第6話 獣屠る薔薇
這うほどにみえる前傾姿勢での少女の疾駆――
秒をまたずにおよそ10mの距離を瞬時に縮め、赤き剣が横にふられる。
それは頸へいくとみせかけ、そのじつ手首の角度をかえての右ひざを狙ったものだったが、標的の脚が消えた。
「ぐッ!?」
雨霧の腹部へ少年の右蹴りがつきささる。
よろめいてあとずさり、苦しさに硬直するそこへ、咆哮の風が上方より落ちかかってきた。
「か弱いな――所詮、彼の地へ立つには程遠き身であったということか」
少年の空しいような声音の前で、雨霧はクッと片膝をつく。
そして右手があげられたが、刃の形状はくずれ、その姿を渦巻く烈風がのみこんだ。
空をきり裂く悲鳴があがった。
「これって花みたいだよね――でも花は好きじゃないんだ、昔っから」
少女の冷えた声の頭上で、数知れぬ断末魔のさけびが鳴りつづける。それは赤光にふれて消滅する魔の風から放たれるものだ。
体を低めてかかげられた右手を中心に、あの赤い文字がドーム型となり少女をおおっていた。
「――わざとらしく気取った色合いに、グロテスクでこれ見よがしなカタチ……。女の子なのにオカシイって自分でも思ったけど、あるとき薔薇がきらいな女王さまがいたと知って安心したんだ――だれだかわかる?」
風の悲鳴がやみ、少女の右手には再び光の剣が形成されるさまを、少年は無表情にみている。
打たれた腹を左手でおさえつ立ちかけた少女ののどへ、少年から最短最速の右手刀がつきだされた。
さらに背後からはいまだ吹き荒れている風が、新たなに襲いくる。
雨霧はよろめくように前へ。
だが、手刀をかすめつつかわし間合いをつめきると、伶盗龍の胸にそっとふれた。
「エリザベス一世――栄光なる者と呼ばれた女性。あたしのコレって薔薇みたいだからあまり好きじゃない。……だからもう、おとなしくしてよ」
途端、静寂がおとずれた。
少年からも、周囲の風からも殺気が消え、いや、今や風そのものが完全に失せている。
陽のしずみきった夜に街のノイズが静かによみがえってくるようで、少年の顔はというと、覚醒前の寝起きの子のようにゆるみきっていた。