4
新しい学年になって、クラス替えしたみたいな空気になり、普通の質問が続いた。お互いの好きな食べ物とか、嫌いなこととか、いまハマってることなんかも。
隣で笑いながら、ふとしたように、『藍花』が笑顔で。
「町崎さん、おおきいですよねえ」
「そうか? そんなには……」
とは言っても、こう言われることは何度かあった。
小学校の頃から、身長は中の上くらいで、ちょくちょく「背が高いね」とまわりから言われた。コンプレックスにするほどのおおきさでもなかったから、あんまり気にしていないが。
最近は、言われること減ってたかもなあ。それなりにおおきい奴、 いるし。
「昔からおおきいねって、言われたりしたんじゃないですか?」
「えっ……」
からかうような響きを含む『藍花』の言葉に、どきっとする。
え……なんで、知って……。
「そのとおりだけど……」
「あ、やっぱりですか? 直感ですけどね」
にっこりして言う彼の表情に、裏はなさそうだ。深い意味もないのだろう。……うん、たぶん。
○ ● ○
風俗系と言えど、一種の接客業であることに、変わりはない。話すのがとてもうまくて、楽しく話せるし、彼自身も楽しんでいるみたいに見える、こっちとしては。
雰囲気よく、ぽんぽん会話は弾み、お互いの話に笑って、お腹を抱えたり、涙を浮かべたりもした。
その度に、『藍花』はちょっと慌ててたけど。そりゃあ、化粧あるしな。
ひーひー言ってから、そういえば、とちょっと考える。
この店って……本来は《そういうこと》する店って、ことなんだよな……?
(相手が相手だから、全然そんな気分じゃないんだけど……)
考えはするものの、気分にならないだけであって、ときどき、どきっとするような場面はある。
白い腕ってのは、なかなか強力な武器だと思う。室内にいることが多いんだろう。それに加えて細いから、もうたまんない。
案外、腕好きなんだろうか、俺。
マニアック……まではいかないかな、うん。手フェチとかがあるくらいだし。
それとこれは、 ちょっと違うか。
「? 町崎さん?」
「あっ」
またぼーっとしてたらしい。訝しげに顔を覗きこみながら、『藍花』が問う。
あー、いかん。いまは会話に集中しよう、会話に。
もうなんも考えるな。
「……町崎さんって、べつにゲイじゃないですよね」
「ふぬえ!?」
うわ、間抜けな声……。
本日二度目のことに恥ずかしくなるも、彼はあまり気にしていないようす。
べつに真剣な表情というわけではない。さっきみたく、俺に対する質問の一部。自己紹介の一部。そんな感じ。
……でも、声はすごく真剣味があるんだけどね。
やっぱり、人間の感情は、手だけじゃなく、声にも 出るものなんだろうな。
はっとしたように息をのむ音が聞こえた。
次いで、『藍花』は慌てて、顔の前で手をぶんぶん振って。
「あの、すみません。ぽろっと出ちゃったっていうか、なんていうか……」
失礼だったと思ったのだろう。いや、事実だけどさ。
俺も苦笑いしながら『藍花』を振り返り、手を振る。
「いや、事実だから。気にするなって」
「……………………ごめんなさい」
ぽろっと出てしまったことが、相当きにか買っているらしい。暗い顔でうつむいてしまう。しゃらり、と簪が、ちいさな音をたてる。
そんなに気にしなくても、いいのに。
なんとなく、色気のある妹を見ているような気分になって、ぽんぽんと、彼の頭を優しくたたいた。
「ほんとに、俺は気にしてないから。な?」
「………………………………」
うつむいてしまっているから、表情は見えない。でも、膝の上に置かれた拳が強く握られ、ふるふると震えているように見える。
なにを恐れているんだろう。
それとも、無意識にでも言っちゃった自分に対する、怒りとかかな。
どちらにしろ、ほんとに気にする必要ないのに。
「……ほんとに、怒ってませんか?」
「怒ることじゃないしな。それに、最初にも言ったけど、松野に無理に連れてこられただけだし」
「……ほんとですか?」
心配性なんだな、こいつ。
にこっと笑ってやって、俺なりに、精一杯『藍花』を安心させようとする。
「ああ、ほんとだ」
「……!」
○ ● ○
駄目だと、叱られていた。
いつも笑顔で、客の相手をしていた、僕の《姐さん》だった。
地毛の長い長い黒髪は、さらさらで、でもふわふわしていて、結ぶと綺麗に纏まる。切れ長の目をしてて、流し目なんてされたら、いくら相手が男と分かっていても、どきっとしないわけなかった。
そんな《姐さん》は、いつも言っていた。
決して客を、恋の対象として見てはいけないと。
客の多くは、あくまで体が目当て。中身を見つめようとする人など、ごく一握り。思いを寄せても、虚しく散るだけだと。
そんな阿呆らしいこと、できるわけないと思った。
色んな《花》たちは、自由気ままに飛び回る《蝶》たちに弄ばれるだけ。《蝶》にとっては、ただそれだけの存在。それ以上でもそれ以下でもない。
そんな認識のされ方だってことは、分かっていたから、あり得ないと思っていた。《姐さん》も形のよいくちびるを逆三日月に歪ませて、馬鹿らしいとぼやいていた。
その数日後。
《姐さん》は楼主に、客との色恋について叱られていた。
そして、その夜。
《姐さん》はきらきらと輝く綺麗な簪を、僕の枕元に置いて、《花》を止めていた。