1
破壊の傷跡も生々しい大広間に対峙する2つの影があった。
片や茶色い髪に深緑の瞳の勇者と呼ばれる青年。
片や漆黒と悪意を辛うじて人の形に押しとどめた魔王と呼ばれるモノ。
もうかれこれ、どれだけの時間を戦いに費やしたのか。
「存外にしぶとい」
魔王が口の端を吊り上げる。
「ぬかせ」
勇者が鼻で笑う。
両者の力は非常に拮抗していた。
それ故に両者の体力も魔力も限界まで削ぎ落とされていた。
勇者は口の端を持ち上げ、重たくなった腕に力を込めて魔剣を構えると柄の宝玉が威嚇するかの様に光を散らす。
「次で……決めようじゃないか……」
「よかろう」
その言葉に魔王のその手に闇が収束する。
だっ
地を蹴ったのは同時。
魔王の手に闇の塊が凝縮する。
その昏い眼に歓喜が宿る。
勇者は歯を食いしばり、魔剣に同調する。
どくん
魔剣の柄に嵌め込まれた紅玉が煌き脈動する。
お互いにこれが渾身の最後の1撃だった。
魔王の手の中の黒い力がより凝縮され、研ぎ澄まされた刃へと変貌を遂げる。
その頃には既に勇者は魔王の懐に飛び込んでいた。
魔王は勇者を見下ろし笑った。
「!」
嶄!
黒い力が勇者目掛けて振り下ろされるのと、紅い刃が魔王目掛けて振り抜かれるのはほぼ同時だった。
二つの影が交錯する。
訪れる静寂。
くっ…!
魔王の喉が震えた。
どさり
勇者は糸の切れた人形のようにその場にくず折 れた。
「ククっ…カハハハハハ…」
声とも音とも取れる魔王の笑いがその場を満たした。
「カハハハ……は」
ごぶっ
その口から大量の液体が零れた。
魔王は辛うじて息のある勇者を「意思ある瞳で」見下ろした。
「見事…。よもや魔剣を持つ身とは言え、人が我を……」
ごぼり
黒い液体が喉を塞ぐ。
「カッ…ハッ…!貴様の事だ…、居るのだろう?」
それは一体誰にかけられた言葉か。
「これは純然たる事実…。古よりの契約。そして貴様が証人だ…。もはや何者にもこの事実を拒む事は許されぬ。
貴様にも、奴らにも、そして…」
魔王は勇者の前に佇む。
さらさらと魔王の体から黒い砂が落ち続ける。
「この、「勇者」に奉りあげられた哀れな人の子にも…」
魔王は勇者に向けて微笑んだ。
「この身打ち震える程の汝の魂の輝きが我という存在を引き出した。礼を言う。そして」
ざぁ…っ
「スマナイ…」
最後の言葉を残して魔王の姿は風化して消えた。
.