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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

企画もの etc.

出てきた妹が恐ろしすぎる

※リレー小説です。

 タッタッタッタッタッタ

 上下紺色制の服を着た少年が通学用の鞄をさげ走っていた。

「ヤベーな、初日から遅刻とかないだろ」

 そんなことをぼやきながら走っている。そして脇道があった、人一人が通れるぐらいの幅しかない道だ。

「……方向的にはあってんな、道が真直ぐ繋がっていれば……このままじゃ遅刻だ、迷ってる暇はないか」

 少し悩み、脇道へ入った。

 ガシャガシャガシャガシャ

「邪魔! どけー!」

 少しすると少年の後ろから足音とは思えない音と叫び声が聞こえてきた。

「はぁ? ちょ、こんな所じゃ避けられな…………マジかよ、くそ!」

 少年は後ろを振り返ると必死の形相で自転車を扱いで来くるのが見え。悪態を吐きながら速度を上げて走った。

 しかし自転車と走りでは速度が違いすぎて、あっという間に差がなくなった。

「はぁはぁはぁ、ここでチャリはないだろが!」

 真後ろから聞こえてくる自転車の音に叫ぶ。

「どけって言ったでしょ!」

 そう言いながら少女の自転車の前輪が上がってウィリーのようになる。

 ドン、ガシャン、カシャン、グシャ

「がはっ、ぐぇ!」

 少年は横目で右肩に前輪がめり込んだのを見た。その時にはもう体が斜めに倒され、その拍子に自転車の籠に何か入った音がした。

 地面に倒れた後は自転車にひかれた。

「うっ、イタタタタ…………くそ何なんだよあいつは、下手したら死んでるぞ……」

 左手で右肩をさすり、右手でひかれた背中を押さえながら立ちあがる。よろよろと歩きながら道を進んだ。

 ――学校に説明か、自転車に轢かれたって……。

 ――まてよ、あいつの制服は確か同じ学校のじゃないか? うわ~めんどうごとになりそうだな、違う理由にするかな。痛いだけで怪我も特に見当たらなし。

 振り返った時にみた少女の服と試験の時みた制服を照らし合わせ、これからの事を考えていた。

「……誰だかわかったとしてもなー、謝らせるのはあたりまえとして、……ここの学校大丈夫かな」

 そんなことを考えていると高校が見えてきた。

「マジで近道だったのか」

 右肩と背中の痛みも大分なくなって普通に歩ける程度には回復していた。

 職員室に行った。

「すいません、道に迷いました」

「まあここら辺に来たばかりだしな、しょうがないか。次はないぞ」

 少年は迷子の理由で納得した事にほっとしていた。二時間目から登校となった。

 ――担任の担当する教科だけマシか。

 キーンコーンカーンコ、ガラガラ

「ほら、チャイム鳴ったぞ、席に着けー……転入生が来たぞー」

 ガヤガヤガヤガヤ

「センセーなんで遅れてきたんですか?」  

 生徒の一人が質問した。

「道に迷ったそうだ」

 そこら中で笑い声が上がる。

 ――わざわざ言わなくたっていいだろ。

 そんなことを思っていると先生に呼ばれた。

「入っていいぞ」

 ガラガラ、スタスタ、カッタカッタ

 先生が黒板に名前を書きだした。時間はあまりかけられないのだろう。

三櫛(みぐし) 友長(ともなが)といいます。よろしくお願いします」

 少し緊張で表情が硬いが、その顔は整っていて髪が長く後ろで縛っている。

「じゃあ騒がれても困るから、質問タイムを少しだけとるぞ、それ以外は休み時間にでも聞け」

 勢いよく手を上げた男子生徒がいた。

「部活に入る気はない? 卓球部とか卓球部とか卓球部とかさ!」

 獲物を見るような目をした、少し小柄な少年が勧誘してきた。

「五十嵐、勧誘は後にしろ」

 先生が呆れたように言う。

「趣味はなんですか?」

 次は女子が質問した。

「えーと……読書ぐらいですかね、ほとんどの時間は家事やってるんで」

 少し困ったように答えた。

「あ、すいません」

「ああ別に親が居ないとかではないので、気にしなくても大丈夫」

 聞いちゃまずいと思ったのだろう謝ってきたのでフォローした。

「じゃあなんで家事やってんの?」

 どこかから聞こえてきた。

「親が家事うまくできない人で、手伝ってたら習慣みたいになったんだよ」

 苦笑いしながら答えた。

「はいはいじゃ、授業始めるぞー三櫛は窓側の空いてるとこな」

「はい」

 空いている席の隣には腕に頭を埋めて寝ている女子が居た。

「あー教科書ないか、高峰……寝てるのか、おい起こしてやれ」

 呆れたように先生が言った。

「美希、起きて」

 寝ている人の後ろの女子がゆすった。

「んーなに?」

 眠そうに目を擦って呟いた。

「あ……今朝の暴走チャリ!」 

 友長はその顔を見て思い出したように言った。

 友長がそう言うと名前は高峰 美希であろう少女は目を擦るのをやめ見てきた。髪は肩にかかる程度、顔立ちが良く美少女と言っても良い。

「あんた、誰?」

 しかし口調がすべて台無しにしているだろう。

「……はぁ? 覚えてないのかよ」

 驚きと怒りの含んだ声だった。

「知らないわよ、あんたみたいなやつ……見ない顔だけどなんでいるのよ?」

 どうでもいいといった感じで言った。

「転入生だ。教科書見せて……使わないなら貸してやれよ? 何があったか知らないが仲良くやれよ」

 ――覚えてすらいないとかなんだよ、しかもこんなのが隣……。

 ため息を吐きながら席に座り、疲れと呆れから怒る気力がなくなったようだ。

「よし、じゃあ授業始めるぞ」

 教室中から自習にしろとあちこちから挙がる。

「うるさいぞー、先生だって自習にしたい。でもな、お前たちのせいで試験範囲までぎりぎりなんだ。少しは協力しないか。特に五十嵐お前だ」

「はーい、協力しまーす」

 全く反省のしていない声が返ってきた。

「はぁ、二十二ページを開けて……」


   ※


「おい、教科書見してくれよ」

 机動かそうとすると、腕の隙間から睨んできた。

「な、なんだよ」

 言葉には反応せず、顔は伏せたまま机の中に手を突っ込んで、教科書を投げてきた。

「近づくなってことか」

 諦めて元の位置に戻ろうとしたら、前の席の奴が後ろを振り返ってきた。

「まぁ、気にするなって、高峰は他人に対してはいつもこうだから。ああ、ちなみに俺は五十嵐っていうんだ。よろしくな。卓球部に入らないか」

「ああ、よろしく。さっきもだけど、なんでそんなに勧誘してくるんだ?」

「そりゃあ、もちろん転入生にお勧めの部活をだな……」

 満面の笑顔で言い張った。

「で、本音は?」

「部員が少ないんだ!」

 五十嵐は大げさに頭を抱えて、腕に顔を埋めた。それを三櫛は半目で受け流した。

「そんなに少ないのか?」

「ああ、同じ学年の部員はお前の隣の高峰とその後ろの奥墨くらいだ」

 横を見てみると、腕を枕にして寝ている高峰と話を聞いていたらしい奥墨が小さく頭を下げてきた。あわてて頭を下げた。

「隣の奴も入っているのか……」

「まぁ、半分幽霊部員だけどな。そういえばさっき怒っていたけど、知り合いか?」

 別に言わなくてもよかったのだが、高峰が本当に自転車で轢く様なやつなのか、確認のためあえて言うことにした。

「知り合いじゃない。一応……実は朝、近道しようとして自転車に轢かれたんだ。それでちらっ、と見た奴が隣で寝ている奴だと思ったんだけど」

「ああ、多分高峰で間違いないだろうな」

 横を見たら奥墨も大きく頷いている。

「あいつなら、人だろうがなんだろうが容赦なく轢くだろうからな。たぶん人を轢き過ぎていちいち数なんて覚えてないだろうから。謝るのを期待するのは無駄だと思うぜ。まっ、諦めろ。」

 そう言って五十嵐が前を向いたら、顔を引き攣らせた担任が腕を組んで立っていた。五十嵐は、やばいと真っ青になりながら呟き。

「五十嵐~今日は静かにする約束だったよな~」

 と指を鳴らしながら告げてきた。

 すいませんでした。と俺たちは全力で頭を下げた。



 無事四時間目が終了して怒涛の昼休みが始まった。

 十人近い人が自分の席に集まってきて、

「ねぇ、どこから来たの? 」

「前の学校はどうだった?」

 という基本的な質問から、

「転校生だからって、調子に乗ってると……分かってるよな?」

「いつも冷たい女子が……ちくしょう!」

 と脅迫じみた手厚い歓迎を受けた。もちろん前半が女子で後半は男子だ。

 昼休みが残り少なくなり人がいなくなったところを見計らって、五十嵐が近づいてきた。

「人気者だな、三櫛。この分には彼女の心配はなさそうだな」

「あんまり茶化さないでくれ。どうせ転校生だからって理由だからだろ」

 ぐったりと机の上に頭を乗せ、やる気のない声で答えた。すると脇から不機嫌な声が飛んできた。

「ふん、こんな奴のどこがいいっていうのよ。こんな生意気そうな顔。いつも喧嘩売ってるみたいじゃない」

 うるさくて昼寝の邪魔された高峰は眉間にしわを寄せ、こっちを睨みつけてきた。

「多分今日だけなんだからいいじゃないか。それにお前、授業中ずっと寝てたろ」

「ちょっと、なによ。お前って、あんたにそんな風に言われる筋合いはないわ。もうちょっと、礼儀を弁えなさいよ」

 さすがにイラッときたので、ついつい反論をしてしまった。

「自転車で轢く奴に礼儀をいわれたくない。だいたいお前、俺に謝ってもいないだろうが」

 高峰は反省した様子を見せず、俺より身長が低いのに見下ろすように言ってきた。

「ちっちゃい野郎ね。そんなことぐらいでごちゃごちゃ言ってくるなんて、生意気に陰険を付け加えたほうがいいかしら」

 いつもなら、無駄なこと。と理性が自分にストップをかけるのだが、この時ばかりは自分を止めることができなくなっていた。机をドンッと、両手をつき思い切り立ち上がった

「陰険っ……お前だってあんなところで自転車に乗るなんて、馬鹿だろ。どうせ前世はサルとかだったんだろうな」

 なんですって! と口論がどんどん加熱していき、教室中に響きわたるまでになり、一番激震地に近くの席に座っている五十嵐にこっそりと奥墨が近づいてきた。

「ねぇ、止めなくていいのかな?」

「あいつらを止められると思うか? それに今関わったら、こっちにターゲットが変わる気がするし。それに……」

「それに?」

 いつにもまして真面目な五十嵐に奥墨は雰囲気にのみ込まれた。

「あいつもうこれでモテることはないだろ。むしろ俺的にはもっと続けて欲しいんだ」

 五十嵐はさっきまで真面目だった表情を崩し、ニヤッと笑った。奥墨はあまりの下らなさにポカンと口をあけ、さっきよりも大きい声で怒鳴りあっている転校生と友人をもう一度見て、確かにもうモテないな。と思いながら、大きくため息をついた。

「と言うかあんな狭い路地を自転車で全力疾走とか本当に何考えてるんだよ。轢かれたのが俺だったらよかったものの年寄りとかだったら冗談抜きで死んでるぞ!」

「うるさいわね、結果的に轢かれたのがあんただったんだから別にいいじゃない!」

「いいわけねえだろ! 人轢いておいてなんだその言いぐさは! この暴走女!」

 口論を続ける二人を他の生徒達が遠巻きに食事を続けながら眺めている。面白そうに眺めているグループ、心配そうに眺めているグループ、特に関心もなく適当に眺めているグループと分かれているようだ。

「しかしあれだな、初日であそこまで言い合えるって、あいつら実は結構相性いいんじゃないのか?」

「そう思えるってことは平和な証拠じゃないかな」

 相変わらず面白そうに眺めている五十嵐に奥墨が答える。

「ほんっとに可愛くねえ女だなお前は!」

「はんっ、あんたみたいな奴に可愛いなんて言われても気持ち悪いだけよ、この変態!」

「なんだと、この暴走特急!」

「なによ、この変態陰険野郎!」

「あー、ゴホンッ、ウォッホン」

 益々言い争いが白熱していく二人に突如咳払いの妨害が入り、二人は鋭い目線のままその方向を睨みつけると、すぐにその表情が固まり青く染まる。

「お前ら、ちょっと廊下に立ってろ」

 どうやら、時間を忘れて口論を続けていたようで、いつの間にか立っていた五時間目の数学教師の宣告が二人に告げられた。



「お前のせいだ」

「あんたのせいよ」

「お前のせいだ」

「あんたのせいよ」

 授業が始まって十分間、二人は延々とそのやりとりを繰り返していた。漫画のようにバケツこそ持たされていないものの、時折前を通る教師や用務員の視線が凄まじく恥ずかしい。

「あんたが一々つっかかってこなければこんなことにはならなかったのに」

「元をただせば、お前が俺を轢いたからだろうが」

「まだそれを引きずる気? 本当に陰険な奴ね。根暗も付けた方がいいかしら」

「この野郎……」

「おい、そろそろ戻ってきていいぞ」

 廊下でも口論している二人を見て、数学教師が言った。

「くそ、言い足りねぇ!」

「ふん、結構よ。この屑が」

 それでも二人の口論に収拾することは無かった。


   ※


 日はすでに橙色に染まり始める。部活動の喧騒が途絶えて聞こえる頃、三櫛は未だに苛立ちを隠せずにいた。女――高峰も同様である。

 その二人が校門近くの自転車置き場という最悪の場で対峙した。

「また会ったわね。どちら様でしたっけ」

 長い髪を揺らしながら首を傾げる。その仕草はまるで下手な役者が演技するよう。故意に三櫛を挑発した。

 三櫛はそれを受け流せるほど冷静ではなく、高峰の目の前まで威圧するように距離を詰めた。

「な、なによ」

 手を振り上げる。

「――っ!」

 口を閉じて目をつぶり、一瞬怯えた高峰はしおらしく、それを見た三櫛の怒りは不思議とどこかへと行ってしまった。

「高峰、お前意外に可愛いな」

 手をそのまま下ろし、踵を返す。

 すると後ろから突撃をもらった。

「うっさい! あんたなんかに言われたくないって言ったでしょ!」

 その言葉を最後にして、自転車に乗って校門を通り抜けて帰っていってしまった。

「くそ、やっぱかわいくねー」

 夕日の色に隠れて染まった高峰の薄紅色の頬に、三櫛は気づかなかった。


   ※


 そのまま帰宅し、窓から落ちる夕日を眺める。

「お兄ちゃ……に、兄さん、ちょっといいかな」

 一個下の三櫛の妹、()()も転校生として同じ学校に行っていた。腰まで伸びた髪を一本に結って、眼鏡をしている。

 容姿からも知性が滲み出ているように頭が良く、全国テストに名前が載るほどだが、要領は少し悪い。

「このぬいぐるみ……直して」

 麻世はぬいぐるみを渡して、困った表情をする。

 男である三櫛にとってあまり人には言えない特技だが、裁縫が得意で麻世のぬいぐるみや、服を修繕することもできる。

「あぁ、直るよ。ちょっと待ってて」

 ぬいぐるみは首元から白い綿が飛び出ていて、三櫛にとって直すのに一時間も必要ない。

 麻世は兄の横で流れるような手つきを見つめながら聞いた。

「学校はどうだった?」

「うん? まぁ、楽しかったよ。すごい女の子がいたけど」

「……それはどっちの意味ですごい?」

「変な奴ってこと。黙っていればかわいいんだけど」

「…………それは、私とどっち――いや、何でもない」

「ん? そうか」

 麻世の表情は一変して暗いものになっている。

 三櫛は裁縫をしていて気付かず、終わると同時に暗い表情は明るくなった。

「ほら」

「ありがとう」

 ぬいぐるみを受け取って立ち上がる。そして部屋を出て、ドアを閉めると同時に呟いた。

「絶対に渡さない。私だけのお兄ちゃん」


   ※


 翌日。

「だあああぁ! やっべええぇ!」

 三櫛は盛大に寝坊をした。

「初日は迷子で、次の日は寝坊……正直洒落になってねえぞ!」

 父も母も共働きのため、いつも朝になったら二人の姿は無い。いつもは麻世が起こしてくれるのだが、今日は珍しく朝から姿が無い。

「そういや、昨日も起こしてくれなかったな、麻世の奴……」

 そのおかげで、三櫛は家を出る時間が遅れ、更に道も詳しくなかったために、迷子になって遅刻した。

 ――麻世がいれば迷わなかったのに……

 ――それでもって、奴にも巻き込まれなくて済んだのに……

 高峰の顔を思い出すと、イライラとムカついてきた。

 とりあえず憂さ晴らしにテーブルの足を蹴っ飛ばした。痛かった。



「ん……? 今日はやけに静かだな。なにかあったのか?」

 三櫛が学校についても、そこには静寂しかなかった。いつもなら作業中の用務員の人などがいるのだが、今は無い。

「まぁ、騒がしいよりは良いよな。いきなり先生に怒られることもないし」

 そう考えながら、三櫛は校内に入った。



「……なんだよ、これ」

 下駄箱に着くと、そこには凄惨な光景しか広がっていなかった。

 男女構わず倒れている生徒、教員に用務員。

 誰かれ構わず倒れているということから、無差別に襲撃されたと思われる、悲惨な状況。

「何が一体……どうなってるんだよ!」

 状況が飲み込めずにいると、どこからか微かにうめき声が聞こえた。その声がした方を見やると、そこには昨日話しかけてきた五十嵐の姿があった。

 全身傷だらけであり、顔が腫れて唇が切れている。

「お、おい! 大丈夫か!」

 すぐさまに駆け寄り、上半身を抱き起こして問いかける。すると、左腕がプランと、有らぬ方向へ曲がった。

「お、折れてる……」

「ごほっ……だ、大丈夫だ……俺より、奥、墨が……」

 五十嵐がプルプルと力なくとある方向を指さす。そこには、下駄箱を背にぐったりとしている奥墨の姿があった。

 五十嵐の言うように、奥墨は見るからに重傷だった。額からは血が流れ、両足が折られて、三つ編みをするかのように絡み合わせられていた。

 それは意図的にやられたとしか思えず、悪趣味極まりない。

「ひ、ひでぇ……こんなの、正気じゃねえ……」

 見ているだけで、三櫛は強烈な吐き気に襲われた。だが、それを抑えることなく、胃の中を全部吐き出す。

 そうすることで、この現状を否定しようとした。しかし、そんなことをした所でなにも変わらない。

「……そうだ、麻世、麻世は!」

 なにもかも否定したい状況で、三櫛の頭の中に浮かんできたのは、たった一人の妹の顔。

 朝いなかったのだから、きっと自分より早く学校についているはずだ。もしかして、この惨劇に巻き込まれているかもしれない。

「麻世、麻世ー!」

 気付いたら、叫んでいた。そして走っていた。麻世を見つけるために、必死に。

 下駄箱を見渡すが、そこには腕や足を折られて気絶している生徒たちの姿しかない。

 三櫛はすぐさま校内を探すことにした。駆け足で校内に入る。上履きに履き替えている余裕などなかった。

 一階の隅から隅まで探そうとしたのだが、三櫛の足はすぐに止まり、また吐き気が込み上げてきた。

 階段の所に、一本の線が出来ていた、それは糸や画材で書かれたものではなかった。

 その線は、人で出来ていた。

 気絶させられている人たちが、まるで矢印の代わりの様に、無造作に置かれているのだ。

 こちらに来い、と言っている様にも見える人で出来た矢印。

「……うおえ!」

 あまりの悪趣味さに、三櫛はまた嘔吐した。さっきの嘔吐で全て出し切ったつもりだったのだが、まだ吐けるものが残っていたようだ。

 口の中に残った吐瀉物を唾と一緒に吐き捨てると、グイッと口元を拭った。

「……これ以上、吐かせてくれるなよ」

 なるべく気絶させられている人たちを見ない様にして、矢印の通りに歩いて行く。

 その矢印は屋上の扉の前で途切れていた。扉の前には立ち入り禁止と書かれた札が破り捨てられている。

「入れってことか……」

 三櫛はドアを開けると、ギシギシと重い音が響いた。外から明かりが差し込める。そんな天気とは裏腹に、三櫛の気分は更に最悪なものへと落ちていく。

「おい……こりゃ、どういうことだよ……」

 屋上に設置されているフェンスには、幾人もの人が四肢を縛られて磔にされていた。

 ただ縛っていれば、三櫛の気持ちに少しは安堵が生まれた。だが、ここにいる人たちは皆、足は奥墨たちと同じように折られ、手は動いても骨から外れないように、掌にしっかりと釘が打たれていた。しかし、後ろがフェンスなため釘がまるで役目を果たしていない。

 一つのフェンスに四、五人が磔にされているのだが、中一つだけ、磔にされているのが一人の所があった。

 そこで磔にされていたのは、高峰だった。

 手からは釘の磔によって血が出ていたが、それ以外はどこにも傷は無く、きれいなままだった。

 その光景を見て、また吐き気が込み上げてくる。しかし、その事実を忘れ去るような現実が、三櫛の目に叩きつけられる。

 高峰の知覚には、見慣れた女の子が立っていた。

「……麻世」

「あ、お兄ちゃん。ごめんね、朝起こさなくて。あ、もうこんな時間だね」

 麻世は三櫛に歩み寄って、自分の腕時計を見る。普通ならその光景にはなんの違和感もない、仲の良い兄妹の姿。

 しかし、ある点が違うだけで、その光景は違和感のある、異常なものに変わる。

 その異常とは――麻世が血まみれの金槌をもっていることと、制服が赤く染まっていることだった。

「な……なにを、しているんだ……麻世……?」

「なにをって……わからない? 粛正だよ?」

「粛、正……? ま、麻世……お前はなにを言っているんだ!」

「だって、この人が悪いんだよ? お兄ちゃんを馬鹿呼ばわりして……馬鹿は自分なのに。馬鹿は自分が馬鹿だと思ってないから、質が悪いよね。お兄ちゃんもそう思うでしょ?」

 屈託のない、純粋な微笑みを浮かべながらの問いかけ。正直に、三櫛は麻世の行っていることが全く理解できなかった。

「だからね、思い知らせなきゃいけないの」

 麻世は、どこか狂気染みた笑みを浮かべ始め、金槌の釘を抜く部分で、高峰を磔にしているフェンスの周りを叩き始めた。その衝撃で、叩かれたフェンスの部分がちぎれて行く。

「ま、麻世……一体何を……」

「だから、粛正だよ。お兄ちゃんに牙を剥く、お馬鹿さんにね」

 相変わらず狂気に満ちた笑みを浮かる麻世。その姿に、三櫛は圧倒されて動くことすら出来ない。

「じゃあね。地獄でお兄ちゃんを馬鹿にしたこと、後悔してきなさい」

 麻世がフェンスを断ち切った。

 ぐらりと、地に向かって高峰が落下していく。

「た、高峰!」

 声を上げても、その流れは止まらない。あっという間に、高峰の姿は消えてしまった。

「これで、邪魔者は消えたよ。良かったね、お兄ちゃん」

 金槌を捨て、三櫛に歩み寄り、上目使いで見つめてくる麻世。まるで、褒めて頂戴、とおねだりをしてくる犬の様な瞳をしている。

「麻世……どうしちまったんだよ……あの優しかった麻世が……目を、目を覚ましてくれよ麻世! 元の麻世に戻ってくれよ!」

「なに言ってるのお兄ちゃん? 麻世はいつも通りだよ。ちょっとやりすぎちゃったかもしれないけど、これは 仕方がないことなんだよ? あの女はお兄ちゃんを馬鹿にしたから許せないし、周りの連中は、それを止めなかった。許されないよね? もし許されても、私は許さない」

 道理も何もあったものではない、狂気染みた返答。

「だから、粛正したの。全部、お兄ちゃんのためなんだよ? だって、私はお兄ちゃんが――」

「このガキがあああああーっ!」

 麻世の言葉は突然の叫びでかき消された。そして、その叫びは三櫛の聞き覚えのある声だった。

「ど、どうしてあなたが……」

 麻世の表情が驚きに染まる。三櫛も、声が聞こえた方に顔を向ける。そこには落ちたはずの高峰の姿があり、なぜか自転車に乗っていた。

 手には釘を刺されたときに出来た痛々しい穴があり、血がハンドルを赤色に染めている。

「た、高峰!」

「話を聞いてたら、なにやらそのガキはあんたの妹らしいわね。あんたに似て、とんでもない性格してるわね」

「どうして、あなたが生きているの……? さっき落ちたはず……」

「私が落ちた場所、良く見てみな」

 高峰が尊大に言うと、麻世は慌てて高峰の落下地点を確認する。そこには、人の山が出来ていた。みな、気絶している生徒たちである。

「あれは邪魔だったの? おかげでクッションになってくれたけど」

「下に気絶させた生徒たちの所に落ちたのね……グラウンドに人が散らばっていたら人の目が面倒だから、片づけておいたのだけれど……裏目に出てしまったようね……」

 悔しそうな顔をする麻世を見て、高峰がニヤリと笑った。

「拘束の方は、校長に解いてもらったわ。息も絶え絶えだったけどね。あなたがやったんでしょ?」

「麻世……」

 三櫛はこの現状を否定したかった。夢であると思いたかった。しかし、現実は甘くなかった。

「……そうよ。まさか、まだ生きてたなんてね。もっとしっかりとどめを刺しておけばよかったわ」

「麻世……」

 がくりと膝をつく三櫛。涙がゆっくりと頬を伝った。

「やっぱりね……そうだ、校長からの伝言があるわよ。『お前も道連れだ』ってさ」

「だから、あなたに協力したってことね……やってくれるじゃない、校長。次あった時は、確実に……」

「確実に、なにをする気かしらね。まぁ良いわ。私に舐めた真似してくれたお礼をしないとね」

 高峰は自転車のギアを切り替えて軽くし、ペダルをいつでもる体こげる体勢になった。

 麻世も落としていた金槌を拾った。

「あなたの最大の失敗を教えてあげる。それは、私の足を折らなかったことよ!」

 高峰は勢い良く自転車をこぎ、突進した。

 麻世も、突進のタイミングに合わせて金槌を振るった。


   ※


「はぁ……もう卒業式かぁ」

「時が経つのは早いよな」

 五十嵐と奥墨の言葉に、三櫛はコクリと頷いた。

「良かったわね、あの時学校潰れなくて」

 高峰が皮肉気に言うと、三櫛は苦笑した。

「しかし、喋れなくなっても意外となんとかなるものね」

 またもや苦笑する三櫛だが、その苦笑は先ほど見せたものとは違うものだった。

 高峰と麻世が戦闘に入った時、しばらくの間呆然としていたのだが、すぐさま止めに入った。その過程で、三櫛は喉が潰れ、片目を失った。

 三櫛がそうなってしまった瞬間に、麻世は発狂した。高峰との戦闘を放りだし、逃亡。その後、忽然と姿を消した。

 警察に届け出を出してあるのだが、未だに見つかっていない。

 学校では、麻世の件に関して三櫛は土下座をしたのだが、三櫛の現状を哀れいて許された。

 そして、三櫛は悪くない。麻世が悪い、と言う意見も少なくは無かった。兄としては、胸中が痛む思いだった。

 三櫛は、麻世が見つかる方と見つからない方、どちらが良いかわからない。

 見つかれば警察に捕まる。保釈されない限りあえない。見つからなければ、ずっと会えない。

 自分はどうすればわからない。だから、三櫛は麻世を信じることにした。

 麻世のことだから、きっとなんとかするだろうと。なにせ、自分より優秀なのだから。

「おい、三櫛。そろそろ体育館に移動するってよ」

 奥墨に頷いて返事をすると、高峰が三櫛の肩を掴んで止めた。首を傾げると、急に頬を叩かれた。

「これは、あの子に何もできなかった分。いくら喉を潰したのが、私とはいえね」

 そういって、スタスタと去っていく高峰。『何もできなかった』という部分は、なにを刺しているかはわからなかったが、きっと色々なものが含まれているのだろうと思う。



「あーあ、いくら卒業式とはいえ面倒だよな。校長もさっさと話し終わらせてくれればいいのによ」

「そこは期待しない方が良いよ。校長も、言いたいことたくさんあるんだろうしね」

 ぞろぞろと体育館に向かう卒業生一行。

 ふと、三櫛の目にとある人物が映った。すぐにそっちの方を見ると、そこには 何もいなかった。

「……」

「おい。今、あのガキがいたぞ」

 高峰がそっと三櫛の耳元で呟いた。

「片目が無くなってたよ。たぶん、あんたと同じになるためにえぐったんじゃないか? 喉の方はわからないけど」

 重いため息をつき、高峰は去って行った。そしてクラスメイトと談話をしている。

 きっと、彼女は麻世のことを警察に言う気はないのだろう。恐らく、自分の手で麻世との決着をつけるためか、その真意は三櫛にはわからない。

 空を見上げてみた。雲が所々に浮いている、思わずため息が出てしむほどの、澄んだ青空。

 麻世も、この青空を見ているのだろうかと

 そう思い、彼はその場を後にした。


リレー小説。それは流れに沿って、何人もの人がつくりあげる物語。誰かが悪ノリすることによって、すぐさま暴走してしまう。


誰だよヤンデレ妹出したの!!


メンバーの一言

企画立案者:「どうしてこうなった」orz





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