0 プロローグ
優美に羽を動かし、蝶はひらりひらりと舞って、別の花へと飛んでいく。わずかに漂う花の香りに、思わずため息をつく。
「おまえ、蝶見てるの、好きだよな」
壊れ物を扱うように、優しい手つきで頭を撫でながら、彼は言った。
「うん。……綺麗だし、僕らに似てる」
絡めた腕に力を込め、その肩に頭を乗せる。あったかくって、安心できる。
くすっと笑うのが聞こえて、僕は目線だけ彼の方を見た。彼もこっちを笑いながら見てて、視線が合うと、ふっと目を細くして。
「身軽なとこが、か?」
「分かってて言ってない?」
「分かってて言ってる」
「もう。いつの間に、そんなふうに育っちゃったの」
「おまえに育ててもらった覚えはねえけど……」
「――僕に似てるのは、花の方だよ」
昨日も仕事してから、稽古場に行ったせいか、やけに身体が重く、頭はすっきりしない。
頼りなげに風に揺られる花を、ぼーっとしながら見つめる。
「蜜を与えるっていう、花ができる最高のおもてなしで、蝶の相手をして、満足してもらうの」
燈籠の光が、目に映る花のように、ゆらりと揺れる。
「ね? 僕みたいでしょ?」
「……おまえ、酔ってんのか?」
「未成年だから、飲酒できませんけどー」
普通に笑っただけなのに、なんでそんなふうに言うのさ。頬赤いし。
まあ、もちろん、理由は分かっている。
長年刷りこまれた。女であろうと、男であろうと、簡単に《おとす》方法。
彼は、この方法の王道パターンに、とことん弱い。
純粋純情で、まっすぐなひと。
すりすりと頬擦りして、ふわあとあくびを漏らす。
「もうすぐ、明日だぞ」
「んぅ……?」
重たいまぶたを擦り、彼の奥にある、ふわふわした毛布を指差す。
「ん?」
「さぶい。毛布」
「ああ、分かった。そこで人肌が欲しい、とか言わねえのが、おまえだよなあ」
「言ってほしいの?」
「いんや、べつに」
ぽんぽんと二回頭をたたいてから、腕を離し、彼は肩に毛布をかけてくれた。服越しに伝わってくる柔らかい感触に、口元を緩める。
とたんに、ぎゅっと抱き寄せられる感覚に、はっと目が覚めた。
見上げてみると、当たり前のような顔で、僕の肩を、しっかり抱いてくれている。
「もっと寄れよ。俺も寒いし」
「……うん」
横に移動してから、そろそろと手を動かし、そっと指を絡める。ちょっと力を込めると、彼もまた、返してくれた。
――出会ってから二回目の、12月3日が来る。