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ふたり。となりで、  作者: 柳谷ゆいら
第1章   【遊び】
5/10

   3

「あれ。歳、おいくつでしたっけ」

「え、えと、19歳です……」

「じゃあ、お酒駄目ですね。なに、飲まれます?」


 もう(おい)(らん)の言葉――(くるわ)言葉――は止めたらしい。俺の返答を受け、うーんと、(あご)に手を添えて、考えこんでくれる。

 なにかって……っていうか、なんで扉の方に向かって、歩いて行ってんの? どうしたの。


「な、なに飲むって……」

「色々ありますよ。ジュースとか、お茶とか、炭酸とか」


 ……それって……。

 普通にバーじゃないの……? 風俗要素がなかったら。

 って、風俗店って、結構そんな感じなのかも。いや、風俗店入ったことないから、全然分かんないけど……。


「えっと……」


 いきなり言われても、迷ってしまう。炭酸は好きだから、炭酸系のなにかにしようと思うけど……。

 さっきの女装少年・『藍花』と同様、顎に手を当てて考えていると、彼が「あっ」と、ちいさく叫んだ。


「シャンメリーなんてどうですか?」

「しゃ、しゃんめりー……?」


 なんだ、そりゃ。メリー・クリスマス的な、あれか?

 あ、いや、飲み物だって。


「お酒みたいな、炭酸ですよ」

「あ、炭酸、ですか。結構好きですよ」

「ほんとですか。じゃあ、シャンメリーにさせていただきますね」


 扉のすぐ隣まで行くと、壁に手を――……あ。


(で、電話……)


 感覚的には、あれだ。カラオケボックスに一台はついてる、固定電話。ほら、あの、料理とか注文するときとかの。

 すごいな、ここ。


「あ、でも、この時期にシャンメリーは変かな」


 はっとしたように、伸ばしていた手を引っこめ、また考えこんでしまう。

 この時期って、どうしたんだろう。時期が合わないんだろうか。いまは、桜が散りつつある(咲くところもあるらしいけど)、5月なんだが。

 こちらを振り返る。こくっと首を傾げた姿は、正直女の子にしか見えない。


「シャンメリーって、クリスマスの時期に飲むのが、普通なので……。どうされます? コーラとか、メロンソーダみたいなのもありますけど」

「あ、じゃあジンジャーエールで」

「はい」


 にっこりしてから、ふたたび電話に手を伸ばした。繋がったらしく、喋り出したその声を聞いていても、男の子(という年齢でもないのかもしれないが)とは思えない。

 いわゆる、ウィッグというやつなんだろうけど、髪は長くて、()(れい)だし。着物の(そで)から、ときどき(のぞ)く腕なんて、雪みたいにまっ白なうえ、すごく(きゃ)(しゃ)。顔も女の子っぽい顔立ちをしている。

 仕草のあたりは、たぶん、指導されてるんだろうけど。

 失礼かもしれないけど……あの子、女の子としても、やっていけるぞ。

 つーか、クオリティとしては、芸能人でいそうなレベル。それも、女性の芸能人。

 ぼーっとしながら彼――『藍花』を見ていると、くすっと笑う声が聞こえた。


「ちょっと。いくらなんでも恥ずかしいですよ」


 笑ったのは、電話を終えた『藍花』だった。()(しょう)でまっ白に染めた(ほお)が、()(みょう)に赤くなっている。

 あ、ほんとに照れてるんだ。

 照れるとますます可愛い。っていうか、色っぽい。


「可愛いですよね、『藍花』さんって」


 ぼそっと、無意識的に言葉が漏れる。

 はっと我に返ってから、俺は『藍花』を直視できなくて、すっと目をそらしてしまう。

 しーんとした空間のなかで、俺の焦りが募る。

 さ、さすがにいきなりすぎで、どん引きされたか……?

 いたたまれなくなって、代弁しようと、口を開いたとき。


「――素直な方ですね、町崎さんって」

「え……?」


 彼の方に視線を戻すと、『藍花』は、口角を上げて、笑ってくれていた。

 (とう)(ろう)の光に(かんざし)(べに)(つや)めく。

 胸元に手をやって、Tシャツをぎゅっと握りたい気分。そうしないと、耐えきれない。そんな気持ち。自分で言ってて、全然意味不明だけど……。

 でも、なんか、たまんね……!


「町崎さん、19歳なんですよね?」

「……えっと……は、はい」


 ぼんやりした頭で、やっとのこと返事をする。またちいさく笑ってから、彼は静かに俺の前に歩み寄ってきて、おもむろに、そして優美にしゃがみこんで。


「敬語、とってくださいよ」


 ちょ、やめ……。顔、近すぎ……。

 だ、駄目だろ、こんなの……、俺、男で、この子も……男……。

 経験がなさすぎで、情けないほどバクバクうるさい心臓を、必死におさえようとする。あああ……でも、ほんと、無理だって、この距離……。

 だって、鼻と鼻……くっついちゃうって……。

 とうとう我慢できなくなって、ぎゅっと目をつぶったとき。

 顔の前にあった、熱みたいなものが、ふっと消えた。薄く目を開けると、ちょっと距離を置いたところで、『藍花』が微笑んでいた。


「僕、18歳ですから」


 ……じゅうはち……。

 え、そうなんだ。18なんだ、へえ……。

 …………えっ、年下!?


「年下なんですか!?」


 ()(とん)(きょう)な声をあげながら、俺は聞き返した。ちょっときょとんとしながらも、変わらず笑顔の『藍花』。


「はい。ほら、身長からしても」


 頭頂部に手でぽんぽんと触れ、背丈を示す。

 身長……あ、ほんとだ。見た感じ、160あるかないかって感じだ。

 俺も相変わらずぼんやりしながら、「あー……」と頷く。間抜けなくらいぼーっとしてて、さすがに恥ずかしくなってくる。

 年下には見えないな、この子。無邪気な笑みは、言われてみれば子どもっぽさがあるかもしれないけど、落ち着きとか、なにより……その……迫り方って言うの? めっちゃ慣れてた感じ。

 ……こういうこと言うのも、失礼なんじゃないかなって思うけどさ。

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