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斜読三国志  作者: amino
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許田の狩り

 袁紹に敗北した公孫瓚は、幽州の薊に戻っていた。翌年、北方異民族との対応を巡って対立していた幽州刺史劉虞を殺して幽州全域を支配すると、自己の権力強化のために多くの名士、土豪を弾圧した。名士や土豪たちはこの動きに対して抵抗の動きを見せ始める。彼らは劉虞の部下らを扇動し、北方にある燕国の閻柔を烏丸司馬に押し立てて対決姿勢を高め、さらに劉虞の子、劉和や麹義らにも兵を挙げさせた。南に袁紹、北に異民族、西に旧劉虞勢力、国内に名士・豪族を抱え、公孫瓚は次第に追い詰められていった。配下の漁陽太守芻丹が攻め滅ぼされると、公孫瓚は堅固な要塞都市、易京城に詰めて防備を固めた。この易京城は大量の櫓を持つ難攻不落の城塞で、袁紹軍がいくら攻めても落とせなかった。それでも、連日の攻防に兵も疲弊し、公孫瓚軍の矢や装備は不足してきた。199年、追い詰められはじめた公孫瓚は、息子の公孫続に密書を持たせて、并州黒山賊に救援を求めた。この密書が袁紹の手に落ちると、袁紹はこれを利用して公孫瓚軍を城からおびき出し、伏兵を用いて大破した。兵を大きく失った公孫瓚は、袁紹軍の土竜攻めに対抗できず、易京城は陥落し、公孫瓚は自害して果てた。袁紹は、冀州、青洲、并州、幽州を治める大勢力となった。

 袁紹が河北一帯を抑えたころ、献帝は何の功も知恵も無いにも関わらず、反曹操派の群臣に煽られて権力を振りかざすようになってきた。これを牽制するために、曹操は自身の発起で狩りを催した。群臣に対しては、実力と権威が献帝をしのいでいることを、献帝には、実力無き権威など有り得ない事を教えるための催しであった。皇帝は曹操に対して、自らの権威を誇示するためにこう言った。

「曹操、仕留めよ」

鹿は皇帝のみが射てよい獲物であり、礼からすれば、曹操は外さねばならない。

「心得ました」

と曹操は答えた。鹿を仕留め損ねた皇帝に代わり、曹操は皇帝だけが持てる金朱色の彫弓を受け取ると、一矢で鹿を仕留めた。皇帝と、その権威に対する明らかな無礼である。乱世では、儒教の教義よりも現実が優先する。それをありありと物語る事象であった。この一矢で、群臣には、礼より法が優先されたのと同様の苦悩が生じた。皇帝の弓で鹿を捉えた曹操に、程昱ら、荀彧らは次代を創り上げる力を感じ取り、劉備、孔融らは権威に挑みかかる不遜さを感じ取った。それらは、善でも悪でも無く、自らの正義を元にした何かであった。そして皇帝はこれを無礼と受け取り、顔を真っ赤にして怒った。しかし、案の定何も言えず、何もできなかった。皇帝は自己の権力を取り戻すため、曹操討伐の密勅を出す事にした。しかしながら、既に失われた権威を取り戻すのは容易ではない。同時に、曹操は天下静謐に向けての決意を新たにした。曹操は郭嘉に聞いた。

「群臣の様子はどうであったか」

「おおむね予想通りの反応でございました。こちらが反抗の動きを示した人物を記した書物になります」

「おお、よくやってくれた。しかし、皇帝もおとなしくしていればよいものを、なぜこの様に反抗するのか」

「権力の魔性であると言えましょう。やはり、皇帝陛下は建前上の権力と、実質的な権力の差を理解できていないように思われます」

「では私は死ぬまで皇帝の蠢動に煩わされなければならないのか」

曹操の苦虫を噛み潰したような顔に郭嘉は苦笑した。

「皇帝を迎えるときにそれは覚悟したのではありませんか」

「うむ。しかし、実際に感じてみると存外鬱陶しいものであるな」

「はい。しかし、実際に皇帝が脅威となるのは河北平定までです」

「ふむ、袁紹か、長くかかるな」

「いいえ、時代の流れは目に見えているより早く進むものです。現在大勢力を持つ袁紹や劉表は旧時代の人間ですので、遠くない未来に自滅していくでしょう」

曹操はさらに問うた。

「ではなぜより強大な河北の袁紹を優先するのか」

「南進には水軍が必要です。わが軍の水軍は貧弱ですので、河北を先にするべきです。袁紹軍の自壊に合わせて兵を動かせば楽に河北を得られましょう。そうなれば荊州の劉表は国力の差を見て降伏してきます。荊州の水軍を得た後は、揚州を攻め下し、後に、河をさかのぼって益州を攻めればよいでしょう。漢の地をほとんど制圧すれば、反乱の多い西涼の豪族や、各地の異民族は続々とわが軍に降ってくるでしょう。その時こそ丞相が皇帝にとって代わる好機です」

曹操は笑って言う。

「私が皇帝になる? 袁術の二の舞はごめんだが?」

衰えたとはいえ、儒教によって守られた古い権威は、いまだ打ち倒すには巨大であり、そのことを曹操は理解していた。郭嘉は言った。

「今はまだ実力が不足していますが、天下全域を治める頃には、皇帝になることができます。それに、計画のどこかで躓いても、周の文王には成れましょう。それまで、ご自愛ください。最近の丞相は働きすぎです。もう少し部下を信じて権限を預けても問題ないはずです」

「分かった、分かった」

曹操は執務室にあるいくつかの書簡を部下の下へと運ばせた.

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