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ふたり。となりで、  作者: 柳谷ゆいら
第1章   【遊び】
8/10

   6

 微笑した姿は、背筋がぞくりとするほど色っぽく。

 目をすっと細め、流し目をされると、その白く美しい肌に、手を伸ばさずにはいられない。

 心臓を(わし)(づか)みにされたような心地がするのは、なにも客だけではなかった。接待を学ぼうと、彼を眺めていた《花》たちは、みな魔法にかけられてしまったように体を硬直させ、思わず仕事の手を止めてしまっていた。

 よく覚えている。

 (つや)めかしく微笑む彼を目当てに、『(あん)()()』に来る者ばかり。それに()く《花》が、いなかったわけではない。でも、《姐さん》を誇りに思う《花》が、圧倒的に多く。

 僕らの《姐さん》は、より多くの人々を……もてなした。


   〇 ● 〇


「んん……っ」


 首筋を這うぞくぞくした感覚に、声を漏らしながら、身をよじる。肩に垂れた髪をちいさく揺らす吐息が、みょうに部屋に響いて聞こえる。


「『紅花』……」

「……いつもどおりで、いいよ……?」


 守の頬に手を伸ばし、くちびるを弧のかたちにしながら語りかける。

 ――守に、なら。

 呆れたように、でもちょっと嬉しそうに笑うと、松野は女物の着物の(えり)に手をかける。

「誰にでもこんなこと、するなよ」


   〇 ● 〇


「なんか、ごめんなさい……」

「あ、謝るなよ。無理言ったのは俺だし」


 なかなか気まずい雰囲気のなか、俺は『藍花』の器に、緑茶を()ぐ。ちょっと困ったように笑う彼は、あいかわらず、なんというか……こう、うん。可愛かった。変な気分になる、まではいかない。いってたとしても言うかっ。

 俺の願いに、『藍花』は応じてくれた。まだ戸惑うように視線を泳がせたり、指を絡めたりして、少々居心地が悪そうである。

 なんか、ちょっと申し訳ないな……。


「ありがとうございます」


 器いっぱいに緑茶を入れ終わると、『藍花』は俺に向かって、ぺこりと頭を下げる。


「いいって。俺としては、こっちのほうが慣れてるっていうか……」

「そうなんですか?」


 ちょっぴり飲み物をくちに含んでから、『藍花』は首を傾げた。しゃらり、と耳に心地いい、(かんざし)が鳴る。

 俺もすこしジンジャーエールを飲んでから、縦に頷く。


「ああ。バイトで、飲食店にいたことあるからさ。それに、そんな、丁寧にもてなされたことねえし」

「…………お友だちがいらっしゃらないんですね……」

「ちげえよ!?」


 とんだ誤解だ。

 たしかに、友だちが多いほうではなかった。でも少なくもなかった。

 決して友だちがいないわけではない。決して。

 俺の大声に驚いたのか、ぎょっと目を見開いてから、すぐ、ふふっと笑い声を漏らす。


「ごめんなさい、冗談ですよ。面白いですね」

「それはねえよ……」

「ふふふっ……あの、松野さんに誘われて、いらしたんですよね」

「え? ああ」


 ぐいっと、器のジンジャーエールを飲み干してから、俺は答える。

 さきほどのすこし茶化す感じとは違う声音に、器をテーブルに置いた。『藍花』の意図はよく分からないが、真剣に聞いたほうがいい気がするから。

 俺の行動が予想外だったのか、彼はすこしまゆを動かして。


「なにか、言われてきたんですか?」

「ん? なんのことだ?」


 よく意味が分からず聞き返したのだが、『藍花』にとっては、この答えだけで十分だったようだ。

 なぜか、(あん)()したように胸を()で下ろし、ひかえめに微笑む。


「いえ。分からないのなら、それでいいです」

「え? いや、でも――、」


 プルルル……

 部屋に備え付けてある固定電話が、やかましく鳴った。


「すみません、ちょっと」


 礼儀正しく、深々と頭を下げると、やはり優美に背筋を伸ばしながら、固定電話に歩いていく。受話器を手に取ると、部屋番号と(げん)()()を告げ、電話の向こうの人物の話に、耳を傾ける。

 すべての用件を聞き終わったのか、彼は「失礼します」と言ってから、受話器を戻した。

 こちらを振り返った『藍花』の表情は、心なしか、沈んでいるように見えた。


「すみません。他のお客さまからのご指名を受けまして、その、お酌をしなくてはいけなくて……」


 つまりは、お開きということ。

 なぜすこし落ち込んでいるのかは、よく分からない。指名が多く入るということは、それだけ「売れている」ことを意味するはず。

 もしかして、俺に同情してくれているのだろうか。

 申し訳なさそうに、まゆを八の字にする『藍花』に、俺は笑いかける。


「分かった。えっと、松野は……」

「松野さんは、まだ、ちょっと……。後ほど、お送りいたします」

「?」


 なぜ連れて帰ってはいけないのだろう。純粋に疑問に思い、首を傾げると、『藍花』は困ったように笑った。


「ここは……『そういうこと』を、するところですから」

「そう、いう…………? あ」


 理解するのに、時間をかけてしまった。正確には、一瞬、頭がフリーズしてしまったのだが。

 つまり……そういうことか。いま、そういうことをしてるのか。

 思わず、すこし頬を赤らめると、『藍花』がくすりと笑った。


「ふふ……では、行きましょうか」

「え? でも、指名のほうは……」

「だいじょうぶです。お見送りいたします。……また、いらしてくださいね」


   〇 ● 〇


「ほんとうに、来たんだってな」


 離れではしゃぐ子どもの声を遠くで聞いていたら、唐突に、背後で声がした。振り返らなくとも、誰かくらい分かる。


「でも、覚えてなかったよ」

「よかったじゃん」

「……うん」


 月明かりに照らされて、青白く発光しているように見える、自分の手を、じっとながめる。


「守が、笑ってたぜ」

「えっ?」


 予期せぬことばに、振り返る。声をかけた人物は、なぜか呆れたようにため息を吐く。


「あいつは、世界一(にぶ)いって」

「鈍くて安心したよ」

「変わり過ぎた――いや、以前と変わらない自分を見て、失望されたくないから?」

「うん」

「でも、気づいてくれなくて、さみしい?」

「…………ううん」


 視線を、足元の砂利に落とす。まっ白なそれらは、月の明かりを受けて、きらきらと光る。


「なんでさ。このままじゃ、おまえと町崎さんは、ずっと《花》と《蝶》ののままだぞ?」


 呆れ返ったように言う彼の気持ちも、分かる。

 でも……。


「約束を破っちゃったんだ。もう、あのひとのまえでは、『藍花』としてしか、振る舞えないよ」

「ふうん……」


 頬を刺すような、強く冷たい風が吹いた。

お久しぶりでごさいます……柳谷です……。



こちらの都合でなかなか更新できない日が続き、申し訳ありませんでした。

立場上、ガンガン更新していくというのが難しい状況下となっており、更新頻度はかなり低くなるのではと見込んでおります……。


マイペースにですが、続きは書いていきたいと思います。

なにとぞ、よろしくお願い致します。

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