第3話 放課後の襲撃者たち
白い制服のシャツを血に染めた友人に、とりあえず本当に大丈夫なのかをいま一度きくと、マキナはケロっとした表情でうんうんうなずいた。
それがなんだかちょっと、「アホっぽいな……」と思えたので、普段どおりだったのでいちおう安心し、とりあえずジャージを着て血痕を隠すようアドバイスして別れた。雨霧の家は反対方向にあるのだった。
空は灰色に曇り、予報はみてなかったが雨が降るかもと思ったので、雨霧は歩く速度を早める。
今日は家に自分しかいないので、途中のコンビニによって夕食を買うつもりでいた。
近道をしようと大通りから横の路地にはいる。この街へきて以来、自分と猫以外は通っているものの見たことがない道だった。
しばらく暗くせまい所を進んでいくと、出口の箇所に高い人影があらわれたことに気づいた。
「お嬢さン! ひとつお尋ねしますがネ! 劇場へ行くにはこの道でよろしいんですネ!?」
と影が声を投げかけていた。
流ちょうな日本語だ――と雨霧はまず思った。外国語なまりではあるけど、語尾の発音が少し伸びあがる以外はじつに自然にききとれる。
しかしその者、逆光に黒く彩られた高い姿、山高帽をかぶり杖をもっているらしい男は、その杖をこちらに向かってさしている。
二人分のスペースがないわけでもなかったが、すれちがうのはさすがに窮屈なので、先に自分が出てしまおうと雨霧はいっそう早足になった。
が、男もまた路地へ入ってきた。しかも堂々と、道をゆずるようなそぶりもなく。
「お嬢さン! つまり劇場とはネ、学校のことなんですヨ! つまり、あなた、アマギリさん、あなたはそこにもどるべきダということデス!」
「!?」
硬く静かな音が、素早く鳴る。
それは雨霧にとって耳なれた、剣がさやから抜かれた音だと気づいたとき、少女の頭の位置には鋭い突きがくりだされていた。
しかし今度は帽子の下で、男の顔がおどろきに変わったのは、一瞬早くそれがかわされたことよりも、少女の姿が彼の目線のずっと上に移動していたことによる。
「なにオジサン――なんか用?」
左手と右脚をめいっぱい横にのばし、それぞれで左右の壁を押し、雨霧の姿はビルの二階ほどの位置で固定されていた。
男の顔がニイッと笑みをつくった。
細面でくっきりとした目鼻立ち、とくによく目立った鷲鼻に丸メガネをかけ、格好も帽子に黒の燕尾服といったみるからに紳士然とした姿。
しかし雨霧は、自分を刺してくるような視線、残忍な光をやどした細い眼つきが気に入らず、今度は両手両足を駆使して体を回転、壁を利用してあっという間にビルの上へと登っていってしまう。
「オーーーウ! ジャパニーズ・ニンジャッ!!」
そんな声が聞こえたが、すでに屋上の縁へ立ち、見下ろす足元の路地は影の通路となっていて、紳士の姿はみえなくなっていた。
(ヘンなおっさん……おばあちゃんの知りあい?)
思い当たるふしを探りかけた雨霧だが、その身体が再び中空へ跳んだ。
そこへビョウッと空を切ったのは、うしろからの回し蹴りだった。
「何? 次から次へと」
屋上の真ん中へ着地すると、視線の先に、今度は先ほどの男よりも大分低い、少年の姿があった。
一見細身ながらもしまった筋肉質の体に、はりついている様な白いシャツ、黒い長ズボンをはき、首を回して三つ編みの長髪を背中へはねまわすと、
「オレの名は伶盗龍――きさまの力、見せてもらうぞッ!!」
両手を手刀の形にし、右を胸前、左を腰元にすえた構えで姿勢を低めた。前に置かれた左足が、つまさきではなくかかとが先に出ているのをみて、
「へえ――虎老拳だっけ、それ? けっこうレアなやつだよねー。あたしも絵でしか見たことないし」
雨霧は感心したようにいうと、全身の力を抜き、ゆるく両の拳をにぎった。