記憶
西の大陸の西端に、天高く聳える塔がある。
その塔の一室に二人の男がテーブルを挟んで座っていた。
一人はこの塔の主人であり、闇を人の形にかたどったような漆黒の青年と、そしてもう一人は柔らかな金髪と深蒼の瞳の男。
人間には西の魔王と呼ばれる漆黒の青年の前には紅茶が、北の魔王と呼ばれる男の前には湯呑が置かれている。
「あれから15年。早いモノですねぇ」
湯呑を一口啜ってからほっこり顔でのたまう男に対して、向かいに座る青年は仏頂面だった。
「おや、何か言いたげですね?シェイドくん?」
首を傾げれば、さらり、と柔らかな金髪が揺れ、眼鏡越しの深蒼の瞳がふわりと和む。
この人外の美形にそんな笑顔を向けられれば、老若男女問わず、何にたいして不機嫌であったかも吹っ飛んでしまう程見惚れることだろう。
しかし生憎と彼はその顔を見飽きる程見てきた。
命がけで。
そう。まさに命がけで。
シェイドと呼ばれた青年は己の過去と殺意に蓋をして一つため息をつく。
「では、言わせてもらおう」
ぴしりっ
彼の手元のティーカップが欠けた。
「この姿は一体、どういうことだ?ディルギア」
己の存在を見せるかのように腕を広げて見せる青年の漆黒の瞳には苛立ちが見え隠れしている。
「どう、とは?」
不思議そうに首を傾げるきたの魔王ディルギアに、彼は立ち上がり、座る彼の目線に身を屈める。
テーブルに手を着いた際、ティーカップにヒビが入った。
「俺はいつからこうなった?」
漆黒の髪、漆黒の瞳、鍛え上げられた無駄のない筋肉、個で生きる肉食獣を思わせるスラリとしたその体躯を包むのは機動性を重視した漆黒の衣装。
北の魔王が深雪に反射する陽光なら、西の魔王の姿は一切の光をも吸い込む闇。
「憶えていませんか?」
「何を…?」
変わらず口元に笑みをたたえる男に反射的に問い返したシェイドの脳裏にチカリと紅い光が瞬いた。
「ま、無理もありませんね」
それを追うシェイドは目の前で茶を啜るギルディアの言葉に我に帰る。
「徐々に思い出していくんじゃないですか?」
そう言ったディルギアの言葉にシェイドはわずかに眉を潜める。
「貴方が魔王として目覚めてから10年」
湯呑から口を離したディルギアの瞳がスッと細まる。
「そして貴方の中に眠るそれの記憶と知識はたかが10年程度で消化しきれるものではありません」
眼鏡の奥に消えた柔らかな蒼。
そこから逸らさない闇の瞳に立つさざなみはなおも消えない。
「これのモノだけではない」
パシリッ
塔の主の絞り出す声に部屋の角で空気が爆ぜた。
「俺の記憶は何処にある」