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ふたり。となりで、  作者: 柳谷ゆいら
第1章   【遊び】
3/10

   1

 俺の家から、小一時間。東京郊外に建っている二階建ての日本家屋を前に、友人・松野は、にやにやしていた。


「なんなんだよ、人の至福の日を奪いやがって」

「まあまあ。そう言うなって、町崎くん」


 ほんとにムカつくな、こいつ。ぶん殴ってやろうか。

 ――町崎優斗。9月9日生まれの19歳、大学1年。基本的な俺の情報は、こんなもん。

 松野については、あれだ。同じ大学で、サークルも一緒っていう、そんな感じ。気は合うし、一緒にいて気楽だから、なにするにも、だいたいセット。

 が、今回はちょっとやそっとじゃ許せん。

 日曜日というのは、俺にとって至福の日だ。

 家族が家から誰ひとりとしていなくなり、ひとりっきりになれる。つまり、どれだけ寝ても、誰にもしかられない。

 睡眠を愛している俺からしたら、もうパラダイス。誰も触れてはいけない、聖域なのだ。

 なのに、松野はその聖域に、悪びれもなく上がり込みやがった。もう打ち首だ。


「ほら、機嫌なおせよ。入ろうぜ」


 ぐいぐい腕引っ張ってきやがる。普段の(あい)(きょう)のある松野の姿を思い出し、リードを引っ張って先を急ぐ、大型犬を思い浮かべる。

 渋々着いていき、中に入ると、すぐ声をかけられた。


「守か」

「おっす! 毛利さん!」


 元気よく松野が(あい)(さつ)したのは、ラフな服装をした、ひとりの男性。すらりとした身体で長すぎない黒髪。(くろ)(ぶち)の眼鏡の 奥で鋭く光る瞳は、青っぽい色をした黒目。顔立ちも綺麗だし、ハーフだったりすんのかな。

 それより、いま、松野のこと……。


(守って、下の名前で呼んだな)


 仲いいんだろうか。松野はいつもどおり、屈託のない笑顔だし……。

 どういう関係だ?

 男の人の視線が俺をとらえ、彼の口角がくいっと上がった。


「初めての人……だよな?」

「えっ。あ、はい」


 にっこり笑いかけられると、なんか分かんねえけど、(どう)()がはやくなる。別に、俺はゲイじゃねえんだけど……。


「俺はこの店のオーナー、毛利昌だ。よろしくな」

「えっと、町崎優斗、です……」

(かた)くなるなって。肩の力抜いて」


 くすくす笑いながら、毛利さんはそう言ってくれる。

 松野がにやにやしながら、俺を肘で小突く。


「なによ、優斗。()れちまった?」

「ばっ、馬鹿言え!」


 かあっと顔が赤くなる。松野は相変わらずにやにやしてて、その後ろで、毛利さんが困ったように笑っていた。

 な、なんてこと言いやがる、松野……ッ! 松野ならあり得ても、俺はないっての! まあ……別に、惚れてもおかしくないと思うくらい、綺麗なひとではあるけど。


「俺に惚れても、期待には添えないからな。で、松野。いつもどおりか?」

「おう。料金は俺が持つわ」 

「分かった。じゃあ、前払い」


 松野がにかっと笑いながら、財布から万札を二枚出し、毛利さんに手渡す。

 えっ。前払い?

 眉間にしわが寄ったのか、俺の顔を見て、毛利さんがいままでとは違う、含みのある笑みをこぼした。


「安心しろ? 満足してもらえなかったら、金は返す」

「っつーわけだから」


 まったく違和感も疑いの色も見せない松野を見てると、こいつの将来が不安になる。()()()ったりしないだろうか。

 毛利さんの笑みが、さきほどから見せていた柔らかいものに戻った。ポケットからチャリッと音をたてて取り出したふたつの鍵を、俺たちに渡してくる。


「隣同士にしといてやったから」

「一緒じゃ駄目なのか?」

()(ほう)。ここに初めて来る人に、『紅花』は刺激強過ぎだろ」

「ま、まあな……」


 頬を掻きながら、ちらっと、松野がこっちに視線を向ける。想定外のことが起こったとき、よくこうやって、俺に救いを求めてくる。

 が、今回に限っちゃあ、救い(ぶね)は出せねえ。この中では俺が一番、ここでなにをどうすればいいのか、知識がねえし。

 また、くすくすと笑ってから。


「ほら、はやく行けよ」


 松野にそう促す。ちょっと考えこんでから、松野はくちびるを尖らせながら、こくんと(うなず)いた。よく分からんが、俺もその後ろに、ちょこちょこついていく。


   ○ ● ○


 階段を上り切り、廊下を少し歩いたところで、松野が鍵を差し出した。


「……へ?」

「まあ、別々になるのは心細いかもしれねえがな。上手くやれよ」


 無理やり俺の手に握らせる。

 勝手に親指をびっと立ててから、松野は俺に背を向け、鼻歌なんか歌いながら、ある一室の鍵をあけ、中に入っていった。

 廊下に響く、がちゃんと、ふたたび鍵をかける音。

 ……………………はああぁ?

 え、ほんとなんなの、あいつ。上手くやれよって、なにを上手くやんの? つか、この店なんの店なわけ。え、なんでわざわざ鍵とかついてんの。

 ちょ、おい。


(不健全なところに片足を突っこんじまったか……?)


 直感だけど、そんなふうに思う。

 ……でも、チャレンジしてみてから言うことだよな、こういうのって。

 俺の目の前には、なんの変哲もない、ありふれた格好をした扉。重そうなわけじゃない、鍵がついてる、木製の普通の扉。

 …………。


(や、やるっきゃない……のかも……)


 文句は体験してから言おう。もう、どうにでもなれ。

 心臓バクバク言わせながら、半パニック状態で鍵を差しこみ、ゆっくりと()(じょう)する。

 うわあ……緊張半端ねえ……!

 がちゃん、という音に、身体がびくっと跳ねる。動悸も、(じん)(じょう)じゃないくらい速くなってて。

 ドアノブに手をかけ、深呼吸を二回してから、扉をゆっくり開けた。


   ○ ● ○


「ふふっ。そう。オツでありんすね」

「そ、そうですかね……」

「敬語とってってもいいって、何度も言ってるではないでありんすか」


 隣でにこにこしている女の子は、なぜかかな~り距離が近い。うん、なんだろうこれ。

 まじでなんなんだよ、これ。

 ――扉の向こうに広がっていたのは、広い、(たたみ)の敷き詰められた部屋。

 そして、奥に座る、ひとりの少女。

 (つや)やかな黒髪を高いところで結わえ、あまった髪を垂らしている。(ごう)(しゃ)な着物に、鮮やかに(とう)(ろう)()を受ける(かんざし)

 すべてが、綺麗で、(きら)めいていた。

 そして、めちゃくちゃ色っぽい。距離が近い。

 どうなってんの、これ。


(え、これって、まさかとは思うけど……)


 ――風俗――。

 そんな言葉が、脳裏をよぎる。

 うわあああああああ、嘘だ、嘘だろっ!?

 いやいやいや。さすがにそんなとこに、松野だって誘ったりしねえだろ。つか、松野ってバイなんだっけ? 両方イケるんだっけ?

 あれ? え、え、え?


「? どうかしたでありんすか?」


 喋り方も、なんか不自然っつーか……。

 ……なんか、昔のことをテーマにしたドラマとかでよくある喋り方だ。あれだよ、あれ……。

 …………あ。


(江戸とか、吉原とか、(おい)(らん)とかだ……)

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