先輩との会話 其の四
屋上の風は機械的な心境を洗ってくれなかった。
濁っている。
そう感じてしまった。それは事実ではなく、僕の精神的なものだとしても、だ。濁ってしまったと僕が感じた事実は変えられない。
「不満そうだね?」
そんな僕を先輩は見ていたらしい。
「いえいえ、そんなことはないですよ」
「目からそこはかとなく不満を感じる」
「そうですか……」
空の濁りは治ることをしない。今日の朝はこんなもんじゃなかったから、授業中の睡眠の時にでもこうなってしまったんだろう。
「どうだい? 調子は」
「なかなか……ですかね」
「要領を得ないなぁ」
「はは……」
僕たちは武器を持っていない。世界のシステムにはあらがえないのである。
だから、半年前にここから飛び降りた彼女を救うことはもちろんできないし、彼女がなんで飛び降りたかを知るすべもない。
きれいな黒髪が赤く血塗られたときの記憶を消すことはできないし、茶髪だった先輩が黒髪にしたのを戻すことは……できるかもしれない。
でも、本質的なものは何も変わってなくて、僕たちは心のどこかが抜け落ちたような感覚を持ちながら日々暮らしていくしかないのだ。
「先輩」
「なんだい?」
「ロボット……多いですね」
昨日視界にとらえたのは二体だったが、今は三人である。
「そうだね」
特に興味がないようだ。本に載せられている活字から目を離さない。
ヒューマノイドがいくらいても、僕たちの生活に支障はなかった。一応、今は。
彼らは歩いているだけだし、何故か交通事故にも遭わない。事なかれ主義の先進的な人たちはヒューマノイドが怖いらしくて車は運転しないけど、別にいいかと考えるドライバーから、ヒューマノイドを轢いたという話を聞いたことはない。
昨日は久しぶりにテレビでニュースを見たけれど、ほとんどがヒューマノイドの話で埋め尽くされていた。
大きな話題が出ると、すぐそれに流されるマスコミである。僕たちはその恩恵を受けているのだろうか。それとも、ただ傍受しているだけなのだろうか。
「先輩」
「なんだい?」
「飛び降りませんよね?」
先輩の手から本が飛び降りた。
「……当然、さ」
「ありがとうございます」
ブルっ! と、いきなり携帯電話が振動した。昨日は話しそびれたが、今話題沸騰中のスマートフォンだ。正直、後悔している。
「電話かい?」
先輩は本を拾っている。
「いや……この時間に電話してくる人はあんま……
僕の言葉は携帯電話から発せられる音で、さえぎられた。
『「今日からだ! 今日から新人類の侵攻、いや、旧人類への粛清は始まるのだ! この母なる星とでもいえる地球が何も言わないことをいいことに、好き勝手のさぼっていた旧人類よ! 貴様らの時代は今日で終わるのだ! われらは自然と大地を復興し、この星に原初の繁栄をもたらす、新人類である!」』
「正直、五月蠅いですね」
「まったく、同感だよ。にしても、君の携帯電話は最近情緒不安定だね」
「否定はできません」
僕はうるさい雑音を延々と響かせている携帯電話をポケットから取り出して、電源を消した。この電源を消す行程が地味に時間がかかるので、少し苛立つ。
「さて、そろそろ昼休みも終わるんじゃないのかい?」
先輩は時計の方向を向いていた。
時計は校庭の隅っこに申し訳なさそうに立っている。屋上から見える時計があって、ありがたかった。
普段一般の生徒たちが見ることが多い時計は、この屋上の下にあり、屋上から見るのはなかなかに難しいのだ。
で、時計の長針は真下へと差し掛かろうとしていた。昼休みの終了は、三十分ピッタリである。
「では、授業に行ってきますね」
「僕は、ここで読書をしているよ」
と、先輩は読書に集中し始めた。先輩はかなりの本の虫である。本の虫である方々、または友人に本の虫がいる方々ならわかると思うが、本の虫の方が本に集中すると、なんだか形容しがたいオーラを発するようになる。
先輩は、そのオーラを纏った。
僕はできるだけ音を出さないように屋上と校舎をつなぐ扉に近づき、音をたてないように校舎の中へと入っていった。




