潁川黄巾鎮圧戦
潁川地方に下った右中朗将、揚州の朱儁は先鋒としてこの地に赴いていた。
「なんたる大軍か」
陣幕を出でて櫓に登ると、眼前に広がる5万はあろうかと言う黄巾党の大軍が広がっていた。朱儁は慨歎を禁じ得なかった。守るべき民がこれほどまでにも敵に回っていた、その事実に。現状配下の兵はせいぜい1万である。幕下の将達はみな撤退を進言していた。朱儁は声を荒げた。
「引く訳にはいかぬ!」
安全な場所を求めて流浪する民が、陣営の横を通って逃げていた。幕下で同郷の孫堅は、後退してより有利な地を占める事を勧めている。状況が状況でなければその通りにしたであろう。
「ここで全滅すれば賊徒どもが洛陽を目指すのは必定! 後退して天険の地に拠り必勝の――」
「黙れっ!」
幕下の将達を見まわした大活が陣中に響きわたる。なんと将がいない事か。この程度の叱咤にも拘らず、目に怯えの無いのは孫堅ひとりであった。この者は、この後の世を作る偉材の一人であろう。そう、朱儁はこの30に満たぬ若造を見据えた。
「陛下より大兵を預かり、この地、この民たちをやすやすと賊徒どもの手に渡すことは出来ぬ!」
朱儁は部下の進言を無視し、独断で難民が避難するまでの間のこの地の防衛を決断していた。軍議が終わり、日が中天に差し掛かろうとする頃、ひしひしと取り囲むように黄巾たちは動き出してきた。最前線の哨所までついて来た孫堅が言った。
「まるで黄河の様ですね」
色あせた黄色の波はじりじりと包囲の輪を狭めてくる。各所で斥候同士の小競り合いが起こり、頻々と伝令が飛ぶ。そのうち夜風に熱い物が交じり、蛍のごとき無数の松明がひと塊になって押し寄せてくるのが見えるようになった。
孫堅は朱儁に進言した。
「後退の期は過ぎました」
朱儁は満足そうに答えた。
「しかし、責務は果たせた」
ここでさらに一戦交えて時間を稼げば、避難民は安全な後方に避難できるだろう。
「それに、この地をタダでは渡さぬおつもりでしたか」
ぎょっとして孫堅の顔を睨みつけると、先を読んだように青年はこう付けくわえた。
「外に漏らしてはおりませぬ」
朝廷が一枚岩ではなく、不平を抱く官吏が黄巾に通じている事、それは周知の事実であり、この計略が外に漏れれば明らかにこちらは全滅であった。それゆえ、軍議の場では無策、高飛車に見せかけていたのだが、孫子の末裔を自称するこの男には見抜かれていたようだ。孫堅など居ないかの様に無視して腹心の部下に呟く。
「そろそろ合図を出せ」
「はっ!」
部下は片膝をついた姿勢で手を前に組み、小さくうなずいてから用意していた松明を振る。と、自陣の周囲にちらほらと火が見え始めた。それを確認した朱儁は馬に乗り、自ら剣を振りかざし、逃げる。
「退却の銅鑼をならせっ!」
徐々に辺りが火に包まれる中、逃げまどう自軍と火の中に、黄巾を被った男達が叫びながら突っ込んで来る。夜襲だ。朱儁も、孫堅も、わき目もふらず逃げ続けた。
結果的に黄巾軍の夜襲は成功した。しかし、それによる被害は甚大だった。夜襲を察知していた朱儁は、自陣を囲む黄巾をさらに包むように自ら陣営一帯に火をつける策を取った。火に囲まれた陣地に突入する形になった黄巾軍は、夜襲によって自ら死地に入る事になった。逃げ腰の将軍たちが逃げ仕度を整えていた官軍の死者は200人弱、対して黄巾賊は4000人以上が焼け死んだ。土地と人とを引き換えにした戦だった。
官軍は土地を失い、見掛け上の敗北を喫した。朱儁軍は難民と共に後方の皇甫嵩と合流し、長社の城に籠城した。多くの兵は失った物の、致命的な損失を受けた訳ではない黄巾軍は、そのまま官軍を追って長社を包囲した。包囲下の軍議で、皇甫嵩は、騎都尉曹操の3000が援軍に来る事を朱儁に伝えた。
「しかし、このままでは、外の黄巾に飲み込まれてしまいましょう」
朱儁は意見を述べ、皇甫嵩は頷く。
「さよう。機を合わせて攻めに転じなくてはなりますまい。策はございますかな?」
「火計一択。すでに一度火計を用い、多くの黄巾が焼け死んでおります。彼らは火を恐れておりましょう」
「ではその時まで守りましょう」
多くの難民を容れた城には、食糧が不十分であり、いずれにせよ敵を破る策を採るしか手は無かった。翌日より黄巾の猛攻が始まった。血の煙をまき散らす激闘が続く。黄巾軍は強固に守る城に手を焼き、次第に疲弊していった。そして官軍の援軍到着の夜明け前に、黄巾軍陣営の各所より火の手が上がる。元々寄せ集めに近い軍であり、軍規が劣悪なことから、降伏を偽るだけで簡単に間諜を潜入させられていた。火に囲まれただけであるにもかかわらず、先の火計の恐怖から混乱に陥る黄巾軍。闇の中で焔に揺られ、橙色に輝く人、人、人。その揺らめきを、城内から無情にも打って出た茶色の兵士達がなぎ払って行く。それでも敵は大軍であり、しばらくの後、乱戦となった。有利な地歩と陣形でこらえる官軍と、数に物を言わせて反撃する黄巾軍。空が白み、兵士たちが疲れ始めた頃、それはやってきた。丘の上より大音響で銅鑼を鳴らす、紅く彩られた軍隊。曹操孟徳率いる紅軍3000の到着である。曹操は一瞬で黄巾軍の弱点を見抜くと叫んだ。
「我に続けぇっ」
歩騎3000が、怒号と共に黄巾軍にとって僅かに残されていた均衡をぶち抜いた。一日にして官軍は大勝した。黄巾軍の戦死、捕虜合わせて2万を超えたとされる。実数が分からないのは、そのまま士気盛んな曹操軍を先頭に、バラバラに逃げる黄巾軍を相手に、陽翟まで長期にわたる追撃戦が展開されたからだ。この追撃戦の最中、黄巾別働隊を王允軍が破ったとの報告が入り、官軍の士気はさらに上がった。対称的に黄巾軍は殆ど壊滅状態となっていた。陽翟において黄巾の将である波才を打ち取ると、勢いに乗って翌月には西華にて彭脱軍3万を打ち破り、豫州を平定した。そのまま朱儁の軍は南下し、司州洛陽の南西、南陽、荊州方面に転進した。南陽大守、荊州刺史と合流し、一気に黄巾の将趙弘を宛城に追い詰めた。しかし、そこに後ろからの横やりが入る。宦官の視察である。宦官は賄賂を求めてきた。腹を立てながらもそれに従う。
「おお、これは、これは、ありがたい」
宦官への支払いの為に物資を横流しせねばならず、物資、特に食糧が不足してしまった。食糧不足のために短期決戦を狙わざるを得ず、朱儁らは大きな犠牲を払いながら強攻を強いられることとなるが、この地方の黄巾は鎮圧され、宦官の話が出た所で場面を冀州に移したいと思う。




