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ふたり。となりで、  作者: 柳谷ゆいら
第1章   【遊び】
4/10

   2

(って、落ち着いて(おい)(らん)とかだ、じゃねえよ!)


 夜の蝶、夜の蝶ってやつか!? 真っ昼間から!?

 あのぅ、すんません。まだ午後入ったばっかりなんですけど……。


「どうかしたでありんすか?」

「はぬぇ!?」


 うわあ、変な声出た……。

 恥ずかしさで頬を紅潮させ、ばっと自分の口を(ふさ)ぐ。

 話しかけた本人の少女は、きょとんとして俺を見つめ、紅を指した口は、半開きになってしまっている。

 は、恥ずかし……。

 視線を泳がせ、言い訳を探していると、鈴の鳴るような可愛らしい声で、少女が問いかけた。


「……失礼でありんすが……ここが、どういうところか、分かっていんすか?」

「…………え?」


 どういうところか分かってるのか、って聞かれたんだよね、たぶん……。

 そ、それは、その……答えないといけないのか。

 花魁とかの、ワードを……。


「あ……わっちの性別、分かりんすか?」

「………………………………え?」


 性別分かるか、って……。

 その容姿と声で、女以外になにがあるの。

 綺麗な女物の着物着て、長い髪を結って(かんざし)してて、声も高くて……。

 思わずこっちがぽかんとして、間の抜けた声で。


「お、女の子じゃ……?」

「やっぱり……」


 がっくりと(こうべ)を垂らし、呆れたように息をつく。

 …………え? さっき、「わっち」とか言ってたよね、きみ?

 やや上目遣いになりながら、性別不詳の、女物の着物に身を包んだその子が、顔を上げる。


「わ……僕、男ですよ」

「………………え!?」


 こんな可愛い子が!? え、嘘だ!?

 っていうか、これ地声なんだ。喋り方普通にしても、相変わらず鈴が鳴るみたいな、あるいは小鳥が歌うみたいな声で喋っている。

 ……すごいな。


「誘われていらしたんですよね。どなたに誘われたんですか?」

「えと、松野守……」

「松野さんか……」


 さっきのため息より、さらに重たいため息が、その子の口から漏れる。


「『紅花』から聞く話だと、結構てきとうな方なんですよね……。ここがどういうところか、説明をしてもらいましたか?」

「……いや、なんも」


 聞いても、にやにやしながら「イイトコだよ~」って言うだけだった。ろくでもない回答だったので、5回目で止めた。(うっ)(とう)しいし。

 上下させたことで乱れた髪を整えながら、その子は真顔で説明をはじめる。


「ここは、その……まあ、昔の感覚的には、(ゆう)(かく)です」

(んん……)


 やっぱり、そういうくくりなのか。

 ……ってことは、やっぱそういうのも、あるんですよね……。


「でも、僕だけじゃなく、ここで働いている者はみな、女装をしています。現代風に考えるなら、女装風俗だと考えてください」


 軽い感じでそう言いつつ、襟元も直していく。

 軽く言うことなのだろうか、と思うけど、そのあたりは分からないし、深入りする部分ではないのだろう。まだ親しくもないのに。

 最後に簪の傾きを直して、(あで)やかな(あか)をしたくちびるをちいさく、三日月の形にする。


「そういえば、お名前、お聞きしてませんでした。お名前は?」


 目まで細められ、男と分かっていても、思わずどきっとしてしまう。


「ま、町崎優斗……」

「僕は『藍花』と申します」


 さきほどまで数十センチあった顔の距離が、一気にぐんと縮まる。

 名乗った女装少年――『藍花』が、自らその距離をなくした。

 俺の腕に、さりげなく指を這わせながら、さっきとはまったく違う、(よう)(えん)な笑みを口元に浮かべる。


「ようこそ、『(あん)()()』へ――」


   ○ ● ○


 喉でも鳴らしそうなほどリラックスしきっている松野は、いまはある少年の膝のうえ。いつものように彼のにおいがする着物に、半ばめりこませるように、頬を擦り寄せる。


「ちょっと、守さん。落ち着いて」

「ん~? もーちょい……」

「駄目でありんす。ほら、もう起きて」

「ちぇ……」


 渋い顔で起き上がる松野に苦笑するは、『暗花屋』のウリである、『紅花』である。

 松野のやや乱れた髪を整えて、『紅花』は彼に微笑みかける。


「また、徹夜なさったんでありんすか?」

「まあな。大学っつっても、夜中に起きてることは、高校と大して変わらねーの」

「無理しないで……。学校に通っていないから、分かりんせんけれど……無理は……」

「無理は駄目だってならわなかったのか、だろ?」


 にこりとした松野が、ぽんと『紅花』の頭に手を置き、そのままくしゃくしゃと、柔らかい彼の髪を撫でる。


「つーか、猫被るなってば。おまえ、そんなふうに心配するタチじゃねえだろ?」

「むっ……失礼だろ、それは」


 ぱしっと手を払い、『紅花』はそっぽを向く。

 そして、ちょっと躊躇(ためら)ったのち、言いづらそうに。でも、どうしても言いたいというふうに。


「好きだから、心底心配なんだよ、もう……」

「うん、知ってる」

「おい!」


 頬をまっ赤にさせながら、キッと『紅花』に睨み上げられる。

 松野はまた笑顔をこぼして。


「悪い、悪い。それより、飯食いてえなあ?」


 彼を見上げると、ぴくっと体を震わせて、ほんのわずかににやけてから。

 松野そっくりの笑みで、にっと答える。


「おう。なにがいい?」


 久々に、作ってあげるのも悪くないかな。

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