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ふたり。となりで、  作者: 柳谷ゆいら
第1章   【遊び】
6/10

   4

 新しい学年になって、クラス替えしたみたいな空気になり、普通の質問が続いた。お互いの好きな食べ物とか、嫌いなこととか、いまハマってることなんかも。

 隣で笑いながら、ふとしたように、『藍花』が笑顔で。


「町崎さん、おおきいですよねえ」

「そうか? そんなには……」


 とは言っても、こう言われることは何度かあった。

 小学校の頃から、身長は中の上くらいで、ちょくちょく「背が高いね」とまわりから言われた。コンプレックスにするほどのおおきさでもなかったから、あんまり気にしていないが。

 最近は、言われること減ってたかもなあ。それなりにおおきい奴、 いるし。


「昔からおおきいねって、言われたりしたんじゃないですか?」

「えっ……」


 からかうような響きを含む『藍花』の言葉に、どきっとする。

 え……なんで、知って……。


「そのとおりだけど……」

「あ、やっぱりですか? 直感ですけどね」


 にっこりして言う彼の表情に、裏はなさそうだ。深い意味もないのだろう。……うん、たぶん。


   ○ ● ○


 風俗系と言えど、一種の接客業であることに、変わりはない。話すのがとてもうまくて、楽しく話せるし、彼自身も楽しんでいるみたいに見える、こっちとしては。

 雰囲気よく、ぽんぽん会話は弾み、お互いの話に笑って、お腹を抱えたり、涙を浮かべたりもした。

 その度に、『藍花』はちょっと(あわ)ててたけど。そりゃあ、()(しょう)あるしな。

 ひーひー言ってから、そういえば、とちょっと考える。

 この店って……本来は《そういうこと》する店って、ことなんだよな……?


(相手が相手だから、全然そんな気分じゃないんだけど……)


 考えはするものの、気分にならないだけであって、ときどき、どきっとするような場面はある。

 白い腕ってのは、なかなか強力な武器だと思う。室内にいることが多いんだろう。それに加えて細いから、もうたまんない。

 案外、腕好きなんだろうか、俺。

 マニアック……まではいかないかな、うん。手フェチとかがあるくらいだし。

 それとこれは、 ちょっと違うか。


「? 町崎さん?」

「あっ」


 またぼーっとしてたらしい。(いぶか)しげに顔を(のぞ)きこみながら、『藍花』が問う。

 あー、いかん。いまは会話に集中しよう、会話に。

 もうなんも考えるな。


「……町崎さんって、べつにゲイじゃないですよね」

「ふぬえ!?」


 うわ、間抜けな声……。

 本日二度目のことに恥ずかしくなるも、彼はあまり気にしていないようす。

 べつに真剣な表情というわけではない。さっきみたく、俺に対する質問の一部。自己紹介の一部。そんな感じ。

 ……でも、声はすごく真剣味があるんだけどね。

 やっぱり、人間の感情は、手だけじゃなく、声にも 出るものなんだろうな。

 はっとしたように息をのむ音が聞こえた。

 次いで、『藍花』は慌てて、顔の前で手をぶんぶん振って。


「あの、すみません。ぽろっと出ちゃったっていうか、なんていうか……」


 失礼だったと思ったのだろう。いや、事実だけどさ。

 俺も苦笑いしながら『藍花』を振り返り、手を振る。


「いや、事実だから。気にするなって」

「……………………ごめんなさい」


 ぽろっと出てしまったことが、相当きにか買っているらしい。暗い顔でうつむいてしまう。しゃらり、と(かんざし)が、ちいさな音をたてる。

 そんなに気にしなくても、いいのに。

 なんとなく、色気のある妹を見ているような気分になって、ぽんぽんと、彼の頭を優しくたたいた。


「ほんとに、俺は気にしてないから。な?」

「………………………………」


 うつむいてしまっているから、表情は見えない。でも、膝の上に置かれた(こぶし)が強く握られ、ふるふると震えているように見える。

 なにを恐れているんだろう。

 それとも、無意識にでも言っちゃった自分に対する、怒りとかかな。

 どちらにしろ、ほんとに気にする必要ないのに。


「……ほんとに、怒ってませんか?」

「怒ることじゃないしな。それに、最初にも言ったけど、松野に無理に連れてこられただけだし」

「……ほんとですか?」


 心配性なんだな、こいつ。

 にこっと笑ってやって、俺なりに、精一杯『藍花』を安心させようとする。


「ああ、ほんとだ」

「……!」


   ○ ● ○


 駄目だと、(しか)られていた。

 いつも笑顔で、客の相手をしていた、僕の《(ねえ)さん》だった。

 地毛の長い長い黒髪は、さらさらで、でもふわふわしていて、結ぶと綺麗に(まと)まる。切れ長の目をしてて、流し目なんてされたら、いくら相手が男と分かっていても、どきっとしないわけなかった。

 そんな《姐さん》は、いつも言っていた。

 決して客を、恋の対象として見てはいけないと。

 客の多くは、あくまで体が目当て。中身を見つめようとする人など、ごく一握り。思いを寄せても、(むな)しく散るだけだと。

 そんな()(ほう)らしいこと、できるわけないと思った。

 色んな《花》たちは、自由気ままに飛び回る《蝶》たちに(もてあそ)ばれるだけ。《蝶》にとっては、ただそれだけの存在。それ以上でもそれ以下でもない。

 そんな認識のされ方だってことは、分かっていたから、あり得ないと思っていた。《姐さん》も形のよいくちびるを逆三日月に(ゆが)ませて、馬鹿らしいとぼやいていた。

 その数日後。

《姐さん》は(オー)(ナー)に、客との色恋について叱られていた。

 そして、その夜。

《姐さん》はきらきらと輝く綺麗な簪を、僕の枕元に置いて、《花》を止めていた。

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