第4話 パーフェクトビーストマキシマムサイクロン
雨霧は、それ以上はとくに構えるふうもなく、足元のコンクリートを蹴った。
一瞬で少年との距離がつめられ、少女の右手がうなるやまっすぐに標的の顔面を打撃せんとする。
乾いた音がして、顔をゆがめたのは雨霧のほうだった。
「きさま――」
少年が静かに、しかしたしかな怒気をはらんだ声音でいう。
体勢は微動だにしておらず、疾走からの少女の拳を右手のみでうけとめている。
そこに少年の空いたほうの左手が、雨霧のひじにそえられると、手がひねられた。
てこのようになり、その勢い、相手の骨を折るには十分な力が込められていたが、雨霧は間一髪、力の流れるままに体を回転させる。
十二時をさす時針のごとく宙を舞い、着地と同時に前蹴りをはなった。
右のかかとで少年の腹を打つと、堅牢な防壁のような感触がつたわってきたが、雨霧はその反発で敵から距離をとった。
素早い後退ののち、靴の裏をすりながら屋上の端で動きをとめ、敵からの攻撃にそなえる。
が、襲撃者――伶盗龍は、やはり一歩も動いていない。
どころか、いまは戦いの構えさえ解き、かためた拳を下に向けたかっこうで、顔をうつむかせふるえていたが、
「愚弄するかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
空気を引き裂くようなその声は、十五メートルは離れているであろう雨霧の周囲の空気すらも震わせた。
陽はもうほとんど落ちていたが、ビルに備え付けられた電光板や、近くのビルからもれる部屋の光であたりの視界は悪くない。
そしてあげられた少年の顔、その目からは涙があふれているのがみえた。
「ちょっと……なに?」
雨霧は警戒をうすめることはなかったが、無意識に別の感情がわいてもきた。
(あ、これめんどくさい――)
と思い、なんとなく赤世の顔がうかんだ。
伶盗龍はゆっくりと右の人差し指をもちあげ、雨霧のほうをさすと、
「きさまの稚拙きわまるふぬけの児戯に、わが拳が見合うとでも思ったのかッ!! ――櫛灘の流れをくむ拳技、乱世のころには軒猿なる間者の一派がその粋を集めて一級の殺人術に仕立てたものときいている。が、女よ、このような島国で育まれた狭き技など、元よりわが双眼、毛ほどもあずける理由なし!!」
「……はぁ」
「『パーフェクトビーストマキシマムサイクロン』――――オレのは”獣”の力だ」
言うと、それまで少年より放たれていた無数の剣のような憤怒の気が、波がひくようにおさまった。
だがそれは消えたわけではなく、周囲に満ちたまま、より質の濃い別種のなにかに変化しようとしていた。
「えっ?」
「きさまも使え……”審判”の力を……発現させねば次で死ぬぞ……」
果たしてパーフェクトビーストマキシマムサイクロンとは何なのか!!
雨霧のアルティメットジャッジメントエターナルブレードとの関係は!?
少年とそして先に雨霧に剣をむけた紳士の正体とは!?
秘密のベールが少しずつはがれ落ちていくなかマキナは無事自宅へ帰っていた!!
突如ふり落ちし無情なる運命の手――
その五指ににぎられしか弱き者たちへ無碍の光は訪れるのであろうか――
ふたたび暁の日をその瞳に宿すことはかなうのであろうか――
だが、否応なくのびる黒い指先は、美しき踊り子らの細首をしめ、暗き死と陰謀の渦巻く懸河の激流へと引き込んでゆくのであった!!