黄巾
官軍の指揮官となった董卓は、黄巾の大軍に苦戦していた。黄巾党による昼夜問わない連日の襲撃と、大軍を利しての包囲攻撃に対し、盧植将軍の策を引き継ぐ形で、定石通り方円の陣をしいて対処していた。前任の盧植将軍は強力な義勇軍とその指揮官たちを軸として戦を有利に運べたが、董卓軍には精強な部下は居ても、歩兵戦闘を有利に進めるための陣法に詳しい人物が少なく、軍全体を董卓自身が一人で運用する以外になかった。せっかくの大規模な官軍も、別働隊や配下の独立指揮、つまり委任戦術を用いる事が出来ず、戦力を発揮する事が出来なかった。それでもなんとか軍を維持してしたのは、西涼の騎兵隊の力と、盧植将軍の引き継ぎが良い物であった証であろう。それでも、黄巾党の物量戦術によって軍は疲弊し、軍規の維持すら危うくなりつつあった。董卓は中央へ援軍を要請し、中央は皇甫嵩らの派遣を決定した。
官軍の指揮官が盧植から董卓に変わった日を境に、黄巾党はその圧倒的な兵力を用いて連勝を重ね、「天佑である」と黄巾党は気勢をあげていた。火を焚き、肉を食らい、酒を飲んでいる様はまるで蛮族のようだった。それを見た張角ら上層部は苦りきった顔をしていた。彼らが立ち上げた黄巾党は元々苦しむ民衆を救う世直しの為に立ちあがっていたはずだった。それが同じ民衆から搾取する様になってしまったのはいつからであろうか。組織を立ち上げた時は理想に燃えていて、規律も厳しかった黄巾党は、組織が急速に拡大し、各地の民衆を取り入れた頃から自らすらも支配しきれなくなっていた。清流派の知識人の影響力を利用して、漢朝を打倒し、官吏の汚職を一掃し、同じ民衆同士苦しみを分かち合い、助け合う社会を作れるものと信じて立ち上がったはずなのに、どうしてこうなったのか。黄巾党に加わり漢朝の法に縛られなくなった民衆は、自らの利益をむさぼる事しかせず、まるで宦官や官吏のごとく賄賂をむさぼり、商人のごとく奪い尽くし、賊徒のごとく殺しつくしていた。張角は初期の党員と共に涙を流した。
「勝利、これがなんになろうか」
目的を見失った政党に何の価値があろうか。もはや黄巾党は行く先々で恐れられ、加わるものと言えばあぶれ者ややくざ者ばかり。完全に賊の集団の方が多くなってしまっていた。下衆な笑い声と女の悲鳴が外から聞こえてくる。
「もはや、我々も腐敗した朝廷の様になってしまった。これではもう、討たれるしかないのかもしれん。どうすればよい」
名もなき幹部の一人が言った。
「我々黄巾党の理想は、民衆を取り込んだ事で失敗しました。これ以上の抵抗は民衆を苦しめるだけです。大義と大志を持つ人物に次代を預けるのです」
別の幹部が問う。
「そんな人物が都合よく現れるだろうか」
「現れます。必ず」
「その自信はどこから――」
言いかけた所で張角は手を挙げ、話を遮った。しばしの沈黙の後、張角はこう言った。
「我が腹は決まった。黄巾党が滅びるにしても、せめて、討たれる相手は決めようぞ。我らの大義を預けられる人物に敗れるのだ。そして、その者に我らが子らの未来を託そう」
反宦官の為に利用されて立ち上がり、賊徒となり果てても、黄巾党の力は本物であり、その軍事力には使い道があった。中央政府が信を失い、豪族の力が強くなり、世は乱れ、群雄割拠の時代に入りつつある今、今この時こそ、黄巾の様な力が物を言うであろう。であれば、正しき理想を掲げる実力者にこそその力を振るわせるべきではないか。乱世国難を治めるものにこそ、黄巾の力を利用し、次代を築いて欲しい。黄巾の初期からの党員達は、そう決意した。
「そのためにも、武力一辺倒の董卓ごときには負けられぬ。我らの理想、救世の英雄は彼ではない」
その後、黄巾軍はまるで林が攻めてくるような人海戦術を用いて董卓軍の精兵である重騎兵隊さえも散々に苦しめつづけた。
董卓が指揮官に代わった事で黄巾党は、今しばし余命を繋ぎ、盧植の後を継ぐ形で戦いに参じた皇甫嵩らが一応の収束を作りだす事になる。しかし、救世の英雄が現れるまで、彼らの様な集団の跳梁は止む事が無かった。張角が反乱中に病死しても、未だ各地の乱は――黄巾党以外の反乱も――続いたのである。




