風属性の……⁉︎」
その動きに覚えがあったリンは声を上げる。
“加速強化”。
一瞬だけ、膨大な魔力を足に困ることで、地面を強く蹴り、凄まじい加速を生み出す技だ。
だが、普通に考えれば、魔属性である将真に使えるはずがない。
その光景にリンは頭を悩ませるが、すぐに意識は現実へと戻る。
将真と真那が接触したのだ。
だが、真那とて伊達に学年序列十席以内にいるわけではない。むしろここからが彼女の厄介なところとも言えるだろう。
将真が横凪に振り抜いた剣を、真那はハンドガンで受け止めた。だが、その銃口からは刃が伸びている。
そう。実は真那、接近戦闘も強いのだ。無論、その強さは近接戦闘を得意とする手練れと比べれば見劣りするものの、遠距離専門の魔導師とは思えないほど近接戦闘能力が高く、簡単には切り崩せないのだ。
そして、躍起になって真那の抵抗を切り崩そうとすると__
「ん」
「うおっ」
若干後退して余裕ができた真那が、すぐさま片手を上げ、重厚を将真の眉間に当てて来る。
それを認識した瞬間、将真は勢いよく頭を晒すことで、銃撃を凌いだ。
だが、隙の生まれた将真に、真那は蹴りを入れて将真を突き飛ばす。思った以上の威力の蹴りに驚き、ふらつきながらも顔を上げる。するための前には、肉体と同化するレベルで巨大化した狙撃銃が方を向いていて__
「__発射」
「のおぉっ⁉︎」
強力な一撃が将真の地面のすぐ真下あたりを直撃。次の瞬間、衝撃で吹き飛ばされた将真は、後ろにひっくり返って伸びてしまっていた。




