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ふたり。となりで、  作者: 柳谷ゆいら
第1章   【遊び】
7/10

   5

 無言で口を動かし続ける松野を、期待を込めて、『紅花』は見つめる。

 きっとなにか思っててくれているはず、うん。いつもなにかコメントしてくれるもん、うんうん。

 好物なのか、いちばん、よく作れと言ってくるのは、クレープだ。その次がオムライス。その次はカレー。結構ガキっぽい。

 いつも、食べる度にコメントくれるから、楽しくなって、ついつい作ってしまう。(けい)()の合間に、練習までしちゃったし。

 ……それに、なんていうか……。


(オー)(ナー)には、申し訳ないけど……)


 客である《蝶》に、《花》が恋をしてはいけない理由は色々あると、昔、楼主は言っていた。

 別に、ほんとうにお互いが『愛し合っている』なら、いい。

 でも、恋するのは、駄目。

 待つことしかできない《花》が、好き勝手に飛びまわる《蝶》に、『恋をする』のは。


「…………おまえ……」

「!」


 突然呼ばれ、自分の世界に入り込んでいた『紅花』は、びくっと肩を震わせる。

 はっとして振り返ると、皿に載っている、食べかけのクレープを見つめて、かたまっている。珍しく真顔な松野に、心臓がどくっと跳ねた。

 も、もしかして、美味しくなかった……? なにか、失敗してたの……?

 急激に不安に駆られる。

 無意識的に、女の子みたく、胸元に手が添えられた。

 嫌だ。

 なんか、守に美味しくないって、言われるのは、なんかやだ……!

 そっと口を開いた松野を見て、ぎゅっと手に力を込めると。


「おまえ、うまくなったな……!」

「――……へ……?」


 ほ、褒めて、もらえた……?

 てっきりだめ出しされるんじゃないかと思っていたから、予想外の展開に、『紅花』は一瞬(ほう)けたあと、自然と笑顔になる。


「ほ、ほんと……?」

「おう。焼き具合といい、具のチョイスといい……最初の頃より、ずっとうまくなってるぜ」

「っ、ありがとっ」

「のわっ!?」


 自分のすぐ頭上で、松野が戸惑う声が聞こえる。抱きついてるんだもん、当たり前だよね……。

 ぎゅーっと、腰に回した腕に、ちからを込める。くすっと笑む音とともに、ぽんぽんと、優しく頭が撫でられる。


「んん……」


 その手に(こす)りつけるように、頭を彼の手に押しつける。


「おまえ、ほんと、これ好きなのな」


 だって、気持ちいいんだもん。

 それに、なんか守にやってもらうと、胸の奥のとこが、ほっこりするの。

 口には出さないで、すりすりと彼の手に、自らの頭を撫でてもらうよう、()り寄る。松野の表情も柔らかく、微笑を浮かべながら、クレープの皿を近くの机に置き、『紅花』を撫でてくれた。

 ふわっと、クレープにかけたソースが香る。

 甘酸っぱいそのにおいに、『紅花』はふっと、顔を上げた。視線に気づいた松野が、そっと首を傾げる。


「……なあ、守」

「ん?」


 おでこのあたりをいじりながら、微笑みをたたえて、松野は応じる。

 こんなことばっかり言ってたら、嫌がられちゃうかな。

 目的がこれだって、思われちゃうかな。

 ……でも、しかたないよ。

 優しく頭を撫でていた松野の手を、日の(もと)にいたなら、(まぶ)しいと感じるほど、まっ白な両の手で、包み込む。

 (ぬく)もりが、よく伝わる。

 こういう、奴だから。

 部屋の(すみ)(とう)(ろう)が、ふっと明るく輝く。


「そろそろ……しない、か?」


   ○ ● ○


 飲み物が半分ほどなくなったところで、『藍花』はふっと、俺をもてなすためにせわしなく動かしていた手を止めた。


「………………」

「? 『藍花』?」


 俺が(のぞ)き込むと、はっとしたように、『藍花』は肩を震わせる。

 ……『藍花』?

 見つめ続けていると、数秒後、『藍花』は顔を上げて、俺に向かって、ふわりと柔らかく、微笑みかけてくれた。

 ――正確な時間は分からないけど、感覚的には、1時間くらい。いや、楽しいときははやく過ぎるというから、もっとだろうか。

 この、女の子のような少年・『藍花』と、ときを共にしていた。

 (ゆう)(かく)などで言えば、ここは座敷というのだろう。雰囲気も出ている。敷き詰められた(たたみ)に、部屋の四隅で、ときおりゆらゆらと()(ゆた)う、燈籠の()。装飾品も和風で、すこし違和感が出ているとすれば、(ふすま)ではなく、扉であることだけ。

 遊郭では、夢のときを実現するため、財布を預かると言うが――ここの場合は、時間の経過を忘れるため、時計を設置しない。そういうことだろうか。

 気が利いているような、迷惑なような。


「すみません。僕ってば、ぼんやりしてしまって……」

「いや、俺のほうこそ悪い。お前にさせてばっかりで……」

「いえ。これが僕のお仕事ですから。お気になさらずに」


 軽く髪の乱れをなおすように、垂れてきた前髪に触れると、『藍花』はコップに、飲み物を注いでくれた。


「……お前も、飲めば?」

「へ?」


 ()(とん)(きょう)な声をあげた『藍花』に、自分のコップを差し出す。

 しばしぽかんとしていた『藍花』だが、状況をやっと飲み込んだらしい。あっと声を()らしてから、すぐに、着物の(すそ)をばさばさうるさくさせながら、(あわ)てた。


「だだっ、駄目ですよ、そんなっ。町崎さんには、楽しんでいただきたいですしっ……」

「…………………そっか……」

「うん、うんっ」


 ぶんぶん首を縦に振る『藍花』に、ちょっとため息が漏れる。

 俺も客でここに来ている身で、『藍花』はもてなす店員のような役目なのかもしれない。

 ……でも、年も近いし、話していて楽しい。

 もっと親しくなりたいって、思っちゃ駄目なのかな。


「…………どうしても、駄目か」


 思わず、そんな言葉が口を突く。ほとんど無意識的に出た言葉に、俺も『藍花』も、きょとんとしてしまう。

 …………俺、いま……。


「っ……」


 しゃら、と、(かんざし)が音をたてて、揺れる。頬が引きつったのを見て、俺はおどおどしながら、訂正しようとする。


「い、いやっ、その、えと……」

「……………………」


 引きつらせた頬をぴくぴくさせているのを見ると、なんと言いますかね……。


(言ったこっちが、たまらなく恥ずかしくなるじゃねえかっ……)

「……あ、あの」

「! あ、ああ?」


 突然呼ばれ、戸惑いながら返事をする。『藍花』の引きつっていた頬が戻り、今度はくちびるが、への字に曲がってしまった。

 な、なんだろう、これ……。

 ちょっとうつむき。次いで、そっと口を開く。

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