表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斜読三国志  作者: amino
21/46

腐れ儒者と劉備征伐

 各群雄が動かないようにするために曹操は各地へ使者を派遣した。その中でもキワモノがいた。孔融が推薦した禰衡である。舌峰鋭いが口が悪い為に、孔融同様に人気は有れども近寄りたくない人物であった。そのためか、その才能にも関わらず貧乏している人物であった。さっそく曹操が呼び立てると、垢臭い服装のままやってきた。自身戦場で良く苦労した身でもある曹操は、そんな事は気に掛けなかったが、心なき群臣は騒ぎ立てる。騒ぎを気にするでもなく飄々とした禰衡の姿は一種異様でもあった。そして、口を開くなりこう述べた。

「おお、ここには人間がいないではないか」

いきなりの悪口に苦笑いした曹操は答えて聞く。

「何ゆえここに人がいないと言うか」

「よくぞ問われた。ここは皇帝陛下のおわす場所であるのに朝臣がおらぬ。朝議の場に朝臣以外で居られるのは柱か床じゃ。つまりここには木石しかおらぬ」

曹操派「フン」と鼻で笑った。

「何を言うか。ここに居るのは時勢を読み、正しきに付いた当代一流の人士ばかりぞ。それが見えぬとは、その方の目こそ果物の種か何かではないか」

禰衡も答える。

「正しきとは儒教の経典に従い、漢朝を敬い、その身を謙譲に置くことである。身を顕職に置き栄華を極め、陛下に対して傲岸不遜の行いを極める事ではない」

曹操は、これは半ば孔子の子孫に当たる孔融が言わせているのだと感じ取った。そこで、これを機に皇帝派に訓戒をくれてやろうと考えた。

「それはその通りではあるが、信賞必罰こそは世に必要な物であろう。働いた分の報酬は受け取らねばならぬ。さらに、謙譲に過ぎ王允の様に大望なせず、3族が皆殺しの目に遭うのは親不幸であろう。その上、身を顕職におかねば天下の為の働きもなせぬ。いかに」

「その通り、その通り。しかし、その上であえて謙譲し、帝位を高める事こそ臣下の務め。世の道理。その程度の事もわきまえぬとは、さすがに乱世の姦雄よ」

「よくぞいったり。それはそれで正しいが、乱世には乱世の道理が有る。その方の言う様に上辺の道理だけでは世は正せぬ」

「何という言葉。我が言は心身を清らかに保ち、世を良くするための教え。それを丞相の地位にありながら無下にするとは、何たる傍若無人」

話は平行線をたどり、子供の喧嘩のごとき様相を呈してきていた。曹操の世の現実を見ると言う考えも、禰衡の理想を追い求めると言う考えも正しく、平行線をたどるのは当然であった。夜に懸っても話は止まず、群臣が止めさせる形で話をさえぎり、押し出すように荊州に使者として禰衡を送りだしてしまった。わざとなのか、使者として彼が失敗したのは言うまでも無い。それでも、劉表は態度を決めかねていた。重臣韓崇はこう勧めている。

「どちらも助けなければ両方から不信の目で見られ、勝者から敵視されます。中立に立つだけの実力は荊州には有りません。袁紹に味方すれば曹操の土地を幾らかは奪えるでしょうが、直ぐに袁紹と戦うことになり、全てを失うでしょう。曹操につけば荊州を保ち、より高い官位を得る事が出来ます」

劉表はこの進言を聞き、韓崇を曹操の元に派遣したが、韓崇から人質を送るように進言されたのが気に入らず、結局中立を保ってしまった。

 その頃、呂布に根拠地を取られてから曹操の食客となっていた劉備であったが、曹操暗殺の密謀に加わったのが露見するのを恐れ、脱出の機会を窺っていた。そんな中、袁術が袁紹の下へ行こうとしていたのを防ごうと、曹操は劉備に袁術討伐を命令した。それを聞いて慌てて止めに来た郭嘉は、「虎に翼を与えて野に放ったようなものです」と忠告したが、時すでに遅く、劉備は徐州入りしており、帰陣を求めた使者を追い返した。袁術は劉備を避けて寿春へと引き返すが、その途中で病没した。袁術軍の残党を討伐しつつ、徐州に進軍した劉備は下邳に陣を構え、曹操が任命した徐州刺史の車冑を殺害し、曹操からの独立を果たした。徐州の虐殺以来、反曹操の機運の強いこの地では、多くの豪族名士らの指示が劉備の下に集まった。この事情とその人望によって徐州を把握した劉備は、下邳を関羽に任せ、自らは小沛に駐屯した。200年、劉備が孫乾を袁紹の下に派遣して同盟を結ぶと、これを危険視した曹操は劉備軍への攻撃を決断した。曹操軍のうち曹操が動員したのは精鋭の青州兵1万人だけであった。これに対する劉備軍は8千、しかし、劉備軍の率いる兵の多くは曹操が貸し与えた者たちであり、信頼性に欠けていた。激突する前から勝敗は決まっていた。劉備軍はさんざんに打破られ、城に逃げて籠城の構えを見せた。劉備は今が好機と袁紹に曹操の本拠を突くことを勧める書簡を送った。これに田豊、沮授らが賛成して意見を述べた。沮授は言った。

「これぞ天佑です。精兵数千騎で一気に曹操の本拠を突けば、献帝と中原を一挙に手に入れられます」

それに対し袁紹は「そうか」と気のない返事をした。それを見た田豊が発言する。

「沮授殿の言はごもっともです。今立たねば曹操軍は強大化し、我らと戦いになったら苦戦するようになるのは必至です」

田豊の必死の進言も「そうだな」の一言で、心ここにあらずといった体であった。袁紹は、曹操が徐州に向かったことにより、その背後を突く好機を得たが、優柔不断な彼は息子の病を理由に出陣しなかった。その結果、袁紹軍と対陣するはずの曹操軍本隊が向かってくるのを見た劉備は慌てふためき、妻子配下民衆のすべてを見捨てて青洲刺史の袁譚の下へ逃げていった。下邳に置き去りにされた関羽は曹操に攻められて降伏した。曹操はこれを悦び、彼を偏将軍に任じた。張飛は南へと逃れて山賊へと身をやつした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ