第5話 風をきり少女は走った……
突如、雨霧の方へ向かい風が吹いてきた。
まるで、正面に仁王立ちしている少年自身から発しているような激しいそれは、やがて自然風ではありえぬ動きをしはじめる。
前からの風が、強くなるごとに向きを縦横無尽に変化させると、その吹きすさび、空を切り舞う音にも異様があらわれてきた。
いまや暴風と化したその大気の流れのなかに、雨霧は無数の咆哮――
おびただしい獣の叫びが入り交じっているのを聴いたのだ。
「オレの形質レベルはすでに3……この”ヨモツカゼ”できさまをこの世から消滅させるのに5秒とかからんぜ……さあぁぁ見せてみろ……きさまの力をォォォ…………ッッッ!!」
破壊音がし、周囲の光が弱くなる。
雨霧の視界右にあったビルの電光看板、その下半分そのものが消えたせいである。
それは直前、激しい風のあたりをうけて歪むや、つぎの瞬間には見えない何かに咬み砕かれるように散ったのだった。
雨霧は、腰を低くして風をこらえ、そのなかに潜む不可視の牙の脅威を文字どおり肌で感じていた。
少女の右手が上がる。
開かれた掌の中心が赤く発光し始める。
(今日マキナと早めに別れといて正解だったなー……)
赤い光は文字のような形となり、次々と異なる形状で手のなかから放たれていく。
それらはひとつなぎとなって螺旋を描くと、収束して円をつくり、さらに長くのびてエクスクラメーション状になる。
「ほう……エーテルの刀――それがきさまの形質レベル2、”断罪の刃”か」
妖異の風をあたりに巻かせつつ、伶盗龍は興味深げに腕組みをしていう。
少女の右手よりのび、天へ切っ先のむけられた厚みなき赤光の剣は、149cmの雨霧の身長の倍はあるようにみえた。
それがおもむろにふられると、刃の触れた風から耳ざわりな悲鳴がひびいてきた。
一瞬で、雨霧をとりまいていた風が失せた。
暴風は変わらず周囲に吹きあれているが、少女の周辺はそよともしていない不可思議な光景となる。
伶盗龍はクッと口角をあげ、不敵な笑みをうかべると、
「なるほどな! だがそれだけでは……フン、わが”獣”を抑えきることなど到底できまい。それにわが主人も、知りたいのはその先、レベル3以上の発現。それができぬのなら――覚悟しろ、全方位からの飢えし獣たちの牙をっ!!」
周囲の風の動きの変化を、雨霧はそれらに含まれた殺気で感じた。
背後からきた烈風をふりむきもせず赤い剣で断つや、同時に疾走する。
伶盗龍はすでに戦闘の構えをとっている。
そして自らに突進してきた少女を迎撃すべく、脚に力をため、さらに異妖の風をもよびよせていた。