第2話 赤毛の女!おれに逆らうな
「とにかく、なんとかしなければならないわ」
「そうだな」
と言いつつ俺の心は不安でいっぱいだった。
DENのユーザーは全世界で一億人。一億のプレーヤーが俺を狙っているのだ。
「どうしよう……」
「何か言った?」
「いや。それより手を組まないか。見たところお前は盗賊ジョブのようだな。俺はレベル99でステータスはカンストしている。俺と一緒にいれば守ってやるぞ」
「何言ってるの? デスゲーム化してからレベルのカンスト制はなくなったわ。今ではトップレベルのクリア候補者たちはレベル300近いのよ。あたしだって80だもん。偉そうにしないでよね」
「なんだと……」
「どうでもいいけどその喋り方やめてくれない? うざいんだけど」
「お前に指図されるいわれはない」
俺はそっぽを向いた。
それが少女の乙女心を刺激したらしい。
「ねえ、あたしフェルカ。フェルでいいわよ。やっぱりパーティ組みましょうか」
「最初からそうすればいいんだ」
俺とフェルはフレンド登録しあった。
「ふーん。あんたがあのミッドハルトだとはね……」
「驚いたか」
「ええ。全サーバー混合のバトルロワイアルで準優勝した男だもの。プロゲーマーになれるって巷じゃ有名だったわよ」
「ああ、なるつもりだ。この世界から抜けられたらな」
「でも、いくらゲームの天才でもステータス画面を見ているときに後ろから切りつけられたんじゃさすがに避けれないみたいね。いいわ。あなたの背後はあたしが守ってあげる」
「余計なお世話だ」
「パーティ組んだのに?」
「……」
俺は咳払いした。
「おい、とにかく落ち着けるところにいこうぜ。こんな野原にいたんじゃ魔物に襲われてしまう。このあたりは状態異常系のウザイやつらが多かったはずだ」
「その情報ももう古いわ……変わってしまったのよこの世界は」
「ふざけるな……俺の知ってるDENは俺が知ってるままじゃないといけないんだ」
「そうしたいなら、あんたがワールドスターター持ちを倒せばいいんじゃない?」
「……」
「PKされないためにも、レベルを上げないとね。ひとまずあたしの拠点へいきましょう。ここから南のクラッサスの町に一つ持ち部屋があるの。アルコールでもご馳走するわ」
現在のVRMMORPGでは、現実の凶暴な犯罪や不幸な事故が起きないようにアルコールや性生活などのトラブルの種になりうる嗜好はバーチャルで体験できるようになっている。VRの中で酒を飲み愛欲に溺れてもヘッドギアを外せば健康で穢れのない身体に戻れるというわけだ。まさに未来の文明的な遊戯なのだ、これは。
いや、もはやこちらこそがより充実した現実……
「何ぶつぶつ言ってんの? 早くいきましょう」
「待て、何か気配がする」
俺はスキル『きき耳』を使って周囲をうかがった。
「な、なんだこの音は……ぐちゃぐちゃと何か咀嚼しているような」
「ああ、それはゾンビよ」
「ゾンビ? DENのゾンビはアンデッドという表記のはずだ」
「魔物のほうのアンデッドじゃないわ。いい、ミッドハルト。DENはね、もうDENじゃないの。DESTINYなのよ」
「お前は何を言っているんだ」
「SiTYってFPSのゾンビゲーがあったでしょう。VRの」
「ああ……あったな」
「そっちの世界とこっちの世界が融合しちゃったみたいなのよ……それで向こうのゾンビやクリーチャーたちがこっちの世界へ流れ込んできてしまった。もちろん、向こうの感染都市にもこちらの魔物が大勢流出したわ。世界は大混乱よ」
「なんだと……じゃあ、いまこのゲームは二つのシステムが同時にランしているのか」
そんな馬鹿な、と俺は思った。
「ありえない、全然別のプロトコルで作られているはずなのに」
「データだって突然変異を起こして仲良くすることがあるんじゃない?」
「馬鹿かお前は」
「馬鹿でもなんでもいいわよ。ゾンビは感染者を増やすわ。魔王プレーヤーがゾンビごときに殺されるわけないから、勇者候補が減っていくだけなのよ、ゾンビウイルスの蔓延は。だからゾンビを討伐するわよ。あなたとの最初の戦闘ね、ミッドハルト」
「ふん、遅れを取るなよ」
俺は脱兎のごとく駆け出した。
「こっちよ!」
そっちか。俺は反対側に向かって駆け出した。まだこのDENが……いやもうDESTINYか。この世界が、俺の知っているものから遠ざかってしまったことを身体が認めたがらず、あさっての方向へ駆け出してしまったらしい。
「いやあああああああああ!! たすけてええええええええええ!!」
見ると神官タイプの女性アバターがゾンビの群れに襲われかかっているところだった。俺はスキル『赤色魔法』でゾンビを焼き尽くした。
「ぎゃあああああああああああ」
ゾンビたちが苦悶の嘆きをあげて灰燼に帰していく。ざまあみやがれ。
「大丈夫か、女」
「あ、ありがとうございます……それから私はケステスです」
聞きもしないのに女は名乗った。青い髪のロングヘア。瞳はダークブラウン。歳のころはフェルと同じく十六、七だろう。胸はフェルが控えめなのに対して、ずいぶん大胆な数字をぶちこんである。
「ほう」
「何を見とれているのよハルト」
「略すな」
「それより、彼女を調べなきゃ」
「調べる?」
俺たちの剣呑な気配にケステスが怯える。
「当たり前でしょ。あなたはもう、PKをして生きていくと決めた。なら、彼女がゾンビウイルスに感染していたらPKする義務があるのよ。それが勇者の仕事だわ」
勝手に話を進められているが、魔王討伐に不如意な態度を見せれば疑われてしまう。
俺は従うしかなかった。
「どうすればいい」
ヒッ、とケステスがおののいた。フェルが舌なめずりする。
「感染者は身体のどこかに青紫の紋章が浮かんでいるはずよ。今から装備をすべて引っぺがして紋章を探すわ」
「やめてええええええええ! 私は感染なんてしてません!」
「ゾンビはみんなそういうのよ」
フェルの大蛮行によって、俺の目の前で、ケステスは感染者ではないことが判明した。
スクリーンショットに証拠写真をたくさん収めておいたので、間違いはないだろう。