3
「あれ。歳、おいくつでしたっけ」
「え、えと、19歳です……」
「じゃあ、お酒駄目ですね。なに、飲まれます?」
もう花魁の言葉――郭言葉――は止めたらしい。俺の返答を受け、うーんと、顎に手を添えて、考えこんでくれる。
なにかって……っていうか、なんで扉の方に向かって、歩いて行ってんの? どうしたの。
「な、なに飲むって……」
「色々ありますよ。ジュースとか、お茶とか、炭酸とか」
……それって……。
普通にバーじゃないの……? 風俗要素がなかったら。
って、風俗店って、結構そんな感じなのかも。いや、風俗店入ったことないから、全然分かんないけど……。
「えっと……」
いきなり言われても、迷ってしまう。炭酸は好きだから、炭酸系のなにかにしようと思うけど……。
さっきの女装少年・『藍花』と同様、顎に手を当てて考えていると、彼が「あっ」と、ちいさく叫んだ。
「シャンメリーなんてどうですか?」
「しゃ、しゃんめりー……?」
なんだ、そりゃ。メリー・クリスマス的な、あれか?
あ、いや、飲み物だって。
「お酒みたいな、炭酸ですよ」
「あ、炭酸、ですか。結構好きですよ」
「ほんとですか。じゃあ、シャンメリーにさせていただきますね」
扉のすぐ隣まで行くと、壁に手を――……あ。
(で、電話……)
感覚的には、あれだ。カラオケボックスに一台はついてる、固定電話。ほら、あの、料理とか注文するときとかの。
すごいな、ここ。
「あ、でも、この時期にシャンメリーは変かな」
はっとしたように、伸ばしていた手を引っこめ、また考えこんでしまう。
この時期って、どうしたんだろう。時期が合わないんだろうか。いまは、桜が散りつつある(咲くところもあるらしいけど)、5月なんだが。
こちらを振り返る。こくっと首を傾げた姿は、正直女の子にしか見えない。
「シャンメリーって、クリスマスの時期に飲むのが、普通なので……。どうされます? コーラとか、メロンソーダみたいなのもありますけど」
「あ、じゃあジンジャーエールで」
「はい」
にっこりしてから、ふたたび電話に手を伸ばした。繋がったらしく、喋り出したその声を聞いていても、男の子(という年齢でもないのかもしれないが)とは思えない。
いわゆる、ウィッグというやつなんだろうけど、髪は長くて、綺麗だし。着物の袖から、ときどき覗く腕なんて、雪みたいにまっ白なうえ、すごく華奢。顔も女の子っぽい顔立ちをしている。
仕草のあたりは、たぶん、指導されてるんだろうけど。
失礼かもしれないけど……あの子、女の子としても、やっていけるぞ。
つーか、クオリティとしては、芸能人でいそうなレベル。それも、女性の芸能人。
ぼーっとしながら彼――『藍花』を見ていると、くすっと笑う声が聞こえた。
「ちょっと。いくらなんでも恥ずかしいですよ」
笑ったのは、電話を終えた『藍花』だった。化粧でまっ白に染めた頬が、微妙に赤くなっている。
あ、ほんとに照れてるんだ。
照れるとますます可愛い。っていうか、色っぽい。
「可愛いですよね、『藍花』さんって」
ぼそっと、無意識的に言葉が漏れる。
はっと我に返ってから、俺は『藍花』を直視できなくて、すっと目をそらしてしまう。
しーんとした空間のなかで、俺の焦りが募る。
さ、さすがにいきなりすぎで、どん引きされたか……?
いたたまれなくなって、代弁しようと、口を開いたとき。
「――素直な方ですね、町崎さんって」
「え……?」
彼の方に視線を戻すと、『藍花』は、口角を上げて、笑ってくれていた。
燈籠の光に簪と紅が艶めく。
胸元に手をやって、Tシャツをぎゅっと握りたい気分。そうしないと、耐えきれない。そんな気持ち。自分で言ってて、全然意味不明だけど……。
でも、なんか、たまんね……!
「町崎さん、19歳なんですよね?」
「……えっと……は、はい」
ぼんやりした頭で、やっとのこと返事をする。またちいさく笑ってから、彼は静かに俺の前に歩み寄ってきて、おもむろに、そして優美にしゃがみこんで。
「敬語、とってくださいよ」
ちょ、やめ……。顔、近すぎ……。
だ、駄目だろ、こんなの……、俺、男で、この子も……男……。
経験がなさすぎで、情けないほどバクバクうるさい心臓を、必死におさえようとする。あああ……でも、ほんと、無理だって、この距離……。
だって、鼻と鼻……くっついちゃうって……。
とうとう我慢できなくなって、ぎゅっと目をつぶったとき。
顔の前にあった、熱みたいなものが、ふっと消えた。薄く目を開けると、ちょっと距離を置いたところで、『藍花』が微笑んでいた。
「僕、18歳ですから」
……じゅうはち……。
え、そうなんだ。18なんだ、へえ……。
…………えっ、年下!?
「年下なんですか!?」
素っ頓狂な声をあげながら、俺は聞き返した。ちょっときょとんとしながらも、変わらず笑顔の『藍花』。
「はい。ほら、身長からしても」
頭頂部に手でぽんぽんと触れ、背丈を示す。
身長……あ、ほんとだ。見た感じ、160あるかないかって感じだ。
俺も相変わらずぼんやりしながら、「あー……」と頷く。間抜けなくらいぼーっとしてて、さすがに恥ずかしくなってくる。
年下には見えないな、この子。無邪気な笑みは、言われてみれば子どもっぽさがあるかもしれないけど、落ち着きとか、なにより……その……迫り方って言うの? めっちゃ慣れてた感じ。
……こういうこと言うのも、失礼なんじゃないかなって思うけどさ。