第4話 渡る世間は雑魚ばかり
コドラムの谷に着くと、遠くから大きな魔物の叫び声がこだました。
渓谷を吹きすさぶ砂色の風に髪を巻き上げられながら、フェルが叫んだ。
「これって、グランドラゴンの鳴き声じゃない!? あれは確かエイプリルフールにメーカー側が出した、倒せない魔物のはずなのに!!」
「レベル300なら倒せるんだろう。なんだ、ビビったのか」
「ビビってなんかないわよ!!」
「いまの低レベルで甘んじているのも今だけだ。とっととニルガを仲間にして狩場を教えてもらおう」
俺はすっかり型落ちになってしまった装備をガチャガチャ言わせながら、渓谷を進んだ。おっかなびっくりでフェルとケステスがついてくる。
「ケステス、手ぇ放さないでよ」
「フェルさん、それ以上強く握ったら私の骨が折れてしまいます!!」
「折れないわよアバターでしょうがそれ!!」
「ご自分のレベルを思い出してっ、あっ、あっ」
嫌な音がした気がするが、振り向くとフェルとケステスはそっぽを向いていた。回復魔法の残り香がする。
「お前らな……遊びじゃないんだぞ。俺たちが高レベルになれるかどうかがかかっているんだ」
「遊んでないわよ。あんたこそふざけてんじゃないわよこのレベルジャンキー」
「俺はこのゲームを愛しているだけだ」
「愛してる、だって。やだねケステス。こういうこと女の子に言えばいいのにね」
「ハルトさんは……優しい人ですから」
ケステスが遠い眼差しになっている。腕をさすっているところを見ると痛みで少し頭のネジが飛んだらしい。
「それにしても暑いな……」
「グランドラゴンの息は火炎魔法に匹敵するからね」
「ふむ……ん? あれがそうじゃないのか」
見ると何人ものプレーヤーが巨大な土気色をしたドラゴンに挑みかかっては、返り討ちに遭っていた。
「ニルガはいるか?」
「えっと……あっ、今やられちゃった」
フェルの指先で一人の少年が粉々になったところだった。俺は舌打する。
「レベル300もありながらあの程度の魔物にやられるとは」
「あんたこそレベル100未満のくせに生意気よ」
俺はフェルの身体を抱き寄せた。
「なっ、なにを……」
その腰から、俺に切りつけたナイフを奪い取る。
「見ていろ……うおおおおおおおおおおお!!!!」
俺はグランドラゴンに近づくとフェルのナイフを突き立てた。
傷口から『呪詛』が流れ込む。
おおおおおおおおおおおおんんんん……
グランドラゴンは物悲しい雄叫びを残して消滅した。
呆然としたフェルとケステスに、俺はナイフを返してやりながら言った。
「お前が言ったんだろうがフェル。あれはエイプリルフール用の倒せないモンスターだって。そう、確かに通常攻撃じゃ倒せなかった。でもメーカー側のNPCが最後にあれを種明かしで倒した時、呪詛つきの装備を使っているのを俺は見たんだ。通常なら毒より少し強い状態異常になるだけの呪詛装備でメーカーモンスターに挑むやつは、普通、いないからな」
「ハルト……あんたって頭いいのね」
フェルの賞賛と共に、けたたましい祝福の音が鳴り響き、俺たちのレベルが跳ね上がった。ステータスを見る。
レベル173。
レベル300圏まで、まだまだ先は長い。
俺たちはニルガがくたばったところまで戻ってきた。
あとには彼の剣と防具だけが残されている。
「ギルドの人たちに届けてあげよっか……」
珍しくフェルが神妙な顔で言った。
「それで俺たちに何か得があるのか」
「得とかじゃなくて……一緒に闘った仲間の最後を教えてあげないと」
「甘いことだ……それでは生き残れんぞ、このデスゲームは」
「そうかもしれないけど……でも……あたしはこのゲームの中でも、人間味は忘れたくないから」
そう決然と言うフェルの瞳の中の輝きに俺は押された。
「……好きにしろ」
「っ! ありがとう、ハルト!」
満面の笑顔で、フェルは俺の頬にキスをした。
まったく面倒な女だぜ。